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第五十九話【樊城】
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近頃、法正は病床に臥せっていることが多くなった。まだ四十半ばという働き盛り。何とか回復してくれると良いのだがと皆が思っていた。諸葛亮は頻繁に法正の元を見舞うが、その病状は日に日に悪くなる一方であった。
今日は諸葛亮が執務で来られない為、ルナが代わりに見舞いの品を持って法正宅を訪れていた。
「いつも申し訳ない……ありがとうございます」
法正の妻に見舞いの品を渡すと、いつも丁寧に頭を下げて礼を言われる。妻も夫の看病で相当疲れている様子。初めて会った時はふっくらして美しかった頬も、今はすっかり痩せこけてしまい、目の下には隈が深く刻まれている。
「法正さん、具合どうですか?」
久々に法正の元を訪ねるルナは彼の様子を妻に聞いてみる。諸葛亮は直接、法正に会うが、ルナはこうして妻から彼の様子を聞くことが多い。諸葛亮と共に見舞う際も、ルナは法正の部屋には入らない。お互い積もる話もあるだろうと、ルナと法正の妻は客間で待機していた。今日は一人なので庭先で用事を済ませるつもりだ。
「……それが」
法正の妻は俯いた。
最近は固形物が喉を通らなくなった。妻の口から出たのは、今の法正の悲惨な病状。おそらく、もう長くはないかと。そう妻は付け加えた。その声は震えている。
日々、諸葛亮から法正の様子は聞いていた。諸葛亮も長くは持たないと言っていたので、法正がどのような状態なのかはルナも知っていた。だが、改めて法正に一番近しい人間から聞く言葉には更に重みがあった。
「奥さんは、きちんと休んでる?」
「え……?あ、はい。私は……」
きちんと休んでいる。見え透いた嘘であった。
「これは奥さんに……不味いけど疲れに効くから」
ルナは法正の妻に包みを渡す。中は漢方。そして、開発に開発を重ねて漸く作ることが出来た懐炉。疲れに冷えは禁物だ。特に女性は。現代の物のように物凄く温かいわけではないが、それなりに効く。
「……ありがとうございます」
包みを受け取ると、法正の妻は涙ぐんだ。
「夫のみならず、私のことまで気遣って下さるとは……」
「そんな気にしないで……無理しないでね」
ルナはそろそろ帰ろうと法正の妻に挨拶をした。すると、何だか急に町中が騒がしくなって来た。
「……何かあったのでしょうか?」
「うん……何だろう……」
ルナはとりあえず帰路を急いだ。
家に着くと書斎に籠っているはずの諸葛亮の姿がない。
「外がめっちゃ騒がしいんだけど……何かあったの?」
「さぁ……私共もわかり兼ねます。只、先程、旦那様は劉備様から急の呼び出しがあり、大慌てで向かわれました」
急な呼び出し……何かあったのだろうか。ルナの胸中はざわついた。とにかく、何かわかるかもしれないと外の様子を見に行くことにした。
「月英殿!」
「趙雲さん」
そこへ丁度、趙雲が通り掛かる。趙雲は馬を降り、慌てた様子でルナに駆け寄った。
「諸葛亮殿は既に殿の元へ?」
「うん……私、今、法正さんのところから帰って来たばっかりなんだけど……何かあったの?」
「……樊城を攻めている関羽殿の背後から呉が攻め入って来たようです」
「は!?」
呉は蜀と同盟を結んでいるはず。いったい何が起きたのか。
「と、とりあえず、趙雲さんは早く劉備さんのところに行った方がいいよ」
「はい、では……」
趙雲は一礼すると馬に乗り、急いで劉備の元へ向かった。町の慌てふためく様子がルナの胸中のざわつきを更に駆り立てる。手が、全身が震えた。
呉は蜀と同盟を結ぶ裏で、魏とも繋がっていた。いずれは荊州を取り返そうとしていたのだろう。しかし、同盟関係である今、攻めて来たということは何か決定的な出来事があったのだ。
孫権は自分の息子に関羽の娘を嫁がせてはどうかと提案していた。関羽はこれを独断で断った。そして、有ろうことか「虎の子を犬の子にやれるか」と孫権を侮辱してしまう。孫権はそれに大層腹を立て、関羽を攻めるに至った。
