煙の旅人

さい

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忘れた世界

7.確信と酒

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 双子に出迎えられ、宿屋に戻る。アナベルは夕飯の仕込み中のようだ。

 部屋に入るとすぐに、机の上に“ソルード大陸”と名のついた地図を広げる。随分と精巧な地図だ。

 聞き覚えのない大陸に、見知らぬ五つの国名。
 決定的だった。

「……異世界にでも迷い込んだか」

 苦笑いが漏れる。
 そうでも思っておかないと、辻褄が合わなくなる。
 
 明らかに大陸の形が違う。
 国が滅びようとも、山が崩れようとも、大地の形はそう変わるものではない。

 ある探検家は言っていた。星を追い、世界の端を目指していたら戻ってきたと。
 

 知っているようで、どこかずれた世界。

 
 まあ、俺がやる事は変わらない。
 燃やすもんがなくなるまで、吸って吐いて生きるだけだ。

 

 こんこん、と扉を叩く音が聞こえた。

「シガーご飯だよー」
「ああ、今行く」

 一階に降りると、蒸気を立たせた料理に出迎えられた。
 なかなかこの可愛らしい内装には似合わない光景だ。

 他に二組の宿泊客がいるらしいが、今夜はまだ戻らないようだ。
 
 席に付き、意外なほど豪勢な食事を始める。

 肉料理にはしっかりと下味が染み込み、やや濃い目のソースは酒が飲みたくなる。

「アナベル、酒はあるか?」

 彼女が居る厨房に、声をかける。
 
「エールと果実酒、ウイスキーならありますよー」
「じゃあ、エールを頼んだ」

 厨房からはーい、と聞こえてすぐにレイがエールを持ってくる。
 炭酸が強くて、脂が多い肉によく合う。

 スープは野菜の味に深みがあり、満足感のあるものだった。次々と料理を胃に収め、最後の一口を食べ終わったところで、厨房からアナベルが顔を覗かせる。


「えっ、シガーさんもう食べ終わったんですか? 最初だからと、多めに作ったつもりだったのですが……。足りましたか?」
「まあ、食おうと思えばまだいけるが、充分だ。美味かった」
「それなら良かったです。エールのお代わりはどうですか?」
「今度は、ウイスキーとやらを貰おうか」

 初耳の酒だった。一体、どんな味だろうかと心が躍る。

 出された琥珀色の液体を口に含む。
 雑味がなく、わずかな甘さと煙を感じさせる酒だった。高い酒精だが、味わい深くこの上なく好みの酒だ。


「気に入ったんですね。良かったです」
「ああ、最高に気に入った。葉巻にもよく合いそうだ。ところで、仕事が終わったら時間はあるか? 聞きたい事がいくつかある」
「わかりました。ここを片付けたら終わりなので、少しだけ待っていて下さい」

 そう言うとアナベルは、テーブルを片付け厨房に戻っていく。
 


 ウイスキーを楽しみながら待っていると、片付けを終えたアナベルが戻ってくる。対面の席に腰掛けて、双子に部屋に戻るように伝えている。
 
 こちらに向き直り、口を開く。
 
「それで、何を聞きたいんでしょうか?」

「“ミレナリア大陸”というものを知っているか?」
 
 今まで生きてきた大陸の名前だ。

「いいえ、聞いた事がありませんね」

「あー……。濁しても話が進まないから言うんだが、どうやら俺は他の世界から来たみたいだ。まあ、俺の頭がいかれた可能性もあるが、とりあえず今はそれを前提に、この国の常識なんかを知りたい」
 
 突然の告白に、アナベルは時が止まったように動かない。まあ、そうなるだろう。同じ事を言われたら、俺ならまず頭を殴る。

「信じなくても大丈夫だ。ただ、アナベルならしないとは思うが、周りに触れ回るのはやめてくれ」
「……ええ、確かに信じ難いですが、分かりました。それで話を進めましょう。子供の前で、虚勢を張らない大人は信用できますから」
 
 そう言いながらも、アナベルの視線は一度だけ階段の方、おそらく双子の部屋がある辺りを向く。母親らしい警戒だ。
 全く信じていない様子だが、それで構わない。
 
「まず、ここが何処かという事なんだが」


 ――
 

 幾つかアナベルに質問し、考えをまとめる。

 この街カルントは、大陸の中央に位置するオレリア国のガルダン辺境伯領にある。
 
 オレリア国は文化と学術の中心地で、五国の盟主的位置にいるという。

 日時の計算は、一日を二十四分割、三十日で一月、十二月で一年となる。

 魔法技術の大崩壊から、科学技術が発達している。
 だが、完全に消滅した訳ではない。

 では、何で魔物と戦うかというと、主に銃火器と魔導具が使われる。銃火器は火薬というもの使い、弾を高速で撃ちだす武器だ。
 
 魔導具は太古に作られたものと、迷宮から産出されるものがある。


 迷宮は各地で、飽和した瘴気が形になって現れる場所。放置すると魔物が湧き続け、最終的にはスタンピード。大規模氾濫になる。
 街ひとつが飲まれる規模だという。

 冒険者は魔物を狩るだけじゃない。その氾濫を起こさせないための、栓の役でもあるらしい。

 
 瘴気は迷宮になると、周囲の瘴気を吸収する。
 まるで狂化する魔物のようだ、と薄寒く感じた。

 アナベルが答えられない事もあったが、こんなものだろう。
 

「だいたい理解した。ありがとな」
 
 アナベルに一言断り、煙草に火をつける。煙は独りでに窓へと向かった。

 不思議そうに煙をみてアナベルが尋ねる。

「それ、どうやってるんですか?」
「魔力で動かしてるんだ。アナベルの肺を汚す訳にもいかないからな」
 
 煙を魔狼の形へ変えてみせる。

「えっ……すごい、魔狼ね!」
「当たりだ、器用なもんだろ?」
 
 そのまま窓の外に走らせれば、アナベルは目を煌めかせて、他には? と期待するように聞いてくる。
 
 竜をアナベルの頭上に羽ばたかせる。
 
「今日の礼にはならないが、これが燃え切るまで、いくらでもリクエストにお応えしよう」

 
 結局一本で終わらず、次は葉巻に火をつけたのは余談だろう。
 

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