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第六章 スリー・オン・スリー
スリー・オン・スリー
しおりを挟む〈起きろ、約束の時間だ〉
叡智アクシノにわざわざ「さま」をつけてお願いした俺は、連続7度目の気絶から起こしてもらった。
〈新市街の団地の壁です——もう5時だ。そろそろ店に行くべきだろう〉
(待って……あと1回は行ける)
〈本気かね?〉
(本気だとも)
起きた気配を察したのか母さんが自室をノックしたが「後にして!」と怒鳴り、俺は少々昔を思い出しながら鍛冶スキルを使いまくって、気絶する前に〈絵画〉アプリに描いた“計画”を凝視してから再起動した。効果があるのか知らないが、睡眠学習ってやつだ。日本じゃいつもこれ一択で受験にしくじった俺である。
〈いや、ダメじゃん。なら寝てないで学べよ〉
半笑いの声で叡智が再び起こしてくれたとき、時刻は午後の9時半を過ぎていた。
「カッシェ、こんな時間に起きたの?」
「ご飯は要らない」
それだけ言って家を飛び出した俺は「牙」の入ったリュックを背負い、チャリを漕ぎながら砂糖の塊を口に入れた。結局俺は後衛なのだし、メシが抜きでもブドウ糖が脳に与える効用についてあれこれ考えていると、叡智が面白そうに笑う声がする。
〈へえ、地球の連中は妙な知識を持っているのだな。侮ってずっと表面ばかり見ていたが……これは歌様を悪く言えない〉
意味不明の発言を相手にしている暇は無い。
旧市街と新市街をつなぐブリッジ部分のすぐ手前にある仕立屋につくと、店の前にはパルテとユエフーにノールがいて、出迎えは嬉しいが、俺は少々苛ついて言った。
「どうしてみんなここに居るんだ? 隠れてよ。狙われてるのはわかってるだろ、店長?」
パルテは俺が声をかけると普段は青白い頬を真っ赤にして夜空を見上げ、無言の蝙蝠に代わって13歳の狐がくすくすと笑った。狐は昨日のメイド服を着ていた。
「パルテは、あなたが来るまで泥棒が入ったら困るって聞かないの。それよりあなた、バイトをさぼったからには勝てるんでしょうね? ミケも居ないし、昼間は大変だったのよ」
「問題ねぇから、ユエフーとノールはリドウスさんと一緒にパルテを守ってくれ。それが昨日の打ち合わせだったよな?」
「打ち合わせねぇ……あなた、わたしたちがなにを言おうと『決まりだ』って怒鳴って帰ったじゃない」
一晩過ぎたのもあって、俺は昨日より冷静だった。冷静だからこそ昨日の自分が恥ずかしく感じる。叡智には「ひとを頼れば?」と助言されたし、その通りにするつもりではあるのだが、俺はこの3人を頼るつもりはない。
「……とにかく3人はエプノメさんのところに逃げてよ。俺ひとりで勝てるから」
「ほんとね?」
「任せろ」
終始無言のノールはともかく店長パルテも無言を貫き、3人はスレヴェルの本店に逃げていった。そこにはリドウスさんもいるはずで、仮に俺が強盗団を取り逃がしてもパルテを守る時間を稼いでくれるだろう。
〈——さて、ここまではおまえの計画通りだね、少年。ワタシとしてもきみの成功を願ってやまないぞ?〉
アクシノが楽しそうに語りかけてきた。昨晩、俺が思いついた計画を打ち明けて以来、こいつはずっと上機嫌かつ饒舌だった。どうしてそこまで喜ぶのかは不明だが、女神は〈叡智の名にかけて成功する〉とまで宣言し、俺の計画に賛成してくれていた。
俺はユエフーから受け取った店の鍵を使って店内に入った。
昨日一方的に打ち合わせした通り店内は綺麗に片付いている。ムサが居ないので前回よりは荷物が多いが、社員さんたちは再び商品を隠してくれていた。
ミケが不在のためさすがに扉はガラス戸のままだしショーウィンドウのガラスも撤去されていないが、どれも俺が作ったものなので割れても作り直せば良い。
ランプはすべて消えていて、店の中は真っ暗だ。
俺は〈火炎〉の無詠唱で明かりを確保して歩き、召喚した愛用の椅子に座って、よく見える場所に「牙」を置いた。同じく召喚したヘッドフォンを頭に付け、絵画アプリを開き、作戦計画の予習を始める。
