荊棘の道なぞ誰が好んでいくものか

れんじょう

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第一話

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それは昨日のことだった。
王都にある貴族子女が通うスコー学院の講師の任を数ヶ月前に解かれたアストリッドは、ここ最近日課にしてるように自宅にある図書室の窓辺の椅子に腰をかけ、暖かな日差しを浴びながらお気に入りの詩集を手にうとうとと微睡んでいた。
スコー学院学院長たっての希望で新婚の身にもかかわらず教鞭を執り、また、こちらもたって希望から女子寮の監督を併任していたため始終誰かの目にさらされ気の張る毎日を二年ほど送っていたがそれも少し前のこと。
今はこうして久しぶりに訪れた穏やかな日々を、新婚直後から国境へと二年間の単身赴任を余儀なくされた夫の帰宅を待ちながらゆるやかに過ごしていた。

その安穏とした日々に終わりを告げたのは、アストリッドの元にやってきた一通の封筒だった。

傍仕えの侍女から恭しくアストリッドの前に差し出された銀の盆の上には硬質の上質紙の封筒と、よほど火急の用なのかすぐ開封出来るようにとレターナイフが添えられていた。
持ち込まない限り文具などない図書室で、それも微睡んでいた主人を起こすくらいの急な用件があるのならば致し方ないと、アストリッドは体を起こし、封筒を手に取った。
くるりと封筒の裏を向けると、そこには見慣れた蝋の色と刻印が押されていた。

この気持ちをなんと表せばいいのだろう。

とうとうこの時がやってきたのだ、とアストリッドは万感の思いで手にした封筒を見下ろした。
ナイフを持つ手がかすかに震えるが、開封するときは小気味いいほどの音が図書室に響いた。
封筒から引き出した書状は期待通りの招待状で、驚くことに日程が明日という早急ぶりだった。
アストリッドはすくっと立ち上がって自室へと足を運びながら、控えていた侍女につぎつぎと指示を与えていった。
ある程度の指示を出し終えるころには自室にたどり着き、ライティングデスクの前に来るとペンを握り、返事を書く。

もちろん、お受けいたしますとも。

書き終わった手紙を早馬で届けるようにと侍女に手渡した。
一礼をして部屋を辞する侍女が扉を音を立てずに閉める。
ふぅと息を長く吐き出したアストリッドは、自分がどれほど緊張していたのかそのとき初めて知った。
それはそうだろう。
ようやく待ちに待った未来への扉が開かれるときがやってきたのだ。
この日のためにどれだけの努力を積み重ね、忍耐を強いられてきたのか。
幼かった自分が決めたこととはいえ、それを遂行するのは並大抵の努力ではすまなかったし、周りにいた者、特に子供の頃からの婚約者であった夫にはどれほどの負担をかけたのかと思えば申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、それも明日ですべてが終わる。

いや、終わるのではない、新たに始まるのだ。

アストリッドは期待と緊張を胸に抱いて、「親睦会」という名の戦場へ向かった。
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