半官半民でいく公益財団法人ダンジョンワーカー 現代社会のダンジョンはチートも無双も無いけど利権争いはあるよ

文字の大きさ
86 / 138

幕間 銭湯にて4

しおりを挟む
 一服、二服と無言のまま時だけが流れる。パイプに比べ紙巻煙草は吸える時間が短いためすぐに至福の時間を終えた戸事は、口の中に残った香りを流し込むように缶ビールを煽る。
「ふう……ねぇ、ちなみにどうやって作ってるの?」
「うーん、企業秘密なんですけど、まずは洞窟ダンジョンに生えてる苔を集めて三時間蒸すんです。それでから十分に乾燥させた後細かく刻んで、その時なるべく苔の芯は抜くようにして、後はフレーバーですね」
「それは手間かかってるわね。フレーバーは何? 果物とか?」
「いえ、モンスターの体液ですね」
 それを聞いて吹き出さなかっただけ褒められるべきである、それでも盛大にむせ込んで、涙目になりながら戸事は舞を睨みつけていた。
「は? ちょ、えっ……何使ってんのよ!」
 その苦情混じりの問い詰めは正しい、モンスター食は未だに安全かどうか不明であり、ただはっきりと分かっているのは冒涜的にまずいということである。それを煙にして肺に入れるなど、そもそも発想からしてイカれてる。
 しかしその製法も舞が独学で得たものでは無く、山ゴブリンから継承されたものだった。だから狂っているとしたらモンスターのほうで、モンスターだから仕方ないとすれば誰が悪いということもなく、異文化コミュニケーションのひとつと考えれば……納得出来る者は少ないだろうが嫌なら吸わなければいいだけと舞なら一蹴することだろう。
「マンションなんですからあんまり騒がないでくださいよ。それにそんなに変な話でもないでしょう、モンスター食べるのとたいして変わりませんしすっぽんの生き血を飲むようなものだと思えば」
「珍味と一緒にしない……本当に安全なのよね?」
「今のは大丈夫です。ちょっと夜目が効くようになるくらいなので」
「……なんで?」
 舞がひとつ答える事にひとつふたつと疑問が生まれていくため戸事の質問が終わらない。
「蝙蝠の血とスライム、化け猫の白子を混ぜたらそうなりました。夜目が効くのは化け猫の効果ですかね、なので急に明るいところへ出ないでくださいね」
 その言葉通り、確かに戸事の視界は部屋に来た時より広がり細部までよく見えるようになっていた。しかしそれが暗がりに慣れたからなのか煙草の効果なのかは悩むところ、それほど小さな変化しかなかった。
 実際にはちゃんと効果が出ていて、他の調合次第では傷の治りが早まったり身体が柔らかくなったり、もちろん逆もあるのだが、古の魔女が鍋をかき混ぜて作る怪しい薬のようなものだった。ろくにレシピ帳やお手本などないのだから日夜様々な素材をハンター、薬師丸から仕入れ試行錯誤をする日々。手順や量を少し間違えるだけで目も当てられない失敗作が出来上がるのだから効果付きのふくよかな香りを作り出せれば感動は他に勝るものを知らない。
 そういった裏の事情を知らなければ民間療法以下の怪しい儀式にも捉えられ、
「……わかった。聞かなかったことにするからそれ以上何も言わないで」
 戸事にはまだ受け入れ難い話だったようだ。それでも2本目の煙草に手を出すあたり味にだけはお気に召したようだが。
 ピーンポーン……。
 間の抜けた電子音が2人の間を駆け抜ける。
「誰だろ?」
「セールス……にしては時間が遅いわよね」
 女の1人住まい、警戒するに越したことはなく舞がスマホを見ても来客の予定はなかった。
 不意の来訪者へ居留守を使うことも考えられたがカーテンの隙間から漏れる光でバレバレである。そうでなくともマンションの薄い壁はかしましい2人の会話を外に漏らしているのだから、無意味な抵抗はやめておとなしく出迎えたほうが得策であった。
「今行きまーす」
 ガチャリと冷たいドアノブをひねる。用心という言葉を教えてもらわずに育った少女はレンズから外の様子を確かめることもせず勢いよくドアを開き、そこに立っていたのは闇よりも深く暗いものだった。
 夜灯りを背負い、他になにも見せないのは単純に身体が大きいからであり、舞はすぐに検討がついて顔を上げる。
「あ、やーさん――」
 最後まで言い切れなかったのは隠れていたものが見えてきたから。
 いつものように威風堂々、すこしふてぶてしく立っているかと思えば雰囲気が違う。ヘビースモーカーで馬鹿になった鼻でも確かに嗅げるのは鉄錆のような臭いだった。
「――酷い怪我じゃん。大丈夫?」
「……ちと、やすませてくれ」
 言葉すら満足に話せず来訪者、薬師丸は部屋に入るとそのまま倒れてしまう。そのまま押し倒されそうになった舞は咄嗟に跳ねて避けると、激しい音を耳にした戸事が立ち上がり駆け寄っていた。
「夜巡さ――どうしたのその人!?」
「さぁ? モンスターにでもどつかれたんじゃないですか? あっ血、貰っていい?」
 これ以上ご近所迷惑にならないよう薬師丸の傷付いた身体を踏み越えてドアを閉め、何故そこにあるのか靴箱の中から救急箱を取り出すと脱脂綿を傷口に置いていく。看病していると言うよりは血の跡が部屋に残らないよう掃除しているような手荒さに戸事は軽く引いていた。
「それ何に使う……いや止めておくわ」
「新しいフレーバーに使ってみようかと」
「言わなくていいから! ホントやめてよそういうの耐性ないんだから」
 想像して頭の中から消し去ったことを明言されれば誰でも怒鳴る。モンスターだけでなく人の血まで使うとなればなおのことだ。どんな病気になるかわかったものではない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。 舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。 80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。 「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。 「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。 日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。 過去、一番真面目に書いた作品となりました。 ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。 全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 それでは「よろひこー」! (⋈◍>◡<◍)。✧💖 追伸 まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。 (。-人-。)