〈仕立屋パルテの床です——時刻はそろそろ11時になる〉
明かりを消し、暗闇の中で俺は練習を続けた。犯罪者どもは「正々堂々」がどうのと言っていたが、こちらはひとりだ。打つべき手は打たせてもらう。
散々練習してから召喚していた椅子を消し、「鑑定」すると、アクシノが言った。
〈仕立屋パルテの床です——時刻はそろそろ12時になる〉
◇
冬の近づくラーナボルカの夜は冷たく、老体に堪えた。
老いた殺人鬼は夜のラーナボルカ市をひとりゆったりと歩き、仕立屋パルテ・スレヴェルの前で足を止めた。
気乗りしないが、お嬢様たちがノリノリなので仕方ねぇ。
ポケットに入れていたお嬢様手編みの覆面をしてから、小声で〈倉庫〉の入り口を開く。
地面と垂直に2ケドゥア四方に開いた入り口からまず這い出して来たのは25名の亡者たちだった。
どれもがツイウス王国で死刑判決を受けた囚人で、お嬢様の屋敷に転がっていたものたちだ。半解凍状態の死体は氷の薄皮を地面に落としながら仕立屋を丸く取り囲み、裏路地を含め、店のすべての出入り口を塞いだ。
「行きましょう、お姉ちゃん! わたしは戦えませんが、カオスさんは、お姉ちゃんが覆面を取ったらきっとびっくりしますよ?」
「りょりょりょりょ……」
小声でそんな声が聞こえて、最後に出てきたのは覆面をした2人の少女とロボだった。
全員が桃色で花柄のけばけばしい覆面をしていたが、なにも言うまい。柄はマガウルのも同じだ。裁縫スキルの無いお嬢様が苦心して編んでくださったのだから執事に抗議する権利は無いし、女騎士もツイウスの姫君に逆らったりはしなかった。アンはそもそも抗議という概念を知らない。
覆面は目と口だけに穴が空いた毛糸で、犬用のものには耳を出す穴もある。子犬はだせえ花柄のマスクから黒い犬耳を垂らし、興奮した犬がそうするように、はっはと忙しない息遣いで呟いた。
「おおー……! 悪魔の猫が居ないのは残念ですが、それじゃさっそく殺りますか……!?」
ニョキシーは〈月〉から持参した黒の全身鎧に身を包んでいて、無骨な鎧と花柄のマスクは華麗なシナジーを発揮し、それはもう絶望的に間抜けな見た目だった。燕尾服にマスクの老人や、黒メイド服にマスクのアンより酷い。
せめて鎧を脱げば良いのにと思うのだが、騎士としてのこだわりなのか、子犬は「悪魔退治」に騎士団の鎧を着たがった。
騎士ニョキシーは赤いマントを翻し、鎧の腰ベルトに吊った野太刀に右手を置いていて、今にも刀を抜きそうにした。カガクの白衣にピンクマスクのお嬢様がたしなめる。
「ダメですよ、ニョキシー。ドアを壊してはいけません。わたしたちは正々堂々戦いに来たのですから、ノックしてお行儀よく入らなきゃです」
「おお……? 確かに!」
店先で雑談しているというのに店内に動きは無く、ガラス扉の奥は不気味な闇に沈んでいた。
戦闘に参加しないお嬢様を最後尾にして2名の亡者を護衛につかせると、待ちきれないという顔をした子犬がガラス扉を軽くノックし、返事を待たず押し開いた。
その瞬間、店の奥が青白く光った——カオスシェイドがいる。
少年は黒いパーカーを羽織り、小さな机のようなものの奥で背もたれのない椅子に腰掛けていた。机の上には細長い牙が置かれている。竜の牙だ。
机の下の床には魔法陣が描かれていて、青白い光の出処はそこだった。机が邪魔で魔法陣の文様は判然としない。
カオス少年は真下からの青白い光に当てられ、覆面をしたマガウルたちを無表情に見つめていた。
見つめただけだ。少年はなにも言わず、ただマガウルたちを見つめた。
異様な態度にニョキシーは腰の野太刀に手をかけたが、動かない。動けないというべきか。
フィウ様もそれは同じだ。少年は無表情だったが——その目は昏い殺意を帯びていた。
そんな状況に慣れた殺人鬼だけが夜目を働かせ、状況の悪さを即座に悟った。
(……やべぇ、死ぬかもしれん。たかが強盗にそれはナシじゃろ、少年……!)
