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歪み、哀れみ
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一年八組。
この学校では成績によてクラスが分けられ、八組はその最も下位のクラスだ。
本当ならば某触手先生が地球を破壊すると宣言したクラスのように上位クラスからのイジメが起きたとしてもおかしくはない。だがしかし、この学校ではそのようなことは起きず、むしろ仲がとてもよかった。
先生たちはというと、逆に下位のクラスを嫌い授業をサボることさえあったのだが、その度に最上位クラスである一組の生徒が(自主的に)代理として授業を行っていた。
どこかの高校の放送部がそのことを取り上げ、ドキュメントを作成し、さらにそれが全国で優勝したこともあって学校の評判は(というか生徒の評判は)とても上がった。
もちろん自主的勉強であるので下位のクラスの点数も上がっていき、ほとんどの人が国公立高校に進学できるようになっていた。
僕もこの学校のそんなところが好きだった。
こんな学校に通えていたらどんなに幸せだったかって。
でも……ここは……世界はそんなに甘くはない。
天国だと思われていたこの世界が偽りだったように。ここは天国なんかじゃない。地獄というには生ぬるい……餓鬼道だった。
いや、多くの人にとっては天国なのかもしれない。
壁となってからようやく知った事実。
『一組主席は奴隷を一人連れる』
僕も最初は目を(もう存在しないが)疑った。
宮田孔助。一年一組主席。頭はずば抜けてよく、模試では常にフルスコア。『怪物』の異名を持つ。
もちろん彼にも「奴隷」はいた。
本山真子。顔立ちが極めてよく、スポーツも万能。ただ……残念なことに成績は芳しくなく、八組行きとなった。
放課後、宮田は八組の教室へと足を運ぶ。
「お、宮田これ教えてくれよ」
「だめ。私昨日から待ってたんだから」
宮田が教室に足を踏み入れた途端に勉強を教えてもらおうと生徒たちが群がる。八組に部活動生は少ないので、彼らに時間はたっぷりある。
僕はこれを見て、宮田をいいやつだと思っていた。奴隷の話をまだ知らなかったから。けれど僕は自分の甚だしい勘違いを思い知らされることになる。
「道開けて」
宮田の声で人の群れが割れる。一筋の道が開かれる。モーセが出エジプトで海を割ったのもこんな感じだったのだろうか。
その道の先には本山がいた。
一体何だろう……。
本山が道を渡っていくが、その足取りが重いのは僕にも伝わってきた。
宮田がバックの中をガサガサと漁り何かを取り出した。輪っかのような形をしているそれは首輪のように見える。
どうやらそれは首輪で間違いないらしい。
それは小さな木の板がつけられていて、「マコ」と印してあった。まさか、と思ったが僕の予想は当たってしまう。首輪は本山の首に回され、ロックされた。
何をやってるんだあいつは。
声が出ることはない。
恥ずかしそうにする本山にさらに宮田が言う。
もし僕が人間のままだったら、きっと宮田を殴り飛ばしていただろう。
けれど僕は無力だった。
脱げ、脱げとクラスメイトから裏切られる。
制服のボタンをゆっくりと外していき、脱いで下着姿となる。今にも泣き出しそうな彼女に、さらに無慈悲な言葉が刺される。
「何やってんだ。全部だ」
堪え切れなくなったのか、とうとう本山は泣き崩れる。
泣いてんの?
だっさ
代わりにあんたたちが脱がせてあげたら?
