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第四章 大いなる冒険
シュコニ
しおりを挟むマガウルたちが壁際を離れ走り始めると、周囲の魔物がその気配に気づいた。
老人が素早く動く。
未だに冒険の加護を持つシュコニだけがマガウルのバグったスキル表示を目撃した。
〈——なんちゃら流:たくさんパンチ——〉
マガウルはモンスターをひき肉に変え、シュコニのため息を聞いた。
「すごいなぁ、私もそんなに強かったら……いや、それよりマグじい、周りをよく見ろっ。ダンジョン・ボスが魔物らに命じた『手出し無用』は私らに対しても有効だっ! 襲われたならともかく、こっちからあえて攻撃する必要はないみたいだぞ!?」
老人は言われて気づいた。確かに魔物はマガウルたちを睨んでいたが、手を出してくる気配は無い。
「おお、聡いの?」
「ふはは。私に叡智ジビカの加護があるのを忘れたかね老人っ☆ ずっと指輪で隠してるけど、MPは普通に千を超えてるし、知性は何気に千五百もあるぞっ!?」
「お姉ちゃん、すごいです!」
「うむうむっ♪ カオスやミケには伝えたことだが、この際フィウにも教えておこうかっ☆ ——いいかいフィウ、戦うのは『戦士』の仕事さ。私たち冒険者は、逃げられるなら逃げるのが一番だ……てことで☆」
〈——冒険術:地雷設置——〉
シュコニは魔石のついたまち針のような釘を目の前の床に刺した。針は即座に光の泡となって消え、シュコニはお嬢様を抱きながら、自分が設置したばかりの地雷を踏み抜いた。
「——お姉ちゃん!?」
「平気さっ! 我々には『火鼠の皮衣』があるだろっ!?」
地雷から激しい炎と爆発があり、シュコニはフィウを抱えたまま爆風に吹き飛ばされた。しかし火鼠の皮衣が二人を守り、お嬢様とメイドは爆風に乗って大きくジャンプした。老執事マガウルはイカれたショートカットに目を見開き、少し楽しく思いながら全力で後を追った。
背後でゴリがよたよたと走り、「待って……」とキモい声を上げたが当然無視だ。レベルにモノを言わせて宙を飛ぶ二人を追いかける。
少し離れた場所では牛が少年に光る棒を振り下ろしていた。ボスを前にしたカオスシェイドは……おお、マジか……伝説でしか聞いたことのなかった〈鑑定連打〉を披露していて、ミノタウロスは戦いを楽しむようにゲラゲラと笑いながら自分の攻撃すべてを回避する7歳児を潰そうとしていた。農夫が行うもぐらたたきのような光景だ。
そんな戦いを横目に首吊りの木の根本まで走ると、花魄は枝に「癇癪玉」の連打を受けていた。あの少年は——カオスはひとりでボスと戦いながら、ダンジョン・マスターたる花魄まで相手にしていた。
残念ながらカオス少年の火は花魄に効いていなかったが、樹洞の前に立つとすぐ、老人の脳内に甲高い声が響いた。年増が年をごまかすような耳ざわりな声は、明らかに焦っていた。
〈——あんたたち、月の眷属よね? 通りたい? 全員、月に行きたいのよね!?〉
「そうだよっ! まずはフィウを——報酬ならそこのマグじいが持ってる!」
〈報酬? どんな!?〉
先に樹洞へたどり着いたお嬢様はシュコニのマントから顔だけを出し、黒く巨大な「首吊りの木」を恐々と見上げていた。両目と髪の毛が金色に変わっている。
メイドとお嬢様に追いついたマガウルは興奮に息が上がっていた。少し舌をもつれさせながら「常世の倉庫」を詠唱し、小さく開いた出入り口から黒い「トカゲ」が首だけを出す。シュコニの赤いマントから顔を出しているフィウのような見た目だ。
「おい殺人鬼、この出入り口は狭すぎる。首はともかくおれの胴体が通れないのだが?」
「——花魄よ、これは『月の竜』である。竜は月でも最上級の貴族であり、お嬢様とわしは、コレの身柄を引き渡す代わりに月へ行きたいと望む……!」