4回、暗闇を裂くように少年の体が光った。鑑定されたが——老人とフィウ様は〈常世持ち〉なので鑑定が無効だし、子犬とロボも心配要らない。不思議なことに子犬は鑑定が無効の体質だったし(本人はカヌストンの加護だと言っていた)、アンは、鑑定したフォーコ婦人いわく「未知の物体」だ。
「……3人なのでは」
ようやく少年が口を開き、無言の殺意に気圧されていたニョキシーが自信を取り戻した。
「こちらのフィ……こちらの者は決して勝負に参加しません」
子犬はフィウ様の名前を出しかけて思いとどまり、騎士らしく胸を張ってカオス少年に言い返した。
「それは良かった……それじゃそのひとは殺さないであげる。俺もできれば人殺しにはなりたくないんだ」
店内は暗く、黒のパーカーを身に着けた混沌の影だけが足元で淡く光る魔法陣に照らされ、怪しく闇に浮かんでいる。
「殺す……? ふん、聞き違いか小僧」
ニョキシーは鼻で笑ったが、老人は作戦の失敗を悟ってお嬢様の避難を第一に考えた。今、倉庫の詠唱を始めて良いだろうか? それは挑発になりはせぬか。
ニョキシーが野太刀に手をかけて言った。
「騎士たるわたしに勝てると言うのか」
「騎士ね……それで騎士さん、ルールは覚えてるよね? 3対3のはずだ。こっちもあと2人用意するから、騎士なら正々堂々、仲間が来るのを待ってくれる?」
「仲間? ふん、当然だ! 好きなだけ呼ぶがいい!」
マガウルが止める前にニョキシーは同意し、その瞬間、店が青白い光に包まれた。フィウ様がようやく理解し、小さく息を飲んで周囲を見渡す。
「え、うそ、それはダメです……!」
お嬢様は抗議したが、カオス少年は聞いていなかった。
仕立屋パルテ・スレヴェルの床に2つの巨大な魔法陣が描かれていた。どちらも寝室で見慣れた文様だ。「首吊り」がぶち殺された時に村で目にした魔法陣でもある。
「3対3だよね、騎士様?」
「くどいぞ……それよりこの魔法陣はなんだ? 貴様卑劣にも不意打ちするつもりか!?」
「や、まさか。こっちもルールは守るから、そっちも守ってよってだけ」
店内が魔法陣の光に明るくなり、老人は、カオス少年が前にした机が、鍵盤が二段になったピアノのようなものがあるのを目撃してしまった。
『——お嬢様、避難を!』
『ダメです、みんなを置いて行けません! だってあの魔法陣は……!』
マガウルはツイウス語で怒鳴って詠唱を始め、倉庫を開いてお嬢様を隠そうとした。しかし老人の詠唱が終わらぬうちに、店内にハープのような音が響く。音の出処は店の隅に置かれた黒い箱で、箱の下には魔法があった。老人はそれがスピーカーだとは理解できなかったし、お嬢様もまた不思議そうな顔をした。
「ピアノの音じゃない……?」
店内の誰も、少年が使う楽器がエレクトーンだとは知らなかった。ピアノのように見える楽器はなぜかハープのような弦の音を出し、優しい調べに誘われるように〈歌の極大魔法陣〉が強く輝く。
(ごめんて言えば許してもらえるじゃろうか……!?)
まばゆい光と共に、まずは世界神が降臨した。
「えへへー☆ ついにわたしを頼るとは、感心したぞカオスさん♪ ——ほら、アクシノも呼んでるからおいで☆」
「ワタシは断固、そちらの黒メイドと戦う! 絶対に譲りませんよ!!」
極大魔法陣の中へ呼び出された2人の女神はそれぞれ、存在自体が暴力と言いたくなるほどの圧倒的な気配を放っていて、ようやく状況を理解した子犬が小刻みに震える。
ニョキシーはかすれた声を出した。鎧の中の尾は丸まっているだろう。
「誰ですか、それ……その2人は……こちらの世界の神か」
「安心なさい、子犬♪ おまえはカオスに捕まえさせる約束なので、我々は残りの2人しかボコりません☆ でもでもっ、わたしらが他をボコるまでは動いちゃダメですよ?」
そんな会話の間カオス少年は静かにハープのような音を鳴らしていたが、ふと演奏をやめた。ファレシラがむくれた顔で睨んだが、カオス少年は動じない。
「……じゃあ、2人ともよろしく。『ゲーム音楽』って言われてもわからないだろうけど、今のはその前奏曲。次のも同じ遊びの曲で……まあ、強盗さんたちはボス戦をがんばってくれ」
カオス少年は老人たちに皮肉めいた笑みを浮かべた。
「——ビッグブ●ッヂの死闘ってのを演る」
少年はそう言うなり常軌を逸した速さでピアノのようなものを操った。よく見ると足元にも鍵盤があり、少年は足でも素早く鍵盤を踏んだ。ピアノはなぜかラッパのような音や打楽器の音を出し、人の恐怖や緊張を煽るような激しい音が服屋を満たす。
「——わあ♪ よろしい☆」
歌の女神が笑うと同時にフィウ様の足元から大量の蛇が湧き出し、お嬢様を簀巻きにして拘束した。
執事は彼女を助けたかったが、この世界の女神が、満面の笑顔で老人に襲いかかって来た。
※曲はファイナルなファンタジーのボス戦です。以下はエレクトーンによる見事な演奏。
https://www.youtube.com/watch?v=_IFvSlfSh7Y
応援ありがとうございます!
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