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『二度目の花火大会』
第三十三話 『やっぱり陸は変わらないわ』
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「今週の金曜日ってー!? それじゃ、私は一緒に行けないじゃん!!」
僕から話を聞いた澪は、いたくご立腹だった。
「澪は確か……、学校で特別授業があるんだっけ?」
中学も高校も、学校は既に夏休みに入っている。
普通ならば休みなのだが、受験生である澪には特別授業というものが存在していた。
「そうだよー!」
「だけど、僕と莉子は、その日しか都合が付かなくてさ……」
僕の苦しい言い訳にジト目が止まらない澪。
「……それで、時間は?」
「午前中にお店に行って、その後に一緒にランチ食べてから解散と思ってる」
「ふ~ん」
明らかに不満そうである。
「私がいなくて、大丈夫?」
「澪が居れば本当は心強いけど……、まあ大丈夫だと思うよ。去年も行ったお店だし」
澪へのさり気ないフォローを入れつつ、そう答えた僕だったが――。
このときは気付いていなかったのだ。
相手が浴衣を選ぶ状況と、自分自身が浴衣選ぶ状況が全く異なるということに。
◆ ◆ ◆
「澪、一緒に浴衣を選べないことを凄く残念がっていたわ」
お店に向かう途中、申し訳なさそうに話してくる莉子。
そんな様子の莉子に僕の方も申し訳ない気持ちが強くなってくる。
澪は一緒に行けないことが分かった後もしばらく不満そうであった。
「でも、本当に受験勉強頑張っているみたいね」
「そうだね」
陸上を引退した後、澪は本格的に受験勉強を頑張るようになった。
今までは割と勉強は二の次だったのに、どういう心境の変化だろうか?
僕や莉子に今まで以上に質問もしてきて、説明を熱心に聞くようになっていた。
今日も僕らについて行きたいと本気で思っていたようだが、特別授業を休もうとは思わなかったようだ。
「また今度勉強会したり、息抜きにどこかへ連れて行ってあげましょうね」
莉子は本当に澪には優しかった。
人との関わりをあまり好まない莉子が、澪と仲良くなってくれたのが僕は本当に嬉しかった。
交差点に差し掛かり、僕と莉子が並んで信号待ちをしているときだった。
「あの、ちょっとすいません……」
「……僕ですか?」
「道を教えてもらってもいいですかねぇ……?」
僕に話し掛けてきたのは、杖を突いたおばあさんだった。
僕が知らないおばあさんである。
周りには他にも何人もの人がいたが、僕に話し掛けてきているのだった。
「えっと……、どこへ行きたいのでしょうか?」
僕はおばあさんから行先となる店名を聞き、すぐにスマホで場所を調べた。
お店は徒歩五分程のところではあったが、狭い路地を何度か曲がらなくてはならず、道の説明は難しかった。
「それでは……、案内しますね」
直接案内すべきだろうと考えた僕はそう伝え、おばあさんを目的の和菓子屋さんへと連れていったのだった。
丁寧にお礼を言われ、おばあさんがお店に入るのを見届けてから、僕はついてきてくれた莉子に言った。
「ごめんね、寄り道しちゃって」
「ううん、別に全然構わないわ」
本来の目的地へと改めて移動を開始した僕たちだったが、莉子は少し嬉しそうだった。
「どうしたの?」
疑問に思った僕は、莉子に問いかけた。
「ちょっと、思ったの。陸は一年前と変わらないなぁって」
そういえば、一年前、莉子の浴衣を一緒に買いに行ったときも道を聞かれていた気がする。
ただ、あのときは人と上手く話すことができずに、しどろもどろになっているのを莉子に助けてもらっていたなぁ……。
「……ん? 変わったんじゃないかな?」
今回はきちんと会話することができ、対応できたと思ったんだけど。
「陸に人が寄ってくるというのは、変わらないじゃない?」
嬉しそうに言う莉子である。
まあ、そうだけど?
