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【第五章】死に神
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近所で娘が行きそうな場所は全て見て回ったが、どこにも娘の姿は見つからなかった。
さすがに事は深刻だと思い直した雅弘は、そのまま近所の交番に駆け込んだ。
事情を話し、自宅で待つ母の元へも連絡を入れてもらった。
電話の向こうから、卒倒しそうなほど動転した母の黄色い声が離れている雅弘の耳にまで聞こえて来た。
警察からは、娘がいなくなった時のことをあれこれと聞かれた。
娘の背や髪型、身体的な特徴から、いなくなった時の服装や、どこか行きそうなところに心当たりがないかなど、だ。
しかし、雅弘は、それらの質問に何一つ自分がはっきりと答えられないことに愕然とした。
(俺は一体、あの子の何を見て、何を知っていたんだ……)
幼稚園で受けた身体測定の結果を確認していたのは、いつも妻だった。
朝、娘の髪を結ってやって、その日に着る服を決めて着せてやるのも妻だ。
今は、亡くなった妻の代わりに、それらを全て自分の母にさせている。
捜索は警察が行うので、お父さんは自宅へ戻って連絡を待ってください、と言われて交番を出た後も、雅弘の足は、一向に家へ向かう気にはなれなかった。
「一体、どこに行ったんだ……」
救いを求めるように向けた視線の先には、星一つない真っ暗な空が広がっている。
遠くから雷鳴の音も聞こえて来た。雨が降りそうだ。
この真っ暗な空の下、娘が一人で泣いているのではないか、と思うと、雅弘は、胸が痛んだ。
何故、自分は、娘の言うことを信じてやらなかったのだろう。
今更後悔しても遅い。
雅弘は、娘は必ず見つかる、と自分に言い聞かせて、夜の町へと走り出した。
自宅では、雅弘の母が深夜ニュースを点けたまま、孫息子の徹を寝かしつけていた。
ニュースでは、ちょうど8歳になる息子を殺した、という男が逮捕されていた。
その男は、それまでも息子に虐待をしていたらしい。
(なんて恐ろしい……)
子と孫を持つ身として他人事とは思えず、恐ろしいと思いながらもテレビから目が離せずにいた。
そして何より、行方不明となっている孫娘の安否が気がかりで、一人静かな部屋で待っているのも辛く、気を紛らわせるためにもテレビを消すことができない。
ごろごろと外で雷鳴の音が聞こえてきた。
予報では、深夜過ぎから雨になるらしい。
ふと、どこかで似たような経験をしたような気がして、古い記憶の扉の先を探ってみた。
思い出せたのは、家出をした息子を探しに出かけた夫の後ろ姿。
仕事から帰ってきたばかりで着替えもせず、帰ってこない息子を捜しに出かけたので、仕事着のままだった。
まさかあれが夫を見る最後になるとは思いもしなかった。
(お願い、あなたの孫を、あの子を守ってやって……)
孫娘が無事である事をただ祈ることしかできない自分が情けなく、とても悔しかった。
さすがに事は深刻だと思い直した雅弘は、そのまま近所の交番に駆け込んだ。
事情を話し、自宅で待つ母の元へも連絡を入れてもらった。
電話の向こうから、卒倒しそうなほど動転した母の黄色い声が離れている雅弘の耳にまで聞こえて来た。
警察からは、娘がいなくなった時のことをあれこれと聞かれた。
娘の背や髪型、身体的な特徴から、いなくなった時の服装や、どこか行きそうなところに心当たりがないかなど、だ。
しかし、雅弘は、それらの質問に何一つ自分がはっきりと答えられないことに愕然とした。
(俺は一体、あの子の何を見て、何を知っていたんだ……)
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朝、娘の髪を結ってやって、その日に着る服を決めて着せてやるのも妻だ。
今は、亡くなった妻の代わりに、それらを全て自分の母にさせている。
捜索は警察が行うので、お父さんは自宅へ戻って連絡を待ってください、と言われて交番を出た後も、雅弘の足は、一向に家へ向かう気にはなれなかった。
「一体、どこに行ったんだ……」
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遠くから雷鳴の音も聞こえて来た。雨が降りそうだ。
この真っ暗な空の下、娘が一人で泣いているのではないか、と思うと、雅弘は、胸が痛んだ。
何故、自分は、娘の言うことを信じてやらなかったのだろう。
今更後悔しても遅い。
雅弘は、娘は必ず見つかる、と自分に言い聞かせて、夜の町へと走り出した。
自宅では、雅弘の母が深夜ニュースを点けたまま、孫息子の徹を寝かしつけていた。
ニュースでは、ちょうど8歳になる息子を殺した、という男が逮捕されていた。
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(なんて恐ろしい……)
子と孫を持つ身として他人事とは思えず、恐ろしいと思いながらもテレビから目が離せずにいた。
そして何より、行方不明となっている孫娘の安否が気がかりで、一人静かな部屋で待っているのも辛く、気を紛らわせるためにもテレビを消すことができない。
ごろごろと外で雷鳴の音が聞こえてきた。
予報では、深夜過ぎから雨になるらしい。
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思い出せたのは、家出をした息子を探しに出かけた夫の後ろ姿。
仕事から帰ってきたばかりで着替えもせず、帰ってこない息子を捜しに出かけたので、仕事着のままだった。
まさかあれが夫を見る最後になるとは思いもしなかった。
(お願い、あなたの孫を、あの子を守ってやって……)
孫娘が無事である事をただ祈ることしかできない自分が情けなく、とても悔しかった。
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