本山の抵抗も虚しく男子たちが手足を押さえ脱がせていく。
こういう時、男子よりも女子のほうが残酷だと思う。
どうやったらより深い傷がつけられるのかを知っているから。
鞄からスマホを取り出し本山の写真を撮ろうとした時。
「待て」
宮田が止めた。
「俺の奴隷だ。勝手に撮るな」
ちぇっ、とスマホをしまう女子たち。
僕は限界を感じ別の場所へと逃げるように視線を移した。
夜。小さな虫の声が聞こえてくる。月が欠けてしまったせいか、いつもより暗い気がする。なーごと黒猫が鳴きグラウンドを横断していく。何だか不吉だと思いながらも今の心を表しているようで少し複雑な気分になる。
はぁ、と出るはずもないため息をつく。
静まり返ったはずの学校に門を開く音が響く。きっと僕のうわさを聞きつけた生徒が肝試しにでも来たに違いない。今日の僕は機嫌が悪いんだ、覚悟しておけと教師に非ざる(実際もう教師じゃないが)言動。
懐中電灯の光と足音が校舎に近づいてくる。四人。声からして女子のようだ。
「ねぇ本当に行くの?」
「美希が言い出したんでしょ?」
「いや、でも……」
この類の人たちは嚇かしやすい。不意を衝いて行動を起こせばすぐに逃げて行ってしまうはずだ。どうしようかといろいろ考えているうちに彼女たちは校舎の中へと侵入した。
あれ……この子達、1-8の……。
今日の夕方、男子を煽っていた生徒たち。
ただ、懐中電灯を持ってる子は……?あまり見覚えがない。
まぁそんなことを考えるうちに帰られてはたまらないので怖がらせることに集中することにする。
まず手始めに入り口のドアを揺らす(ドアにも移動できることはつい最近知った)。
「な、なに⁉」
「きっと風よ」
三人が戸惑う中、懐中電灯を持った少女だけが飄々としている。
むむむ……。
廊下を歩く四人の前の壁を揺らしポスターが落ちる。
「ねぇ!絶対ヤバいって!」
「大丈夫。ポスターが落ちただけじゃない」
いくら煽ったところであの少女が鎮火してしまう。僕の苛々はさらに増していく。こうなったら……。校舎の壁全体を大きく揺らす。
思った通り三人は金切り声を上げて逃げ帰っていった。残りは一人。
彼女の様子を窺っていると、先ほどより歩速を上げて歩いている。今のが少し効いたのか?……いや、怖がっているというより……何か目的を見つけたような歩き方をしている。その視線の先にはあの教室。僕がこんな姿になってしまった元凶……元凶と言ったら他人に罪を擦り付けるようだが実際は僕が悪い。まぁそんなことはこの際どうだっていい。何故彼女がそこに向かっているか、それが大事だ。忘れ物?いや、多分この子も1‐8のはず。クラスはおろか学年も違う。じゃあ一体何をしに?
そうこうしている間に彼女はだんだんと近づき、終に教室へと入ってしまった。待てよ……これはチャンスなんじゃないのか?このままここにいてくれるというなら好都合。扉を閉めてここに閉じ込めて怖がらせてしまおう。さすがにそれは応えるだろう。
扉を固く閉じる。一瞬身を強張らせたが、すぐに体の力は抜けた。一筋縄ではいかないことはもう学習した。さぁ、どうしようか……。
だがそんな僕の思考も、彼女の発言で停止してしまった。
「あなた……幽霊じゃない」
なっ!どういうことだ?
「幽霊なら私には視えるはずです。何も視えないってことはこれは死者の仕業じゃない。誰ですか?まぁどうせ先生が生徒を怖がらせようとしてるだけなんでしょうけど……」
何を言ってるんだ
呆れた僕の声は誰にも聞こえない。聞こえないはずなんだ。
「何を言ってるんだって……。どうせ怖がる生徒を見て楽しんでるだけでしょう、趣味が悪い」
……え
「……え?」
え
「え?」
えぇぇぇっ
「えぇぇぇっ⁉」
なんで聞こえるの
どうして
「どうしてって……こっちが聞きたいですよ‼なんか聞こえ方が霊たちと似てるなぁ……っては思ってましたけど何なんですか⁉まさか新型幽霊ですか⁉」
そんな新型ウイルスみたいに……
君ほんとに視える人なの
「視えるんです」
本当に
「えぇ」
そんな非科学的な
「でも事実です」
でも僕は視えてないよね
「隠れてるんですか」
違う
「でもじゃあどうして……」
知りたい
「まぁ……興味あります」
教えてあげようか
「……お願いします」
よろしい
もちろん僕の状況を説明するとしたら、こうなるだろう。
僕は『壁』になっただけだからさ
「……はぁ」
はぁとはなんだはぁとは
「いや……あの、え?どういう……」
そのまんまの意味さ
