土の魔法使い

前田有機

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第16.5話 銀色の王女

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 彼に別れを告げてから、私は白衣の男たちと共にとある施設へと入った。そこは国が最重要機密として扱う、研究施設。科学的な研究ではなく、非科学的な、魔術的な研究を行うその施設に私は自らの意思で入った。
 別れを告げた時の彼の驚きや悲しみ、様々な感情の入り混じったあの表情を私は忘れないだろう。
 私は己が恩人を裏切ったのだ。
 けれど、後悔はない。きっと彼も初めはどこかで別れるつもりだったはずだ。それに、今の私では彼の、ただの足手まといになる。恩人にそんな仇で返すような真似はしたくない。すでに仇で返すことをしているという矛盾があったとしても、これはいつか報いるため。私の知らないところで苦しんでいる彼を、私が救うため。
 無力な私には力が必要なのだ。彼は今のままではきっとただの年端のいかない少女だとしか自分を見ない。年齢は然程変わらないはずなのに。
 だから彼は私が手伝おうとしてもきっと、はっきりとは言わないだろうが断るはずだ。私は彼と対等ではないから。
 何度か彼の寝言で聞いたリーザという女性の名前。どんな人だったのかは知らないけれどきっと私と違って彼と対等な関係を築いていたはずだ。
 そんな彼女に私は嫉妬する。目の前で苦しむ彼に何もできない無力な自分に憤る。

 施設に入った私は、早速力を手にするための手術に入った。
 手術と言うよりはどちらかといえば儀式に近い。地面に描かれた幾何学模様に私の血を数滴、垂らす。その後に幾何学模様の上に横になる。あとは主任と呼ばれるモノクルの男がどこかの別の言語だろうか、祝詞を唱える。それだけだった。
 私は何もしなくてもいいのだ。
 モノクルの男に言われた。幾何学模様、魔法陣と呼ばれる紋様の上に横になって目を瞑っていればいいだけ、と言われた。
 言われるがままに私は目を瞑る。

 そして、夢を見た。
 陽だまりの中を駆け回った懐かしい記憶。兄妹たちや、歳の近い友人たちと草原を、林を駆け巡った。暖かな愛情を注いでくれた両親との食事。村中を挙げて毎年行われる麦植え。昼食に出されたハムと野菜のサンドイッチの味は今でも鮮明に思い出せる。
 友人たちと悪ふざけをして、大人たちに説教を食らって泣いた日もあった。
 ところどころがあやふやになった虫食いの記憶。
 戻れるのなら戻りたい、そう願ってやまなかったその日々はもう、元には戻らない。
 記憶は色を失い、白と黒のモノクロとなり、ぼやけて消えていく。

 次に、地獄を見た。収穫祭に焚く大きな焚き火のように燃える故郷。焼け落ちる家屋から聞こえる苦しげなうめき声。命乞いの必死な叫び。恐怖と痛みに満ちた断末魔。
 下卑た笑い声をあげる何人もの男たちの影が炎によって浮かび上がる。
 兄に託された妹の手を離れぬように握り締め、息の苦しいことすら忘れるかのように必死に逃げる。
 森は暗く、炎の明かりすら届かない。
 普段は遊ぶための秘密基地として使っていた木の根の間の空洞は唯一残された隠れ家。
 私たちが逃げたことに気付いた野盗たちが松明を手に探しに来た。
 声を潜めてやり過ごす他に手はない。
 空洞の入り口近くを松明の明かりと野盗の影が通り過ぎていく。
 けれど、運命は都合よく不幸を与えてきた。妹はこの時、風邪を引いていた。
 風邪で弱っている身体に無理をさせたことによって小さな妹の気管支はそれに耐えられなかった。
 彼女も必死に我慢したのだろう。けれど、その控えめであるもののその咳は静かな林の中に響くのは当然で、野盗に位置を知らせるには十分だった。
 大きくなる野盗たちの足音。
 抵抗などしようのないこの状況で私は無力さを噛み締めた。
 ついに、野盗たちは私と妹を見つけた。空洞の中へ伸びる隆々とした男の腕。まずは妹が捕まった。
 妹は必死に私を呼ぶ。私も妹の名を叫ぶ。妹を連れて行かせまい、と妹に抱きつき引き戻そうとするも虚しく、諸共に外へ引きずり出されてしまった。
 穴から出された私に最初に待っていたのは抵抗したことへの罰と称した暴力。
 顔を叩かれ、うずくまったところで腹部に蹴りを入れられる。背中を踏まれる。

 ああ、なんと無力か。彼のように力さえあればきっと、この程度の人数どうにでもなるはずなのに。
 どうして私にはその力がないのか。
 力だ。
 大切な人を、救い守り切れるように。絶対的な力が欲しい。

 私は強く願った。己の無力さを呪って。

 ────少女よ。力が欲しいのか。

 何かが私の頭の中に語りかける。
 それが何者かはわからないが、言葉の意味はわかる。
 私は即答した。

 力が欲しい。

 と。
 すると、私に語りかけてきた『何か』は、「────力には代償が必要だが、それでも望むか」と、尋ねてきた。
 
 大切なものを守れるようになるのなら。
 私は答えた。私の答えに呼応するようにして、得体の知れない何かが私へと流れ込んで来た、ような気がした。
 不思議と、力がみなぎってきた。何でもできる、そんな気がしてきた。

 未だしつこく踏んで蹴るを繰り返す野盗の足元を一瞬の隙をついて抜け出した。
「あなたたちくらい、もうどうってことない………」
 私は念じた。
 目の前の、自分の家族を友人たちを、大切な故郷を蹂躙した野盗たちを滅ぼしたい、と。
 願いはそのまま力となって現れた。
 私を中心に、地面が、草が、木が凍り付いた。瞬く間にそれは野盗たちの足元へ及び、次の瞬間には彼らは全て氷の像と化していた。
 あたりが一面、氷の世界へと変貌したのだった。

「起きてください、レディ。起きて」
 呼び声と、肩を軽く叩かれて私は目を覚ました。
「おめでとう。成功しました。あなたは素晴らしい力を手に入れた」
 目を開けるとモノクルの男の顔が覗き込んでいた。何故だか彼の吐く息が白い。
 不思議に思った私は周囲を見渡した。そしてその光景に驚きを覚えた。
 レンガ作りだったはずのその部屋はまさしく夢の中で自分が発動した能力と同じ現象が起きていたのだ。
「これ…………これは…………」
「あなたの、能力です。全てを凍らせてしまう絶対零度の力」
「そう………」
 私は立ち上がる。
 それに続いてモノクルの男も立ち上がる。
「では、行きましょう。皇帝陛下の下へ」
「ええ……」
 一瞬、戸惑いはしたが思考はすぐに冷静になった。むしろ今までよりも冴えている気がした。
 足を踏み出すごとにパリ、パリとヒビの入る氷に私の姿が写し出された。
 そこには色を失った肌も髪も真っ白な少女がいた。
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