半官半民でいく公益財団法人ダンジョンワーカー 現代社会のダンジョンはチートも無双も無いけど利権争いはあるよ

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ダンジョン攻略12

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 ……うーん、うーん……。
 本日2度目の唸り。先ほどよりも長いのには理由があり、舞は無駄なリスクに巻き込みたくない、山ゴブリンたちは1人死地に向かわせたくない、お互いがお互いのことを思いやっているからこそ、舞はすぐに肯定も否定も出来ずにいた。
 3秒、吸って吐くだけの時間を、目を閉じて考える。
 私は戦士、勇気あるもの。それは10年前も同じ。あの時の家族とは違うけれど、新しい家族も守る義務がある。ならば――。
『センシ』
『うむ』
『ついてくる。他、待て』
 舞の選択に異論は聞こえず、そもそも戦士に選ばれた舞へ意見すること自体本来なら許されることではなく、それがまだ完全には認められていない証拠でもあり、前任のセンシが選ばれたことで溜飲りゅういんを下げた他の山ゴブリンに好ましくない感情を抱くも、
『行く』
 近くの蓋を開け、滑り込ませるように身体を入れる。
 下は空洞、地面まで2メートルほど。常人なら多少なりとも肝が冷える程の高さだというのに舞は猫のように膝を曲げて着地すると直ぐに壁際に身体を押し付ける。センシも同様に降り、
 ……んー?
 呆気あっけない程何も無いことに舞は首を捻り、5秒固まってまた首を捻る。
 前後に長く伸びた通路は果てが見えず、闇の中に吸い込まれている。このまま無遠慮に進むことを許さないおどろおどろしい雰囲気があるのはいつもの事で、この場に巣食う強大で野蛮で情け容赦ない怪物がいるはずが、いだ湖面のようにしんと静まり返っている。その理由がわからず、いやいないほうがいいことに違いないが、大きな見落としがあるのではないかと疑心暗鬼が足を止めていた。
『――! こっち』
 せわしなく目だけを動かし、遮蔽物しゃへいぶつのない通路で浮浪者のように壁に身体をこすりつけていた舞に、センシが声を掛ける。彼は堂々たる出で立ちで通路の真ん中から道の先を見据え、強者特有の慢心があるにせよ、責任を背負い続けた男の背中に凛々りりしさと嫉妬で心がかき乱されるようだった。
『わかった』
 煩悩を払うために頭を振り、切り替えた舞が立ち上がる。センシの向かう先は右手側、何が待ち構えているのか、それは程なくして理解出来ることとなる。
「……なるほど」
 巨大な透明の糸が縦横無尽に張り巡らされ、それを見た時小さく感想が零れた。通路を塞ぐそれは1匹の獲物を捉え、満足そうに食事する大蜘蛛の姿だった。
 化け蜘蛛とも呼ばれるそれは小さな身体ですら1メートル近くあり、針のように長く細い手足は人間など容易に貫くことが出来る。しかし他の蜘蛛同様基本は視認しにくい糸に獲物がかかるのを待つだけなので、注意さえしていれば人間に被害を及ぼすことのない、数少ないモンスターだった。その代わり撤退時に慌てている時などは一転して凶悪なモンスターに変わるところがいやらしくもあるのだが。
 愛らしくも憎たらしい蜘蛛の巣にかかった哀れなモンスターは、非常に長い身体の半分ほどが糸に絡められていて、残り半分は力無く地面に投げ出されている。土気色の身体は節がいくつもあり、
 ……あ。
 その姿に見覚えはなくとも、特徴から直ぐに名前は思い当たり、
 ……サンドワームじゃん。
 この事態を引き起こした下手人の、既に事切れた無常の死体に感情の行き場を失う。そもそも敵対したら勝てる訳がないのだが、六波羅の後ろから恨みつらみを乗せた石でも投げつけてやろうと、そんな小さなことを考えていたのが全てふいにされてしまった。
 ともかくこれで振り出しである。不審な音の正体はサンドワームが最期のあがきによるもので、恐らく辛達はここにいない。戻ってまたあの暗く狭い安全地帯から捜索を再開しようとした時だった。
 ――げっ。
 視界の端に揺れるものがあった。朧気おぼろげなそれが何か、目を凝らすよりも先に警告音が脳内に響き渡る。
 それは稀有けうな例だった。普段なら生息階層の違うモンスターが出逢えば一方的な虐殺劇が見られることだろう。しかし条件さえ整えば、それでも滅多にないことだが、共生や寄生という関係を築けるものもいた。特に化け蜘蛛は強力な割に積極的に獲物を襲わない、そこへ自身を釣り餌にして周囲のモンスターを駆除してもらう、小狡こずるさかしいゴブリンに9年前辛酸しんさんを舐めさせられた経験があった。
『逃げろ!』
 今からでは逃げきれないと、舞は落ちてきた穴に向かって喉が裂ける勢いで叫ぶ。もしかしたら間に合うかというタイミングだが、隠し通路とは誰にも見つかっていないから価値があるもので、ゴブリンに侵入されれば幼子もいるあの泉まで侵略されかねず、全滅の危機を招くこととなる。それは到底許可できる話ではなかった。
 しかし、
 ……どーしよーかね。
 仲間は逃がした、あとは自分とセンシだけ。前方にはゴブリンかまたはそれに近い何かが群れをなし近づいてきていて、後ろは絡まれたらちょっとやそっとでは抜け出せない、茨の道のような蜘蛛の巣が待ち構えている。陳腐な言葉を使うならピンチであり四字熟語なら絶体絶命、そんなふざけていられる時間も残り少ない。
 ……あっ!
 もしかしたらなんて考える時間はなく、舞は腕を伸ばしてセンシの手を取る。向かう先は捕食されているサンドワームの尻尾の方、そこに目的のものがあるはずだった。
 くるくると踊るように踏み荒らし、すこしして足の裏が明らかに違う感触を捉える。気付き反応する前に、くるぶしまで食われるように埋まった足を見て思わず口の端が歪み、
「いくよ!」
 興奮のあまり日本語で怒鳴る。誰にも伝わらない言葉を残して、サンドワームが開けた穴に深く踏み込んでいた。
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