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1章
閨係の役目
しおりを挟む「よし、じゃあ早速やってみよう!」
徐にナイフを取り出したルカ様は、そのまま躊躇すること無く、自分の手のひらをざっくりと切った。
傷跡からボタボタと赤黒い血が流れる。
「ちょっと!ルカ様!なんてことを!」
「いや、治癒魔法かけるには怪我人必要でしょ?」
「にしても思い切りが良すぎるのと、傷が深すぎます!痛いですよね?!」
「じゃあ早く治癒魔法かけて?」
「もー!!」
いくら魔法に必要だからってそんなに傷付ける?
私の為にやってくれたんだと思うけど、うっすら血が流れるくらいの怪我を想定していたよ、私は!!
急いで魔導書に記された呪文を唱える。
前はできなかったけれど、今の状態ならできるはず。
まずは目の前のルカ様の傷を完治させると気合を入れた。
【治癒ヒール】
眩い光の粒子がルカ様の傷跡を塞ぐように流れ込み、輝きが収まればそこにあったのは傷一つないルカ様の手のひら。
「ルカ様!痛くないですか?変な感じとかは?」
「たまき、ここは治癒魔法の成功を喜ぶとこでしょ」
「そんなことできません!あんなに痛そうな傷をつけていたのに!傷は治ってるように見えますけど、本当に治ってます?」
「うん、大丈夫。何ともないよ」
何ともないと私に見せびらかすように手をヒラヒラとして、私に優しく微笑むルカ様に、何故か無性に腹が立つ。私の為だとは分かってる。
……でも、こんな事求めてない。
「ルカ様」
「ん?どうしたの?」
「もうこんな事しないでください」
「どうして?」
「私の為とは分かっています。でも、私はルカ様が傷付くことを望んでいません」
「そんなの一瞬の出来事じゃない?」
「じゃない!!!!」
急な大声に私の鼓膜が驚いている。
私の大声を浴びたルカ様は目をぱちくりとさせていた。
「その傷は一瞬でも痛かったですよね?血が流れる時は傷口を熱く感じますよね?そんな思いをしてまで、私の助けにならないでください。もしどうしても必要なら私がやります。自分以外の人が自分の魔法の為に傷付くのは嫌です」
「そんな事言われたことないよ」
「私はきっとこの世界の人とは違う価値観なんでしょう。ステファン様でもきっとルカ様みたいな事をしたでしょうし。でも私はそれを良しとしません。私の前では自傷行為はやめて下さい……お願いします……」
これは半分私の我儘だ。
傷付くのを見たくないのも本音。
でも私は誰かが傷付いて流れる血を見たくない。
そういうのは有事の時以外、本当は起こらない方がいいはず。
この世界の人達に、その認識が薄いのであるならば、
私と一緒にいる時はせめて傷付く機会を減らしてあげたい。痛みを感じる機会を減らしてあげたい。
私は彼等にとって、傷付いて当たり前の軍人ではなく、傷付かないのが当たり前な人間として過ごせる居場所でいたい。
「分かった……分かったから、そんな泣きそうな顔をしないで」
ルカ様の温度が優しく伝わる。
包まれている腕の中に大人しく収まれば優しくあやすように頭を撫でられた。
「ごめんね。嫌な思いさせて」
「いえ……私の為にありがとうございます」
「僕ね、オッドアイの影響でこうやって怒られた事がないんだ。だから凄く新鮮で嬉しかった。……たまきだけは、僕を一人の人間として見てくれる。君の前では、ただの魔法と研究が好きなルカでいられる」
縋り付くようなその声に、私もその背中に腕を伸ばす。
「家族でさえ、僕を恐れる。強大な魔力を持つ僕を怒らせたらどうなるか分からないから。僕と積極的に関わってくれる人なんていなかったんだ。それを僕はオッドアイだから仕方ないって言い聞かせてた。友達もいなかったし、誰かと遊んだ経験もない。だから僕が没頭出来たものは魔法と研究で……。でもそれをすると周りは何かを企んでるって疑う!ねえ、なんで?僕は何もしちゃいけないの?何も関心を持たずに人形として国の為に魔法を行使するだけの存在じゃなきゃいけないの?」
子供が泣きじゃくるように、先程までの生き生きとしたルカ様とは違い、今にも消えてしまいそうなルカ様の叫び。
私はルカ様だったらできそうな消えるという事がないように精一杯きつくきつく抱きしめる。
「ルカ様。頑張りましたね……。偉かったですね」
頑張ったと撫でて欲しい。
それが最初にルカ様が願った事だから。
誰も信用出来ない環境と戦っていたステファン様とはまた違う孤独と戦っていたルカ様を撫でる。
「ずっと……寂しかった!!誰も僕の事を見てくれない!それなのに急に魔道士団を任せるって言われても困る!僕を気にかけてくれたのはステファン様とノヴァ様だけで……他の人は避けていたのに急に手のひらを返して!!!」
「ルカ様……」
「だから君が僕を怖がらなくて、魔法にも目を輝かせて、僕自身を見てくれる……だからさ……僕は何番目でもいいから傍においてよ……。君が近くで見てくれてるって事実だけで僕はきっと頑張れるから……好きになって欲しいとも言わない。僕も好きなのかよく分からないし……。だめ、かな?」
一番初め、王様が言っていた事が頭によぎる。
疲れた騎士達の癒し。それが閨に入るってだけで、癒しとなるのはそれだけではないのかもしれない。
ルカ様のように近くにいて労う私がいる事で癒され、頑張れる。これも一種の閨係の役目なのではないだろうか。
私もルカ様を好きかと聞かれたら、まだ微妙な所だし、それは今後ルカ様と過ごしていく内に自然と形成されるだろうから。
「分かりました。私の存在がルカ様の原動力と癒しになるのであれば、お傍にいさせてください」
「ありがとう……たまき」
こうして、私の治癒魔法も完成し、ルカ様の傍にいる事になった私の後ろでステラが不満気な顔をしている事に誰も気づかないのであった。
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