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第19話 魔女の過去その3
しおりを挟むレムナがはっきりと答えを言わぬまま時は過ぎ、なんとなく自然な流れで二人はそのままレムナの家で生活していた。
その環境の変化に合わせるようにしてレムナの生活も変わっていった。
まず、魔法の研究に費やす時間が減った。少しずつではあぅたが魔法に対する向き合い方が変化した。
具体的には寝る間を惜しむ程の意欲が薄れ、生活習慣が安定した。研究は幅を狭め、傷の治癒に関することにのみ特化した。
共に暮らすジャンも特に急かす訳でもなく、特に答えを求めないままだった。
そのせいか先日のジャンの言葉の意味にレムナは戸惑いを覚えていた。
そんなレムナの戸惑いは他所に、二人の生活は至って平和で、軍に所属するジャンが住み着いたことにより、街の役所からの嫌がらせも無くなった。
* * *
「ああ、ジャン、帰ってたのか」
地下室から上がってきたレムナはダイニングでコーヒーを飲むジャンに気付いた。
ジャンには地下室で薬の調合をしていると伝えてはあるが実際のところ地下室はレムナの魔法の研究用の部屋だった。そのため、バレていないか、とたまにあるこの時は必ず不安を覚えた。
「ん、レムナお疲れ様。今日は少し早めに上がらせてもらったんだ」
そう言うジャンの顔色はあまり良くなかった。何かあったのだろうか、レムナは心配になり、問いかけた。
「顔色があまりよくないな。体調でも崩した?」
ジャンは俯き加減で首を横に振った。
「違うんだ。ただ、少し不安なことがあって。これは君にも話した方がいいだろう」
ジャンはレムナに椅子に座るよう告げた。そして、彼女が紅茶を用意し座るのを見届けると話し始めた。
「まず最初に知っておいて欲しいことなんだけど、俺がこの家に来た時のこと、覚えてるかな」
ジャンは確認をするようにレムナに問うた。レムナは頷いた。ただの薬屋の元に動けないほどの怪我を負った人間が運び込まれたのだ。忘れられるはずがない。
「あの傷を負わせたのはただの反抗勢力じゃないんだ。あれは、見たことがなかった。伝説上の存在とばかり、俺は思ってた。軍は民衆には絶対に明かさないつもりらしいんだけど、俺は君に打ち明けよう。
俺を、いや………俺の所属していた部隊に壊滅的な打撃を与えたのは、魔法使いだ」
話の流れから大体は察していた。けれど、ここは驚くべきだ、レムナはそう判断した。
「魔法、使い……? いやいや、魔法自体ロストテクノロジーだろ。禁忌だ。容易に触れられるものじゃない」
「そう。そうなんだよ。けれど、相手はその魔法を使っていた。顔はフードを被ってたからよくわからない。けど、分厚い黒のコートを着ていたのだけは覚えてる」
ジャンは語るに従い、表情に段々と恐怖が浮かび上がってくる。
「その魔法使い、今度の標的をこの街にしたらしいんだ。奴の仲間がこの街の中にいる。
しかも、中心にまでその根は回っていて………」
ジャンは言葉をそこで区切った。
気分を落ち着かせるようにコーヒーを一口啜る。
「正直、俺もまだまとまってないところが沢山あるから伝わりにくかったかもしれない。でも、とりあえずこれだけは言いたい」
「レムナ、一緒に逃げよう」
ジャンは言った。
あの恐怖に君を晒すわけにはいかない。軍にいながらも臆病な自分に君はがっかりするかもしれない。してもいい。俺は君だけいればそれでいいから。
ジャンにとってすれば相当の勇気の要る告白だっただろう。けれどレムナはそれに首を横に振ることで答えた。
「それはできないな、ジャン。残念だが私に君のその恐怖は理解し得ない。何故ならそれは君のもので容易に私が理解を示して良いものじゃないから。それと、君に幻滅はしないよ。むしろ嬉しい。ありがとう。でも、ここで逃げれば私のこの仕事をやっている意義がなくなってしまうんだ」
答えるのが辛かった。目の前で傷付き、その傷を自らに晒す青年の、その傷に塩を塗る行為をすること。最早、苦痛でしかないそれをしなければならない自分が嫌になる。
レムナはこの瞬間をいつまでも後悔し続ける。彼について行くことを受け入れた場合の未来に思いを焦がす。けれどそれは自分の気持ちを知ったからであり、当時の彼女はまだ知らない。気付くのはもうしばらく後のことだ。
その後の日々をレムナとジャンはやや気まずさをただよわせて生活した。
ジャンは少し帰りが遅くなり、その事がレムナをまた違った意味で不安にさせた。
しかし、いつになっても街は平和そのものだった。
ジャンのあの底知れぬ不安は的中しないだろう、ただの杞憂だった。レムナはいつしかそう感じ始めていた。
そんなある時のことだ。
レムナは街でそれを見た。
長身の男で、季節は当時夏だったにもかかわらず、その男は重厚な黒のコートを纏っていた。違和感を覚えたのはその通りを歩く大勢の中で唯一レムナだけだった。不思議なことに男はそんなおかしな格好をしていても誰も不思議がることはなく、まさに白昼堂々。通りを歩いていた。
嫌な予感がした。ジャンの言っていたことが咄嗟に脳裏をよぎった。
そしてふと、レムナは自分が見られていることに気付いた。その視線はコートの男からのもので、まとわり付くような粘着質なその視線は酷く気持ちの悪いものだった。
レムナがそれに気付き、男と目を合わせると男は口が裂けんばかりに大きくニヤリと笑みを浮かべた。
ゾワリ、と背筋に悪寒が走ったのを感じたレムナはその日の買い出しを直ちに中止して全速力で家へと帰った。
そして、その夜のことだった。
事件は起きた。
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