【完結】僕はヤンデレ彼女を愛してやまない。

小鳥鳥子

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『妹と姉と』

番外編②中編  『私も同じように『莉子ちゃん』って呼んでも良いかな?』(※澪編)

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 ※澪視点

 街で買い物をしようと、少し遠出をしたある日のことだった。
 近道をしようと裏通りを通り抜けようとしたのが、間違いだったのかもしれない。

「よぉ~、綺麗な姉ちゃん、どこ行くんだ?」

 人相の良くない変な男に絡まれてしまった。
 無視して通り過ぎようとすると、男は私の腕を掴んできた。

「何、無視してんだ!?」
「ちょっと、離してください!」

 男の手を逃れようとするが、腕を強く掴まれて逃れることはできなかった。

「まあ、一緒にお茶でもしようぜ~」
「嫌です!!」

 男が下品な笑みを浮かべている。
 男の声も、顔も、掴まれている手の感触も、全てが受け入れ難いものだった。

 男の腕を振り解こうと必死で抵抗していると、スーツ姿の男性の姿が視界の端に見えた。
 しかし、男性はこちらに一瞥をくれると、すぐに視線を外してしまった。
 男性の近くには、若い男性二人組も見えた。
 二人組は私と男を見ると、すぐに踵を返して逃げ去ってしまった。

 その様子に私は下唇を噛んだ。
 周りに人がいても、私を助けてくれる人はいなかった。

 ――しかし、そんなことは当然だった。
 誰もトラブルに足を突っ込みたくはないだろう。
 こんな男に関わりたくはないだろう。

 助けてくれるのは、余程のお人好しくらいのはずだ。
 そう思った私は一人の人物を思い浮かべていた。

(お兄ちゃん、助けてよ……)

「そこまでよ!! その手を離しなさい!!!!」

 突如、凛とした良く通る女性の声が路地に響いた。
 その響き渡る声に驚いた男は、私の腕を離して後ずさりする。

 そして、素早く私と男の間に割って入り、男と対峙したのは、髪の長い制服姿の可愛い女の子だった。
 私より小さな身体で、両手には一本ずつ包丁を持っている。

「陸、あたしに任せて!! あたしが必ずあなたを守ってみせるわ!!」

 私を兄の名で呼ぶ女の子は、男に包丁を突き付けながら、凄まじい殺気を放っている。

「だから、安心し……、あれ?? 陸、じゃない??」

 男への警戒は怠らずにこちらに微笑みを向けたときに、やっと気付いたようだ。
 ――私が『陸』ではないことに。

 彼女が言う『陸』というのは、私の兄――雨宮陸のことだろう。
 一応、私と兄は似ていると言えば似ている。
 目の形と鼻筋がよく似ているなんて、親戚に言われたこともある。
 私の髪はショートカットだし、背も高め、今の服装はジーンズだから、兄に似ている要素も多い。
 しかし、兄と見間違うほどではないはずなのだけど……。

「確かに、陸は今学校にいるはずだし……。あれ??」

 女の子の混乱はどうやら私以上であるようだ。
 可愛く首を傾げ、綺麗な長い黒髪がサラサラと流れる。

「陸というのは、のことかな? ――もしかして、あなたは、雪野莉子さん??」

 兄からは彼女のことを色々聞き出していた。
 背が低く、綺麗な長い黒髪をしていて、自分のことを守ってくれる人だと。
 ここまでピッタリ当てはまる人はそういない。
 ――私の問い掛けに、女の子はコクリと小さく頷いた。

「やっぱり! あのね、私の名前は、雨宮澪というの。お兄ちゃん――雨宮陸のなの!」

 私の発言に、彼女は驚きの表情となった。
 妹がいるということは知っていたかもしれないが、こんなところで会うとは思ってもいなかっただろう。

「雪野さん、ありがとう…………。 助けて、、くれて…………」

 感謝を伝えようとし、涙が頬を伝った。
 気丈に振る舞ってはいたが、心に恐怖を刻まれていたのだろう。
 誰にも助けてもらえないと思った。
 たった一人で心細かった。
 もうダメだと諦めるところだった。

「もう大丈夫よ。男はいないわ。例え戻って来たって、あたしが奴を八つ裂きにしてあげるから」

 そう言った彼女は、涙を流す私の頭に手を乗せて優しい笑顔を見せた。
 まるで小さな子供をあやしているかのようである。
 私よりずっと小さな身体をしているのに、彼女は私よりずっと強くて優しかった。


 ◆ ◆ ◆


「落ち着くまで一緒にいましょうね? あと、陸にも来てもらいましょう」

 そう言って彼女に連れられ、喫茶店に来たものの、会話は弾まなかった。
 彼女が人見知りだったからだ。
 彼氏の妹とは言え、初対面で色々と楽しく会話できるタイプではなかったのだ。

(そういえば、彼女は普段は大人しく、特に自分以外とはあまり話さないと言ってたっけ……)

 兄から言われていた彼女の特徴を私は思い出していた。
 彼女はきっと、泣いていた私のために無理してここに誘ってくれたのだろう。
 ならば、私の方が色々話し掛けてあげないと。
 しかし、何を話せば良いんだろうか?
 あ、そっか――。

「雪野さん、お兄ちゃんの話をしようか?」

 絶対に盛り上がれる共通の話題なら、あるじゃないか。
 今更ながら、私は思い付いていた。

「……うん!」

 私の提案に、不安そうな表情を一変させて、綺麗な瞳をキラキラさせ始める彼女。
 こんなところでも兄に助けられてしまった気がする。
 ……けど、まあ、いっか。


「……そのとき、お兄ちゃんがサボテンをプレゼントしてくれたのよ!」

 彼女は嬉しそうに、本当に嬉しそうに、私の話す他愛無い兄の話に聞き入っていた。
 そして――。

「やっぱり陸は妹さんにも優しいのね」

 優しく微笑む彼女に、私は思った。
 彼女は本気で兄のことが大好きで、頭は兄のことでいっぱいなのだ。
 妹の私が、兄に嫉妬してしまうくらいに。

「ところで、雪野さんはお兄ちゃんに『莉子』って呼ばれているよね?」
「うん」

 それだけで嬉しそうな表情をする彼女。

「私も同じように『莉子ちゃん』って呼んでも良いかな?」

『雪野さん』では固すぎるし、『莉子』ではさすがに馴れ馴れしい。
 年上とはいえ、外見も性格もこんなに可愛いのだから、『莉子ちゃん』とちゃん付けするのが一番だと思ったのだ。
 というか、私がそう呼びたいのである。

「陸の妹さんなら、そうやって名前を呼んでくれると嬉しい……」

 ちょっと恥ずかしそうである。
 しかし、彼女自身も喜んでくれているようだ。

「それじゃあ、よろしくね! 莉子ちゃん!」

 莉子ちゃんと名前を呼んだ私も嬉しくなり、頬を緩ませてしまった。
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