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恐れていた事 4
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『私が、この子の、代わりに、伝えます』
戸事は身振りを交えて意思を送る。手元で細々としていても見えないだろうと大仰に振る舞ったせいで癇癪を起こした子供のようになってしまっていたが、意図は伝わったようで、モンスターはこくりと頷いていた。
はたしてそれが魔法の影響なのか戸事には分からなかったが、少なくとも粗野でなく顔つき同様紳士である事に安堵していた。初手奇襲からのビーム発射するような性格には思えず、そうでもしないと勝てない相手だということなのだろうことが伝わっていた。
「これで満足?」
「ありがとうございます」
パイプに葉を詰め直し終えた舞が軽く頭を下げる。こういう時、不遜な態度を取らずしっかりと謝れるのだから憎めない。
それまでのやり取りを遠巻きながらみていた戸事が浅く息を吐く。それでは物足りないだろうと、宙で指を回すと舞愛用のパイプを一回り以上大きくした新しいパイプが握られていた。
おぉと感心した舞が受け取るも肝心のたばこ葉の在庫が心許なく、半分ちょっと詰めた時点で在庫切れ、これでは本来の味を楽しめないがそれもまた一興ということで、代わりに火をつけて手渡す。その際先程の質問に答えていないことを思い出して、
「毒にも薬にもなるものよ」
通訳を促すよう、いつの間にか舞のパイプを盗み取っていた戸事の背を撫でる。
うひっ、と嬌声を上げた戸事は恨みがましく舞を見てから逡巡し、
『ちょっとした薬です』
まさか毒ですとも言えず、独断ではぐらかしていた。
モンスターはその回答に朗らかな笑みを浮かべ、警戒する様子もなく口に咥えて一息吸う。身長差さえ目を瞑れば結納か兄弟盃を交わしているようにも見えたであろう、周囲の緊迫した空気はどこへやら、2人ともう1人の間には眠気を誘うような緩い空気が流れていた。
『これはいいものだ』
「でしょう?」
『そうだと言っています』
舞の言葉は1度戸事を経由するため迂闊な事は全てやんわりとした言い方に置き換えられる。誰の精神上にも優しい会話がなされていた。
しばしの休憩の後、なんの前触れもなく舞の目に闇が宿る。すん、と憑き物が落ちたように雰囲気が変わり、胡乱げな目でモンスターを見つめていた。
「先に聞くわ。コアを破壊して何がしたいの?」
『コアを壊して、どうするのですか?』
『我が種族が生き残るためだ』
短く、全てを語らない返答に舞は見つめあったまま押し黙っていた。それほど長い時間ではなかったが、緊張感が時間を何倍にも長く感じさせていた。
……なるほど。
合点がいった、というように舞がうなずく。なんてことはない、確かに言葉足らずだが嘘やごまかしが混じっているわけでもなく、むしろ舞にとっても経験済みのことでもあった。
「わかるわ。つらいものね」
『わかります。辛かったでしょう――』
翻訳していた戸事は真に心を込めて慰撫するように言うが、三者とも一方通行にしか言葉を交わしていないのだ、何がどういう経緯でそのような言葉が舞から出たのか分からないため、たまらず耳打ちする。
「……えっと、どういうこと?」
「ん? あぁ、ただの弱肉強食ってことです。ダンジョンが大きくなればなるほどその分強いモンスターが出てくる訳ですから、いずれ自分たちすら脅かすモンスターが現れた時どうすることも出来なくなる。なら先にコアを破壊してダンジョンをこれ以上大きくしなければいいってことですよ」
「なんでそんなこと分かるのよ」
「だって私山ゴブリン育ちですし。言うなればもう通った道みたいな。共感できるんですよねぇ」
そう、狼少年ならぬゴブリン少女の舞にとって周りが命を脅かす生物であることなど日常茶飯事、忸怩たる思いなど山のように味わっていたのだ、一族が蹂躙されるところを見たくないなど当たり前すぎることに対抗したいと考え行動するモンスターの気持ちを否定する術を持ち合わせていなかった。
気を抜く舞のせいで真面目な雰囲気は早くも霧散の様相を見せていたが、先に問答を始めたのはそちらという顔をしたモンスターが声を飛ばしていた。
『其方は何者だ?』
「私? このダンジョンの外から来た、地上の覇者よ」
『……ダンジョンの外から来た、代表者です』
どちらも間違ってはいないがよりマイルドな表現を戸事は選んでいた。しかしそのせいか、モンスターはやや不思議そうに顔を顰めていたため、舞は吸い終わった灰を使って地面に絵を描く。
大きな円、その縁に1つ石を置く。どれだけ過剰に見積もってもダンジョンは深さ10キロメートルもないのだ、小石1つでも大袈裟、地表に出来た吹き出物程度でしかないのだが、ダンジョンの中にいてはそんな常識すら知る余地がなかった。
「これが地球、ダンジョンはこれだけ。大きさが違うの、わかる?」
『えっと……あなた達はこの小さな石の中にいて、私達はこの外側の丸に暮らしています……でいいのかしら?』