元・殺人鬼は黒竜の言葉を無視して首吊りの木に願い出た。6年前にフィウお嬢様から——言葉を覚えたばかりの1歳の少女から、初めて「マグじい」と呼ばれた日を思い出す。
——この子を故郷に返してやりたい。
お嬢様を誘拐してから6年、いつの間にか人殺しの望みはそれだけになっていた。
老人はただそれだけを願って竜を捕獲し、倉庫に幽閉し……この日のために、自分ができるすべてのことをしてきたつもりだった。
〈えぇ……ただの竜?〉
しかし花魄の返事は冷たかった。
〈今は要らないわ。他にないの?〉
「な……!? 竜では不満か?」
「どうしてさっ!? 竜って〈月〉じゃ偉いと聞いたぞ!?」
シュコニも抗議に参加してくれたが、黒い大木はカオス少年の炎を受けながらゆらゆらと揺れた。
〈見れば分かるでしょ? 攻撃されてるの! それもこの星の神の子よ……また竜巻を使われたら燃えてしまうわ。ねえ、今すぐわたしの力になるような……〉
「——ギルマスの死体! 俺は持ってる、Cランクの『経験値』ならどうだ!?」
あえぐような怒鳴り声が聞こえた。
ゴリだった。むさ苦しい短髪の男は汗だくで倉庫の入り口を開き、無造作に老婆の遺体を引きずり出した。哀れな老婆の遺体を「首吊りの木」の根本に放り出すと、耳障りな甲高い声が聞こえた。
〈なんてこと、ギルドマスター……!? いいでしょう、あんただけは〈月〉へ送ってあげるわ!〉
「ちょっと、ゴリ!?」
マガウルが文句を言う前にシュコニが叫んだ。
「あんたさあっ……それならフィウを送ってあげなよ!?」
「どけよ! 俺は〈月〉に行く!」
遥か頭上から汚い麻縄が伸びてきた。縄はギルドマスターの首に巻き付き、老いた狐がものも言わず持ち上げられて行く。
〈すごいわ、さすがギルドマスターよ! わたしの可愛いツキヨ蜂が殺してくれたのね……力が、溢れて……経験値が……! わたし、これでようやく神様になれそう!〉
首吊りの木に新しい遺体が加わった。ゴリはシュコニを押しのけて樹洞に入り——そのまま戻ってくることは無かった。
「——竜がいるのだぞ、竜じゃ!」
マガウルは焦りながら叫んだが花魄は耳を貸さなかった。黒い大木は絶対防御を思わせる青い光に包まれ、マガウルは閃光に両目を覆った。
〈——さすがは叡智ジビカ様だわ!〉
青白い光の中、声だけが聞こえる。
〈あの御方がせっかく呼び込んでくださった剣閃を殺しそこねた時は焦ったけれど……言われた通り根を張って、地震を起こしたら「村長」がノコノコと殺されに来てくれた! 叡智様は——いいえ、これからはもう呼び捨てで構わないわよね? わたしは今、完全に「神」になったのだし! ——ジビカの助言に従ってやって、大正解だった!〉
そんな言葉と同時に、マガウルが加護を受けている月の拳神エタラクの声がした。普段はなにも言わない神だ。彼の野太い声を聞くのは何年ぶりだろう。
〈おいマガウル、月に新たな神が加わったぜ。お祝いしろとは言わねえが、殴るのはオススメできねえから警告に来た。
新入りの雑草は、ご祝儀で15点も「絶対防御」を持った。今日のところは月に行くのを諦めろ。オマエはアレの加護を断ったから恨まれているし、いくらオマエでも神に勝つのは無理だ。俺は、オマエの拳が砕かれるのを見たくねえ……〉
エタラクはそれだけ言うと無言になり、マガウルは絶望感に苛まれた。
「おいマガウル、おれは人質にならないみたいだぜ? ……出せよジジイ」
老人は竜を無視して倉庫を閉じた。常世の倉庫の入り口が少しずつ縮み、黒竜は慌てて首を引っ込めた。
「……おおー、すごいっ!」
のんきな明るい声が聞こえてくる。
「見たかい、フィウ。ゴリが先に行ってしまった。ほんとに〈月〉に行けるんだねぇ……すごいなっ!?」
ぱち、ぱち、ぱち……と乾いた拍手が聞こえた。
メイドが雑な拍手をしていた。人の良いお嬢様もメイドに促されて手を叩き、髪の毛を真っ赤にしながら月へ逃げていったゴリに拍手を贈っている。
