半官半民でいく公益財団法人ダンジョンワーカー 現代社会のダンジョンはチートも無双も無いけど利権争いはあるよ

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夏、海、カツオ7

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 ……。
 ……。
 ……やりにくいな。
 辛が離れて約5分、たったそれだけしか時間が経過していないのに舞の身体はむずむずと肌の上を無数の虫が這いずり回っているようでいても経ってもいられず、堪え性という言葉を母の胎内に忘れてきたのだろう、何度も何度も姿勢を変える姿は落ち着きがなく、かといって仕事中なのだから投げ出す訳にもいかずに、とにかく変化を欲していた。今ならどれだけつまらない学生のノリを見せられても笑って許せるほどに。
 そしてもうひとつ、派手に動けない理由があった。戸事だ、隣にしては距離があり、その距離がそのまま2人の関係を示しているようで、端的に言えば嫌われていることを如実に示していた。
 だからといって普段の舞なら気にもしないこと、隣人すべて愛する博愛主義でもなければわざわざ嫌われている人につっかかりもしない、他人は他人と割り切る思い切りの良さがあったが、完全に無視を決め込まれているならそれでよし、しかし戸事から嫌悪感が色を付けてもやのように取り囲むくせしてちらちらと視線を感じるものだからやりにくい、いっそもっと距離が離れていれば些末なことへ囚われずに済んだのにダンジョンという危険地帯がそれを許さず、やきもきだけが胸を焼いていた。
 唯我独尊、我が道を爆走すると思われがちだが舞にだって先輩を立てるだけの常識くらい持ち合わせていた、ただ気を使ってやっているのに面倒臭い奴だな程度には心に秘めていて、本人は隠しているつもりでも言葉や態度の端々に漏れ出るくらいには正直であった。
 しかし、しかしである、いかに思慮深く性根の優しい近年稀に見るやまとなでしこだったとしても――冗談ではなく舞は自身を心の底からそう判断していて――人間なのだ、苛立ちもする。舞の悪い癖で、悩んでいるときに馬鹿馬鹿しくなってとりあえずやってしまえと思考をやめる時があった。今回も正しくそれで、
「戸事さんって――」
「話しかけないで、仕事中よ」
 にべもなく、しかし舞はそれで止まる女では無い。
「辛さんのこと好きなんですよね」
「人の話聞いてた?」
「聞いてました、聞く必要が無いと思っただけです」
「……はぁ」
 ため息、当然のことだった。誰でも同じく考えるだろう、喧嘩を売っていると。
 憤慨ものだが売り言葉に買い言葉を続けていては積もり積もってそれが会話となる、それを嫌ったのだろう、
「そうよ。好き、なんて言葉じゃ言い表せないくらい、全てを捧げてもいいの」
「あ、はい」
 突然の惚気に聞いた方が声を詰まらせる。
 知ってはいたが最終確認、石橋を叩いて渡ったなら後はゆっくり歩けるというもの。
 要は嫉妬されているのだからこちらにそのつもりはないと伝えればいいだけの事なのだ、と舞は考えるがそれは浅知恵、どれだけ説得しようにも辛の気持ちが戸事以外に向いている時点で彼女の気持ちが穏やかになることは無いのだけれど、そこまで汲み取れないのが舞という女であった。
 意気揚々と私は無関係ですアピールをしようと舞が口を開きかけた時だった。
「騙されてるって馬鹿にしてるでしょ。分かってるわよ、それでも私はいいの」
 ……何言ってんだろ?
 突然の自己完結、いや言いたいことは分かっていた、しかしそれは今関係の無い話であり、舞の興味を引く内容ではない。
「してませんけど。むしろ最近暑苦しいのでそのまま引き取ってくれると助かります」
「え、あ……そう? じゃなくて!」
 納得しかけて否定する、情緒不安定なのは恋という魔法のせいなのか。
 その時ぴくぴくと竿の先が揺れていた。獲物が餌に食いつくのを待っているのだ、昨日は直ぐに引いていた舞も今朝辛から教わった通りじっと待つことを覚えていた。その横から騒がしい声が聞こえたなら喧しくて仕方がない。
「夜巡さんがあやふやな態度でいるからいけないの、もっと毅然と断ってよ」
「……そんな顔もできるんですね、普段からそうしていた方がよくないですか?」
 露骨に話をすり替える、最初話を振ったのは舞のほうなのに面倒くさくなれば直ぐにこれ、保護者の苦労も知れるというもの。
 普段の目隠れた顔とは変わり、戸事の表情は信号機のようにコロコロと変わる。怒り、恥ずかしがって照れる、言葉尻ひとつにいちいち良い反応を返すのはチョロいからではなく人に慣れていないせいのようだ。
「な、なによ……」
 頬を薄く染めて、吹く風に流れ乗る香りはキンモクセイ、女性らしくしかし控えめに香水を纏わせているのだろう、かたや煙草のいぶした臭いとは大違いだ。
「いやぁ……端的に言うと面倒くさい人だなぁって。それは今もなんですけど言いたいこと言ってる分今の方がましかと」
「仕方ないじゃない……男の人、怖いんだもの」
 男は猛獣だとでも言うようで、草食系小動物のような同僚2人の顔を思い浮かべた舞は含み笑いを浮かべる。
 それよりも獲物が餌に食いついたようで先程からリールがえらい音を立てて糸を吐き出していた。そろそろ引き上げるかと舞が力強く掴み、 
「私、親がヤクザなのよ。それもそこそこ偉い立場でね、だから周りの大人達も怖い顔の人ばっかで――」
「あ、竿引いてるんで後にしてもらっていいですか?」
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