【完結】僕はヤンデレ彼女を愛してやまない。

小鳥鳥子

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『二度目の花火大会』

第三十四話 『この浴衣にしようと思うんだけど、どうかな?』

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 沢山の浴衣が並ぶお店に到着し、僕は思い出していた。
 「私がいなくて、大丈夫?」という妹の言葉を。

 今なら分かる。
 妹が何故あのような確認をしたか、ということが。

「一体全体、どの浴衣を選べば良いんだ……?」

 大量の浴衣を前に一人呟き、僕は呆然と立ち尽くしていた。


 浴衣には色も柄も沢山ある。
 定番もあれば、トレンドもある。
 体型や身長に合わせたオススメの浴衣なんてものもあるようだ。

 店員さんからその辺りの説明を一通り聞いたが、僕の体型や身長は平均的である。
 また、定番を選ぶべきか、今年のトレンドを追うべきかも、僕には全く分からなかった。

「そういえば、去年は自分で浴衣を選ぼうとはしてなかったなぁ……」

 隣で真剣に男物の浴衣をチェックしている莉子へと視線を移す。
 去年はここへ莉子の浴衣を買いに来たのである。
 そのときは色々な浴衣を試着する莉子を見て、その綺麗な浴衣姿にかなりのハイテンションになったのを覚えている。
 ただ、どの浴衣を選ぶべきかという視点には立っていなかった。

「陸、無理しないで良いよ?」

 情けなく、いっぱいいっぱいになっていることに気付いたのだろう。
 莉子が心配そうな顔をしている。

「今回、無理に浴衣を買わなくたって……」

 今回というのは、今年の花火大会のことを言っているのだろうか?
 今日を逃すと買う機会はもうないわけで――。

「莉子ちゃん!! それはダメよ!!」

 突如、店内に響く声。
 僕と莉子の会話に割り込んできたのは澪だった。
 息を切らせながらも、しっかりとした足取りでこちらへ近付いてくる。

「澪??」
「何で? ここに?」

 澪はここに一緒に来られないことは分かっていた。
 当然驚く莉子と僕。

「授業は午前中のみだったから、終了と同時にダッシュしてここに来たのよ!」

 時間を確認すると、確かにもう正午を大分過ぎていた。
 この店に来て浴衣選びに迷っていたせいもあるが、道案内したのとチェス君と遊んでいたせいもあるのだろう。

「お兄ちゃんのことだから、どうせこんなことだろうと思っていたわ。でも、何とか間に合ったわね」

 そう言って澪は一息ついた。
 そして、僕へとビシッと指を差し、命令を下してきた。

「あのね、お兄ちゃんは、!」
「いや……、そう言われてもだな……」
「大丈夫。いつも通りであれば、お兄ちゃんは簡単に浴衣を選べるんだから」

 いつも通り?
 言ってる意味がよく分からないが?

「お兄ちゃん、今日は何のために浴衣を買うの?」
「えっと、花火大会に着ていくため……だろ?」

 そんなの当然である。
 しかし――。

「違うでしょ!? 莉子ちゃんのためでしょう!?」
「!?」
「莉子ちゃんが綺麗な浴衣を着てきてくれるから、それに合わせてお兄ちゃんも浴衣を着るんでしょう?」

 そっか……。
 浴衣は自分自身のために欲しいと思ったわけではない。
 莉子の浴衣姿が凄く素敵だったから……。
 隣にいる僕もそれに合わせようと思ったのが、浴衣購入の一番の理由だった。

「だから、いつも通りに、いつもお兄ちゃんがしているように、莉子ちゃんを一番に考えて浴衣を選べばいいのよ」

 そう言った澪は莉子と少し話し、店員さんとも話し始めた。
 そして、テキパキと浴衣をピックアップしていった。

「ここに、お兄ちゃんが思う莉子ちゃんのための浴衣はある?」

 澪が指し示す先には、藍色を基調とし、菖蒲の花の模様が入った浴衣が並んでいた。
 去年、莉子が着ていた浴衣とほぼ同じ色と模様である。

「えっと……」

 僕は端からそれらを一つずつ見ていった。
 並べられた浴衣は、微妙に明るさや柄の大きさなどが異なるものだった。

「これが良いな」

 僕は一つの浴衣を手に取った。
 既に僕の中での迷いは消えていた。
 いつも通りであるならば、澪の言うように特に難しいことはなかった。

「莉子ちゃんの浴衣よりもちょっと暗くて地味な感じ? もっと近い浴衣もこっちにあるけど?」
「いや、これで良いんだ。莉子より目立たない方が良いから」

 浴衣姿の莉子を主役にしたかった。
 僕が同じ浴衣を着る必要はない。
 あくまで引き立て役になれば良い。

「本当、お兄ちゃんらしいね」

 呆れながらもホッとした表情を見せる澪。
 それを見てから、僕は莉子へと向き直った。

「莉子、この浴衣にしようと思うんだけど、……どうかな?」

 もちろん例外はあるが、莉子は僕に対して何かを主張することが少なかった。
 どこへ行きたいとか、何をしたいとか、どうしてほしいとか、そういうことを言ってくることはほとんどなかった。
 ただただ、僕がしたいこと、僕が考えていること、僕が決めたことを尊重し、肯定してくれていた。

 一緒に浴衣を買いに行っても、僕に着てほしい浴衣を莉子が積極的に主張することはないだろうと思っていた。
 だけど、それでも、僕は――。

「きっと陸に似合うと思うわ」

 いつも通りに、にっこりと優しい笑顔を見せてくれる莉子。
 ――それでも僕は、莉子と一緒に浴衣を選び、莉子のその言葉を聞きたかったのである。


 ◆ ◆ ◆


「私のおかげで! まさに私のおかげで! 素敵な浴衣買えて良かったね!」

 僕の奢りでのレアチーズケーキを食べつつ、調子に乗る澪。

「……お兄ちゃん、今、私が調と思ったでしょう?」

 見事、心中を言い当てられた僕は目を逸らすが……。
 小さなフォークをぴょこぴょこと振りつつ、澪はこちらをじーっと見ている。

「ふふっ、澪は陸のことを本当によく分かっているのね」

 雨宮兄妹のやり取りを見ていた莉子は笑みをこぼしていた。

「莉子ちゃんよりもきっと分かっていることも多いから、お兄ちゃんのことで何かあったら、すぐに相談してね?」
「……うん、そうさせてもらうわ」

 少しの沈黙の後、莉子は澪へと笑顔で返事をした。
 今日の莉子は何だか笑顔となることが多い。

「今度の花火大会、お兄ちゃんにとって凄く大切なものなんでしょう?」

 澪の問い掛けに僕は無言で頷いた。
 一年前の花火大会の日、僕は莉子と付き合い始めた。
 そのときに莉子と約束したのだ。
 花火を見に行こうと。
 人との繋がりを信じることができなかった当時の莉子とである。

「じゃあ、お兄ちゃん、頑張ってきてよ。妹は二人を全力で応援しているからさ」

 今日を含め、莉子との仲を何度も取り持ってくれた澪。
 何としてでも守らなければならない約束があり、僕はこれまで一生懸命に頑張ってきた。
 頑張ってこれたのは、そんな頼もしい妹がいたからこそだろう。


 そして――。
 莉子と過ごす二度目の花火大会が訪れる。
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