半官半民でいく公益財団法人ダンジョンワーカー 現代社会のダンジョンはチートも無双も無いけど利権争いはあるよ

文字の大きさ
38 / 138

飲み会2

しおりを挟む
 いつからいたのか。そこには六波羅を超える巨漢が気だるそうに立っていた。
 声を聞き、目で見て、気配におののく。六波羅はすぐに立ち上がると、低い天井に擦らせながら頭を下げる。
「――っ!? 先輩、お久しぶりです!」
「おいおい、別に先輩風吹かせてなかったろ。お前の会社にいるんじゃないんだ、もっと気楽に呼べよ」
 急にやってきた男、薬師寺 雨生は運ばれてきたジョッキとグラスを受け取り六波羅の隣に座る。ただでさえ窮屈な空間に男の蒸し暑さが追加されていた。
 やられた……。
 退路を塞がれ、見つからないように六波羅は表情を歪める。逃げ出そうにも薬師寺の身体が栓になって1歩も動くことが出来ないでいた。
「――で、いつまで突っ立ってんだ? 迷惑だろ」
「すみません、失礼します」
 また頭を下げて着座する。空きのグラスの代わりに置かれた琥珀こはくの液体は氷が溶けてカラリと音を立てる。
「ほんじゃカンパーイ」
 全員にドリンクが行き渡ったところで、舞が2度目の音頭をとる。ただしまともに反応したのは薬師寺だけで、残り3人はぎこちなく手をあげるに留まっていた。特に新堂は緊張からか小刻みに震え、持ったジョッキの表面に波がたつ。よく見ればかすかに目元が潤んでいた。
 ……どうすればいいんだ?
 無言。通夜つやのような重苦しい雰囲気に間が持たずグラスに口をつける。アルコールによりかもされた薫香が鼻を抜けていく。会話を探して目を走らせるが誰1人視線が合わず、
 ……仕方ない、か。
 この状況が誰のために用意されたのかと問われれば答えを言う必要すらない。要らぬお節介に口元を歪ませながら六波羅は横を向く。 
「先輩……この新入社員とはどういう関係で?」
「保護者」
「じゃない」
 間髪かんはつ入れず向かいの席から否定の言葉が飛ぶ。横から新堂が余計な口を挟むなと後頭部を叩くところが見えていた。
 仲良いな、と場違いに考える。まだ数ヶ月しか経っていないというのに、まるで親友のようだ。いささか新堂が下に見られているようにも見えるが他人が口出しするところではない。
 会話が止まってしまった。次の言葉を探しあぐねていると、先に薬師寺が話を続ける。
「……こいつがい号ダンジョンで迷ってたところを拾ったんだ。親戚も引き取らねぇって言うんでしばらく面倒見てた」
「そうなんですか……」
「洗濯ひとつ出来ないで面倒見るなんて言うんじゃないの。家事のほとんどは私がしてたのよ!」
「だ、そうだ」
 舞の非難も何処吹く風、薬師寺は他人事のように答える。
 意外だ……。
 良くも悪くもおおらかだと認識していた彼が、子供を引き取るような真似をするとは。男女の関係ですら面倒くさいと一蹴して風俗インスタントな店で済ませる人から出る言葉とは到底思えない。
「意外でした」
 思わず考えが口に出る。それに薬師寺は機嫌悪くなるどころか含むような笑みを浮かべていた。
「そりゃそうだ。子供は嫌いだしな、うるさくて敵わん。それより――」
 1度区切り、そして、
「――聞きたいことがあるなら早くしろよ。それともまだ口を開くには飲み足りないか?」
 冷たいナイフのような言葉を刺しこんでいた。
 あぁ……だから苦手なんだ……。
 人の気持ちも考えず、悩みをろくでもないとぶった斬る。自分のような後ろ向きな人間にはあまりに眩しく、そして遠い存在だ。
 5年という年月は熱を冷ますには十分で、綺麗な水も色濃く濁る。あの時言えなかったこと、その中でも燻り続けた小さな種火を六波羅は吐き出した。
「先輩は、あの時どうして俺たちを見捨てたんですか?」
 道はあったはずだ。全てを丸く収める、そんな道が。戦友は死なず、偉大な先達の後ろを歩き、こんな小汚い飲み屋で気軽に愚痴を零す。そして燃え尽きたように退職する、ごく普通の未来。
 綻びが生まれたのならそれは薬師寺が去ったことだ。時に煽り、時に止める彼の存在は重しとしてよく働いていた。それが居なくなったからチームは死んだ、残ったのは心を病んだ臆病者だけ。
 その真意を聞きたかった。5年、それだけの時間がかかってようやく口に出せた。
 薬師寺は懐から出した煙草を咥えて火を灯す。じりじりと減っていく長さが残り時間を示しているようだった。
 ただ無言の時間が経過する。何も変化がないまま1本目の煙草は吸い終わり、2本目に移る。そしてふう、と紫煙を吐き、顔を見ずに口を開く。
「……言い訳にしかならんから言ってなかったがあの日のあの選択を後悔したことは無い。ただ1つ、お前がそんなに軟弱だったことだけが誤算だった」
「――っ!」
 咄嗟に拳を握る。手のひらに爪がくい込み、濃い痕を刻む。
 ……仲間が死んだのは俺のせいだというのか――。
 激情に身体が震えていた。今にも飛びかかり、その喉を掻っ切ろうと腕が飛び出しそうになる。眉間には血管が浮かび、がりがりと音が鳴るほど奥歯を噛む六波羅を薬師寺は一瞥して、
「ここで殴れないからお前は駄目なんだよ」
 その言葉は一線を越えた。
「っ――」
「――馬鹿にすんじゃねぇ!」
 怒鳴り、テーブルにジョッキを叩きつけるように置く。気炎を吐いて睨みつけるのは新堂だった。
 彼は眉を吊り上げて、前のめりになる。周囲は水をかけたように静まり返り、注目を集めていた。
「六波羅さんはなぁ、自分の命だけ背負ってんじゃねえんだ。こっちが採用したどんなに使えないヤツでも使いもんになるまで面倒みるし文句1つ言わねえ。1人でなんの責任も取らずにダンジョン行ってる奴なんかよりうちの部長はずっと偉いんだよ!」
 ……こいつ。
 新堂の前にはいつの間にか空になったジョッキが並んでいた。急に飲みすぎたせいでみっともない姿を見せている彼を眺めると、昂っていた感情がすんっと冷える。
 そもそも言っていることはめちゃくちゃだ。使えない奴しか採用しない人事部には日常的に文句を言っているし抗議もしている。新人の面倒を見ているのは自分ではなくちゃんと教育係がいるし、なにより新堂の部長は狂島であって自分ではない。フォローと言うよりはただ自分に酔っているだけの言葉は驚くほど心に響かない。
 これ以上痴態を積み上げる前にどうにかした方がいいと介護を期待するが、隣の女子2人は自分達の話に夢中で気付かない。いや、あれは分かって他人の振りをしているようだった。
 もう殴ってでも止めようかと六波羅が考えていると、隣で大きく笑う薬師寺がいた。
「はっはっは、なかなか愛されてるじゃねえか」
「いや……まぁ……はい……」
 六波羅は頬を引き攣らせるようにぎこちなく笑う。薬師寺の頭の中に出来上がってしまったまったく違う組織図をどう訂正すればいいかに悩んでいた。
 今だ新堂は薬師寺を敵視してぐるぐると唸っている。こうなったらもう全員の気が済むまで無言でいようと決めた時だった。
「1つだけ言っておく。過去に縛られるな。そして過去を見つめ直せ」
「見つめ直せ……?」
 珍しく含みのある物言いに、六波羅は聞き直す。言った本人も柄にもないことを口にした自覚があるのか、所在なさげに目を泳がせながら、
「すまねえな、これ以上は言えねぇ契約なんだ。まぁいい加減なにがあったか思い出す時が来たってことだな」
 契約、思い出す。どういうことだ、何を知っている。陰謀論じみたことを口走る男の真意が見えず、六波羅はただ小さく頷いていた。
「わかりました……」
「あとは……そうだな、もし壁にぶち当たったら、舞に言え。そうすれば越えられないもんも越えられるだろ」
「彼女が?」
「小さいからって舐めんなよ。少なくとも腑抜けたお前よりは強いぞ、心が」
 うん、それは知っている。見習いたくはないが、彼女も芯のある人間を探すほうが難しいだろう。見習いたくはないが。
 薬師寺はそれ以上の言葉をジョッキと一緒に飲み込んでしまう。そして新堂は倒れるように眠っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。 舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。 80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。 「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。 「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。 日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。 過去、一番真面目に書いた作品となりました。 ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。 全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 それでは「よろひこー」! (⋈◍>◡<◍)。✧💖 追伸 まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。 (。-人-。)