「ゴリさん、よかった……月まで行けば、きっと、わたしみたいに酷いこと、命令されないはずです……!」
「だねぇ……そうだと良いね」
老人マガウルは絶望しつつシュコニを見つめた。彼女がかぶっている「火鼠の皮衣」は、きっと〈月〉へのパスポートとして有効だろう。
月の眷属がこの惑星の神々を殺せるように、この世界の冒険者たちは、相手が月の神であろうが、本気になれば花魄を殺せる。実際、カオス少年は火災旋風を引き起こし、充分すぎるほど首吊りの木を脅かしている。
〈——それで? あなたは私にその素敵なマントをくれるのでしょうね? ジビカも言ってるわ。それさえあればわたしが燃えることは無いって♪〉
「はいっ♪ とーぜんですよ花魄様☆ このマントはどんな火にも耐えられますので! ——ごめんね、フィウ。いくらお姉さんでも、さすがにこれはキミには譲れないっ!」
「わかって、います……! お姉ちゃん、ずっとずっと、月に行きたいって……!」
「そーなんだっ、すまんなフィウっ♪」
シュコニがフィウをマガウルに預けて前に出た。7歳のお嬢様は事態を理解していないようで、老人に抱きかかえられながら「おめでとう」と微笑んでいる。
——ここまで来たのに、わしとお嬢様だけが置き去りか。
老いたマガウルは疲れを感じた。フィウ様が誘拐されてからずっと、気を張り、油断せず、7歳の少女の幸せだけを願って全力を尽くして来たのに。
若いメイドは老人と令嬢が見守る前でマントを取り外し、恭しく花魄に捧げて言った。
「……ありがとう、ニケ様。ようやく夢が叶うよ」
一瞬、老人にはその言葉の意味がわからなかった。フィウも花魄も、メイドに加護を与えているジビカですらその言葉の意味を理解できなかっただろう。
マガウルが唖然としていると、シュコニはくっくと皮肉な笑いを浮かべた。
「……おおっと? ボケたかじいさん。どうして驚いてる?」
シュコニは背負っていた刀を抜き、真紅のマントを自分に装備しなおした。
「私は『冒険者』の娘だ。昔、話してやったじゃないか……私はいつでも、いつまでもずっと、偉大なる『冒険』の子供だって」
シュコニは笑いながら言い、天を衝くように刀を持ち上げた。
「——じいさんの所にもアクシノ様が顕現したよね? 私にジビカとかいう馬鹿の加護があるのを知られても、アクシノさんはなにも言わなかったし——さっきからずっと、冒険のニケの加護は有効なままだった!」
多少手入れはされていたものの鋼鉄の刀身は錆びていて、メイドが振り上げるなり錆を起点にひび割れた。奥から赤い片刃の剣が現れる。「爪」のように見えるそれは激しい光を放ち、金髪・碧眼・黒メイドのシュコニは、自分の刀の赤い閃光に目を輝かせて叫んだ。
「最後の最後で大満足の、『大冒険』だった!」
〈——冒険術:大 冒 険——〉
老人はニケからの加護を受けていない。
にも関わらず視界にスキル表示が浮かび、老いた執事の前にひとりの女神が顕現した。燃えるような赤毛の女神はシュコニの傍らに浮かび、メイドの細い肩に優しく手を置いて言った。
〈……ついにその時が来てしまったねあ、シュコニ〉
「だねぇ、ついにリアルに顕現しやがったか。悪夢め」
〈ははは、悪夢か……〉
首吊りの木が激しく揺れ、甲高い声が響く。
〈——ミノタウロス、この女どもを殺せ!〉
「「 うるさい 」」
シュコニと赤毛の女神は声を揃えて舌打ちし、赤毛の女神はメイドに言った。
〈……覚悟はいいな?〉
「よせよ。今さら聞かないでくれ」
〈——だよな。ならばその生命と引き換えに、おまえを今、このときだけは、Sランク冒険者に昇格させる〉
シュコニが手にした爪のような赤い剣から太陽のような火が吹き出し、メイドの体が炎に包まれた。詠唱もしていないのにマガウルの足元で倉庫の入り口が開く。老人はフィウを抱えたまま落下し、常世の女神の神託を聞いた。
〈ごめんねマガウル。だけど「迷宮殺し」はあの子の夢だったから〉
(夢……?)
