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第2話 宿屋で
しおりを挟む「やっぱ似てるってレベルじゃない……」
ダーシェ・レインコートは目の前のベッドに横たわる少女の寝顔を見て呟いた。
さすがに年齢まで同じではなさそうだがその幼さの残る寝顔には姉妹か何かと思えるほどの面影を少女はその安らかな寝顔に宿していた。
最初に見かけた時は、僅かな既視感を覚えただけだった。そして、あり得ないと思っていても捨てきれない希望がダーシェを駆り立てたのだ。
夢中だったと言えるだろう。少女を救い出すまでの過程でダーシェに思考の余裕はなかった。ただひたすらに男を挑発して注意を引き、あわよくばその隙に逃げてもらおうとあらかじめ考えていたことをどうにか実行したまでだ。
結果として想定以上の効果を発揮してしまい、思わず力を使ってしまった。
普通の人間ならばあの場面、無傷で済むはずがない。が、ダーシェは自らの持つ人ならざる力を行使したために無傷かつ、相手に隙を作らせてカウンターに成功した。
「バレるのも時間の問題だしな…」
この少女はどうするか。現在、一番の問題点である。
鉄製の首輪とそれから延びる鎖。襤褸のような麻の服。見るからに人としての扱いを受けている身分ではない。
このまま放置すればすぐにまた売り払われて同じような未来を辿り、きっと最後は哀れに誰にも悲しまれることなく死に、廃棄されることだろう。
そうなれば二度、救えたものを救えなかったことになる。放置すればいいものをダーシェにはそれができなかった。
「目覚めるのを待つしかないかなぁ」
出来ることなら自分に同行してもらい、人並みの生活をさせてやりたい。けれど、強制はできない。彼女の意思を聞くべきだ。
椅子に腰掛け、思考の堂々巡りをしているうちにダーシェもまた眠りに落ちた。
* * *
「ダーシェ、ダーシェッ!」
「ん?」
「寝るな」
額を小突かれる。ペシリ、と小気味良い音が響く。
目を開くとそこには一人の女性が左手で頬杖をつき、空いた右手がダーシェの目の前で遊んでいた。
「寝てないです、よ…………?」
そこは彼女のよく来たカフェのテラス席。空は清々しいほどに澄み渡っていた。
「なあに? そんな泣きそうな顔して。お化けにでも出会ったのかな?」
いたずらに成功した子どものような笑みを浮かべた黒髪の女性を見たダーシェは言葉を失った。
「どした? アホみたいに口開けて。……って目を潤ませるなって!」
目の前の女性が慌てふためく。キリッと細く整えられた眉が困ったように垂れ下がる。
二度と会えるはずはない。ダーシェの目の前に座るその女性、リーザ・ベルローグは三年前に死んでいるのだ。
「あんたが会いたがってたからじゃないの? ほんと相変わらず子どもだね、あんたは」
変わんねーの、とリーザは豪快に笑う。所作の一つ一つに気品があり、かつ豪快さを備えた目の前の女性は紛れも無い、リーザ・ベルローグだ。
「わざわざ時間の無い中来てやったんだ。もっと感謝すべきなんじゃない?」
「あ、ありがと……」
「はあ? 聞こえないね。男ならもっとはきはき喋んな!」
クシャクシャと頭を撫でられる。乱暴にやるせいで少し首が痛くなる。が、それが今は嬉しかった。
「ありがとうございます」
ニコリと歯を見せて笑ってみる。
リーザも同じように笑みを浮かべる。上手く笑えたみたいだ。
「そうそう。あんたはそうしてる方がいいよ」
もう一度リーザが頭を撫でてくる。
「んじゃ、あたしはもう行くからね。次はいつ会えるかわかんないけど、そん時は少しくらい成長したとこ見せるんだよ」
リーザはスッと椅子から立ち上がるとこちらを振り向くことなく右手をヒラヒラと振り、雑踏の中に姿を紛れさせていった。
* * *
「ああ、夢か………」
椅子に座ったまま眠ってしまっていたらしい。ダーシェは凝り固まった肩と腰をゆっくりと解すため立ち上がった。
その拍子にパサリ、と床に何かが落ちた。薄手の毛布だ。誰かが掛けてくれたのだろう。
いや、誰かではない。
「看病するつもりが、気を遣われてしまったみたいだね」
背後に感じる人の気配に向かって声をかける。声をかけつつ、後ろへ振り向く。
「助けていただいたのだし、これくらいは当然のことかと」
さすがにまだ、警戒はされているらしい。まあ、無理もないか。ダーシェはふふっと微笑みを浮かべる。
「そんなに畏まらなくていいよ。って言ってもすぐには無理か」
少女は自分の身体を抱きしめるように腕を組み、ダーシェから目をそらす。
自分の態度がダーシェに対し失礼ではないか、と感じているのだ。
「そう言えば、まだ名前を名乗ってなかったな。俺の名前はダーシェ。ダーシェ・レインコート。今は理由があって素性とか言えないけど怪しい者ではないよ。いや、素性が知れないってめちゃくちゃ怪しいな………。まあ、てな感じでよろしく」
ダーシェは少女に手を差し出す。
突然の自己紹介に困惑の表情を浮かべる少女。ダーシェの顔と差し出された右手を何度か交互に見つめると、ゆっくりとその手を握り返した。
「テレサ、と言います。あの時は助けていただきありがとうございました」
「お礼を言われるほどのことじゃないよ。俺が勝手に首を突っ込んだだけなんだ」
「ですが、奴隷をわざわざ助けるなど」
普通はあり得ません。
ダーシェは言葉の途中で遮った。
「自分のことを自分で奴隷とか言うな。君は立派な一人の人間だ」
「ですが………」
テレサは自らの首に課せられた首輪にそっと触れる。その首輪は奴隷を身分として固定させるために付けられたいわば奴隷の身分証だ。一度付けられたそれは死ぬまで外すことはできない。
「それさえ無ければいいんだろ?」
「え?」
ダーシェは首輪に触れた。
「結局は無機物だから、何の問題もない。『万物は大地へと還る』」
途端、テレサの首に付けられていた鉄の首輪は瞬く間に形を崩し、ただの土塊へと形を遂げた。
「さ、これで君はもう奴隷ではなくなった訳だ」
ダーシェは何事もなかったようにテレサの肩に乗った土を払い落とした。
「あの………これって」
自分の首に触れ、何度も確認するテレサ。
「外せない首輪は、失くせばいい。簡単なことでしょ?」
「そういうことじゃなく」
追求をやめないテレサにダーシェは彼女の耳元で囁いた。
「今回は特別なんだ。あまりこのことについては探らないで。あまり人には知られたくないんだ」
テレサは無言で頷いた。目に恐怖の色が浮かんでいる。少し脅かしすぎたな、ダーシェは言い過ぎたことを悔いた。
「じゃあ、俺はチェックアウトの手続きしてくるから」
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