別に偽ったりなどしていない。
つまりはまだ生きている……たぶん
「……ちょっとよくわかんないです」
まったく……。仕方がないので最初から全てを説明する。僕が10年前までこの学校の教師だったこと。実験中に壁と同化してしまったために恋人と離れてしまったこと。
「……馬鹿じゃない?」
彼女がこの話を聞いた後に一番最初に発した言葉だ。非常に失礼な気がするが、とりあえず理解はしてくれたらしい。
でもどうして君には聞こえるんだろう
「視えるついでに聞こえるんじゃないですか?」
なんとも適当な仮説を立てられる。
そうだ。この子に聞けば何か少しでも摑めるかもしれないと思い、この学校について聞いてみる。
もちろん、あの『奴隷制』のことに重きを置いて。
1組首席は8組に勉強を教える代わりに奴隷を一人指名する。指名された者は一年間『奴隷(というかもはやペット)』として扱われることになる。もちろん拒否権などあるはずもなく、弱者は強者に従うほかない。
この制度はかなり昔から脈々と受け継がれているらしく、先生たちは一切知ることはないが生徒たちはこの制度についてのマニュアルを持っているらしい。
僕はそのマニュアルを彼女に見せてもらった。
~1組首席の奴隷所持に関する規定~
一、全学年1組首席は最下位組から生徒を一人指名し、奴隷として所持することができる。
二㈠奴隷として指名された者は主に従順に従わなければならない。
㈡奴隷が主に歯向かった場合、その処分についての全てをその主に任す
㈢奴隷でなくとも奴隷とその主の関係を裂こうとする者についても同様 にその主に処分の全てを任す
三㈠主は奴隷に最低限の生命活動は保証しなければならない。
㈡主の奴隷の扱いが規定に反していないか監視のために『隷庁』を設置
する。
㈢『隷庁』に所属するには生徒会に申し出、次の規定を満たしていなけ ればならない。
・奴隷、主の両者とも親しくないこと
・2組から7組までの生徒であること。
・活動の詳細について一切他言しないこと。
・一度入庁すれば辞められないことを理解していること
五、この制度に於いて何らかの異常が発生し、隷庁すら機能しなくなった 場合にのみ生徒会役員が介入する。
六、この規定が我校の生徒以外の目に触れる危機に陥った時、これを速や かに抹消しなければならない
そして最後には生徒会の印鑑が押されている。
まさか……そんなことになっているなんて思いもしなかった。
僕たちが知らない裏の世界でこんなことになっていたなんて……
「外から見えるものが全てじゃないってことです。完全に腐ってしまってますよ、この学校」
あぁ、腐ってるな……
はぁ、と大きくため息をついて。
「……それじゃそろそろ帰ります。扉開けてもらってもいいですか?」
あぁ、そういえばずっと閉めたままだった。慌てて扉を開ける。
……あれ?そういえばもう力入れてないから普通に開くと思うんだけどな……。
自動ドアとして利用されているなんて、考えてすらいなかった。
「それじゃまた」
結局彼女はそのまま帰っていく。
後には少しの寂しさが波紋を描いていた。
次の日確認してみたところ、彼女はやっぱり1‐8の生徒だった。昨日のことなんてなかったみたいに普段通りの生活。いや待てよ、本当になかったのかもしれない。あれは夢だったんだ。そうだ、でないとやっぱりおかしい。あの子、よく上を見上げてぼーっとしてるから(微妙に焦点が合ってない)なんだか変なもの視てる人として頭の中で創り上げられたんだ。それなら説明がつく、納得がいく。だって他の三人すら「きもだめし」の「き」も言わない。普通あんなことがあったら誰かに話すだろう。きっと疲れてるだけだろう。
その思考に陥った瞬間。僕は己の間違いに気が付いた。そういえば僕は「疲れ」を感じないし睡眠だってとらないから夢を見るはずがない。
僕は(物理的に)ない頭をフル回転させ結論を出そうとする。しかし「無い」というものを証明することはとても難しい。「有る」ならば彼女が僕に話しかければ証明される。しかし話しかけないからと言って「無い」わけではない。昨日のことは本当はあったがただ話しかけないだけの可能性があるのだ。彼女の意向をしどろもどろになりながら探るのは初恋をした男子を思い起こさせた。
そんなことをしているうちにも授業は刻々と進んでいき、また放課後はやってくる。
「ねぇ桜」
「何?」
そういえば、彼女の名前をまだ知らなかった。どうやら霧野桜というらしい。
「この学校のウワサ知ってる?」
