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零怪 侍、現る。
五、
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「かたじけない。お陰で助かった、礼を言う」
そう言って、侍は頭を下げた。
どうやら腹を空かせていたらしい侍は、徹が後で食べようとコンビニで買っておいたパンと飲み物を与えると、ものの数秒で復活した。何でも、今日まで三日三晩、水以外何も口にしていなかったと言う。
徹は、痛む腕を擦りながら、少し離れた地に伏せている犬を盗み見た。一見、無害そうな様子で寝てはいるが、実は、徹が逃げ出さないかと見張っている。先程から何度も隙を見て逃げようとしたのだが、その度に牙を見せて、徹の逃げ道を塞ぐのだ。
そうでなければ、突然自分に斬りかかってきた謎の男を助ける義理など徹にはない。
とっくに逃げ失せている。大声を出して助けを呼ぼうとも考えたが、ここまで騒いでいて誰一人としてこちらに気付く様子がないところを見ると、それも期待薄だろう。人気が少なく夜は静かだというこの地に住むことを決めたのが逆に徒となってしまった。徹は、逃げる事を諦めた。
(こいつが命令してるのか?)
恐れながらも、徹は、目の前に対座する侍を睨み付けた。
改めて見れば見る程、それは、なんとも時代錯誤な男だった。TVの時代劇などでしか見た事のないような服を着て、腰まで伸びた長い髪を後で一つにまとめている。服は汚れ、あちこち破れている上に、その間から見える肌は切り傷だらけ。どこからどう見ても、ただの浮浪者だ。もしくは、歴史オタクか、狂信的なコスプレイヤーといったところだろう。ただし、先程感じた異様な空気は、まるで微塵も感じられなかった。
こんな暗がりの公園で、自分は一体何をしているのだろう、と徹は今更ながらに思った。
当初の予定では、今頃、自宅のアパートに戻って、読み終えた本の考察をレポートにまとめている頃だ。それがどこをどう間違えば、こんな見ず知らずの危ない男と暗がりで向かい合っていなくてはいけないのか。
考えれば考える程、徹は腹が立ってきた。先程までの恐怖は消え、今はこの理不尽な仕打ちに対する怒りしかない。それは、侍が何をするでもなく、ただじっと大人しく座っているから抱ける感情であって、一度、侍が腰の佩刀へと手を伸ばせば、いとも簡単に消え失せてしまうようなものである事を考えられる程、徹は冷静ではなかった。
「おい、お前! 一体、何が目的だ?! いきなり斬りかかってきたかと思えば、今度は、こんな監禁まがいな真似しやがって……金か? 金なのか? 言っておくがなぁ、うちは貧乏なんだぞ!!!」
ふん、と犬が鼻を鳴らす。まるで小馬鹿にされたようで、徹はかっとなった。しかし、徹が二の句を告げるより先に、侍の冷静な声がそれを制した。
「貴殿の言い分は尤もだ。空腹で冷静な対応が出来なかったとは言え、あのような行動は失礼だった。申し訳ない」
予想外の侍の真摯な態度に、徹は虚を突かれ、少し落ち着きを取り戻した。どうやら話して解る相手のようだ。だからと言って、他人に刃を向ける男を簡単に信用するつもりはないが、話をしてみる価値はある。
「どうして俺を狙った?」
「貴殿を狙ったのではない。貴殿に取り憑いていた小妖怪らを切ったのだ」
一瞬、空白の間があった。
「何を……切ったって?」
聞き慣れない言葉に、徹が改めて侍に問う。自分が聞き間違えたのだろう、と思った。
しかし、徹の期待を裏切り、侍は真面目な顔をして答えた。
「妖だ」
そう言って、侍は頭を下げた。
どうやら腹を空かせていたらしい侍は、徹が後で食べようとコンビニで買っておいたパンと飲み物を与えると、ものの数秒で復活した。何でも、今日まで三日三晩、水以外何も口にしていなかったと言う。
徹は、痛む腕を擦りながら、少し離れた地に伏せている犬を盗み見た。一見、無害そうな様子で寝てはいるが、実は、徹が逃げ出さないかと見張っている。先程から何度も隙を見て逃げようとしたのだが、その度に牙を見せて、徹の逃げ道を塞ぐのだ。
そうでなければ、突然自分に斬りかかってきた謎の男を助ける義理など徹にはない。
とっくに逃げ失せている。大声を出して助けを呼ぼうとも考えたが、ここまで騒いでいて誰一人としてこちらに気付く様子がないところを見ると、それも期待薄だろう。人気が少なく夜は静かだというこの地に住むことを決めたのが逆に徒となってしまった。徹は、逃げる事を諦めた。
(こいつが命令してるのか?)
恐れながらも、徹は、目の前に対座する侍を睨み付けた。
改めて見れば見る程、それは、なんとも時代錯誤な男だった。TVの時代劇などでしか見た事のないような服を着て、腰まで伸びた長い髪を後で一つにまとめている。服は汚れ、あちこち破れている上に、その間から見える肌は切り傷だらけ。どこからどう見ても、ただの浮浪者だ。もしくは、歴史オタクか、狂信的なコスプレイヤーといったところだろう。ただし、先程感じた異様な空気は、まるで微塵も感じられなかった。
こんな暗がりの公園で、自分は一体何をしているのだろう、と徹は今更ながらに思った。
当初の予定では、今頃、自宅のアパートに戻って、読み終えた本の考察をレポートにまとめている頃だ。それがどこをどう間違えば、こんな見ず知らずの危ない男と暗がりで向かい合っていなくてはいけないのか。
考えれば考える程、徹は腹が立ってきた。先程までの恐怖は消え、今はこの理不尽な仕打ちに対する怒りしかない。それは、侍が何をするでもなく、ただじっと大人しく座っているから抱ける感情であって、一度、侍が腰の佩刀へと手を伸ばせば、いとも簡単に消え失せてしまうようなものである事を考えられる程、徹は冷静ではなかった。
「おい、お前! 一体、何が目的だ?! いきなり斬りかかってきたかと思えば、今度は、こんな監禁まがいな真似しやがって……金か? 金なのか? 言っておくがなぁ、うちは貧乏なんだぞ!!!」
ふん、と犬が鼻を鳴らす。まるで小馬鹿にされたようで、徹はかっとなった。しかし、徹が二の句を告げるより先に、侍の冷静な声がそれを制した。
「貴殿の言い分は尤もだ。空腹で冷静な対応が出来なかったとは言え、あのような行動は失礼だった。申し訳ない」
予想外の侍の真摯な態度に、徹は虚を突かれ、少し落ち着きを取り戻した。どうやら話して解る相手のようだ。だからと言って、他人に刃を向ける男を簡単に信用するつもりはないが、話をしてみる価値はある。
「どうして俺を狙った?」
「貴殿を狙ったのではない。貴殿に取り憑いていた小妖怪らを切ったのだ」
一瞬、空白の間があった。
「何を……切ったって?」
聞き慣れない言葉に、徹が改めて侍に問う。自分が聞き間違えたのだろう、と思った。
しかし、徹の期待を裏切り、侍は真面目な顔をして答えた。
「妖だ」
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