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第16話 焦り
しおりを挟む「じゃあ、ダーシェ。このドアノブを回してドアを開けてみてくれ」
薄暗い廊下の果て。突き当たりでレムナは立ち止まり、正面のドアを指差す。
「これで君のその魔術の暴発の原因を探る」
「開けるだけで、わかるものなのか?」
「とりあえず後で説明する。だから、はやく開けたまえ」
「ああ………」
ダーシェは言われるがままにドアノブを回した。
キィッ、と音がして開くなんの変哲も無い木のドア。開くとともに屋内に外の光が差し込んでゆく。
ダーシェは差し込む光のあまりの明るさに目を細めた。細めつつもドアはきちんと開けた。
「な…………ここは……」
目の前に広がる光景は帝都。往来には変わらず沢山の人が行き交い、道沿いの店々では客を引き寄せようと様々な掛け声が上げられている。
「これは幸いだったな、ダーシェ」
「なにが?」
「原因がわかった。原因はやはり、君の精神状態だ」
「これだけで、わかったの………」
「あのドアは人の心を写し出すものでね。開けた人間の心が不安定ならなぜそうなのかを風景として写し出す。安定していれば、ただこの家の外に出る。まあ、一種の防犯システムってやつさ」
と、レムナは言う。
しかし、一体どういう仕組みなのか。いや、それよりも防犯設備をこんなことに使っても良いのだろうか。
目の前の光景に戸惑いを感じつつもダーシェはそんなことを思った。
「原因がわかった、と言ってもレムナ、どうすればいいんだ?」
「精神的な問題に対しては対処法は一つだ」
ダーシェを見上げてレムナはそう言った。
「人の心は強靭だけど、回復が遅い。身体の傷は魔法や魔術を使えば瞬時に完治が見込めるが、心にはそれができない。ああわそう言う後ろ向きな話はすべきじゃないな。とりあえず、君が安定してまた魔術を発動できるようにするには、しばらくの間休むことだ。それが今の君の最善だと、私は思うよ」
「でも………」
それだと、テレサがどうなるか。もしかしたら帝国はさらにエンキのような人間を増やすかもしれない。
「焦る気持ちはわかる。けれど、君は今は休むべき時なんだ」
「どれくらい、時間がかかるんだ……?」
「まあ、短くて半年と言ったところだね」
「長いな………」
ダーシェは視線を下げ、考え込む。
その姿を訝しく感じたレムナは、ダーシェに問いかけた。
「君はどうしてそう焦るんだ? 君が助けたいと思っている相手も今の状態の君が向かったところで返り討ちに遭って余計に悲しませるのが関の山だぞ?」
その問いかけにダーシェは、首を横に振って答えた。
「違うんです。帝国が今やろうとしていることは下手をすれば世界を滅ぼしかねないから。帝国は国民を悪魔に売ったんです」
「どういう、ことなんだ、それは………?」
レムナは眉間に皺を寄せ、首を傾げる。
「俺は元々、帝国に仕える宮廷魔術師でした」
「それは、帝国領内の魔女たちは皆知っていることだな」
「そうなんですか。とりあえず、話を続けますね」
「うむ」
「帝国は常に富国強兵で、武力と言う名の力を高めることに関してはどこよりも貪欲です。
そんな帝国です。当然、特異な力を使う俺に注目しました。
初めは、帝国に一人だけの魔術師を重宝がるための健康診断的なものかと思っていたんですが、ある時そうでないことに気付きました。そして、調査を進めるのち、帝国が秘密裏に人為的に魔術師を生み出す研究をしていることが判明したんです。
初めは精霊に関する研究なんだ、と思いました。でも、そうじゃなかった。帝国が手を出したのは精霊ではなく、悪魔の方だったんです」
ここまで話した時、レムナが手でダーシェの話を止めた。
「少し、待ってくれ。君は今、悪魔、と言ったか?」
「ええ。悪魔です。帝国は国民を悪魔に売ろうとしていたのです。まあ、すでに俺の友人はその犠牲となってしまいましたが………」
俺のせいで、と心の中で付け加える。
そんなダーシェの心内を表すかのように、帝都の景色は晴れから急に曇りだし、瞬く間に雨を降らし始めた。
* * *
「君が抱えている事態の大きさは私も把握した。しかし、今の君がすべきことは変わらないぞ?」
応接室に戻った二人は今後の動きについて話し合っていた。
「でもっ………!」
「でもも、何もない。今の精神がボロボロの、魔術すらまともに扱えない君が行ってどうする?」
レムナの言うことは至極真っ当なことだった。
先刻、レムナとダーシェの立ち寄ったドアを開けた者の心を映し出す部屋でのことだった。あの後、レムナによって外へと連れ出されたダーシェはそこで他の力も行使してみた。
結果はまさに悲惨、と言ってもいいほどで、酷い場合、三十秒ほどの時間差で発動し、その効力もダーシェの意思とは全く反するようなものだった。
それもあり、レムナは断固としてダーシェの意見を拒んだ。
「いいか? はっきり言うぞ。今の君は元宮廷魔術師のシャーマンじゃない。最早、まともに魔術が使えないのだからただの人間と同じなんだ。魔術や魔法であれば一対一〇〇でも戦えるだろうが、どれだけ卓越した剣士だとしても、それは結局、個人で軍にはならない」
レムナは様々な面からダーシェを説得にかかる。
「それでもやらないと、俺は…………」
突然のことだった。ダーシェは背筋に悪寒が走るのを感じた。そしてそれは全身へと広がっていき、吐き気を感じさせた。
「………薬が切れてきたんだ。今の状態を保つのですら薬が必要なんだ。本来ならもう少し効果が続くはずなんだが、やはりあのドアをくぐらせたのは負担が大き過ぎたね」
「……………なんだよ、これ」
動けぬダーシェはそのまま、レムナに介抱されながら部屋へ戻る他なかった。
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