僕が首を傾げているときだった。
「ちょっと待ちなさい!! ……そこの人、すいませんー!!」
若い女性の声と思われる大きな声が響いた。
そちらを振り向くと――。
猛然と大きなハスキー犬がこちらに向かってくるところだった。
「!?」
声を上げる間もなく、僕はハスキー犬に押し倒された。
「陸!?」
「だ、大丈夫だよ、莉子。この子はじゃれついているだけだから」
ハスキー犬は尻尾をブンブンと振り回し、僕の顔を舐め続けている。
僕に危害を加えようとしているわけではなく、もちろん敵ではない。
「すいません! チェス、離れなさい!」
焦った女性がハスキー犬を僕から引きはがそうとする。
どうやらこのハスキー犬は、チェス君という名前らしい。
「いやいや、全然大丈夫ですよ。僕は犬、大好きなので」
チェス君の顔をわしゃわしゃしながら、僕は飼い主と思われる女性を安心させるように言った。
確かこの先に公園があるので、そこから出てきてしまったのだろう。
というより、多分僕が呼び寄せてしまったのだろう。
何だか逆に凄い申し訳ない……。
「あ……、莉子もチェス君、触らせてもらう?」
唖然とした表情でこちらを眺める莉子へと、僕は慌てて声を掛けた。
「……うん!」
元気に返事をする莉子。
すぐに屈んで、チェス君の頭を撫で始めた。
チェス君は目を細め、気持ち良さそうに撫でられるままとなっている。
結局僕らはしばらくの間チェス君をモフモフし、飼い主さんからチェス君情報を詳しく伺うことになった。
「ほら、やっぱり陸は変わらないわ」
ご機嫌な莉子が、その場でクルリと回りながら言った。
チェス君と別れ、再度僕らの目的地へ向かう途中である。
莉子の着ている白いワンピースが少し浮き上がり、僕の心臓が一瞬ドキッと音を立てた。
一年前、道を尋ねられるとともに犬が飛び掛かってくるというイベントもまたあったのだ。
そのときはハスキー犬ではなく、少し大きめのシェルティではあったが。
僕はふと思い出していた。
一年前から変わらないこの僕の性質について莉子と話したときのことを。
この性質の原因として、僕は莉子のような人を寄せ付けないオーラが全く無いこと、もしくは僕自身が弱すぎることを考えていた。
でも、莉子の考えは違った。
「陸が優しすぎるのが原因よ」
莉子はそう言い切った。
「陸に絡んでくる奴が多かったりもそれが原因ね」
加えてそんなことも言っていた。
それが正しいかどうかは分からない。
ただ、莉子は今もなお、それが間違っていないと思っているようだった。
「ところで、莉子、あのさ……」
「ん? 何?」
僕が言いにくそうにしているのを、莉子は優しく促した。
「ごめんね、その足の傷……」
ワンピースから覗く莉子の足首には、小さな傷跡があった。
アオ誘拐事件の際に銃で撃たれてできた傷である。
怪我は完治したが、傷が残ってしまったのだ。
僕が莉子を巻き込んでしまったせいである。
「ああ、これ? あたしはこんな傷、気にしていないわよ」
しかし、あっけらかんと答える莉子。
「むしろ、あたしはこの傷を見ると嬉しくなるのよ」
「……?」
「傷を負ったなんていう記憶で無く、陸があたしのために本気で怒ってくれたという思い出を蘇らせてくれるから」
思い出って、そんな――。
「しかし、陸に銃を向けたあの金髪が刑務所に入ったのは残念だったわ」
刑務所に入ったのが残念というのは一体……。
もし刑務所に入っていなければ、一体何がどうなっていたのだろうか……。
莉子の言うあの金髪というのは、当然例の教祖であるヒカル様のことである。
ヒカル様(本名は皇光だった)含め、信者の多くはあの後すぐに刑務所送りとなっていた。
大小様々な犯罪に加担していたことが発覚したためである。
あのライオンのガオちゃん脱走にも関わっていたらしい。
『大いなる祝福』という教団も解体され、教祖であるヒカル様は主犯として最も刑期が長くなるだろうとニュースで報じられていた。
