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第47話 夕凪3-3

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「それで朝帰りって……歳を考えてくれよ」

 左近は呆れるように脱力する。
 その姿に女性は頬を膨らませて、

「あら、勝手に年寄り扱いしないで貰えるかしら。それよりもその子を紹介しなさい」

 ようやく夕凪をまじまじと見つめていた。
 挨拶しなきゃ。そう思って口を開いたとき、背中を叩かれていた。左近だ、彼が一歩前に出るように押していた。

「この子は俺の子……みたいな感じ」

「みたいなって、まぁいいわ。よろしくね」

「夕凪って言います。よろしくお願いします」

 夕凪は深く頭を下げる。
 顔を上げたとき、女性は朗らかに笑みを浮かべて、

「あら可愛い。私のことは棗おばあちゃんでいいからね」

「はい、棗おばあちゃん」

「うんうん、家は男所帯だから女の子は新鮮だわぁ」

 棗は何度か頷くと、夕凪を手招きしていた。
 どうしたのかと、不思議に思いながらも夕凪は前に出る。未だ布団から身体が出きれていない棗に視線を合わせるように屈むと、彼女は脇に寄せてあったバッグを手に取り、

「はい、お小遣い」

 そういって無造作に何枚かの札を夕凪の手の上に置いた。

「ちょ、母さん!」

 後ろから聞こえる左近の声を聞きながら、夕凪は手元を見る。最高額の紙幣である万札だ、それも十枚。まだ中学生にしては身に余る金額に、夕凪は返そうと思って手を伸ばした。
 しかしそれは棗の手によって阻まれる。

「いいのよ。今まであげてなかったお年玉だと思いなさい」

「よしてくれよ、そんな大金」

「いいじゃない。いままで初孫を連れてこなかったあなたに問題があるんだから」

 そう言われてしまい、左近は閉口する。
 ……うーん。
 手に残る札の感触に、夕凪は欲が湧くのを感じていた。
 これだけのお金があれば、考えつく限りのことはなんでも出来る。これからの休みは間違いなく充実したものとなるだろう。
 しかし、夕凪はそれを振り払って、

「これは頂けません」

「左近のことなら気にしなくていいのよ?」

 言われ、それでも首を横に振る。

「パパから話を聞いてください。そうすれば理由が分かります」

 もったいないと心の内が叫ぶ声を無視して、夕凪は強引に札を棗に握らせる。
 子供は夕凪だけでは無い。それどころか夕凪は左近の子供では無い。絶対にこの後バレることを前に、騙すような真似は出来なかった。
 見て、見られる。静かになった部屋の中で重なる手の温かさが失われていた。

「……わかったわ。夕凪ちゃんがそういうなら聞いてからにしましょう」

 そういって棗はお金を財布に戻す。
 残ったのは微かな手の温もりだけ。惜しむ気持ちをぐっと抑えて、夕凪は立ち上がっていた。
 その後ろで左近が右京を見て、

「右京は結婚してないのか」

 問うと、彼は肩をすくめて、

「いや、したよ。別れたけど」

「お、おう。そうか」

 左近がすまんと呟く。それに右京は小さく喉を鳴らして笑っていた。

「子供作る前だったからねぇ。気楽でいいよ」

 それは本心か。表情から図り知ることは出来ない。
 いつ結婚をして、どれだけ一緒にいてそれでどのような理由で別れたのかは分からない。その表情の裏に潜むものがあるかどうかも不明だった。
 ただ、それを聞いていた棗は口を曲げて右京をしっとりとした瞳で見つめていた。

「またそんなこと言って。左近みたいに孫の顔見せようとは思わないのかしら」

「ははは……」

 苦笑にため息で応戦する。
 それは真に親子の姿だった。
 ……うちにはないな。
 夕凪は自分の家庭の姿を思い出していた。親同士が友達だからか、その雰囲気が子供にまで影響している。叱られることも多々あるが、やはり親子と言うよりは年の離れた友達という印象の方が強い。
 憧れはない。ただこういう普通の親子を見て、自分の姿が異質に映っていた。
 ……はぁ。
 考えても仕方の無いことだと夕凪は顔を上げる。それよりもすべきことを思い出して左近の横へと戻っていた。

「お膳立てはしたんだから早く言った方がいいと思うけど」

「わかってるよ」

 小声で問いかけると、左近は顔を前に向けたまま返事をする。
 そして、

「あのさ──」

「誰かいるのか?」

 覚悟を決めた左近が言い切る前に中断されていた。
 声だ。男性のもの。低く渋い声は部屋の外から聞こえていた。
 全員が外を見る。夕暮れ差し込む外界は人の形の影を作っていた。
 ……だれ?
 夕凪が疑問を浮かべた時、ふいに視界の端で揺れるものが目に入る。
 左近だ。彼の手は拳を作り微かに揺れていた。
 そんな彼を捨ておき、第一声は棗からだった。

「あらら、お父さん。左近が帰ってきたんですよ」

「左近? ……こんなに小さかったか?」

 男性は片眉をあげて左近を見る。

「小さくな──」

「パパ。今はそこじゃないでしょ」

 衝動的に口を開く左近に、夕凪はその背中を強く叩く。
 ……全く。
 こういうところも慣れたものだと夕凪は肩を落とす。うちの家族は時々我慢という言葉を忘れる時がある。そういう時はだいたい周りが冷静を促さないといけないため、つい手が出てしまっていた。
 むせる左近にくくっと笑い声が浴びせられる。

「あらあらまあまあ。子供に尻に敷かれるなんて、可愛らしいじゃない」

 棗が目を糸のように細めていた。
 頭に上った血を、左近は大きく深呼吸して平静さを取り戻す。そして機械のように腰を深く曲げて、

「昔のことは本当にすみませんでした。水に流してなんて言えないけど子供達に祖父の顔を見させてやってください」

 真剣な謝罪に、男性はほうとと言葉を漏らす。

「子供達? なんだ孫が何人かいるのか」

「……えっと」

 顔を上げた左近は言葉を濁していた。
 話すなら今しかない。踏ん切りのつかない左近に夕凪は揺れる手を握る。

「さこんパパ。ここは素直に言った方が絶対いいよ」

 それに左近は頷いていたが、彼が口を開く前に棗が手を叩いて注目を集めていた。

「へぇ、面白そうな話みたいね。右京、懐石の準備をなさい。落ち着いて話を聞きましょう」

「わかった。さ、案内するよ」

 あれと思う前に右京は部屋を出る。それに連れて男性も足早に消えていた。
 残された親子は互いに目を合わせると、お互い苦笑しながらそのあとを追っていた。
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