挟み撃ちにされた関羽は、援軍要請の使者として馬良と伊籍を使わせた。先程、両者が到着し、事の次第を知った皆は大慌てで援軍の用意をしている。
しかし、この直後、更なる悲劇が蜀を襲う。
今日は諸葛亮が執務で来られない為、ルナが代わりに見舞いの品を持って法正宅を訪れていた。
「いつも申し訳ない……ありがとうございます」
法正の妻に見舞いの品を渡すと、いつも丁寧に頭を下げて礼を言われる。妻も夫の看病で相当疲れている様子。初めて会った時はふっくらして美しかった頬も、今はすっかり痩せこけてしまい、目の下には隈が深く刻まれている。
「法正さん、具合どうですか?」
久々に法正の元を訪ねるルナは彼の様子を妻に聞いてみる。諸葛亮は直接、法正に会うが、ルナはこうして妻から彼の様子を聞くことが多い。諸葛亮と共に見舞う際も、ルナは法正の部屋には入らない。お互い積もる話もあるだろうと、ルナと法正の妻は客間で待機していた。今日は一人なので庭先で用事を済ませるつもりだ。
「……それが」
法正の妻は俯いた。
最近は固形物が喉を通らなくなった。妻の口から出たのは、今の法正の悲惨な病状。おそらく、もう長くはないかと。そう妻は付け加えた。その声は震えている。
日々、諸葛亮から法正の様子は聞いていた。諸葛亮も長くは持たないと言っていたので、法正がどのような状態なのかはルナも知っていた。だが、改めて法正に一番近しい人間から聞く言葉には更に重みがあった。
「奥さんは、きちんと休んでる?」
「え……?あ、はい。私は……」
きちんと休んでいる。見え透いた嘘であった。
「これは奥さんに……不味いけど疲れに効くから」
ルナは法正の妻に包みを渡す。中は漢方。そして、開発に開発を重ねて漸く作ることが出来た懐炉。疲れに冷えは禁物だ。特に女性は。現代の物のように物凄く温かいわけではないが、それなりに効く。
「……ありがとうございます」
包みを受け取ると、法正の妻は涙ぐんだ。
「夫のみならず、私のことまで気遣って下さるとは……」
「そんな気にしないで……無理しないでね」
ルナはそろそろ帰ろうと法正の妻に挨拶をした。すると、何だか急に町中が騒がしくなって来た。
「……何かあったのでしょうか?」
「うん……何だろう……」
ルナはとりあえず帰路を急いだ。
家に着くと書斎に籠っているはずの諸葛亮の姿がない。
「外がめっちゃ騒がしいんだけど……何かあったの?」
「さぁ……私共もわかり兼ねます。只、先程、旦那様は劉備様から急の呼び出しがあり、大慌てで向かわれました」
急な呼び出し……何かあったのだろうか。ルナの胸中はざわついた。とにかく、何かわかるかもしれないと外の様子を見に行くことにした。
「月英殿!」
「趙雲さん」
そこへ丁度、趙雲が通り掛かる。趙雲は馬を降り、慌てた様子でルナに駆け寄った。
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「うん……私、今、法正さんのところから帰って来たばっかりなんだけど……何かあったの?」
「……樊城を攻めている関羽殿の背後から呉が攻め入って来たようです」
「は!?」
呉は蜀と同盟を結んでいるはず。いったい何が起きたのか。
「と、とりあえず、趙雲さんは早く劉備さんのところに行った方がいいよ」
「はい、では……」
趙雲は一礼すると馬に乗り、急いで劉備の元へ向かった。町の慌てふためく様子がルナの胸中のざわつきを更に駆り立てる。手が、全身が震えた。
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挟み撃ちにされた関羽は、援軍要請の使者として馬良と伊籍を使わせた。先程、両者が到着し、事の次第を知った皆は大慌てで援軍の用意をしている。
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