煙の旅人

さい

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忘れた世界

5.冒険者ギルド

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「いらっしゃいませー!」

 迎えたのは、溌剌とした声で愛嬌のある店員だ。
 

「冒険者が着るような服を一式と靴。それと、シャツを二、三枚頼んだ」
「はい! ご予算はどれぐらいでしょうか?」
「小金貨一枚以内だな」

 そう言うと店員は「んー」と口元に指を当て、考えるような仕草を見せる。

「丈夫な素材の物ならありますけど、本格的に戦うとなるとちょっと不安ですね。今持ってくるので騎士様が確認して下さい!」
「ああ、よろしく」

 はーい、と言うと棚や店奥から、シャツや動きやすそうなズボンを手に取り、手際よくカウンターに並べていく。

「騎士様かっこいいから、かなり悩んじゃいました!」
「嬉しい事を言ってくれる。せっかく選んでくれたんだ、全部買おう」

 そう言うと、店員はふふっと微笑んで金額を告げた。
 
 亜空間に服がなくて困ったばかりだ。予備はあってもいいだろう。それに、かなり布の質が良いようだ。

「量が多いので、どこかに届けましょうか?」
「いや、そのままでいい」
「もしかして……魔法鞄をお持ちなんですかっ!?」

 店員は驚いたように声を上げた。
 
 魔法鞄は空間魔法を使えない人間が持つ物だ。
 今後は、軽率に亜空間収納は使わない方が良さそうだ。
 
「まあそんなところだ。ところで、腰に下げる巾着なんかは置いてるか?」
「もちろん! 今お持ちします!」

 追加の代金を払い、店員が釣りを用意している隙に、素早く空間を裂いて服を放り込む。
 気分はまるで盗人だ。

「…? ではお釣りです、またどうぞ!」

 元気な声を背に店を出て、支払いと着替えのため、もう一度宿に向かう。
 

――
 

「すまない、戻った」
「おかえりなさーい! お母さん呼んでくるね!」

 ランが出迎え、レイがアナベルを呼びに行く。すぐに食堂の方からアナベルがこちらに迎い、カウンターに立つ。

「おかえりなさい。場所は分かりましたか?」
「ああ助かったよ。良い店だった」

 代金を渡し、剣を受け取る。

「晩御飯は十九時からです。時間になったら、お部屋に呼びに行きますね」

 じゅうくじが一体いつなのかは分からないが、頷いておく。まあ、呼ばれた時に分かるか。
 
「ああ、一度着替えたら素材の換金に行ってくる。素材の換金はこの街だと、どこにある?」
「それなら、冒険者ギルドで買い取りしてくれるはずです。量にもよりますが、お肉を融通していただけるなら、ご飯代はおまけしますよ?」

 願ってもない提案だ。

「それはいいな、ぜひ頼む」
「はい、わかりました! ラン、レイお部屋にご案内して。203よ」
「はーい!」
 
 ランとレイに部屋へ案内される。

 部屋は一階の雰囲気とはがらりと変わり、簡素な印象だ。一階の内装はアナベルなりの、用心も兼ねているのだろう。

 子持ちとはいえ彼女は若い。粗暴な者に、あの内装はさぞ気まずかろう。

 着替えを終え、ランとレイに見送られ店を出る。



 目の前に建つギルドは、大きく堅牢な造りをしていた。
 見た目ほど重くない扉を開くと、広い室内にしては疎らにしか人は居ない。
 
 数人の視線が、見定めるようにこちらに向く。何事か仲間内で話し、一人の青年が近づいてくる。


「よお、見ねえ顔だな。そんな装備でこのギルドの戸を叩くとは、良い度胸だ!」

 歳は一六辺りだろうか。やや小柄で、焦茶の髪を持つ青年が絡んできた。

 確かにこの服装だと、冒険者には見えないだろう。
 
「依頼の可能性もあるだろうが」
「……確かにそうだな」
「で、もう終わりか?」

 青年は少し考える素振りを見せて、また話しを続ける。
 
「いや、このギルドは魔物の討伐で忙しいんだ。お前の依頼なんて構ってられないぞ!」
「それを決めるのは、お前じゃないだろ」
「まあ、そうなんだけど」

 青年の様子に、何だか犬を虐めているような錯覚に陥る。だが、気を取り直し、やや語気を強めに返す。

「俺はギルドに登録しに来たんだ。さっさと要件を言ってくれ」
「いや、それはもう終わったんだけど……」

 本当に何なんだ。

 敵意は全く感じられない。しかし、絡んできた真意が分からない青年に、続きを促す。

「ギルドに入ってくる、見慣れない男前には絡んどけって言われてて。それが歓迎代わりだって」

 なるほど、これがこのギルドの通過儀礼か。何とも分かりづらい。唆した主犯は、あそこで笑っている連中に違いない。

「分かりづらい歓迎をどうも。今度はちゃんと考えてからやるんだぞ」
「おう、頑張る!」

 そう答えると、小走りで仲間内の所に戻っていく。仲間に背を叩かれ、笑っている彼の通過儀礼でもあるのかも知れない。

 ギルドの中にいる全員に聞こえるように、彼の仲間に声をかける。

「今後、俺をギルドで見かけても、変な絡み方はするなよ。二番煎じは御免だからな」

 他の人間に伝わるかは微妙な所だが、言うだけマシだ。

 俺と彼のやり取りに満足したのか、刺すような視線はなくなった。本当に討伐依頼が多いのか、新たな登録者は歓迎なのかも知れない。
 
 ギルドの受付らしき場所に向かうと、先に職員に声をかけられる。
 
「よく流されましたね。彼が声をかけたのもそうですが、人によっては一悶着あるんです。誰かがやり出してから、みんな真似し始めてしまって」

 先ほどのやり取りを聞いていたようだ。困ったように笑う女性は、すみませんでしたと頭を下げた。
 
「いや、構わない。もし一悶着あった場合は、何か処罰はあるか?」
「いいえ、冒険者同士の喧嘩なんて日常茶飯事ですから。ただ、詐欺や悪質な行為、それに準ずる行為はランクの降格や、依頼の制限などの厳罰対象となります」
 
