【R18】彼女が友だちと寝ていたから

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第9話 【R18】一紗1

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 マンションの退去命令の手紙を見ながら、一紗は短い溜息をついていた。
 もとから物の少ない部屋は今や本当に空っぽになっている。なじみのない我が家が他人の家に変わってしまったと、心にぽっかりと穴が開いたかのようだった。
 原因は家賃の滞納だった。金がなく、振込も忘れ二か月が経っていた。その間家に帰ったのはたった数回しかない。
 これからどうしようかと、一紗は虚無な瞳で考える。
 部屋に風呂もトイレもない劣悪なマンションであっても雨風しのげる宮殿であったことには違いない。もっともここに住み続けたいかと問われれば首を横に振るが。
 大家に鍵を返す。滞納していた家賃を支払う。そうすれば煩わしい縛りからは解放される。
 その後は……
 一紗は他人の家になった床に寝転がる。知らない天井を見て今晩の予定を考えていた。




 転がり込む先ならいくらでもあった。大学生になってから最初にしたことは男漁りだったからだ。
 ご飯を食べさせてくれる男も小遣いをくれる男も何人かいた。人より少しだけ恵まれた容姿に高く突き出た乳房。薄く淡い色の乳輪に使い込んでもなお形の崩れていない大唇陰。その全てを余すことなく使い、快楽と引き換えに報酬を得る。
 身体を売ることを嫌だと思ったことは一度もなかった。男を捕まえては一日中セックスをし、その男から搾り取れなくなったら別の男のもとへ行く。渡り鳥のように順々に回る生活のせいで自宅という存在を忘れていた。
 ろくに大学にもいかなかったせいで学業すら危ぶまれていた。一応昨年は進級できたが今年度はもう絶望的だった。
 行く必要もないか……
 金を稼ぐだけなら大学に行く必要もない。適当に風俗店で働いて金を得る。そこら辺の金持ちに体を売る生活でもよかった。
 世を憂いているわけではなかった。ただセックスが好きだった。
 欲望のままに乳房を握られる感覚も、膣をむりやり押し広げられる快楽も、体重をかけて子宮を押しつぶそうとする劣情も。全てが快感につながる単純さが多幸感を生み出していた。
 しかしいつまでもそんな簡単ではいかなくなってきていた。
 メインの狩場は構内にあるサークル棟だった。伝手を頼って集会に参加してはよさげな男を見繕う。
 誘惑するのは簡単だ。酒が入った後に距離を詰めて少し胸を開いて見せる。それだけで男はだらしなく鼻の下を伸ばしてついてくる。
 注意するのはすでに唾がついていないかどうか。判別に自己申告は使わない。メールを必ずチェックしていた。
 そんな生活を続けていればいずれは警戒される。最近では飲み会へ参加することも厳しくなり、伝手も減ってきていた。
 そして何より痛いのが、関係のあった男たちが調子に乗ってきたことだった。
 前戯を怠るようになり、中出しを要求するようになった。道具を持ち出して、果ては輪姦まで強要しだす始末だ。それも経験と一度は受け入れたが、二度、三度と続けるうちに参加者から金まで取り始めた辺りで愛想が尽きた。
 敬意のないセックスは求めていないのだ。つたない前戯でいい気になる童貞やペースを考えない腰振りで自滅する馬鹿。一度やっただけで彼氏面する束縛くんに喘ぎ声が小さいと叱咤するサディストなど、まともに連絡が付く男ははずれが多い。
 その日はたまたま当たりと連絡がつかなかった。かといって身の危険を感じるようなハズレに頼るほど切羽詰まっているわけでもない。仕方なくサークル棟の空き部屋で一晩を過ごすことにしていた。
 知る人ぞ知るヤリ部屋として隠れた人気のあるそこは、様々なサークルが物置と使用しているところだった。中に一台だけベッドがあり、不衛生ながらも金のない学生がセックスするには絶好のスペースだった。
 変な期待はしていた。しかし気づいたら朝だった。
 そんな日もある。女からすれば、こんなところで誘われたら適当に使い捨てられると思うだろう。
 じくじくとうずく下腹部を押さえながら、一紗はすっかり明るくなった外に出る。
 ……お腹すいたな。
 残金は心許ないが学食はそんな学生の味方だった。
 一番安いうどんでも食べて、男に連絡しよう。そう思って目的地へと向かう。
 そこで劇的な出会いがあることを一紗はまだ知る由もなかった。



