半官半民でいく公益財団法人ダンジョンワーカー 現代社会のダンジョンはチートも無双も無いけど利権争いはあるよ

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実働1部4

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「夜巡ちゃん、戦闘経験は?」
 リアカーから武具を漁っている舞の後ろから声が降る。
 これとかかなぁ……?
 手には掌に収まる程度の大きさのナイフを数個持ちながら、
「ただの一般人です、あるわけないじゃないですか」
 いかにも悩んでいるように振る舞いながら答えていた。
 事前にルールは通達されている。刃物なら柔らかいカバーをつけたもの、鈍器ならスポンジで包まれたものを使用し、有効打になりうる攻撃を決めた方が勝ち。1体1で1本勝負、特にハンデはない。
 やるからには勝つ、勝てないまでも善戦はしたいと舞は考えていた。最近よく頭に浮かんでくる見知らぬおじいちゃんもそれに同意していた。
 しばらく悩んでから1本の木刀を抜き出す。舞の胸まである長刀は金属のものよりは軽いが振り回すより先に舞の手首が駄目になる代物だった。
 これでいいかと素振りする。上に持ち上げれば背中が伸びて、振り下ろせばたたらを踏む。ダンジョンで使うならゴブリン相手でも後手を取るだろう。
 あまりにも不格好な様子を見て、辛は腹を抱えて笑い、
「やめときな。憧れるのは勝手だけど短刀にしておくんだね」
「身長差あるんですよ、少しでも柄が長い奴のほうがいいと思いませんか?」
「普通ならね。そのズボンに挟んだナイフがなきゃ私もそういったと思うよ」
 そう言うと、辛は顎で舞の腰辺りを指す。
 ……バレたか。
 目論見を見透かされて、気恥ずかしさに舞は舌を出す。長刀はブラフ、初手投げつけてナイフで接近するつもりだった。
 バレては仕方ないと舞は木刀を投げ捨てる。カランと乾いた音が空に消えていた。
「付け焼刃の作戦は効かねぇぞ」
「それでも策を練らなきゃ勝負にすらならないんですけど」
 横から口出しするのは新堂だ。彼もまた嘲笑するような笑みで舞を見つめていた。
 他の人ならまだしも、新堂に蔑まれていることに自尊心がひどく傷つく。
 ……ちくしょう。
 絶対に見返してやるつもりで、沸騰しかけた頭を切り替える。大きく息を吸って、また吐くと、
「ちょっとトイレ行ってきます」
「緊張してんのか?」
 茶化す新堂にべーっと舌を見せて舞は校舎へと歩いていた。



 5分後。
 2人の元へ戻ってきた舞の姿に新堂が言葉を無くしていた。
 せっかく乾かした頭からまた水をかぶったねずみがやけにすっきりとした表情でいたからだ。
 ……うーん。
 予想できない奇怪な行動に辛は心のうちで唸る。ただのパフォーマンスにしても意味が分からない。これから長時間運動するためにあらかじめ身体を冷やすというなら、そんなことをするより適度に休憩を取るほうが効果的だ。わざわざ服が体に張り付く不快感を感じ続ける理由はない。
 変だ。何か策があるのでは。いやむしろそう警戒させることに意味があるかもしれない。
 ……なんてね。
 辛は思考を止める。半年にも満たない時間、その中でも舞と話した時間は数少ない。人事部の事務作業は新堂が教えているし、ヘルプも一緒になることがほとんどないからだ。他愛のない世間話など一言も交わしたことがなかった。
 だから考えない。新堂から手を焼くほど優秀で、また一筋縄ではいかないことは聞いている。だからなんだ、フィジカルでもテクニックでもエクスペリエンスでも下回っている相手に惑わされる必要はない。
「準備はいい?」
 辛は地面に刺していた2つの鉄の棒を握り、言う。双剣術、古代から伝わる伝統武術は力押しよりも速さと連撃を重視した、舞踏のような戦いを得意としていた。
「いつでも」
 前髪から水滴を滴らせながら、舞が不敵に笑う。獲物は包丁よりも短い短刀で、構えは特にない。
 ……まいったな。
 辛はそう評価する。舞のたたずまいは素人のそれである。この訓練の目的は戦う意識を持つこと、本番の相手は殺す気で来るのだから気圧されない心の強さを測ることが一番だった。
 そういう意味では舞は既にクリアしていると判断していいだろう。隙あらば勝ちすら狙う姿勢は好ましいものがあった。
 ならば次に考えなければいけないのが戦闘技術である。ダンジョンは基本的に3人並んで歩ける程度の狭い通路が多く、武器を振るうなら2人、いや1人のほうがやりやすい。そのため前後の入れ替えを行いながらダンジョンを進んでいくのだが、当然1人でモンスターを倒せる技量が必要だった。
 人事部が事務員だとしても、皆ゴブリン程度はほふる強さを持っている。人手が足りず、民間人に犠牲が出ることになれば倒産の危機だからだ。
 もちろん今後舞にもそれが要求される。その時ネックになるのが、
 ……身長、いや体重だね。
 体型を見ても軽すぎる。体重が増えれば打撃の威力は上がり、重い武器を振る際の安定感も増す。たかが木刀ごときに振り回されるようではこの会社に居られない、もしくは無理して死んでしまう未来しかなかった。
 ……よし。
 決まった。後のことは新堂が考えるとして、今は完膚なきまでに叩き潰すことだけに集中する。
 舞はまだ動かない。足元に水溜まりを作ってもなお。だから辛は、
「対人を意識してもしょうがないからな。オークだと思ってかかってきな」
 棒を握ったまま中指を立てて手前に2回引く。
「りょーかいです」
「始めっ!」
 新堂が両者を一瞥いちべつすると、間を割るように叫んでいた。
 直後、
 ほーん……。
 目前に迫っていた短刀を辛は首を僅かに捻り、かわす。耳元を風の切る音が通り過ぎていた。
 雑だが狙いはいい。しかしその仕掛け人は、
「……何してんの?」
「何って逃げてるだけですよー」
 5メートルほどあった距離が10メートルまで開いていた。
 面白い、と辛は笑う。相手が自分より上ならまず逃げを選ぶ。それをこの場面でも行う胆力を素直に褒めていた。が、
「いやそれじゃ訓練にならんだろ」
「2メートル超えるオーク相手に勝てるわけないじゃないですか。さっさと逃げて勝てる人にお願いするしかないです」
 呆れを通り過ぎて虚無になった顔の新堂に舞が反論する。
 ……ほんと、面白いわ。
 全体よりも個人を優先する考えは付和雷同を良しとする会社にはそぐわないが、個人的には好ましい。
 しかし、そればかりでは成り立たないから会社なのだ。 
「まぁそれも正解だけどさ。でもそれじゃ駄目な時はどうする?」
 辛は言いながら獲物を舞に向ける。 
「味方が傷ついて、1人でモンスターを引きつけなきゃいけない。助けも呼べず、目の前の敵を倒さなければいけない時、そのナイフを捨てられるの?」
 叱るではなく諭すように。いついかなる時でも例外が起こる、ダンジョンとはそう言うところだから。
 ……さあ、覚悟を見せなよ。
 眼光突き刺さる先、小さな少女は隠していたナイフを手に持ち、今度はしっかりと構えていた。
「……わかりました。本気で行きます」

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