(更新終了) 採集家少女は採集家の地位を向上させたい ~公開予定のない無双動画でバズりましたが、好都合なのでこのまま配信を続けます~

にがりの少なかった豆腐
ファンタジー
突然世界中にダンジョンが現れた。 人々はその存在に恐怖を覚えながらも、その未知なる存在に夢を馳せた。 それからおよそ20年。 ダンジョンという存在は完全にとは言わないものの、早い速度で世界に馴染んでいった。 ダンジョンに関する法律が生まれ、企業が生まれ、ダンジョンを探索することを生業にする者も多く生まれた。 そんな中、ダンジョンの中で獲れる素材を集めることを生業として生活する少女の存在があった。 ダンジョンにかかわる職業の中で花形なのは探求者(シーカー)。ダンジョンの最奥を目指し、日々ダンジョンに住まうモンスターと戦いを繰り広げている存在だ。 次点は、技術者(メイカー)。ダンジョンから持ち出された素材を使い、新たな道具や生活に使える便利なものを作り出す存在。 そして一番目立たない存在である、採集者(コレクター)。 ダンジョンに存在する素材を拾い集め、時にはモンスターから採取する存在。正直、見た目が地味で功績としても目立たない存在のため、あまり日の目を見ない。しかし、ダンジョン探索には欠かせない縁の下の力持ち的存在。 採集者はなくてはならない存在ではある。しかし、探求者のように表立てって輝かしい功績が生まれるのは珍しく、技術者のように人々に影響のある仕事でもない。そんな採集者はあまりいいイメージを持たれることはなかった。 しかし、少女はそんな状況を不満に思いつつも、己の気の赴くままにダンジョンの素材を集め続ける。 そんな感じで活動していた少女だったが、ギルドからの依頼で不穏な動きをしている探求者とダンジョンに潜ることに。 そして何かあったときに証拠になるように事前に非公開設定でこっそりと動画を撮り始めて。 しかし、その配信をする際に設定を失敗していて、通常公開になっていた。 そんなこともつゆ知らず、悪質探求者たちにモンスターを擦り付けられてしまう。 本来であれば絶望的な状況なのだが、少女は動揺することもあせるようなこともなく迫りくるモンスターと対峙した。 そうして始まった少女による蹂躙劇。 明らかに見た目の年齢に見合わない解体技術に阿鼻叫喚のコメントと、ただの作り物だと断定しアンチ化したコメント、純粋に好意的なコメントであふれかえる配信画面。 こうして少女によって、世間の採取家の認識が塗り替えられていく、ような、ないような…… ※カクヨムにて先行公開しています。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...