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第8話 夕凪1-4

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 ゲームセンターでちゃんと遊ぼうとするとかなり出費がかさむ。
 晴海のようにアーケードゲームを全面クリアするほどの腕前があったりするならば別だが、五分未満で終わるものに百円を繰り返し投入していれば、二時間の間いくら使うかわかったものではない。月にいくらと決まっているお小遣いをここで全部使うわけにはいかなかった。
 夕凪はゲームをいくつか冷やかした後、外にあるクレープ屋にいた。
 人通りを眺めながらテーブルに肘を乗せる。簡易的に用意されたそれは脚の調節がうまくいってないのか体重をかけるとガタガタと揺れる。

「お待たせ」

 晃が両手にクレープを持って現れる。

「ありがとうございます」

 夕凪はその片方を受け取ると、晃が着座するのを待ってから口にする。
 濃厚なクリームに隠れるように入った生の苺のみずみずしさが口に広がる。たまに食べるのならいいものだと頬が緩んでいた。

「おいしい?」

「まあまあですね」

 夕凪が言うと、食べる様子を見ていた晃も自分のクレープを口に運んでいた。
 チョコレートとバナナ。スタンダードな組み合わせが人となりを告げているようだった。

「あっ」

「ん?」

 鼻先にほんの少しチョコがついていた。
 しょうがないなと、夕凪は手慣れた感じでティッシュを取りだして拭おうとしていた。
 それを、

「え、いや、大丈夫だから」

 勢いよく顔を逸らされて、手が差し出されていた。
 少しの逡巡の後、夕凪はそこにティッシュを乗せる。
 手が触れて、温かさを感じて、そこで初めて自分が傍から見たら何をしようとしていたか気付いた。

「あ、ご、ごめんなさい!」

 まるでドラマに出てくる安いカップルのような行為に、顔を赤くして謝っていた。

「いや、変に意識しちゃってごめんね」

 晃はそういうと、

「……慣れているみたいだね」

「弟がいるんで、つい……」

「そうなんだ……」

 晃の煮え切らない態度に会話が止まる。
 頭を掻いてから、彼は無言のまま勢いよく食べ進める。
 なんとも言えない居心地の悪さに、夕凪は思わず口を開いていた。

「あの! ……姉とはどういう関係なんですか?」

「どういう関係って……部活の先輩後輩だけど」

 晃は口の中のものを嚥下してから、不思議そうに答える。
 夕凪はそれを訝しむような目で見ていた。
 ただの先輩後輩ならわざわざこんな所まで付き合わないのでは無いだろうか。もし付き合っているのだとしたらそっちのけで遊んでいる晴海に注意しなければならないし、晃の方が好意を寄せているだけならばお邪魔にならないようにすべきだ。

「姉のこと、好きなんですか?」

 その一言に、晃はきょとんとしていた。少しの間息が止まり、そして、

「はははっ、ふふ」

 目を弧にして笑っていた。

「なんですか、急に」

 夕凪が苛立ちを込めて言うと、

「いや、ごめんね。なんか女の子らしいなぁって」

「……馬鹿にしてます?」

「してないよ、ふふっ」

 再度堪えきれずに笑われる。
 ……失礼ね。
 夕凪は膨らませていた。じとっと目を細め、不機嫌さを顕にする。
 ひとしきり笑ったあと、晃は何度も深呼吸して息を落ち着かせていた。まだ笑いの後の残る目尻を指で拭いながら、

「先輩はさ、そういうの興味無いんじゃないかな。今はゲームにしか目がいってない気がするよ」

「晃さんがどう思ってるか聞いてるんですけど」

「うーん、先輩は先輩っていうカテゴリーだからなぁ。付き合いたいと思ったことはないかな」

 晃ははにかみながら答えていた。
 言いたいことが何となくわかって、夕凪も思わず苦笑する。

「姉に付き合わされるのって大変ですよね」

「まぁね。面倒見はいいんだけど、絶対引かないから、あの人」

 その姿が想像出来て、夕凪はあぁと呟く。
 唯我独尊を背中に背負う姉のことだから、よく知らない人は悪く言うだろう。よく知っている人は火消しに苦労するか諦めて事が過ぎるのを待つしかない。
 家だけでなく外でも相変わらずなところに夕凪は眉を寄せていた。
 それを見た晃が、

