土の魔法使い

前田有機

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第4話 晴れのち雨

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 朝食は行商屋から購入した黒パン、薫製肉、チーズでサンドイッチを作ってそれを食べた。テレサにはこれにドライフルーツを与えた。
 遅くとも日没までには隣町に着いてしまいたい。
 今の状況で野宿はとても危険だからだ。眠っているところを襲われれば多少は抵抗できるだろうが、先手を取られている上に数で押されればテレサを守り切ることなどは到底不可能だ。だが、町の中でならばまだやりようはある。
 清々しい青空の下、緩められない緊張がダーシェの神経を削る。

「あの、すみません」
 ダーシェのやや後ろをついて行くように歩いていたテレサがダーシェの袖を引っ張る。
「先ほどから何か周囲を気にしているようですが、どうしたんですか?」
 振り返るとそこにはダーシェの顔を覗き込むように見上げるテレサの顔があった。
「んー、君は気にしなくても大丈夫だよ。こういう街道ではほら、盗賊みたいなのが出てくることもあるだろうし、その警戒をしてたんだ」
「この街道の規模から考えても盗賊の可能性は低いと思うんですけど……。というか、宿を出てからずっとおかしいです」
 なかなか鋭いな………。ダーシェは前を向く風を装って視線をずらした。ここはいっそ打ち明けるのが懸命なのだろうか。互いに現状を把握しておくことで取れる対策も増えるかもしれない。
 けれど、テレサについてまだダーシェ自身よく知らないため、全ての情報を打ち明けるのは軽率である可能性も低くはない。
 しばらく無言で考えた末にダーシェは必要最低限の情報のみを彼女に伝えることにした。
「実は今、少し追われている可能性があってね。それでどこに追っ手がいるかわからないから少し周りに気を張っていたんだ」
 テレサはその言葉にそうだったんですか……、と呟くとそれきり喋らなくなった。

 特に何が起こるでもなく、のんびりとした時間が過ぎていく。時間が昼に近付くにつれ、街道を歩く人も少しずつ増えてきた。人が増えるに比例するかのように空はだんだんと灰色へと姿を変えていった。

「これは、一雨来そうだな」
 ダーシェの横を通り過ぎた誰かがそんなことを呟いた。意識してみれば確かに朝と比べて空気が湿っぽい。
 どこか屋根のあるところで雨を凌ぐのがいいかな、ダーシェは雲に覆われつつある空を見上げて思った。急ぎではあるが雨の中を無理して進むのはあまり今は良策ではない。休み休み歩いてはいるが二歩ほど後ろを歩くテレサは足を引きずっている。むしろ強行軍は愚策と言える。
「もうしばらくで雨が降りそうだから、それまでに屋根のある場所を探そう」
 ダーシェは歩調をテレサに合わせると彼女にそう声をかけた。テレサはコクリと頷いた。
「足、辛かったら我慢せずに言えばいいんだよ。もう無理を強要されるような立場ではなくなったんだ」
 テレサからの反応はなかった。
 ダーシェとテレサはちょうど休めそうな木を見つけ、そこで休憩を取ることにした。
 程なくして、雨粒がポツリ、ポツリと落ち始め、瞬く間に驟雨と呼べるほどに激しさを増した。
「これなら、そんなに長くは足止めされなさそうだな」
「……………なぜですか?」
「え?」
 聞かれることを予想していなかったダーシェは思わず聞き返してしまった。
「なぜ、そんなに長くないとわかるんですか?」
 丁寧にもテレサはより質問の内容を詳しく問い直してきた。
「それはね、ほら、朝の天気は覚えてる?」
「はい。とても晴れていました」
 テレサはそれが何か関係あるのか、と言いたげな表情を浮かべている。
「だよね。で、曇り始めたのはお昼近くになってからでしょ? つまり、雨雲が急に発生したことになる」
「はい」
「急に出来た雨雲はこうして短い時間に激しい雨を降らせるんだ」
「そうなんですね………」
 テレサは口元を抱え込んだ両膝に埋めるようにして、なにかを考え込み始めた。
「こういうの、滅多に疑問に思う人はいないんだ」
「では、私は変なんですか?」
「いや、変じゃないよ。むしろ凄いことだと思う。普通の人が疑問に思わないことに疑問を持てることは素晴らしいことだよ」
「でも、私はこれでいつも変人扱いされました。両親もそれで私を売ったんです」
 テレサはダーシェの方を向かず、雨粒が激しく打ち付ける水溜まりを見ていた。鼻から下は膝にくっついてよく見えないが、目は全く感情がないように感じられた。
「それでも、そうやって逃げ出すんだから本当親不孝だよねえ?」
 背後から突然聞こえた声にダーシェとテレサは慌てて振り向いた。ダーシェとテレサの向いた先の木陰からゆったりとした動作で人が一人、姿を現した。
「いやぁ、泳がせて正解だったよ。ダーシェ・レインコート君」
「あんたは…………」
 あの時の警吏。彼の顔には罠にかかった獲物を見つけたような、狡猾な笑みが浮かんでいた。見ていてとても不快な気持ちになる。
「人の商品を勝手に奪ってさあ? 人としてどうなの?」
 ケルディ・レイゴールは革のブーツでわざと水飛沫を上げるように歩きパシャリ、パシャリ、とダーシェたちとの距離を少しずつ詰めていった。
 反対にダーシェとテレサは彼との距離を一定に保とうと少しずつ後退していく。
 どれくらい下がったか、気付いた時にはダーシェたちは周囲を囲まれていた。
「君、自分で言ってたよね。奴隷商人が盗まれた商品をどうして取り戻して、盗んだ本人にどういった制裁を与えるのか」
 ケルディ・レイゴールが指を鳴らすとダーシェたちを囲んでいたうちの一人が進み出て、テレサを羽交い絞めにし、拘束した。テレサも逃れようと手足をばたつかせるが、相手が屈強な男であり、体格差がまさに絶望と言えるほどあるため、それは無駄な体力の消耗と言うほかなかった。
「さて、商品は返してもらった。本来なら同じ帝都出身のよしみとして見逃したいんだけど、そうはいかないんだよね」
 一人見逃したら他の商人たちとの交渉とか諸々に響くからね。ケルディは再び指を鳴らした。それを合図にダーシェを囲んでいたケルディの手下が一斉にダーシェに襲いかかった。

 * * *

 ああ、彼も逝ってしまうのか。
 テレサは羽交い絞めにされ、身動きの取れない中、抵抗することは諦め、ただ自分を救い出してくれた青年の行く末を呆然と見つめていた。本当に馬鹿なことをしたな、彼も。私なんかわざわざ助けなければこうならずに安全に旅を続けられたというのに。
 諦めに満ちていたテレサはふと、自分の異変に気付く。それは初め、雨粒が頬を伝っているだけだろうと思った。
けれど、それは違った。雨と違い、温もりを持ったそれは自分の目から零れ落ちていたのだ。何度も見てきたはずのその光景。最早、救われることもないと理解しきったその光景。
 そんな諦めきった光景に、テレサは悲しさと悔しさの入り混じった、無くしたと思っていた感情が再び芽生えたことに気が付いた。
「ダーシェ!!!!」
 その叫びはほとんど無意識だった。何と言ったのかさえ自分では聞き取れない。
 叫びと同時にダーシェの姿は襲いかかっていった男たちに寄って見えなくなってしまった。彼とあの商人の手下との体格差も相当なものだ。
 しかもダーシェ一人に対し、相手は十数人もいる。
 テレサは直面するだろう現実と自分を切り離そうと、きつく瞼を閉じた。
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