「あの幽霊がどうたら……って?」
「まぁそんなとこなんだけど……。その幽霊、この学校の先生って話だよ」
サァァァ……と血の気が引いていき、カァァァ……と顔が熱くなるという矛盾した現象が起こる。
それ絶対僕のことだよね。
「その先生って死んだの?」
「ずっと行方不明らしいよ。けど……死んだんじゃない?かなり経ってるし、幽霊が出るくらいだし。ただ一つ奇妙なのが……」
「奇妙?」
「当時の先生の話だと、壁に消えていったとか……」
完全に僕のことだ!疑問は確信へと変わる。
もし僕に人間の体があれば心音がバスドラムのように響いているだろう。だが……これはチャンスだ。もしもあれが現実のことであったのなら昨日彼女にこの話はしているので既に知っているような素振りを見せるはずだ。
少しの不安と期待を持って待っていると。
「馬鹿じゃないの」
と、どっちともつかない反応で一蹴されてしまった。
どういう意味を孕んでいるのだろうと頭を悩ませているところに教室の扉が開かれる。宮田のお出ましだ。
その手には既に例のものが握られている。
本山は抵抗を諦めたのか、言われるがまま・されるがままだ。
生徒たちが皆宮田の下に集まる中、霧野だけが黙々と帰る準備を進める。
リュックを背負い、本山の隣を通過する時。本山は霧野を見上げた。この状況でこの例えをするのはどうかと思うが、捨てられた子犬が通行人を見るような、悲しい目だった。
だが霧野は。
「ださ」と一瞥して教室を出て行ってしまった。
土を噛んでしまったような苦さが心の内を侵食していく。「ださ」の二文字がガムのようにこびりついて離れなかった。
その日の夜も(「も」と言っていいのかは分からなかったが)霧野は学校へやってきた。
もちろん校舎に入れるつもりはない。僕が扱えるのは校舎だけなので門は仕方がない。だが下足箱の扉は固く閉ざしてしまう。
案の定中に入ろうとした霧野は扉が開かないことに当惑してしまう。
しばらくガタガタと扉を動かし、鍵がかかっていないかを確認した後大きなため息をつく。
「なんで閉めるんですか、先生」
今ので昨日あったことが現実だったということがほとんど実証されたのだが、そんなことを考える余裕があるはずもない。
失望したよ
君もそっち側の人間だったなんて
「一体何の話ですか」
何のって……君が人を蹴落とすような人間だってことだよ
「先生の言ってることがよく分からないんですけど」
しらばっくれるんじゃない
君は本山にださいと言っていただろ
僕はずっと見ていたんだ
「……ん?……あ、あぁそういうことですか。先生、それ勘違いかもしれません。ちょっと話がしたいのでとりあえず入れてください」
勘違いも何も……と思いながらも話を聞こうと扉を開ける。そういう所はまだ教師でいるらしいということに少しだけ安堵する。心のうちまでは固まっていなかった。
「先生が埋まったのって……この部屋なんですよね」
教室の椅子に腰かけた霧野が言う。
そうだけど
そういえば霧野はあの時もこの部屋も当てていた。よく考えれば少しおかしい。もしも僕が霊か何かとして、この学校に住み着いているとかだったら彼女は霊的なものを感じたのではないかという仮説が立てられる(もともと僕はそういった非科学的なものは一切信じる派ではなかったがこんな体になってしまってからは少しだけ信じるようになった)が残念なことに僕は死んでない。
気になって仕方がないので直接聞いてみたところ、「勘」だそうだ。
そんなことより、と霧野が話を持ち掛ける。
「単刀直入に言います。先生、私に協力してください」
……はい
「協力してくださいと言ってるんです」
まてまて待て
僕に何を協力しろと
「この学校を……壊します」
何を言ってるんだ
そんなことをしたら罪に問われるぞ公共物破壊とかそんなので
それに壊してしまったら僕は一体どうなるんだ
そんなこと絶対に許さない
「ここ私立だから公共物かは分かりませんが……とりあえず物理的な問題ではないです。私が壊したいのはこの学校に根を張る大樹です」
え?……え、君は向こう側の人間なんじゃ……
「だから勘違いですって」
でも「ださ」って……
「もしかしてあれ、真子に言ったと思ってます?違いますよ。私はただ強者に尾を振るだけの犬を嫌悪して言ったんです」
そ、そうだったんだ……
なんか……ごめんなさい
「別に。まぁあの状況からはそう勘違いされても仕方ないですし、そもそもそう勘違いされるようにしてますし」
勘違いされるように?
