半官半民でいく公益財団法人ダンジョンワーカー 現代社会のダンジョンはチートも無双も無いけど利権争いはあるよ

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初仕事7

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「……無理か?」
「無理ですね。今後熟成期、完熟期となれば専属の人も必要になります。ダンジョン関係の仕事を希望する人は年々減っていて、今は大手が青田買いし教育しているのが現状です。在野にいる人が根付くほど魅力があるダンジョンじゃないんですよここは」
 厳しく告げる。ここに夢はないんだと。
 舞は視線を横に滑らせる。口を挟めず置物になっていた上司は、うん、と頷いて、
「蓮田さん、舞の言うことは何も間違っちゃいない。調査の結果でも利益に乗せることは難しいと出ています。本音を言えば土地ごと売って欲しいのですが……権利の貸与でも負担を減らせると思います。お力になりたいんですよ、私たちは」
 新堂の真っ直ぐな言葉が刺さる。
 ダンジョンの中で価値のある物と言えば宝石か貴金属だ。煮ても焼いても食えない生ものや、モンスターの持つキロ1000円ちょっとにしかならない金属製の装備品などは見向きもされない。時折研究機関があるかどうかも不明な薬効を求めて手当り次第に産物を買い漁る時があるが、恒久的な収入源にはなるものではない。
 その事は蓮田にも伝えてある。それでもなお夢を見てしまうのは限られた情報の中で都合のいい言葉を選んだからだった。
 蓮田は静かに息を吐くと、ゆっくりと膝をつく。床に広がるパンフレットをじっと眺めてから、
「……考えさせてくれ」
 煙のような声で呟いていた。




 雑木林の中の調査を終えて、2人は社用車へと向かっていた。
 既に日は高く、まもなく正午を迎える頃。肩に食い込む程の重さの機材を持っていた新堂は足を止める。
 憎たらしいほどの晴天がじわりじわりと体力を奪う。背負ったリュックとの間には不快な湿気が溜まり、舗装されていない獣道を歩いた足はさびび付いたクランクのようにぎこちない。
 限界だった。荷を置いて地面に腰をつく。それを手すきの舞がただ眺めていた。
「どうしたんです?」
「疲れた」
 子供のような台詞を吐いて空を見上げる。丸々と太った太陽が新堂を嘲笑あざわらうように見下ろしていた。
「すぐそこですよ」
 少女が車の方角を指さしながら言う。
 分かっている。そんなことは百も承知で、しかし行動には移せない。
「ホワイトカラーめんなー」
「情けないですね。ジムにでも通ったらどうです?」
「変わってくれぇ……」
「児童虐待で訴えますよ」
 それは見た目の話か、昨日の設定の話か。どちらにせよ冗談のつもりだった。
 車まではあと50メートルもない。青々とした雑草が背高く伸びる草原の手前で路上駐車していたが、そこからダンジョンまでが遠かった。いっその事草をなぎ倒して車を近づけようかとも考えたが、帰りにかかる洗車代を惜しんで諦める。
 調査は簡単なもので、調査部の作成したよく分からない機械をダンジョンの前に置き、配線のついたテントのペグのようなものを地面に刺してスイッチを押すだけだ。ただ大量の電力を食うのか、馬鹿みたいに大きいポータブル電源を持ち運ぶ必要があったが。
 機械から吐き出される波形図の紙をファイリングする。規定時間で機械が止まるため、それをただ待って終わり、また来た道を戻るだけだった。
「……仕方ないですね」
 しばらくはてこでも動かないつもりの新堂を見て舞がため息をつく。そして数歩歩み寄ると重たいポータブル電源に手をかける。
「無理すんな。腰やるぞ」
「まだ20代ですっ!」
 ふんっと力を入れる。下草をでる程度に機械は持ち上がり、舞はよろけながら1人車に向かう。
 ……そういうことじゃないんだけどなぁ。
 若くとも、腰をやる時はやるものだ。耐え難い痛みと自由の効かない身体への恐怖がないことは若い証拠でもあった。
 ……よし。
 しばらくは任せよう、と新堂は身体の力を抜く。彼女を見習ってもうひと頑張りはしない。出来るなら最初からしているからだ。
 小さい舞がさらに小さくなる。その背を眺めながら、心地よい春風が身体を包み込む感触を味わう。さらさらと木の葉が擦れる音を背景に、新堂は胸に溜まった熱気を吐き出していた。
「なんだ、まだここにいたのか」
 完全に気を抜いていたところへ、突如声が届く。新堂はおわっ、と奇声をあげて振り返ると同時に重い腰を起こしていた。
「蓮田さん、いらしてたんですか?」
 雑木林を抜けて現れたのは老人だった。年齢の割には健脚けんきゃくで、つえもつかずに柔らかい地面を歩いてきたようだ。
 彼の家から今いる場所までそう離れていない。雑木林の外周をなぞりながら進んでいれば、10分足らずで辿り着く距離だった。
 それでも心配にはなる。雑草に隠れて太い木の根や石を踏み外す危険もあり、何より昨夜モンスターが外に出てしまったばかりなのだから。
「大丈夫ですか?」
 新堂が先に声をかける。
 彼はそれがたいそう面白くないというように鼻を鳴らして、
「年寄り扱いするんじゃない。ここはわしの庭みたいなもんだ」
 自信満々に言うが、それで大丈夫じゃなかった例は多々ある。
 ……頼むから大人しくしていてくれよ。
 せっかくまとまりかけた話も入院しましたで延期になったりしたらただの徒労に終わる。そんなことをあの部長に報告すれば危機管理がなっていない、と事ある毎にちくちくと背中を刺されることが目に見えていた。
 ……やめだ、やめ。
 これ以上考えても詮無きことと思考を切り替える。ここまで来たことは日課の散歩という訳ではないのだろう。
「どうかしました?」
 新堂は営業スマイルを貼り付けて尋ねる。
 ……嫌な予感するなぁ。
 ひしひしと感じる気配に毛が逆立つ。こういう時はだいたい良くないことが起きると経験が物語っていた。
 しかしその想像は容易く打ち破られた。
「ほら」
 蓮田は紙面の入ったクリアファイルを持っていた。差し出し、訳も分からず受け取った新堂は表面を見て、
「これ……」
「貸与証明だ。必要なんだろ」
「考えるって……」
「考えて何が変わるわけでもないだろう」
 蓮田はつまらなそうに呟く。
 ……そうだけど、さぁ。
 釈然としない気持ちを飲み込んで、新堂はファイルを折れないようにリュックへしまう。
 望外の成果だった。あとは会長の承認印さえ貰えば法務部がどれだけ足繁く通っても得られなかった契約が成立する。普段は理由で軽視されがちな人事部でもやれるという証拠に、新堂の頬は緩んでいた。
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