「金髪のことは、早くに忘れられると良いね……」
莉子が忘れるより早くに、ヒカル様が刑務所から出ないことを祈るばかりである。
間違っても思い出として残してはいけない……。
「とりあえず……、今日は僕が花火大会に着ていくための浴衣を一緒に見ようね?」
この話は切り上げねばと思った僕は強引に話題を変えた。
せめて今日は、僕の浴衣のことを考えてもらうようにしよう。
僕から話を聞いた澪は、いたくご立腹だった。
「澪は確か……、学校で特別授業があるんだっけ?」
中学も高校も、学校は既に夏休みに入っている。
普通ならば休みなのだが、受験生である澪には特別授業というものが存在していた。
「そうだよー!」
「だけど、僕と莉子は、その日しか都合が付かなくてさ……」
僕の苦しい言い訳にジト目が止まらない澪。
「……それで、時間は?」
「午前中にお店に行って、その後に一緒にランチ食べてから解散と思ってる」
「ふ~ん」
明らかに不満そうである。
「私がいなくて、大丈夫?」
「澪が居れば本当は心強いけど……、まあ大丈夫だと思うよ。去年も行ったお店だし」
澪へのさり気ないフォローを入れつつ、そう答えた僕だったが――。
このときは気付いていなかったのだ。
相手が浴衣を選ぶ状況と、自分自身が浴衣選ぶ状況が全く異なるということに。
◆ ◆ ◆
「澪、一緒に浴衣を選べないことを凄く残念がっていたわ」
お店に向かう途中、申し訳なさそうに話してくる莉子。
そんな様子の莉子に僕の方も申し訳ない気持ちが強くなってくる。
澪は一緒に行けないことが分かった後もしばらく不満そうであった。
「でも、本当に受験勉強頑張っているみたいね」
「そうだね」
陸上を引退した後、澪は本格的に受験勉強を頑張るようになった。
今までは割と勉強は二の次だったのに、どういう心境の変化だろうか?
僕や莉子に今まで以上に質問もしてきて、説明を熱心に聞くようになっていた。
今日も僕らについて行きたいと本気で思っていたようだが、特別授業を休もうとは思わなかったようだ。
「また今度勉強会したり、息抜きにどこかへ連れて行ってあげましょうね」
莉子は本当に澪には優しかった。
人との関わりをあまり好まない莉子が、澪と仲良くなってくれたのが僕は本当に嬉しかった。
交差点に差し掛かり、僕と莉子が並んで信号待ちをしているときだった。
「あの、ちょっとすいません……」
「……僕ですか?」
「道を教えてもらってもいいですかねぇ……?」
僕に話し掛けてきたのは、杖を突いたおばあさんだった。
僕が知らないおばあさんである。
周りには他にも何人もの人がいたが、僕に話し掛けてきているのだった。
「えっと……、どこへ行きたいのでしょうか?」
僕はおばあさんから行先となる店名を聞き、すぐにスマホで場所を調べた。
お店は徒歩五分程のところではあったが、狭い路地を何度か曲がらなくてはならず、道の説明は難しかった。
「それでは……、案内しますね」
直接案内すべきだろうと考えた僕はそう伝え、おばあさんを目的の和菓子屋さんへと連れていったのだった。
丁寧にお礼を言われ、おばあさんがお店に入るのを見届けてから、僕はついてきてくれた莉子に言った。
「ごめんね、寄り道しちゃって」
「ううん、別に全然構わないわ」
本来の目的地へと改めて移動を開始した僕たちだったが、莉子は少し嬉しそうだった。
「どうしたの?」
疑問に思った僕は、莉子に問いかけた。
「ちょっと、思ったの。陸は一年前と変わらないなぁって」
そういえば、一年前、莉子の浴衣を一緒に買いに行ったときも道を聞かれていた気がする。
ただ、あのときは人と上手く話すことができずに、しどろもどろになっているのを莉子に助けてもらっていたなぁ……。
「……ん? 変わったんじゃないかな?」
今回はきちんと会話することができ、対応できたと思ったんだけど。
「陸に人が寄ってくるというのは、変わらないじゃない?」
嬉しそうに言う莉子である。
まあ、そうだけど?