落ちた先はフィウの屋敷で、頭上に小さく開いた倉庫の入り口から炎が入り込み、老人と子鬼は月の雑草が絶叫する声を聞いた。
耳を覆いたくなる声だったが、実際そうしても無駄だった。首吊りの木の悲鳴は〈神託〉の原理で脳内に響き、耳を覆っても心に響く。
草の悲鳴に赤毛の邪神の笑い声が混じった。
〈はは。無駄だよ雑草。おまえSPはいくつ用意している? 鼻くそみてぇな新米の神に、シュコニの炎を防御しきれるかな?〉
〈この火……! ただの火じゃない! ——これは愉快が命を使って起こした炎だ!〉
〈おお、雑草のくせに賢いじゃないか。そうとも。我が眷属は今、自分の命を薪にくべてる〉
〈燃える……燃えちゃう! だれか火を消して……私に水を! 水をかけてェ!〉
老人に知ることができたのはそんな神々の「声」だけで、燃える雑草を実際に目にできたのは、歌の神から〈絶対防御〉を授けられた7歳の少年だけだった。
カオスシェイドは先輩の「冒険」をじっと見つめていた。
木の周辺にいた魔物はシュコニの「剣」が引き起こした業火で即死し、雑草を助けようとしたミノタウロスの肌すら焦がした。
その上シュコニは早口でつぶやき、
〈——微風魔術:つむじ風——〉
風に煽られた業火は迷宮の床や壁を溶かすほどの温度になり、ミノタウロスは怯えて大樹から距離を取った。
「よしっ、じゃあ殺すぞー?」
シュコニは気楽に笑い、炎を吹き出す刀で「首吊りの木」を切りつけた。「ニケの爪」たる赤い刀は一振りで大木の幹を大きくえぐり、傷口に大量の黒い燃素がこびりついた。燃素は即座に発火して、幹に業火が燃え移る。
〈——やめろ!〉
雑草が怒鳴り、上空から大量の枝が降りてきてシュコニを叩き殺そうとしたが、無駄だった。シュコニが手に持つ赤い刃が丸く弧を描く。それだけで枝は切り裂かれ、炎に包まれた。
首吊りの木の耳障りな絶叫がカオスの脳内に響き、シュコニの笑い声が耳に届いた。
「あはは☆ 強いっ! 無敵だっ! これが人類の究極まで行ったSランク冒険者の世界か……! 雑草を切り裂いてくれっ、神切虫!」
そうつぶやくなり、シュコニは人間離れした動きで大木の周囲を飛び回った。
雑草が振り下ろした枝をことごとく切り裂き、切った枝を足場にして高く飛び、本体たる黒い大木の幹を切りつけていく。
足場が無ければ〈微風〉スキルを発動し、漆黒のメイドは鳥のように空を舞った。
まれに雑草から攻撃を受けても問題なかった。もとよりカンストしていた〈手当て〉スキルを発動させ、傷口に手を当てるだけで即座に全快だ。
カオス少年の目には「天然理心流」や「微風」「手当て」といったスキル表示が次々と浮かんでいたが、テロップはあまりに早すぎて読む前に流れ、とてもすべての技を追うことはできなかった。
〈どうして……!? あなたは「月の眷属」でしょう? あんたは月に行きたくないの!?〉
ついに大木が中程から折れた。切り離された木の上部は炎を纏ってゆらりと燃え、幹から枝へ激しい業火が広がっていく。
残された根本——赤く輝くシュコニの剣で半分に切断された幹の中央には紫色に輝く巨大な魔石が見えた。
「月に行く……? 冗談じゃないねっ」
シュコニは「赤い爪」を構えて魔石に向かった。息が上がっていたが、胸に軽く手を当てるだけですぐに呼吸が収まる。
カンストしている〈手当て〉スキルで息を整え、シュコニは爛々とした青い目で魔石に言い放った。
「私の両親は迷宮で死んだ。おまえら月に殺されたんだ。そのくせ『月へおいで』とか、矛盾してるよ。どういうつもりだい?」