(更新終了) 採集家少女は採集家の地位を向上させたい ~公開予定のない無双動画でバズりましたが、好都合なのでこのまま配信を続けます~

にがりの少なかった豆腐
ファンタジー
突然世界中にダンジョンが現れた。 人々はその存在に恐怖を覚えながらも、その未知なる存在に夢を馳せた。 それからおよそ20年。 ダンジョンという存在は完全にとは言わないものの、早い速度で世界に馴染んでいった。 ダンジョンに関する法律が生まれ、企業が生まれ、ダンジョンを探索することを生業にする者も多く生まれた。 そんな中、ダンジョンの中で獲れる素材を集めることを生業として生活する少女の存在があった。 ダンジョンにかかわる職業の中で花形なのは探求者(シーカー)。ダンジョンの最奥を目指し、日々ダンジョンに住まうモンスターと戦いを繰り広げている存在だ。 次点は、技術者(メイカー)。ダンジョンから持ち出された素材を使い、新たな道具や生活に使える便利なものを作り出す存在。 そして一番目立たない存在である、採集者(コレクター)。 ダンジョンに存在する素材を拾い集め、時にはモンスターから採取する存在。正直、見た目が地味で功績としても目立たない存在のため、あまり日の目を見ない。しかし、ダンジョン探索には欠かせない縁の下の力持ち的存在。 採集者はなくてはならない存在ではある。しかし、探求者のように表立てって輝かしい功績が生まれるのは珍しく、技術者のように人々に影響のある仕事でもない。そんな採集者はあまりいいイメージを持たれることはなかった。 しかし、少女はそんな状況を不満に思いつつも、己の気の赴くままにダンジョンの素材を集め続ける。 そんな感じで活動していた少女だったが、ギルドからの依頼で不穏な動きをしている探求者とダンジョンに潜ることに。 そして何かあったときに証拠になるように事前に非公開設定でこっそりと動画を撮り始めて。 しかし、その配信をする際に設定を失敗していて、通常公開になっていた。 そんなこともつゆ知らず、悪質探求者たちにモンスターを擦り付けられてしまう。 本来であれば絶望的な状況なのだが、少女は動揺することもあせるようなこともなく迫りくるモンスターと対峙した。 そうして始まった少女による蹂躙劇。 明らかに見た目の年齢に見合わない解体技術に阿鼻叫喚のコメントと、ただの作り物だと断定しアンチ化したコメント、純粋に好意的なコメントであふれかえる配信画面。 こうして少女によって、世間の採取家の認識が塗り替えられていく、ような、ないような…… ※カクヨムにて先行公開しています。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...