僕が首を傾げているときだった。
「ちょっと待ちなさい!! ……そこの人、すいませんー!!」
若い女性の声と思われる大きな声が響いた。
そちらを振り向くと――。
猛然と大きなハスキー犬がこちらに向かってくるところだった。
「!?」
声を上げる間もなく、僕はハスキー犬に押し倒された。
「陸!?」
「だ、大丈夫だよ、莉子。この子はじゃれついているだけだから」
ハスキー犬は尻尾をブンブンと振り回し、僕の顔を舐め続けている。
僕に危害を加えようとしているわけではなく、もちろん敵ではない。
「すいません! チェス、離れなさい!」
焦った女性がハスキー犬を僕から引きはがそうとする。
どうやらこのハスキー犬は、チェス君という名前らしい。
「いやいや、全然大丈夫ですよ。僕は犬、大好きなので」
チェス君の顔をわしゃわしゃしながら、僕は飼い主と思われる女性を安心させるように言った。
確かこの先に公園があるので、そこから出てきてしまったのだろう。
というより、多分僕が呼び寄せてしまったのだろう。
何だか逆に凄い申し訳ない……。
「あ……、莉子もチェス君、触らせてもらう?」
唖然とした表情でこちらを眺める莉子へと、僕は慌てて声を掛けた。
「……うん!」
元気に返事をする莉子。
すぐに屈んで、チェス君の頭を撫で始めた。
チェス君は目を細め、気持ち良さそうに撫でられるままとなっている。
結局僕らはしばらくの間チェス君をモフモフし、飼い主さんからチェス君情報を詳しく伺うことになった。
「ほら、やっぱり陸は変わらないわ」
ご機嫌な莉子が、その場でクルリと回りながら言った。
チェス君と別れ、再度僕らの目的地へ向かう途中である。
莉子の着ている白いワンピースが少し浮き上がり、僕の心臓が一瞬ドキッと音を立てた。
一年前、道を尋ねられるとともに犬が飛び掛かってくるというイベントもまたあったのだ。
そのときはハスキー犬ではなく、少し大きめのシェルティではあったが。
僕はふと思い出していた。
一年前から変わらないこの僕の性質について莉子と話したときのことを。
この性質の原因として、僕は莉子のような人を寄せ付けないオーラが全く無いこと、もしくは僕自身が弱すぎることを考えていた。
でも、莉子の考えは違った。
「陸が優しすぎるのが原因よ」
莉子はそう言い切った。
「陸に絡んでくる奴が多かったりもそれが原因ね」
加えてそんなことも言っていた。
それが正しいかどうかは分からない。
ただ、莉子は今もなお、それが間違っていないと思っているようだった。
「ところで、莉子、あのさ……」
「ん? 何?」
僕が言いにくそうにしているのを、莉子は優しく促した。
「ごめんね、その足の傷……」
ワンピースから覗く莉子の足首には、小さな傷跡があった。
アオ誘拐事件の際に銃で撃たれてできた傷である。
怪我は完治したが、傷が残ってしまったのだ。
僕が莉子を巻き込んでしまったせいである。
「ああ、これ? あたしはこんな傷、気にしていないわよ」
しかし、あっけらかんと答える莉子。
「むしろ、あたしはこの傷を見ると嬉しくなるのよ」
「……?」
「傷を負ったなんていう記憶で無く、陸があたしのために本気で怒ってくれたという思い出を蘇らせてくれるから」
思い出って、そんな――。
「しかし、陸に銃を向けたあの金髪が刑務所に入ったのは残念だったわ」
刑務所に入ったのが残念というのは一体……。
もし刑務所に入っていなければ、一体何がどうなっていたのだろうか……。
莉子の言うあの金髪というのは、当然例の教祖であるヒカル様のことである。
ヒカル様(本名は皇光だった)含め、信者の多くはあの後すぐに刑務所送りとなっていた。
大小様々な犯罪に加担していたことが発覚したためである。
あのライオンのガオちゃん脱走にも関わっていたらしい。
『大いなる祝福』という教団も解体され、教祖であるヒカル様は主犯として最も刑期が長くなるだろうとニュースで報じられていた。
「金髪のことは、早くに忘れられると良いね……」
莉子が忘れるより早くに、ヒカル様が刑務所から出ないことを祈るばかりである。
間違っても思い出として残してはいけない……。
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