5 / 10
零怪 侍、現る。
五、
しおりを挟む
「かたじけない。お陰で助かった、礼を言う」
そう言って、侍は頭を下げた。
どうやら腹を空かせていたらしい侍は、徹が後で食べようとコンビニで買っておいたパンと飲み物を与えると、ものの数秒で復活した。何でも、今日まで三日三晩、水以外何も口にしていなかったと言う。
徹は、痛む腕を擦りながら、少し離れた地に伏せている犬を盗み見た。一見、無害そうな様子で寝てはいるが、実は、徹が逃げ出さないかと見張っている。先程から何度も隙を見て逃げようとしたのだが、その度に牙を見せて、徹の逃げ道を塞ぐのだ。
そうでなければ、突然自分に斬りかかってきた謎の男を助ける義理など徹にはない。
とっくに逃げ失せている。大声を出して助けを呼ぼうとも考えたが、ここまで騒いでいて誰一人としてこちらに気付く様子がないところを見ると、それも期待薄だろう。人気が少なく夜は静かだというこの地に住むことを決めたのが逆に徒となってしまった。徹は、逃げる事を諦めた。
(こいつが命令してるのか?)
恐れながらも、徹は、目の前に対座する侍を睨み付けた。
改めて見れば見る程、それは、なんとも時代錯誤な男だった。TVの時代劇などでしか見た事のないような服を着て、腰まで伸びた長い髪を後で一つにまとめている。服は汚れ、あちこち破れている上に、その間から見える肌は切り傷だらけ。どこからどう見ても、ただの浮浪者だ。もしくは、歴史オタクか、狂信的なコスプレイヤーといったところだろう。ただし、先程感じた異様な空気は、まるで微塵も感じられなかった。
こんな暗がりの公園で、自分は一体何をしているのだろう、と徹は今更ながらに思った。
当初の予定では、今頃、自宅のアパートに戻って、読み終えた本の考察をレポートにまとめている頃だ。それがどこをどう間違えば、こんな見ず知らずの危ない男と暗がりで向かい合っていなくてはいけないのか。
考えれば考える程、徹は腹が立ってきた。先程までの恐怖は消え、今はこの理不尽な仕打ちに対する怒りしかない。それは、侍が何をするでもなく、ただじっと大人しく座っているから抱ける感情であって、一度、侍が腰の佩刀へと手を伸ばせば、いとも簡単に消え失せてしまうようなものである事を考えられる程、徹は冷静ではなかった。
「おい、お前! 一体、何が目的だ?! いきなり斬りかかってきたかと思えば、今度は、こんな監禁まがいな真似しやがって……金か? 金なのか? 言っておくがなぁ、うちは貧乏なんだぞ!!!」
ふん、と犬が鼻を鳴らす。まるで小馬鹿にされたようで、徹はかっとなった。しかし、徹が二の句を告げるより先に、侍の冷静な声がそれを制した。
「貴殿の言い分は尤もだ。空腹で冷静な対応が出来なかったとは言え、あのような行動は失礼だった。申し訳ない」
予想外の侍の真摯な態度に、徹は虚を突かれ、少し落ち着きを取り戻した。どうやら話して解る相手のようだ。だからと言って、他人に刃を向ける男を簡単に信用するつもりはないが、話をしてみる価値はある。
「どうして俺を狙った?」
「貴殿を狙ったのではない。貴殿に取り憑いていた小妖怪らを切ったのだ」
一瞬、空白の間があった。
「何を……切ったって?」
聞き慣れない言葉に、徹が改めて侍に問う。自分が聞き間違えたのだろう、と思った。
しかし、徹の期待を裏切り、侍は真面目な顔をして答えた。
「妖だ」
そう言って、侍は頭を下げた。
どうやら腹を空かせていたらしい侍は、徹が後で食べようとコンビニで買っておいたパンと飲み物を与えると、ものの数秒で復活した。何でも、今日まで三日三晩、水以外何も口にしていなかったと言う。
徹は、痛む腕を擦りながら、少し離れた地に伏せている犬を盗み見た。一見、無害そうな様子で寝てはいるが、実は、徹が逃げ出さないかと見張っている。先程から何度も隙を見て逃げようとしたのだが、その度に牙を見せて、徹の逃げ道を塞ぐのだ。
そうでなければ、突然自分に斬りかかってきた謎の男を助ける義理など徹にはない。
とっくに逃げ失せている。大声を出して助けを呼ぼうとも考えたが、ここまで騒いでいて誰一人としてこちらに気付く様子がないところを見ると、それも期待薄だろう。人気が少なく夜は静かだというこの地に住むことを決めたのが逆に徒となってしまった。徹は、逃げる事を諦めた。
(こいつが命令してるのか?)
