【完結】桜便り~十年越しの教師と生徒~

上条左腕

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第二十九話【嫉妬】

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 土曜の午後、約束の時間にゴルフ練習場へ行けば、既にさくらとママ、川崎先生の姿があった。俺と川崎先生はさくらたちのレッスンを見学する為にここに来たのだが、せっかくなら練習をしようということで、クラブセットも持参して来た。

「ここのホームページで見たんだけど、今日のコーチ、凄いイケメンだったよ」
「へぇ、楽しみ」

 さくらとママはそんなようなことを話して盛り上がっている。
 俺もママに事前に情報を聞き、どんなコーチなのか一応調べてみた。ホームページの写真を見る限り、ママの言う通りイケメンだった。女性人気一位と書いてあり、予定表を見ると、殆どの日程が埋まっている。よく予約が取れたものだ。まあ、ママはイケメンだとか女性人気一位とかは関係なしに、予定が埋まっていれば埋まっている程、凄い人なんじゃないかという単純な理由でこのコーチに決めたらしいが。

「……妬くなよ」
「別に妬いてないですよ……」

 キャッキャと騒ぐ女性陣の後ろで、俺と川崎先生はとぼとぼと歩く。

「初めまして。本日、担当させて頂きます、関原せきはらと申します」
「よろしくお願いします」

 関原コーチは、ホームページの写真で見るよりもイケメンだった。程よく日に焼けた肌に、歯並びの良い真っ白な歯。長過ぎず短過ぎない万人受けする髪型。そして、これまた程よく鍛えられた身体。特に脹脛ふくらはぎの筋肉は見事なものだった。特撮物に出て来る俳優みたいだ。これは女性人気一位も納得だ。

「では、早速、フォーム等を確認したいので、これから暫く自由に打って下さい」

 コーチのその声に、既に練習を始めていた俺と川崎先生も一旦休憩に入り、さくらとママの様子を見る。
 早速ボールを置き、さくらはドライバー、ママは七番アイアンでそれぞれ球を打って行く。ママはしっかり球を見ているし、飛距離も長くはないがそれなりにある。センスがないわけではなさそうだ。

「ママ、なかなか良いじゃないですか」
「ねー、実は何回か一緒に練習場に来てるんだけど、日に日に上手くなってるから、練習とラウンド重ねて行けばいい感じになるんじゃないかと思うんだよね」
「……そうですね」

 何故か得意げに話す川崎先生。この二人がプライベートでそんなに一緒に練習しているなんて知らなかった。
 一方、心配なのがさくらだ。彼女はとにかく空振りが多い。球はしっかり見ているのだが、当たらない。当たったと思えば、前方にコロコロと転がって行く。三年前、ラウンドに行く前、少し練習はしたと言っていたが……当時もこんな感じだったのだろうか。それとも、三年のブランクがこうさせているのだろうか。何れにせよ、前途多難だ。
 何度当たってもコロコロと前方に転がって行くボール。なんだか段々おかしくなって来て、俺は少し笑ってしまった。すると、さくらはこっちをキッと睨み、頬を膨らませた。ごめんごめんと手を前に出す仕草をして謝っても尚、頬を膨らませているさくらが可愛かった。

「……美沢、大丈夫かな」
「さあ……」

 川崎先生にも心配されている始末。

「はい、じゃあ、そこまで!」

 関原コーチの呼び掛けで、さくらとママは手を止める。ここから本格的なレッスンが始まるようだ。
 俺たちも休憩を止め、隣で練習を再開した。しかし、何回か打った後、隣でレッスンを受けるさくらのことが気になって仕方がない。

「握り方も様々なんですけど……こうしてみたらどうでしょう?」
「……こうですか?」
「えっと、ちょっと失礼」

 グリップの握り方がさくらに合っていないのではないかということで、そこから教えられていた。関原コーチは彼女の横に立ち、手を握る。たったそれだけで俺の心は乱れる。
 思わず変な方向に球を飛ばしてしまった。

「あとは、球をよく見て……打ってみて下さい」
「はい」

 言われた通りにグリップを持ち、しっかりと球を見てドライバーを振るさくら。すると、気持ちの良い音を出し、球は前方やや右に飛んで行った。

「当たった!」
「うん、良いですね」

 さくらは嬉しそうに関原コーチの顔を見て笑う。その子犬のような笑顔が可愛いこと……コーチがさくらのことを好きになってしまうのではないかとハラハラする。
 再び変な方向へ飛んで行く俺の球。

「で、こう足を肩幅に開いて……腰を少し落とす……で、あまり肩の高さを変えず……」

 足を触った!腰を触った!肩を触った!
 落ち着け。これはレッスンだ。彼は只、彼女にゴルフの基礎を教えているだけ。重心とか身体の使い方とか……いや、でも、それにしては距離が近くないか?そんなに密着する必要あるか?
 俺のドライバーは、ヒュンッと空を切った。

「……宮内先生、心ここにあらず……って感じだね」

 俺の散々な状態を見て、川崎先生が笑う。

「あのコーチが女性に人気の理由はあれだな」
「……あれですか」

 あんな爽やかなイケメンにボディタッチをされれば、確かに女性はクラッと来るかもしれない。俺が女性だったら絶対そうなる自信がある。一歩間違えばセクハラ紛いなことも、人によってはときめきに変わる。世の中はそうなっている。残酷だが。

「では、本日のレッスンはこれで終了です」
「ありがとうございました」

 実にモヤモヤするレッスンだった。俺は受けていないが。
 今日はこの後、川崎先生と飲む予定。いつもの居酒屋からのSeasonコース。その後、さくらの家に泊まる。なので、これからさくらの家に荷物を置き、ついでにシャワーを借りることになっている。

「あんなに飛んだの初めてです」
「……そう」
「やっぱ、プロの人って凄いんですね。私の変なところとか的確に指摘してくれるし」

 家に向かう途中、さくらは嬉しそうにさっきのレッスンの話をする。
 ゴルフが上達して、さくらも嬉しそうならそれで良い……良い筈なのに、俺は得体の知れないモヤモヤで頭の中がいっぱいだった。
 家に着き、さくらが玄関の鍵を掛けると、俺は後ろから彼女を抱き締めた。

「……せ、先生?」

 さくらの家の玄関は、明かりを点けないと昼間でも暗い。奥の扉のすりガラスから入る僅かな光がフローリングの廊下に一筋の光の道を作っている。

「随分、楽しそうだったね……?」
「えっ……んっ……!」

 俺がそう言うと、さくらはこちらを振り向いた。空かさず、そのまま彼女の唇を塞いだ。彼女を壁に押し付け、手首を掴む。靴を脱ぐのも忘れて、夢中で彼女の唇を貪る。さくらは最初は驚き、少し抵抗していたが、徐々にそれは弱まり、俺の舌に自分の舌を絡めて来るようになった。
 唇を離し、薄暗い中で彼女の顔を見る。頬を紅潮させ、肩で息をする彼女。その唇は、どちらのものかわからない唾液でキラキラと光る。
 彼女の首筋に唇を付けると、少し抵抗された。

「汗、かいたから……だめ……っ」

 そう言って恥じらう姿が、たまらなかった。
 俺はもう一度、自分の唇で彼女の唇に軽く触れた。

「……シャワー、一緒に入ろう?」

 その問いかけに、彼女は顔を真っ赤にして頷いた。
 みっともない男の嫉妬だなと、俺は心の中で自分を笑った。
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