半官半民でいく公益財団法人ダンジョンワーカー 現代社会のダンジョンはチートも無双も無いけど利権争いはあるよ

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秘密

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「有給って取って平気ですか?」
 ある日、昼休みの喫煙所にて舞が告げる。
 桜も散り始め、夏に近づく季節だった。あとひと月もすれば長袖のシャツとおさらばして衣替えを考える頃になる。
 まだ湿気の少ない陽気のなか、新堂は半分ほど短くなった煙草を1口吸って、
「別にいいぞ」
 興味なく了承する。
 入社翌日から職員には10日の有給が与えられる。その権利を行使するには気持ち早いようにも思えるが、取れる時に取っといた方がいいと納得していた。
 ただ、
「なんで休むんだ?」
 上司として理由だけは確認しておきたかった。
 その言葉に、舞はたいそう嫌そうな表情を浮かべていた。
「……有給に報告義務はないはずですけど」
「知ってる。だけどダンジョンはこっちの都合なんて考えちゃくれないからな。都内いるかどうかだけは確認してんだ」
「紛らわしい言い方すんなー、もー」
 砕けた口調で文句が垂れ流される。
 不細工なふくれっ面の舞は、そっぽを向いてパイプを咥える。一息、甘い香りを辺りに撒き散らしてから、やや目尻の下がった顔で見上げていた。
「自宅ですよ自宅」
「……なんだ、もう疲れたのか?」
「違います」
「じゃあ――」
 そこまで言って、言葉を途切れさせる。詮索するつもりはなかったのに、知らずのうちに深く掘り起こそうとしていたことに気付いたからだ。
 良くないよな……。
 反省の意味も込めて新しい煙草に火をつける。真似をする訳では無いが一息、親しんだ香りを楽しむことにした。
 ちりちりと紙が焼ける。赤く、そして灰になる先を見て落ち着きを取り戻していた。
 指を口元から離し、腕を下げる。吐いた煙が空へかすれていく様子に目をやりながら、
「仕事で分からないところはないか?」
「露骨に話題変えるじゃん、カッコわる」
「憎まれ口叩かないと生きていけねぇのかお前は」
 新堂は手頃なところにあった頭に手を乗せる。ぐっと指に力を込めれば下で騒ぎ立てる声が大きくなっていた。
 減らず口を叩く悪ガキへの制裁は程々に、新堂は勝ち誇った笑みを浮かべて優越の一服に浸る。決して口では勝てそうにないから暴力に訴えた訳では無い。愛ある指導だった。
 ……そういや。
 ふと先日の会話を思い出す。狂島の言っていた秘密とやらがなんだかわからないが、目の前のちんちくりんはまだ何か隠し事をしているようだ。ただの当てずっぽうかもしれないが、あの狸が適当なことをうそぶくとも思えず、
「……秘密なら知ってるぞ」
 口に出してから、
 ……あれ、今言っていいんだっけ?
 悩む。とっておきの魔法の呪文だったはずだ。だとすればこんな場面で切っていい手札ではない。
 やらかしたかと一瞬顔をしかめるがすぐに思い直す。これはフェアじゃない。一方的に弱みを握っていることはダサいよなと思えていた。
「なんでもない。忘れて――」
「――はっはっは」
 新堂の撤回の言葉は謎の笑い声に掻き消されていた。
 突然の歓声に新堂は後ずさる。気でも触れたのかと恐る恐る見ると、やれやれと頭を横に振る少女の姿があった。
 どういう状況か疑問を持つより早く、
「参加したいならそう言えばいいのに、もったいぶって」
 えらく上機嫌な舞が腰の辺りを何度も叩いていた。
 ……んん?
 予想と違う反応に戸惑う。新堂は流されるようにおう、と頷いていた。
 参加とは何か、今更聞ける雰囲気ではなく分からないまま話を続けるしかなかった。
「で、いつ休むんだ?」
「来週の水曜日。準備はしておくからなんか飲みたいものとかあったら自分で買ってきてね」
「……はい」
 納得のいかないまま了承する。
 絶対に何か勘違いされていることはわかっていた。その上で、
 ……なるようになれー。
 心中が自暴自棄のまま突っ走ることを決めていた。



 翌週。
 午前から舞のいない職場は平穏という言葉が似合う。そもそもこの時期は閑散期、他部署のヘルプでもない限り人事部は暇だった。
 ……何させられんのかなぁ。
 椅子にもたれ掛かり、つけっぱなしのパソコンが垂れ流すスクリーンセーバーを眺めながら、新堂はこの後の予定を考えていた。
 指定された場所は舞の自宅マンション。職場と同じ葛飾区内にある駅近の物件だった。
 待ち合わせの時間は特になく、仕事終わりに向かえばいいとの事。そこで何をするのかは今日まで聞かされていないし、聞くことも出来なかった。
 ……いいんかなぁ。
 話を聞く限り天涯孤独の身。見た目が子供とはいえ、年齢は立派な大人だ。ルームシェアでもしていない限り一人暮らしの家に邪魔するということがどういうことか、分からないはずもなく。
 新堂はやる気のない表情で目だけを動かしていた。同じ職場で働く部下達を見過ごして対面の壁にかかっている時計を見る。時刻はまもなく定時を迎えようとしていた。
 相変わらず部長、狂島の姿は無い。今は部長以上の幹部職が集まって会議をしているのだから当然だった。この調子なら定時は過ぎるだろうと経験が語る。
 ……行くか。
 気が乗らないまま、デスクの上を片付け始める。道中コンビニに寄ることも考えるとだいたい1時間弱。そんな計算をしながら新堂はホストへのメールの文章を考えていた。
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