恐れながらも、徹は、目の前に対座する侍を睨み付けた。
改めて見れば見る程、それは、なんとも時代錯誤な男だった。TVの時代劇などでしか見た事のないような服を着て、腰まで伸びた長い髪を後で一つにまとめている。服は汚れ、あちこち破れている上に、その間から見える肌は切り傷だらけ。どこからどう見ても、ただの浮浪者だ。もしくは、歴史オタクか、狂信的なコスプレイヤーといったところだろう。ただし、先程感じた異様な空気は、まるで微塵も感じられなかった。
こんな暗がりの公園で、自分は一体何をしているのだろう、と徹は今更ながらに思った。
当初の予定では、今頃、自宅のアパートに戻って、読み終えた本の考察をレポートにまとめている頃だ。それがどこをどう間違えば、こんな見ず知らずの危ない男と暗がりで向かい合っていなくてはいけないのか。
考えれば考える程、徹は腹が立ってきた。先程までの恐怖は消え、今はこの理不尽な仕打ちに対する怒りしかない。それは、侍が何をするでもなく、ただじっと大人しく座っているから抱ける感情であって、一度、侍が腰の佩刀へと手を伸ばせば、いとも簡単に消え失せてしまうようなものである事を考えられる程、徹は冷静ではなかった。
「おい、お前! 一体、何が目的だ?! いきなり斬りかかってきたかと思えば、今度は、こんな監禁まがいな真似しやがって……金か? 金なのか? 言っておくがなぁ、うちは貧乏なんだぞ!!!」
ふん、と犬が鼻を鳴らす。まるで小馬鹿にされたようで、徹はかっとなった。しかし、徹が二の句を告げるより先に、侍の冷静な声がそれを制した。
「貴殿の言い分は尤もだ。空腹で冷静な対応が出来なかったとは言え、あのような行動は失礼だった。申し訳ない」
予想外の侍の真摯な態度に、徹は虚を突かれ、少し落ち着きを取り戻した。どうやら話して解る相手のようだ。だからと言って、他人に刃を向ける男を簡単に信用するつもりはないが、話をしてみる価値はある。
「どうして俺を狙った?」
「貴殿を狙ったのではない。貴殿に取り憑いていた小妖怪らを切ったのだ」
一瞬、空白の間があった。
「何を……切ったって?」
聞き慣れない言葉に、徹が改めて侍に問う。自分が聞き間違えたのだろう、と思った。
しかし、徹の期待を裏切り、侍は真面目な顔をして答えた。
「妖だ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
勇者パーティーを追放されました。国から莫大な契約違反金を請求されると思いますが、払えますよね?
猿喰 森繁
ファンタジー
「パーティーを抜けてほしい」
「え?なんて?」
私がパーティーメンバーにいることが国の条件のはず。
彼らは、そんなことも忘れてしまったようだ。
私が聖女であることが、どれほど重要なことか。
聖女という存在が、どれほど多くの国にとって貴重なものか。
―まぁ、賠償金を支払う羽目になっても、私には関係ないんだけど…。
前の話はテンポが悪かったので、全文書き直しました。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
薬師だからってポイ捨てされました~異世界の薬師なめんなよ。神様の弟子は無双する~
黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト・シルベスタは偉大な師匠(神様)の教えを終えて自領に戻ろうとした所、異世界勇者召喚に巻き込まれて、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。
─── からの~数年後 ────
俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。
ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。
「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」
そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か?
まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。
この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。
多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。
普通は……。
異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。
勇者?そんな物ロベルトには関係無い。
魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。
とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。
はてさて一体どうなるの?
と、言う話。ここに開幕!
● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。
● 世界観はひよこの想像力全開の世界です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる