御伽草子~渡辺綱の編~

風雅ありす

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零怪 侍、現る。

三、

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公園に着くと、小学生くらいの子供達が数人遊んでいる他は、誰もいない。徹は、子供達から離れた場所に丁度木陰になった芝生を見付けて腰を降ろすと、鞄の中から持ってきた本を取り出した。

 【御伽草子】

 指定された本の中で、一番読みやすそうなものを選んだのがこれだ。古い御伽噺をまとめたもので、まさに徹が苦手とするジャンルの物語である。正直、今更こんなものを読んでどうなるというのか甚だ疑問だが、これが課題なのだから仕方がない。
 この講義を受けようと誘ってきた級友を恨めしく思いながら、徹はため息をつき、ページをめくった。図書館のカビ臭い匂いが鼻腔を突く。長い間、読み手を失っていた御伽噺の数々が今、徹を通して現出しようとしていた。
 雲がゆっくりと流れ、少し離れた場所から子供達の笑い声が聞こえる。しかし、それらの音は、いつしか徹の耳から遠ざかっていった。

 いつからそこに居たのだろう。

 しばらく経ち、夕日が辺りを赤く染め上げる頃、徹はそれに気付いた。ふと顔を上げた先に、一匹の薄汚れた犬が立っている。
 犬、にしては大きい。犬種も、ハスキーに似てはいるが、少し違う。
 “狼”
 という言葉が脳裏に浮かび、まさかな、と思う。そんなものは、今の日本に存在しない。きっと犬だ、と徹は思おうとした。

(まるでお伽噺だな……)

 柄にもなくそんな事を思ったのは、今読んでいた本の影響だろうか。それにしても現実離れした光景だなと思った。
 まるで本の中から飛び出してきたかのように、突然そこに現れた獣。夕日と同化し、黄金色に輝く毛並み。微動だにせず、じっと徹を見つめる瞳から目をそらす事が出来ない。
 しかし、その静寂を破るように、突然、犬が低く唸った。その音にはっとして、徹は、それまで自分が息さえ止めていた事に気が付く。

「見付けた……」

 誰かが背後から呟く声がした。振り向くと、二メートル程離れた場所に、一人の侍姿をした男が立っている。

(ぐっ……なん、だ?)

 侍の登場と共に、周囲の空気が変わった。ぴんと張り詰めた目に見えない糸が、徹と侍の間に張られているかのようだ。
 薄汚れた服に、切り傷だらけの肌。その表情は、逆光になっていて解らないが、周囲に異質な空気を放っている。一体いつ、どこから現れたのだろうか。それこそ、本当に本の中から現れたかのようだった。

「な、何だ……お前……」

 辛うじて絞り出せた声は、あまりにも弱く、自分でも情けなくなる程震えていた。
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