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貧者の水4
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……困ったな。
山ゴブリンを先頭とした一行の最後尾で辛は頭を悩ませていた。
その内容は、今の身体での移動が快適すぎること。速度は人の足で走った時のほうが圧倒的に早いが、内部で無限軌道のように体液を回して進むほうが疲れ知らずで段差に足を躓くこともない。それにモンスター化の変化に慣れてしまえばむやみやたらと酸で溶かすこともなく、スライムの形を保ったまま移動、運搬することも容易であった。
そのため気絶した新人は今、辛の身体に乗せられている。背の低い山ゴブリンと舞では2人がかりでも持ち上げるならいざ知れず、運ぶことができなかったからだ。その彼は今蒸し暑いダンジョンの中でひんやりと冷たいウォーターベッドに横たわり安らかな夢を見ていた。
……暢気だな。
大きな外傷もなく、それでいてなかなか起きずに寝息を立てているのは心労から来るものか、もしくは見ていないところで頭をしたたかに打ち付けた可能性もある。触れた感じではこぶはないようだったが、一度精密検査を受けさせるべきであり、そのためには何としても地上に行かなければならなかった。
帰路は思いのほか順調で驚くほど接敵はなく、あの罠、実際はサンドワームが掘った穴で罠ですらなかったわけだが、あの場所に戻るまでそれほどの時間を要さなかった。ルート取りを慎重に行っているのか、何度も山ゴブリンと話している舞の姿ははたして本当に人間なのだろうかと疑わしくなるものであった。どこまでも想定内、ダンジョンの全てを把握しているようで、そんなことが出来る人物を辛は知らない。そして索敵の全てを山ゴブリンに任せ、舞はただ方向を聞いているだけである真実も辛は知る由もなかった。
総括すると、気付いた時には辛の目の前には泉のある広場が広がり、そこに待ってましたと大きな男2人がモンスターに囲まれていた。通常なら恐ろしい場面であるものの、舞のおかげで慌てずに済み、いや、
「うわっ……えっ、ちょ、えっ!?」
辛の姿を見た新堂が壊れた洗濯機のように激しく身体を揺らして慌てていた。
「どうしました? 言語野バグってますよ」
「バグるだろそりゃ……えっと、辛、なんだよな?」
舞と話していた彼は辛の顔を見て身体を見て、再度目が合う。
……わかるけども。
動揺の理由に合点が行き、ただまじまじと見つめられることに一抹の気恥しさを覚え、辛は肩までスライム化する。生首が置かれたような状態のまま、頬を赤らめ、
「いやはや、お騒がせしました」
「現在進行形で騒いでるっての……」
打てば響く、新堂とはそういう男だった。
「……なんて言うかさ、とりあえず無事で良かった」
「はい……無事?」
「今は無事ってことにしておいてくれ、頭イカれそうなんだよ」
頭を抱えるように目頭を押さえる新堂、その彼をよそに岩のような大男、六波羅が舞に目を向け、
「舞」
「なんでしょ」
「詳しく聞けるか?」
問うのは当然で、この場の責任者である彼は知る必要があったのだけれど、舞はたっぷり3秒思案して、可愛らしい上目遣いになる。ただの身長差だろうけれど、その口元は性根の悪さがにじみ出るように歪み、
「……やーさんからの宿題は終わってます?」
「いやまだだ」
「なら駄目です」
断った。なんの権限があってのことなのか、しかしそれを聞いて六波羅が気分を害した様子もなく、いやいや駄目だろうと辛が前に出る。
「なんでよ、私には話したじゃん」
「説明しなきゃ完全にモンスターになってたからですよ。それにやーさんから睨まれたくないですし」
うーんわからん。モンスター化、ひいては貧者の水という根幹が揺らいでいるせいでその上に積み重なった事象の確信が持てず、辛の心に響かない。
完全なモンスター化、そもそもモンスター化とは。それは貧者の水がなければいけないのか否か。悪化するのか治るのか、感染するのかどうなのか、考えだしたらきりがなく、辛は渋い顔をして舞を見つめていた。半分自分のことなので論理建てて知りたいという感情を否定できるものはなく、ただ本当に舞はそれ以上知らず存ぜぬ、聞かれても答えようがないのだけれど、今までの態度が悪かった、半端に期待を持たせる言動に辛はカツアゲに勤しむ不良少年のような目つきで小さな少女をどう吐かせるか考えていた。
「辛、いい。それについては俺も納得している」
六波羅の中ではかたがついているようで、諌めるような目線と声に、いやいやと辛が首を振る。ダンジョンで起きたことは上に報告義務があり、少しの異変も見逃せない。何よりこのまま地上に戻ってはとある部署の垂涎が見えるようで、ならばと話の矛先を自課長に向けるのは自然の流れだった。
「課長、何とか言ってください!」
「えぇ……まぁ、知りたいっちゃ知りたいけどもよ……」
この男、相変わらずの優柔不断振りを発揮し言葉を濁している。上長としての責任感を会社の机の中にしまいっぱなしにしてきたようで、もじもじと居心地悪く身体を揺するだけでそれ以上踏み込もうとしない。見かねた辛が口を開くよりも先に、舞が1歩前に出て、
「課長は……知りたいですか?」
あぁあれは揶揄うための笑いだな、と当の本人以外は可哀想にと目を伏せるような表情で問いかける。
