【完結】桜便り~十年越しの教師と生徒~

上条左腕

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第七十二話【師走】

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 「隆康さんの……実家……?」

 冬の気配がすぐそこまで迫っている。気温は一桁。あとひと月も経たないうちに恋人たちにとって最大の行事がやって来る。私たちはそれを前にして、それを乗り越えた地点の話をしている。
 日曜日、隆康さんのアパートで二人で鍋を突いていると、彼のスマホが鳴った。お母さんからの電話らしく、それから十分ほど話していた。戻って来た彼は大きな溜息を吐き、私に「正月、実家に帰る予定がなかったら、俺の実家に来ないか」と言った。私は突然の申し出に茫然としてしまう。箸で掴んでいた飾り切りの椎茸がポロッと落ちた。

「あぁ、今回は珍しく兄弟が揃うんだ」

 隆康さんは三人兄弟の長男。上の弟さんは市役所に勤めていて双子の父親。下の弟さんは東京で飲食店を経営しながらバンド活動をしていると聞いた。皆、盆と正月くらいしか帰省しないが、行ったり行かなかったりも多いので三人が揃うことは稀だと彼から聞いたことがある。
 一応、婚約しているわけだから、彼の実家にお邪魔するのもおかしなことではない。しかし、いつもいろいろと急だ。確かに正月は実家に帰らない予定だが。

「良い機会だから、母さんがさくらもどうかって……あ、嫌だったら全然断ってくれて構わないよ。俺が適当に断っておく。一応、聞いてみただけだから」
「……それ、本当に私に聞いた時点で圧掛けてるのと同じですけど」
「えっ……」

 相手が嫌がるだろうなと思ったら、その時点で何らかの理由を適当に考えて断っておくのがスマートなのではないだろうか。馬鹿正直に本当に相手に聞くなんて……まあ、嘘が付けないのが隆康さんの良いところでもある。そもそも、私は全然、嫌ではないので良いのだけれど。相手によっては怒るから気を付けようという話だ。

「冗談ですよ。私は全然、嫌じゃないですよ。緊張しますけど……」
「……びっくりした。俺、気が利かないから怒られたかと思った」

 安堵した隆康さんの表情を見て、思わず笑ってしまった。

「上の弟がさ、今回は一人で来るんだ。奥さんと子供たちは今回、奥さんの実家に帰省するから」

 弟さんの家族は、実家と義実家、順番に帰省しているらしい。夫婦と子供たち、夫一人、妻一人、夫と子供たち、妻と子供たち……いろんなパターンがあると聞いた。今の世の中では当たり前のことなのかもしれないが、一人で双子の面倒を見れる弟さんが凄いと思ってしまう。勿論、奥さんもだけれど。

「俺も下の弟も結婚してないからさ……母さんが寂しがって」
「……でも、親子水入らずのところに私がお邪魔して大丈夫なんですか?」

 久しぶりに親子水入らずで過ごして、昔を懐かしむのも良いのではないか。そんな余計な気を使ってしまったが、隆康さんは苦笑し、首を横に振った。

「水入らずだと、父さんも母さんも遠慮しないから……結婚はまだかとかいろいろ根掘り葉掘り聞かれるんだよ」
「あー……なるほど」
「だから、俺もさくらが一緒に行ってくれると助かる……あぁ、いや、助かるっていうのはさくらに失礼か」
「いいえ、別に」
「……それに、遅かれ早かれ、いつかは紹介しようと思ってたから。婚約したわけだし」

 婚約。この言葉が未だに照れ臭い。聞く度に、言う度に、むず痒い。隆康さんも同じ気持ちのようで、自分で言った後に少し赤くなっている。

「あ、あと、母さんが韓国ドラマの話したいって……」
「え、私もしたい。お母さん、今何のドラマ見てるんですか?」
「俺に聞かれてもわかんないよ」

 私は今、復讐系のものを見ている。でも、以前話した時の感じだと、彼のお母さんは純愛ものが好きそうだ。なんだか少し楽しみになって来た。相変わらず緊張はするけれど。

「……お邪魔じゃないなら、行きます」
「本当!?ありがとう。父さんも母さんも喜ぶよ」
「泊りですか?」
「あぁ、そのつもりだけど……もしあれならホテル取るし」
「いいえ、全然。只、聞いただけなので」

 泊りか……初めて彼氏の家に行くのに泊り……少しハードルが高い気もするが、大丈夫。それより、問題は……

「……エッチはなしですよ?」
「え、そうなの……?」
「だって、実家でしょ……誰かに聞かれたらどうするんですか」
「あー……うーん……そうだな……」

 私の言葉に、煮え切らない返事をする隆康さん。要するに彼はしたかったのだろう。わからなくはない。いつも私の部屋か隆康さんの部屋でしているから、違う場所でするとなると新鮮で、いつもより興奮したりする。わからなくはない……どころではない。わかる。非常にわかる。だが、実家はリスクが相当高い。

「声、出さないようにするとか……」
「いや、そりゃ努力次第でどうにかなるかもしれないですけど……万が一のことがありますから」
「まあね……大音量で音楽流す?」
「それ、昔よく中高生がやってたやつじゃないですか。返って怪しいですよ」
「そっかー……どうするかな……」

 どうしてもしたいらしい。真剣にあれこれアイディアを出す隆康さんが必死で可愛くて、笑ってしまう。今年の冬は忙しくなりそうだ。そんなことを考えながら、箸を口へ運ぶ。隆康さんはまだ策を練っているようだった。
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