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零怪 侍、現る。
六、
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徹の思考が一瞬止まった。今度は、はっきりと聞こえた。彼は、こう言ったのだ。
“妖(あやかし)”と。
「あやかしって……それは、虫か何かの一種ですか?カゲロウ、とか?」
「虫ではない。正確には、陰の気のようなものだ。人の悪しき心が陰を生み、妖を呼ぶ。俗に“妖怪”とも言うな」
「えー……あなたには、それが見えると?」
「左様」
どうやら、彼の言葉を真面目に聞こうと思った自分が間違っていたらしい。彼は、無差別殺人者でも、ただの歴史好きなコスプレイヤーでもない。
(狂信的なオカルトマニアの精神異常者だ!!)
そうと解れば、話は早い。この手の人間を扱う術は、心得ている。
徹は、人の良さそうな作り笑いを浮かべた。
「へーそうだったんですか。じゃあ、あなたが俺を助けてくれたってわけですね。いやー、危ないところをありがとうございましたー」
「礼には及ばぬ。これも全て、大儀のため」
「そうですか、そうですか。大変ですねー、お侍さんも。今の世の中、リストラとかで大変でしょうに」
「りす、とら?……ここには、虎が出るのか?」
「え、やだなー。またまた、冗談がお好きなんだから。それよりも……」
徹が犬を指さした。
「そこの犬、どかせてもらえません?そろそろ俺、帰らないと。レポートもやんなきゃいけないし、いろいろ忙しいんですよ」
それまでじっと動かずに伏せっていた犬の耳が、ぴくりと動いた。
「ああ、お急ぎであったか。それは時間を取らせて、すまなかった」
よしよし上手くいったぞ、と徹は内心ほくそ笑んだ。このまま自然な形で別れを告げれば、今日あった事は、全て夢だったとして、いつもの無事平穏な日常へと戻る事が出来るだろう。
「いえいえ。解ってもらえたら、それでいいんです。それじゃ、俺はこれで……」
と言って、徹は笑顔でその場を立ち去ろうとした。
「いや、待て。もう夜も遅い。拙者が貴殿を邸まで送ろう」
徹に合わせて、侍がすっくと立ち上がる。
(え?)
徹の作り笑顔がぴくりと引きつった。
「いえいえ、お構いなく!家は、ここからすぐ近くですから。それに、遅いって言っても、まだ七時にもなっていませんよ」
ほら、と証拠を見せるつもりで、徹が腕時計を侍の方へ向けた。そのデジタル式の腕時計は、暗がりの中、明るく時を示していた。
「いや、先程の事もある。それこそ宵闇に紛れて、何が現れるか解らぬと言うのに……命の恩人を危険な目に遭わせるわけにはいかぬ」
(いやいや、あんたの方が危険だからー!!)
「いや、本当に俺は大丈夫ですから……」
そう言いながら、後ずさる徹。いざとなれば、走って逃げるしかない。そう覚悟した時、徹の背後から、突然、地を響くような声がした。
『ええい、まどろっこしい。いつまでやっておるのか、時間の無駄じゃ。我が話す』
「え?」
徹が首だけで背後を振り返る。
『いいか、小僧。一度しか言わぬから、よぉく聞いておけ』
そこには、先程まで徹から少し離れた前方に伏せっていた筈の犬の姿があった。
“妖(あやかし)”と。
「あやかしって……それは、虫か何かの一種ですか?カゲロウ、とか?」
「虫ではない。正確には、陰の気のようなものだ。人の悪しき心が陰を生み、妖を呼ぶ。俗に“妖怪”とも言うな」
「えー……あなたには、それが見えると?」
「左様」
どうやら、彼の言葉を真面目に聞こうと思った自分が間違っていたらしい。彼は、無差別殺人者でも、ただの歴史好きなコスプレイヤーでもない。
(狂信的なオカルトマニアの精神異常者だ!!)
そうと解れば、話は早い。この手の人間を扱う術は、心得ている。
徹は、人の良さそうな作り笑いを浮かべた。
「へーそうだったんですか。じゃあ、あなたが俺を助けてくれたってわけですね。いやー、危ないところをありがとうございましたー」
「礼には及ばぬ。これも全て、大儀のため」
「そうですか、そうですか。大変ですねー、お侍さんも。今の世の中、リストラとかで大変でしょうに」
「りす、とら?……ここには、虎が出るのか?」
「え、やだなー。またまた、冗談がお好きなんだから。それよりも……」
徹が犬を指さした。
「そこの犬、どかせてもらえません?そろそろ俺、帰らないと。レポートもやんなきゃいけないし、いろいろ忙しいんですよ」
それまでじっと動かずに伏せっていた犬の耳が、ぴくりと動いた。
「ああ、お急ぎであったか。それは時間を取らせて、すまなかった」
よしよし上手くいったぞ、と徹は内心ほくそ笑んだ。このまま自然な形で別れを告げれば、今日あった事は、全て夢だったとして、いつもの無事平穏な日常へと戻る事が出来るだろう。
「いえいえ。解ってもらえたら、それでいいんです。それじゃ、俺はこれで……」
と言って、徹は笑顔でその場を立ち去ろうとした。
「いや、待て。もう夜も遅い。拙者が貴殿を邸まで送ろう」
徹に合わせて、侍がすっくと立ち上がる。
(え?)
徹の作り笑顔がぴくりと引きつった。
「いえいえ、お構いなく!家は、ここからすぐ近くですから。それに、遅いって言っても、まだ七時にもなっていませんよ」
ほら、と証拠を見せるつもりで、徹が腕時計を侍の方へ向けた。そのデジタル式の腕時計は、暗がりの中、明るく時を示していた。
「いや、先程の事もある。それこそ宵闇に紛れて、何が現れるか解らぬと言うのに……命の恩人を危険な目に遭わせるわけにはいかぬ」
(いやいや、あんたの方が危険だからー!!)
「いや、本当に俺は大丈夫ですから……」
そう言いながら、後ずさる徹。いざとなれば、走って逃げるしかない。そう覚悟した時、徹の背後から、突然、地を響くような声がした。
『ええい、まどろっこしい。いつまでやっておるのか、時間の無駄じゃ。我が話す』
「え?」
徹が首だけで背後を振り返る。
『いいか、小僧。一度しか言わぬから、よぉく聞いておけ』
そこには、先程まで徹から少し離れた前方に伏せっていた筈の犬の姿があった。
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