「あ、ごめんね。お姉さんのこと悪く言ったみたいになっちゃって」

「えっ? あぁいえ、寧ろ謝らなきゃなのはこちらだと思うので……」

 謝られ、謝り返す。続く言葉が思いつかず、

「……そろそろ、先輩のところに戻ろっか」

「……はい」

 お互い気を使いながら、ゆっくりと立ち上がっていた。



 午後九時近く。
 神妙な顔してゲーム台の前でスマホを見つめている晴海を回収して、晃とは別れていた。
 自分のプレイ動画を見返して一人反省会をする晴海は真剣そのもので、邪魔するのも躊躇われた。二時間のうち実プレイは三回ほど。後の時間は研究に費やすスタイルは命を燃やしているようにすら思えた。
 しかし帰ろうと声を掛ければ直ぐに頷いて、素早く帰り支度をする。そういう常識的なところがより彼女のことを分からなくさせていた。
 帰路。
 ファミレスで適当に腹を満たした二人は並んで夜道を歩いていた。
 家までは十分程度。膨れた腹をこなすにはちょうどいい。
 夕凪は夜風を浴びながら、段々と少なくなっていく街灯を眺めていた。
 ……なんか、疲れた。
 色々あった一日だった。それを思い返していると、

「ゆーちゃん、なんかあった?」

「えっ!?」

 突然声をかけられて勢いよく顔を向ける。
 晴海は黒い瞳で見つめていた。心の芯を覗き込むような目が、背筋に冷たいものを感じさせる。
 どのことを言っているのだろうか。変に鋭いところのある姉に対して下手な嘘はつけない。
 晴海は立ち止まってしばらく目を合わせ続けていた。

「な、何もないよ?」

 居たたまれず、思わず発した声は語尾が上ずっていた。やってしまったと思った時には既に遅く、

「あいつ、手を出したのか……」

「あいつって?」

「ん?」

「えっ?」

 噛み合わない会話にお互い顔を傾ける。
 風か一陣通り過ぎる。スカートがたなびいて、腿を冷やす。
 何かがおかしいのはわかっていたが検討がつかない。どうしようと悩んでいると晴海が先に話していた。

「んー、りゅうに押し倒されたんじゃないの?」

「なっ!?」

 なわけない。それは別の人間だ。
 なんてことは言えるはずもなく、夕凪はぎゅっと強く手を握る。
 肩が怒りに震えていた。良くしてくれた人に対して失礼な事を言う姉が許せず、

「晃さんはそんなことしないもん」

「知ってる」

 晴海はきっぱりと即答していた。
 えっ、と夕凪は固まる。意地の悪い笑みを浮かべて歩き出した晴海は、

「あいつにそんな度胸はないから」

「そ、そんなこと──」

 そんなことない。そう言いかけて夕凪は喉を震わすのを止めた。
 言ってしまったら、まるで襲われるのを期待しているかのように思えたからだ。
 二歩先で止まった晴海は振り返る。足を交差させて首を傾げると、

「で、何があったの?」

 再度問うていた。

「……友達にキスされた」

 正直に話す。
 それに対して晴海はただ、へぇとだけ答えていた。

「嫌じゃなかった。私、女の子が好きなのかな?」

「うーん……」

 問われ、晴海は空を見上げていた。
 しばらく無言が続いていた。晴海は空に浮かぶ星々から答えを見つけたように前を向くと、

「気の所為っしょ」

「そうなの、かなぁ?」

「うん。本当に同性愛者だったら悩まないで否定するし。まだふわふわなうちは気の所為だと思うよ」

 中学生だし、と晴海は言った。
 その言葉には妙な説得力があって、夕凪は憑き物が落ちたように晴れやかな気持ちになっていた。

「帰ろっか」

「うん」

 二人は手を繋いで帰路につく。そういえば両親たちの関係のことを聞きそびれたと気付いたのはその日、ベッドに入ってからのことだった。
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