煙の旅人

さい

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忘れた世界

9.半分の月

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 半分の月が静かに浮かぶ、夜の半ば。
 何を考えるでもなく、吐いた煙が解けていくのを、ただ目で追っていた。

 何も起きない夜は、いい夜だ。


 ふと、小さなものが動く気配を感じた。
 小さな歩幅で裏庭に近づいてくる。この魔力はランだ。

「どうした、こんな遅くに」
「しがー、こわい夢みた」

 目を擦りながら、舌足らずに喋るラン。
 泣いてはいないが、声の奥に震えがある。
 
「……そうか、レイは?」
「まだ寝てる」
「起こさなかったのか、偉いな」
「うん、お外見たらシガーいたから」
「そりゃ、ちょうどよかったな。座るか?」

 こくりと頷き、横に座る。
 参ったな、子供の相手は慣れてないんだが。
 
 吸い込んだ煙に魔力を混ぜる。
 母親が気に入ったなら、子も気に入るだろう。

 空に一体の騎士を浮かばせる。

「剣もってる、騎士さま?」
「よくわかったな。強そうか?」
「うん、強そう!」

「夢に出てきた奴は倒せそうか?」
「うーん、ちょっとむり」

 まだ微かに震えが残っている。
 そうか、騎士だけでは無理か。


「お馬さん乗った!」
「どうだ?」
「まだむり!」

 次々と騎士や騎竜が生まれるが、どうやら夢の相手は相当な強敵らしい。もう一分隊はいるんだが。
 
 最後に集中して、煙を動かす。
 騎士たちは闇に溶けて消えた。

「これで最後だ、煙草がもう消える」

 月明かりの下で、二つの小さな影を浮かべる。
 片方はエプロン姿の女性、もう片方は眠そうな子供。
 
「……これ、お母さんとレイ?」
「勝てそうか?」
「うん! ぜったい負けない!」
「それなら、もう怖いもんはないな」

 ランの声から震えは感じない。
 
「シガーは魔法つかいなの?」
「みんなには秘密だぞ」
「レイには言っていい?」
「特別な」

 半月が瞳に映り込み、きらきらと揺れている。
 さて、これでこの後眠れるのかどうか。


 どうやら、もう一人起きてきたようだ。
 
「ラン、迎えが来たぞ」

 ちょうど良くレイが顔を覗かせる。ランを探しに来たようだ。髪が少しだけ乱れ、寝ぼけた目つきのまま、こちらを見ている。

「ラン、ここにいたの」
「あ、レイだ! 今ね魔法見てたの!」
「夢みてたの? もうねようよ。ボクねむい」
「あたし眠くない!」

 そうだろうな。

「ラン、ベットに入ってさっきの話をしてやれ。話していればその内眠くなる。レイ、連れて行ってやってくれ」
「うん。いこ、ラン」

 レイが手を引き、宿の灯りの方へ戻っていく。
 二人の背中が扉の向こうに消えるまで見届けてから、立ち上がる。

 さて、今日はもう寝ていいだろう。


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