 血気盛んな冒険者だ、喧嘩などは多々あるのだろう。
 
「そうか。では、聞いていた通りだ、ギルドに登録したい」
「冒険者登録ですね、承知しました。私は受付のフィリカです。よろしくお願いします」

 薄い金髪の、落ち着いた雰囲気のある女性だ。
 
「俺はシガーだ。今までギルドとは関わってこなかったんだ、基本を教えてくれるとありがたい」
「分かりました、では登録しながらお伝えしますね。まず、この紙に必要事項を記入して下さい。知られたくない事は、書かなくても構いません。ただ、ギルドからの、依頼の斡旋が難しくなるのでご注意下さい」
 
 紙とガラスペンが渡される。
 書き込んで分かったが、このガラスペンは意匠こそ凝ったものではないが、かなり書きやすい。
 
 特技、戦闘スキルの欄で手が止まる。すると、気づいたフィリカが補足をくれる。

「特技には索敵などの、戦闘補助スキルがあればそちらを。スキルに関しては、魔法系統の魔導具をお持ちであれば、使える魔法を。それと、扱える武器や銃、魔導銃の種類を記入して下さい。固有スキルについては秘匿で構いません」
 
 また新しいものが出てきたな。とてつもなく気になるが、ここで聞き返すと不審がられそうだ。

 俺がこことは一般知識が異なる場所から来た事は、まだ明かさないのが無難か。

 固有スキルとは、生まれつき、または特定の条件下で発現する能力だ。

「なるほど。魔導具はいくつか持ってる。具体的に書くか?」
 
「いえ、でしたら使える属性を記入していただければ結構です。迷宮などで魔導具を手に入れるたび、書き加えるのは大変ですからね」

 フィリカの言葉にさすがに目を見開いてしまった。
 
 ――迷宮
 魔導具が手に入ると言った。
 
 もうこれは、アナベルに色々と聞こう。根拠などないが、アナベルならきっと大丈夫だろう。
 どうにもこの好奇心には勝てそうもない。
 
「どうされました?」
「いや、大丈夫だ。これで良いか?」

 書き終えた紙を返す。

 名前 : シガー
 出身国 :
 特技 : 護衛、索敵
 戦闘スキル : 剣、火、水、土属性魔法

 フィリカは記入された情報に目を通し、口を開く。

「特技が護衛ですか?」
「元騎士だからな。要人の護衛任務にはよく就いてた。冒険者にも護衛の依頼はあるだろう、と書いたが不要なら消してくれ」

「いえ、逸材です。商会などの護衛依頼も増えているので。それに、こう言った依頼はよく揉めるんです。シガーさんは、その辺りも問題なさそうですし」
「そうか、ならよかった」

 冒険者の知り合いから、移動と仕事を兼ねて護衛依頼を受けると聞いていた。夜番の心配も減るし、旅路の話し相手もできる。
 
「では、これで登録しますね。ランクはE.D.C.B.A.S.SSの順に上がっていきます。依頼は同ランク以下のものしか受注できません。登録時は原則、Eランクからのスタートですが、シガーさんかなり戦えますよね?」

 何事にも例外があるように、このギルドにもそれはあるらしい。
 
「まあ、それなりに戦えると思うぞ。魔導具も持っているしな」
「では、Dランクスタートで行きましょう。それ以上だと依頼の達成状況などの査定が必要になります。よろしいですか?」
「構わないが良いのか? 本来は依頼をこなして上がるんだろ?」

 依頼の幅が増えるのは嬉しいが、良いのだろうか。

「Eランクは簡単な採集や使い走りが多くて、討伐依頼が少ないんです。最近は魔物も増えていて……正直、腕の立つ人にはどんどん出てほしいんですよね」
「そうか、それならいい」
 
「依頼書はあちらに張り出されています。依頼書を持って依頼受付に提出して下さい。素材の買い取りはあちらの受付で。手数料がかかりますが、そのままの持ち込みでも構いません」

 ぱっぱっと手で示しながら説明を続ける。

「大まかな説明は以上です。では、ギルドカードをどうぞ。討伐した魔物はこちらに自動で記録されます」
「どうやってだ?」

 また聞き慣れない言葉が出てくるかと、期待して尋ねる。

「魔導具の一種だそうですが、詳しい仕組みは分かっていません。昔は証拠品の提出や確認員の派遣が必要でしたが、今ではこれ一枚で済むんですよ。謎技術ではありますが、便利ですよね」
 
 光沢を放つギルドカードを、まじまじと観察する。
 便利すぎる代物だ。何の物質でつくられているのか見当もつかない。

「他にご質問はありますか?」
「今は大丈夫だ。ありがとな」
 
「では、登録は以上となります。これから頑張ってランクを上げて下さいね」

 
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