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【第一章】聖女

3. 門兵

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「ちょ、ちょっと待ってください。
 私には、何がなんだか……とにかく顔を上げてください」

私の言葉に、男がゆっくりと顔を上げる。
何かの冗談かと思ったが、男の目は真剣で、涙が頬を流れている。
嘘を言っているようには見えなかった。

「……ずっとお待ちしておりました。
 この日が来るのを……毎日毎日……雨の日も嵐の日も……欠かさずこの聖なる道を通い続けた苦労が今、やっと実ったのです……!
 ああ……聖女様……これで私達は救われる……!」

男が何のことを話しているのか私にはさっぱり分からなかったが、これだけは分かる。
男は、何か勘違いをしている。
否定しなければ、と思い口を開くが、男が涙を流しながら手を合わせ、天に向かって喜ぶ姿を見て、言葉を失う。
誤解だったと知ったら、この男は、一体どれほど落胆し、己を責めるだろう。

それに、この男は先程、ここを〝禁域〟だと言っていた。
どうやらここは、一般の人が出入りしてはいけない場所のようだ。
もし、誤解だと知られたら、不可抗力とは言え、ここへ入った私は、罰せられることになりはしないだろうか。

「とにかく、このことを一刻も早く上に報告しなくては……聖女様。
 お手間をお掛けして申し訳ありませんが、私とご同行頂けないでしょうか」

男の期待と羨望に満ちた瞳が真っ直ぐ私を見上げる。
私は、頷くしかなかった。

男の後に付いて長い石段を降りて行くと、木造の大きな門が見えてきた。
上から見た時には、小さな木戸にしか見えなかったが、近付いて見ると、見上げる程に大きい立派な門だ。
両開きの門で、よく見ると何かの意匠が彫られているが、何の模様かは分からなかった。

男が門を叩き、開けろ、と門の向こう側に向かって叫んだ。
すると、程なくして門が向こう側から開かれ、そこに武装した二人の男が立っていた。
まるで映画やゲームで見た事のある西洋の騎士のような格好をしている。

「……早いな。何かあったのか」

聞かれた男が一呼吸間を置き、厳かな口調で答えた。

「聖女様がになられました」

最初、眉をしかめて見せた二人の騎士は、後ろに控えている私を見つけると、信じられないものを見たような顔で口を開けた。

「まさか……」
「そんな…………本物なのか?」

二人の視線が痛くて、私は、反射的に顔を俯け、身を固くした。

「……とにかく、急ぎ騎士団長様へお知らせ願います。
 私は、聖女様を官邸へとお連れしますので、馬車をお借り出来ますか」

それから用意された馬車に乗るまでの間、私は、一言も言葉を発することが出来なかった。
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