赤い刀が魔石を打つと、絶対防御の青い壁が刀を弾き返した。しかしシュコニは剣技を連打し、青い壁を一枚ずつ剥がしていく。赤い刀は油田のように黒い燃素の液を撒き散らし、即座に発火し、シュコニと魔石は業火に包まれた。
「ずっと復讐したかった……だけど私は弱すぎた。私は回復だけが取り柄のクソ雑魚冒険者だったから」
シュコニが刀を振るうたび、魔石もろとも業火がメイドを焼こうとしていたが、彼女が着ているマントはすべての炎からメイドを守っていた。
「ニケだけが私にチャンスをくれた。ジビカのアホに見張られてる中、二重スパイの大冒険さ! ……赤毛のあいつの加護を受けてからずっと、ずっと……緊張しっぱなしの毎日だった☆」
雑草が、ついに最後の〈絶対防御〉を消費した。花魄は〈やめて!〉と絶叫したが、メイドはニヤけた顔のまま手を止めない。
〈やめて! ダメよ! せっかく神様になったのに! ……ねえ、私ならあんたを月に——〉
「行かないっての。しつこい根っこだね」
シュコニは魔石に赤い刀を突き立てた。
「……さよならだっ!」
19歳のメイドは体重を乗せ、強く刀を押し込んだ。カオス少年の耳に頭が割れそうになるような絶叫が響き、マスターの死に、ダンジョン全体に激震が走る——叡智アクシノに予言されていた、2回目の地震が発生した。
「…………終わったのか? 私、勝てたんだよねっ……?」
少年だけが先輩冒険者の最後を見届けた。激しい炎の中、絶対防御の壁に守られながらシュコニに歩み寄る。
「……冒険だったね、先輩」
疲れ果て、ひび割れた魔石の前で膝をついていたシュコニの目が少年の声に少し潤んだ。メイドは赤いマントをたくし上げ、フードをかぶるような格好で顔を隠した。
「……最後の仕事だぜっ。私は、ニケとの約束を守る必要がある。ニケとの約束だっ」
未だ地震は続いていた。激しい揺れに天井が崩れ、魔物たちが悲鳴を上げている。
「カッシェ、これをきみに預ける」
シュコニは魔石に刺さっていた赤い刀を引き抜いて少年に渡した。刀は柄まで燃え尽きていて、赤い、爪のような刃だけになっていた。
「ミケに渡してくれ。私が先に使っちゃったけど、ニケが子猫に約束した『お宝』だ。それに……そう、このマントも子猫にあげちゃおうっ! ……職人だった母さんが、私が生まれる前から何年もかけて編んだ一品だぞ♪」
カオスシェイドが刀を受け取ると、突然シュコニの両足が灰に変わった。シュコニは「おおっ!?」とおどけた声を出して笑い、立てなくなってうずくまり、両手でマントをギュッと掴んだ。惜しむように自分の体から引き剥がし、カオスシェイドに赤いマントを手渡そうとする。
——大冒険というスキルは、術者の「命」を引き換えに冒険のニケが全力で術者を援助する、命がけのスキルだ。
カオスは先輩になにかしてやりたかったが、彼の力ではどうすることもできなかった。
「おおっ、私の〈冒険〉もついに終わりかっ……」
シュコニは少年の前で楽しそうに笑った。
「……ありがとう、ニケ様。それに叡智のアクシノ様も、ずっと黙っていてくれて助かったぜ☆ それに、カッシェ——最後に教えてくれてありがとう……」
シュコニは火鼠のマントを頭に被り、後輩冒険者に精一杯の笑顔を見せてやった。
「びっくりだ。マントの銘が私の『本当の名前』だったんだっ!」
シュコニは灰になって崩れ、消えてしまった。赤いマントだけがはらりと床に落ちる。
——どうあがいても、ひとりは死ぬよ。
叡智の予想は的中してしまった。
※「シュコニ(shukoni)」は「死ぬ子(shinuko)」のアナグラムでした。
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