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第3話 捜索
しおりを挟む「主人さん、ここに若い女来てないか?」
「いや……知らないんだが、それがどうした?」
「ちょっとうちの商品が逃げ出してね。捜索中なんだけどさ、どうにもこの宿に逃げ込んだらしくて」
一階のフロントからそんな話し声が聞こえた。宿屋の主人と、話の内容から間違いなくテレサを奴隷として扱っていた商人の関係者だろう。
いくらなんでも早すぎないか?
「まあ、一人だけでここに来たらそりゃあわかるわな。実はこれがさぁ、若い男が連れ込んだって話なんだけど、ここに止まってる若い男、何人いる?」
ガシャリ、と金属同士のぶつかり合う音がする。
「お、おい? これは何の真似だ?」
「あ、これ? これはあんたが俺たちに情報を提供してくれた時の謝礼金だよ」
「情報だぁ? んなもん持ってねえぞ」
「はぁ……、あんたはさ俺の質問に答えればいいの。わかる? で、ここに宿泊してる若い男について、教えな」
「いや、教えられるわけがないだろ。大事な客だぞ」
宿主は金を積まれた時こそ一瞬、揺らぎはしたものの、彼の信条なのだろう、決して打ち明けようとはしなかった。
「あー、そう? そんなに客が大事なんだ、へえ?」
急に奴隷商と思われる男の声が低くなった。声量もよく聞き耳を立てねば聞き取れないほどだ。
「じゃあ、自分の命と、客の情報、どっちがあんたにとっては大事なわけ?」
「そ、そりゃあ客に決まってんだろうが」
「あ、そう。あーあ、あんたは商売人としては失格だなぁ、可哀想だなぁ。せっかく一人若いのがいるって言うだけで大金が手に入ったのに、なぁ?」
「ひ、一人ぃ? お前、どこでそれ聞いた!?」
「あ、本当に一人なんだ」
「…………!!」
「あんがとね。その金はあなたの物だ。けれど……」
「ちょ、なっ…………!?」
「喋らなかったあんたが悪いんだ。ああ、安心しな、この店は俺の部下に任せるからさ」
「ひっ……………! や、止め……………っ!」
これはマズい。傍観していられる状況ではなくなった。
偶然を装いつつも慌ててダーシェはカウンターへと降りる。
「なあ、主人。チェックアウトの手続きしたいんだけど………って何、どしたのこれは!?」
宿主は男にナイフを突きつけられていた。切っ先が喉に当たり、僅かに出血がある。
「あ、あんたは! 危ねえから下がってろ!」
ダーシェに気付いた主人が果敢にも声を張り上げる。それによってダーシェに気付いた男はさっとナイフを仕舞うと、今の事態がなんて事のない些事であるかのごとく、ニコリと笑いダーシェに歩み寄ってきた。
「物騒なところを見られてしまったね。ごめんよ、本気じゃあなかったんだ。ところで君、昨夜は何をしていたか少し聞かせてもらってもいいかな?」
男が取り出したのは身分証だった。名前はケルディ・レイゴール。職業は警吏と記されていた。
治安を守るはずの人間がこんな脅しをするはずはない。目の前の男が見せるそれは偽物であることと、自分がこの状況の一部始終を知ることをこの男はしらないことを確信した。
「昨夜ですか? それがどうしたんです?」
形勢は不利だが、ここでいくらでもひっくり返せる。ダーシェは努めて冷静に答えた。
「……………」
「な、なんですか、ジロジロと?」
「いや、ごめんごめん。この辺とは身なりが違うなって思ったんだ。出身は帝都の方?」
「え、ええまあ」
「やっぱりなあ! 俺も帝都生まれなんだよ! へえ、珍しいこともあるんだな。君、しかも商人とかじゃないでしょ」
「そ、そうですね」
なぜこんなことを聞かれるのか。内心、ダーシェは戸惑っていた。目の前の男の意図が読めない。
「商人だと結構、会うんだけどな。商人じゃない帝都出身の奴は初めて会ったよ」
「それはきっとなにかの縁でしょう。幸い、僕は朝食がまだなんです」
「あー、ごめんね。一緒したいところだけど今急いでるんだ。また今度、縁があって会うことができたら食事でもしよう」