『なんと……』
実際のところ人間ですら地球の表面を覆う埃のようなもの、感嘆するモンスターには悪いが人類も地球の体積比で言えば大した存在ではないのだが、舐められても困る、交渉とはそういうものだった。
戸事は身振りを交えて意思を送る。手元で細々としていても見えないだろうと大仰に振る舞ったせいで癇癪を起こした子供のようになってしまっていたが、意図は伝わったようで、モンスターはこくりと頷いていた。
はたしてそれが魔法の影響なのか戸事には分からなかったが、少なくとも粗野でなく顔つき同様紳士である事に安堵していた。初手奇襲からのビーム発射するような性格には思えず、そうでもしないと勝てない相手だということなのだろうことが伝わっていた。
「これで満足?」
「ありがとうございます」
パイプに葉を詰め直し終えた舞が軽く頭を下げる。こういう時、不遜な態度を取らずしっかりと謝れるのだから憎めない。
それまでのやり取りを遠巻きながらみていた戸事が浅く息を吐く。それでは物足りないだろうと、宙で指を回すと舞愛用のパイプを一回り以上大きくした新しいパイプが握られていた。
おぉと感心した舞が受け取るも肝心のたばこ葉の在庫が心許なく、半分ちょっと詰めた時点で在庫切れ、これでは本来の味を楽しめないがそれもまた一興ということで、代わりに火をつけて手渡す。その際先程の質問に答えていないことを思い出して、
「毒にも薬にもなるものよ」
通訳を促すよう、いつの間にか舞のパイプを盗み取っていた戸事の背を撫でる。
うひっ、と嬌声を上げた戸事は恨みがましく舞を見てから逡巡し、
『ちょっとした薬です』
まさか毒ですとも言えず、独断ではぐらかしていた。
モンスターはその回答に朗らかな笑みを浮かべ、警戒する様子もなく口に咥えて一息吸う。身長差さえ目を瞑れば結納か兄弟盃を交わしているようにも見えたであろう、周囲の緊迫した空気はどこへやら、2人ともう1人の間には眠気を誘うような緩い空気が流れていた。
『これはいいものだ』
「でしょう?」
『そうだと言っています』
舞の言葉は1度戸事を経由するため迂闊な事は全てやんわりとした言い方に置き換えられる。誰の精神上にも優しい会話がなされていた。
しばしの休憩の後、なんの前触れもなく舞の目に闇が宿る。すん、と憑き物が落ちたように雰囲気が変わり、胡乱げな目でモンスターを見つめていた。
「先に聞くわ。コアを破壊して何がしたいの?」
『コアを壊して、どうするのですか?』
『我が種族が生き残るためだ』
短く、全てを語らない返答に舞は見つめあったまま押し黙っていた。それほど長い時間ではなかったが、緊張感が時間を何倍にも長く感じさせていた。
……なるほど。
合点がいった、というように舞がうなずく。なんてことはない、確かに言葉足らずだが嘘やごまかしが混じっているわけでもなく、むしろ舞にとっても経験済みのことでもあった。
「わかるわ。つらいものね」
『わかります。辛かったでしょう――』
翻訳していた戸事は真に心を込めて慰撫するように言うが、三者とも一方通行にしか言葉を交わしていないのだ、何がどういう経緯でそのような言葉が舞から出たのか分からないため、たまらず耳打ちする。
「……えっと、どういうこと?」
「ん? あぁ、ただの弱肉強食ってことです。ダンジョンが大きくなればなるほどその分強いモンスターが出てくる訳ですから、いずれ自分たちすら脅かすモンスターが現れた時どうすることも出来なくなる。なら先にコアを破壊してダンジョンをこれ以上大きくしなければいいってことですよ」
「なんでそんなこと分かるのよ」
「だって私山ゴブリン育ちですし。言うなればもう通った道みたいな。共感できるんですよねぇ」
そう、狼少年ならぬゴブリン少女の舞にとって周りが命を脅かす生物であることなど日常茶飯事、忸怩たる思いなど山のように味わっていたのだ、一族が蹂躙されるところを見たくないなど当たり前すぎることに対抗したいと考え行動するモンスターの気持ちを否定する術を持ち合わせていなかった。
気を抜く舞のせいで真面目な雰囲気は早くも霧散の様相を見せていたが、先に問答を始めたのはそちらという顔をしたモンスターが声を飛ばしていた。
『其方は何者だ?』
「私? このダンジョンの外から来た、地上の覇者よ」
『……ダンジョンの外から来た、代表者です』
どちらも間違ってはいないがよりマイルドな表現を戸事は選んでいた。しかしそのせいか、モンスターはやや不思議そうに顔を顰めていたため、舞は吸い終わった灰を使って地面に絵を描く。
大きな円、その縁に1つ石を置く。どれだけ過剰に見積もってもダンジョンは深さ10キロメートルもないのだ、小石1つでも大袈裟、地表に出来た吹き出物程度でしかないのだが、ダンジョンの中にいてはそんな常識すら知る余地がなかった。
「これが地球、ダンジョンはこれだけ。大きさが違うの、わかる?」
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