「まぁ、そうだな。知っといた方がいいことだろうし」
「本当に?」
「は?」
「本当に知りたいんですか? 知った後でやっぱなしには出来ないんですよ、それでもいいと思って言ってます?」
山ゴブリンを先頭とした一行の最後尾で辛は頭を悩ませていた。
その内容は、今の身体での移動が快適すぎること。速度は人の足で走った時のほうが圧倒的に早いが、内部で無限軌道のように体液を回して進むほうが疲れ知らずで段差に足を躓くこともない。それにモンスター化の変化に慣れてしまえばむやみやたらと酸で溶かすこともなく、スライムの形を保ったまま移動、運搬することも容易であった。
そのため気絶した新人は今、辛の身体に乗せられている。背の低い山ゴブリンと舞では2人がかりでも持ち上げるならいざ知れず、運ぶことができなかったからだ。その彼は今蒸し暑いダンジョンの中でひんやりと冷たいウォーターベッドに横たわり安らかな夢を見ていた。
……暢気だな。
大きな外傷もなく、それでいてなかなか起きずに寝息を立てているのは心労から来るものか、もしくは見ていないところで頭をしたたかに打ち付けた可能性もある。触れた感じではこぶはないようだったが、一度精密検査を受けさせるべきであり、そのためには何としても地上に行かなければならなかった。
帰路は思いのほか順調で驚くほど接敵はなく、あの罠、実際はサンドワームが掘った穴で罠ですらなかったわけだが、あの場所に戻るまでそれほどの時間を要さなかった。ルート取りを慎重に行っているのか、何度も山ゴブリンと話している舞の姿ははたして本当に人間なのだろうかと疑わしくなるものであった。どこまでも想定内、ダンジョンの全てを把握しているようで、そんなことが出来る人物を辛は知らない。そして索敵の全てを山ゴブリンに任せ、舞はただ方向を聞いているだけである真実も辛は知る由もなかった。
総括すると、気付いた時には辛の目の前には泉のある広場が広がり、そこに待ってましたと大きな男2人がモンスターに囲まれていた。通常なら恐ろしい場面であるものの、舞のおかげで慌てずに済み、いや、
「うわっ……えっ、ちょ、えっ!?」
辛の姿を見た新堂が壊れた洗濯機のように激しく身体を揺らして慌てていた。
「どうしました? 言語野バグってますよ」
「バグるだろそりゃ……えっと、辛、なんだよな?」
舞と話していた彼は辛の顔を見て身体を見て、再度目が合う。
……わかるけども。
動揺の理由に合点が行き、ただまじまじと見つめられることに一抹の気恥しさを覚え、辛は肩までスライム化する。生首が置かれたような状態のまま、頬を赤らめ、
「いやはや、お騒がせしました」
「現在進行形で騒いでるっての……」
打てば響く、新堂とはそういう男だった。
「……なんて言うかさ、とりあえず無事で良かった」
「はい……無事?」
「今は無事ってことにしておいてくれ、頭イカれそうなんだよ」
頭を抱えるように目頭を押さえる新堂、その彼をよそに岩のような大男、六波羅が舞に目を向け、
「舞」
「なんでしょ」
「詳しく聞けるか?」
問うのは当然で、この場の責任者である彼は知る必要があったのだけれど、舞はたっぷり3秒思案して、可愛らしい上目遣いになる。ただの身長差だろうけれど、その口元は性根の悪さがにじみ出るように歪み、
「……やーさんからの宿題は終わってます?」
「いやまだだ」
「なら駄目です」
断った。なんの権限があってのことなのか、しかしそれを聞いて六波羅が気分を害した様子もなく、いやいや駄目だろうと辛が前に出る。
「なんでよ、私には話したじゃん」
「説明しなきゃ完全にモンスターになってたからですよ。それにやーさんから睨まれたくないですし」
うーんわからん。モンスター化、ひいては貧者の水という根幹が揺らいでいるせいでその上に積み重なった事象の確信が持てず、辛の心に響かない。
完全なモンスター化、そもそもモンスター化とは。それは貧者の水がなければいけないのか否か。悪化するのか治るのか、感染するのかどうなのか、考えだしたらきりがなく、辛は渋い顔をして舞を見つめていた。半分自分のことなので論理建てて知りたいという感情を否定できるものはなく、ただ本当に舞はそれ以上知らず存ぜぬ、聞かれても答えようがないのだけれど、今までの態度が悪かった、半端に期待を持たせる言動に辛はカツアゲに勤しむ不良少年のような目つきで小さな少女をどう吐かせるか考えていた。
「辛、いい。それについては俺も納得している」
六波羅の中ではかたがついているようで、諌めるような目線と声に、いやいやと辛が首を振る。ダンジョンで起きたことは上に報告義務があり、少しの異変も見逃せない。何よりこのまま地上に戻ってはとある部署の垂涎が見えるようで、ならばと話の矛先を自課長に向けるのは自然の流れだった。
「課長、何とか言ってください!」
「えぇ……まぁ、知りたいっちゃ知りたいけどもよ……」
この男、相変わらずの優柔不断振りを発揮し言葉を濁している。上長としての責任感を会社の机の中にしまいっぱなしにしてきたようで、もじもじと居心地悪く身体を揺するだけでそれ以上踏み込もうとしない。見かねた辛が口を開くよりも先に、舞が1歩前に出て、
「課長は……知りたいですか?」
あぁあれは揶揄うための笑いだな、と当の本人以外は可哀想にと目を伏せるような表情で問いかける。
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