眠りの魔女の思い人

夕崎 錫

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 エレンシル王国はその周辺において比較的大きな国だ。百余年前に西の隣国との戦争が終わり、長く太平の世が続いていた。
 エレンシルの国土の東端にはオーバーテューレの森がある。入ったが最後迷って出られないという噂もある大樹海は、東のシュディマ帝国から王国を守っている。それはシュディマとて同じであった。森に阻まれて国交のほとんどない二国は、この森をそのままにすることで暗黙の不可侵関係を築いていた。

 この国には古い伝承がある。「眠り姫の童話」だ。子どもを楽しませるだけのお伽話である。
 けれども今年になり、それがお伽話だと笑えなくなっていた。オーバーテューレの森に巨大な城がたち、その周りを茨が覆ったのである。一夜にして現れた城に国民は皆騒いだ。
 城に興味を持った者は少なくなかった。しかし樹海で遭難したり、獣に襲われたり、茨に阻まれ城門に触れられなかったりで城に入ることのできた者はいなかった。

 時を同じくしてエレンシルの第一王女が姿を消した。併せて王女の侍女他数名も消えた。国王は失踪の事実を公表せず、秘密裏に王女を探させた。このことを知るのは王城のごく一部である。
 捜索は長引き、発見は絶望的かと思われたある日、一人の女が国王の前に連れてこられた。

「姫様は樹海の城の中に……。けれど、あの城には恐ろしい魔女も! 魔女はルファという名で……」

 そう言って女はこと切れた。女は姫とともに消えた侍女の一人だった。

 国王は森の城へと偵察隊を送り込んだが、城にたどり着けずに帰ってくるばかりで何も情報は得られなかった。

 業を煮やした国王は、ヴェルツロイ=オーバーテューレ辺境伯爵に協力させることにした。
 ヴェルツロイ伯爵家は伯爵という位にありながら、王家と並ぶほどの力を持っている家だ。東だけでなく、南の隣国・ヴェルライヒとも接する広大な領地を持ち、農業・鉱業・酒類製造・工芸・芸術など幅広い分野の産業が盛んだった。加えてヴェルライヒとの交易で莫大な富を得ているこの地の領民は、王国よりも辺境伯を敬い、彼を王に担ぎ上げて独立したいと考える者も多い。――もっとも、彼にその気はないのだが。
 国王の胃痛の原因であるこの家に借りを作るのはためらわれたが、オーバーテューレの森に詳しく、また優れた兵と情報網を有する彼以上に頼りになるものはいなかった。

 辺境伯は国王の命に快く頷き、しかし魔女の名前を聞くと不敵に笑って言った。

「謹んで調査に当たらせていただきます。しかし、陛下の望む結末にならないやもしれませぬな」
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