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第17話 魔女の過去
しおりを挟む基本的な症状は悪寒と動悸のみで、他に目立った症状はなかった。
レムナ曰く、原因となった出来事の精神的ショックが大き過ぎたから、ということらしい。何日か療養すれば完治するとのことだ。
ベッドに横になったダーシェはレムナに告げられたことを思い返した。
「今は心が疲れ果てて休憩を欲している時なんだ。それに呼応して身体のこれまでの疲れが症状として現れている。君がどういう人生を歩んできたか、それは出会って幾日の私には全く推し量れない。けれど、きっと君は必死だったんだろう。立ち止まることなく、大切な人を守るために必死に走り回っていたんだと思う。そんなになるまで今まで頑張ってきたんだ。結果が報われなかったものだったとしても、今は……そうだな。
お疲れ様、ダーシェ。ゆっくり休みなさい」
レムナのその優しさが温もりとなって心に染み渡って行く。
精霊からの啓示があったからだと彼女は言うが、それ以上のものをダーシェは感じていた。
それは本来、ダーシェではない別の誰かに向けられるはずだったもの。
これは、魔女レムナがまだ人並みの年月を生きていた頃の話だ。
* * *
当時からレムナは精霊を使役する術、魔法を研究はしていたものの現在のような隠遁生活は送らず、そこそこの規模の街で暮らし、それなりの身分を持って彼女に与えられた社会的役割を忠実にこなしていた。
「やあ、マルコかい。薬、出来てるよ」
「ありがとな、レムナ。この軟膏が本当によく効くんだよなぁ。これ、お代な。それと、これは日頃のお礼だ」
「お姉ちゃん、若いのに凄いねえ。一人でこんなお店切り盛りして。遊ぶ時間もないんじゃないのかい? あたしがいい男紹介してやるよ。ちょっと歳上だけどね!」
「ははは、ありがとうお婆さん。けれど今はその気はないんだ。気持ちだけ受け取っておくよ」
「生き遅れないようにね。綺麗な嬢ちゃんの売れ残りほど勿体ないもんはないからね」
「忠告、痛み入るよ」
この頃のレムナは言葉遣いこそ変わらないが、現在のような幼い姿ではなく二十代の、年齢相応の容姿をしていた。
その若くして一人で店を開き、忙しく働くその姿は大勢の好感を得た。一人で生活する故に家事などおよそ女性に求められていたスキルは全て心得ており、その明朗で快活な性格は沢山の男たちを虜にした。
また、それは当時の時代背景も関係していた。当時、レムナの住む街は帝国領にある街の一つで、この頃の帝国は領土も今ほど広大ではなく、反抗勢力も領内の至る所に燻っていた。
そのため、人々は高い塀に囲まれた堅牢な城塞都市を築き、その中で生活を送っていた。
そんな中でもレムナの暮らした街は帝都からも比較的近い位置にあったために守りも厚く、安全な土地であった。
それでも戦火はほど近い場所で何度も起こり、人々は被害が及ぶことを恐れながら生活していた。
そのような状況下で一人暮らしで個人経営の店で生計を立て、町の子供たちに無償で教育を施していたレムナは当然、町の住民の多くから好かれるのは自明であった。
しかし、一部の人間たちは、街の運営を行う領主など貴族階級の人々はそんな一般市民の商人の身分で街の代表クラスまでの人気を得ているレムナに対し不快感を抱いていた。
そのせいだろう。レムナは度々、役人たちから嫌がらせをうけた。レムナにとっては子どものイタズラ程度のことだが抵抗しないレムナは役人たちにとって格好のストレスのはけ口だった。
そしてそれは次第にエスカレートしていき、最後には当時の帝国最大の事件へと発展した。
事のきっかけはいつもの如くほんの些細なことだった。
「薬屋ァ!」
ガンガン、と乱暴にドアを役人が叩く。
「なんだ、ドアが壊れるだろう? うちは店なんだからこの店の入り口くらいは営業時間なんだから勝手に入ってくればいいだろうに」
「んなことはどうでもいいんだよ。お前、また納税額足りねえぞ」
「は? いつも通り納めただろ。受け付けだったあんたも確認してただろうが」
「ぐ…………、それでも足りないって言われてんだよ。大人しく払え。払わないとどうなるかくらいわかるだろ?」
いつもの脅し文句だ。数ヶ月に一度、彼ら役人はこうしていちゃもんを付けにくる。
「はあ、今ここで住処失うのも困るしね。払えばいいんだな。で、いくら出せばいいんだ?」
呆れを含んだため息を吐き、レムナは店の奥の金庫の鍵を開く。
「何か、騒がしいみたいだけど、どうしたんだい。レムナさん」
カウンターの奥のレムナの居住エリアの方から一人の男性が出てきた。
「ああ、なんでもないよ。怪我人のあんたは奥で休んでな」
「ん、ああ役人さんか。お疲れ様です、彼女がどうかしたんですか?」
役人の男は突然出てきた男に驚き、さらに彼の羽織るその深緑色の制服にさらに驚きの表情を見せた。
「ぐ、軍人…………⁈ な、なんでこんなところに⁈」
「まあ、見てもらうとわかるけど怪我をしてね、彼女の治療を受けているところなんだよ。それより、納税額が何とか聞こえたけど………。ああ、そう言う」
上半身に包帯を巻き付け軍服を羽織る男は二度、ゆっくりとレムナと役人を観察すると何かを察したように納得した。
「レムナさん、納税証明書なんかはもらってる? 法令で必ず発行するように決められているはずなんだ」
「それは、まあ」
「見せてくれないかな」
軍人の男の言う通りにレムナは納税証明書を男に渡した。
「…………なるほど。全く規則の通りじゃないか。決められた額を納めてる。ちゃんと公式の判も押してある」
「ぐ…………」
役人は返す言葉がない。なぜならこれはただのレムナへの嫌がらせの一環であり、法的な正義に基づいたものではないからだ。
「法律を守る規範の存在がこんなことをしてはいけないな」
「ちっ…………。わかったよ。薬屋!」
「怒鳴らなくても聞こえるってえの」
「今回は見逃してやるからな!」
負け惜しみの文句を垂れつつ役人は苛立った足取りで店を出て行った。
「若い女店主ってのも大変だね」
男は笑う。
「五月蝿いよ。あんた、あんまり生言うんならもう治療してやんないから」
「それは困る! それとジャンって呼んでくれって言ってるのに」
「はいはい。ほら、包帯変えるよ。寝室に戻りな」
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