「あのぅ……すみません」

 学食で一人飯を堪能していた一紗に声をかける人がいた。
 男性だ、目を向けてそう思う。

「何か?」

 一紗は一瞥するとそっけない態度で答えていた。
 良くあることだった。何をどう勘違いしたのか、簡単にやらせてくれると下心だけで話しかけてくる馬鹿は数多い。ボランティアでもないのだからもう少し顔や身なりを整えてからこいと、常々思っていた。
 一目のあるところでは相手もうかつなことはできない。近寄りがたい態度をとっていればたいていの夢見がちな子犬たちは尻尾を振って逃げていく。
 話しかけてきた彼も例に漏れず、身体を仰け反らせていた。優しそうな、気弱そうとも言い換えられる彼はそれでも引かずに、

「……座ってもいい?」

 まだ昼には早い時間だった。空いている席も多いのにわざわざ隣に座る男性にどうぞと一紗は短く答える。
 いじめられてるのかな……
 度胸試しと、笑いの種で話しかけてこいと来る阿呆もいる。それがたまらなく不快でちょっとからかったこともあるが基本的には相手しない。
 彼は席に着くと何故か正面を向いていた。横並びに座っているため目線が合わず、その横顔を見つめる羽目になる。
 なんだこいつ……
 用があるんだろ、と言いたくなる。下唇を噛んで堪えるような仕草を見せている理由が検討もつかない。
 男性は深く呼吸をしていた。膝に手を当て、背筋を伸ばすと、

「相談したいことがあるんだけど、いい?」

 意を決して言われ、一紗は戸惑いを隠せずにいた。
 初対面である。そんな相手に、隣に座り相談を持ちかける。距離感の詰め方がおかしいとしか思えなかった。
 何時もの違う意味でヤバいやつが来たという予感に冷や汗が浮かぶ。

「……聞くだけなら」

 なんとか絞り出した声で答えると、男性は晴れ間のように顔を輝かせていた。
 ちょっとだけ興味があった。あとはほとんど無関心。夜まで時間があるため暇つぶしに勝手に話していればいいと、一紗は思っていた。
 男性は一思いに、とはいかず、言葉を選ぶように唇を尖らせていた。
 はっきりしないなと、不満が沸き上がる。露骨に不機嫌な顔を見せると、より一層焦りを浮かべて、

「あの、えっと……いろんな人とセックスするってどんな感じなの?」

 囁くように言って気恥ずかしそうに顔を背けていた。
 なんだこいつ……
 一紗は内心で頭を抱えていた。少なくとも学食でする話ではない。そして初対面の女性の前でする話でもない。
 デリカシーという言葉を母親の胎の中に置き忘れたのだろう。他の女性ならばすぐにでも水をぶっかけられていたに違いない。
 一紗は呆れて、言葉を忘れていた。ただ耳を赤くした彼が肩身をよせている姿に下種な下心のようなものは感じられなかった。

「言いたくない」

 何と言おうか選んで、一紗はそう告げた。吊り上がった口の端は意地悪く映ることだろう。

「あ、ごめん……」

 はっきりとした拒絶の意を汲んで、男性は声を小さくして謝っていた。

「なんかあったん?」

 ちょっと湧いてきた興味が、口の滑りをよくしていた。

「……彼女がさ、浮気しててどうすればいいか悩んでいるんだ」

 お、おう……
 彼の言葉を聞いて、一紗は眉間にしわを作る。そのあと吹き出すように笑っていた。
 一番の問題は相談する相手を間違っていること。もう一つは相談したところで答えの出ない問題であることだ。
 すんと冷えた感情に、

「……別れれば?」

「そう思う?」

 予想と違う返答に、ふーんと鼻を鳴らす。
 背中を押してほしいわけではない。なら適当に話そうと決めて、

「思わない」

 一紗は反応を楽しむように聞いていた。
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