商人を名乗る男は人の良い笑みを浮かべると足取り軽く宿屋を出て行った。
「ふぅぅ………」
とりあえず脅威は去った、と息を吐く。吐息とともに力が抜けると同時に精神的な疲れがどっと押し寄せて来る。
何故だか妙に気を張る相手だった。最後の含みのある笑みが気になる。最悪を想定して動かなければならないだろう。
宿主のほうへ向き直ると宿主も緊張が解けたのかハンカチで額の汗を拭っている。カウンターの上には何かが大量に詰め込まれた麻袋が置かれている。
「ああ、そうだった。宿主、チェックアウトの手続きをしたいんですが」
「ん、ああ、そのためだったのか。この帳簿に記入しといてくれ」
「わかりました。それと、これは宿泊費です」
ポケットから取り出した硬貨をカウンターに置く。
「おお、そうか。…………、ちょうどだな。ところで、荷物がないようだが………」
「ああ、それは、これからまとめるところです」
「ふーん、そうか。まあ、気を付けてな。それと、さっきの男には気をつけた方がいいぞ」
カウンターにいる宿主の動きはどことなくぎこちない。ダーシェは話し声を聞いていただけなので詳しいことはわからないが、恐らく相当肝を冷やしたのだろう。
「俺は今から少しここ外すから、見送れねえからよ、今言っとくぜ。気をつけて行ってこいよ。それと、まだ店は開いてないだろうが、朝食にはサンドイッチがおすすめだぜ。なんせここはテラルの街だからな」
宿主も相当、肝が座っているらしい。去り際にきっちりと宣伝までしていった。
「これは、幸運かな」
代金は支払った。テレサを連れて出るのなら今しかない。
ダーシェはすぐ様自分の借りていた部屋へ行った。
「すぐに荷物をまとめよう。出るなら今のうちだ。そして、さっさとこの街を出なきゃ」
部屋に戻るや否や、まくし立てるように語り出したダーシェに大人しく床に座っていたテレサが慌てて立ち上がる。
「荷物といっても私は何をすれば良いのでしょう?」
「指示するからその通りにやってくれればいい。あまりいい状況じゃないんだ。急ぐよ」
そして、荷物をまとめると半ば飛び出すが如く宿を出た。宿を出てすぐ、周囲を見渡してみたが、怪しい人影は見当たらなかった。それでも念のため、テレサには自分の旅用の外套を着せ、フードを被らせた。いざ、怪しまれ、質問されても西の方の国の文化だ、と答えればいい。実際、この外套自体も西で買ったものなのだから誤魔化せるはずだ。
まだ夜が明けて数刻しか経っていない。道行く人はまばらで、店もほとんどが閉まっている。本来の予定であればもう少し時間が経ってからこの街で朝食を済ませたかった。が、最早悠長にはしていられないのが現状である。
宿に来た奴隷商らしき長髪の男。会話してわかったが、かなり厄介だ。もしかしたらすでに見つかっていて泳がされているだけかもしれない。最悪、殺しに来ることも想定できる。
それでも、昨日の行為に後悔はない。むしろ、昨日あのまま見逃していればそっちで後悔しただろう。
ダーシェとテレサは街の関門にたどり着いた。
「こんな朝早くから出て行くのか? このテラルの街で朝食を摂らないのはかなり惜しいことだと思うんだが」
想定内だ。関門の守衛が声をかけてくる。これくらいは予想していた。このテラルの街は食の街と言っていいほどに食文化が栄えている。故に街を出るのも普通の人間なら朝食を食べてからだ。
「本当はそうしたいんだけど、それだと次の目的地に着く前に夜になってしまうんだ」
「そう言うことか。それは残念だったな。じゃ、旅路に幸運を」
「ありがとう。次にこの街に来た時こそ、ゆっくりと食事を楽しみたいね」
「ああ、そん時はそこの嬢ちゃんの顔も拝ませてくれや」
「ははは……」
守衛を振り切り、ダーシェとテレサは街を出た。
空は雲一つない清々しいほど澄み切った青だった。
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