「敵を討つならまずその懐に入らなきゃいけない。油断させるんです。仲間だと思わせて」
なるほど
でもどうして君がそんな危険なことを
「真子は……私の大切な友達なんです。本当は私、この制度のことは見て見ぬふりをしようと思ってたんです。結局あの子犬たちと一緒。点取れない奴が悪いって自分に言い聞かせて。もし自分が選ばれても、そうやって諦めてたと思います。でも……真子は駄目なんです。真子はいつも私を救ってくれた。こんなのは自分勝手だって……わがままだってわかってるんです。でも……大切な友達だから。どうしても救けたいんです。たとえ誰からも認められないものだとしても」
そう決意を語るその眼には小さく微かな、それでも熱く揺るぎなき炎が宿っている。
ただ友を救いたい。その一心で動く一人の少女。彼女を止める理由がどこにあるだろうか。
しかしまがら彼女一人では力が足りない。
少女に対し、学校という名の魔王はあまりにも大きすぎる。なんせ敵数は四桁。まさにリヴァイアサンだ。
だが僕の心配も霧野は笑う。
「先生、下克上……って知ってます?」
……馬鹿にしてるのか
「いえ、そんなことは。じゃあ下克上をする上で大切なことって何だと思いますか」
圧倒的な力
「まぁ確かに力も必要ですけど……最も必要なのは、長の首を確実に取ることです」
長の首……
言葉にするとすごく簡単に聞こえるが、実際はそう甘くないことは霧野も分かっているはずだ。
特に……言っちゃ悪いが8組と1組の差だ。相手側が何枚も上手な可能性が高い
「先生、心配しすぎです」
おっと、考えていただけのつもりが霧野にも伝わってしまっていたらしい。
「勉強ができないのとRPGができないのは違います。その逆もまた然りです。幸いこの学校には多いですし、大丈夫でしょう」
RPG……
「ただの比喩です。気にしないでください」
あとこのまま流しそうになったけど「多い」って……
「この学校、霊が多いみたいです。まぁさすが私立というかそういったことは全部お金でもみ消しちゃうから表沙汰にならないみたいで。ちゃんとした調査も入らないからカーストについて先生達は何にも知らない」
へ、へぇ……あんまり知りたくなかったな、その情報……
もう夜中に一人でトイレに行けない……
「どうせもうトイレに行く必要ないでしょう」
そうでした
「それで……確かに私一人は弱いです。勝てるはずがありません。だから協力が必要なんです。先生と……この子たちの」
霊との共同作業かぁ……。もうこうなったら霊とだって何だってやってやる!
わかった
「そうこなくっちゃ!じゃあとりあえずメンバー紹介から。まずこの子はみほりん。つい最近亡くなったばっかりで……」
ストップストップ
説明されたってよくわかんない
僕には視えないし……
「あ、そっか」
そう言うと霧野はポケットの中から何か数珠のようなものを取り出した。
何をするつもり
「まぁ見てれば分かります」
取り出した数珠を持ち、目を閉じる。
「現世を迷いし純なる魂よ、その身をもって此処に顕現せよ……」
強い光が部屋を満たす。
そこに現れたのは三人の高校生らしき子供。
これって……
「えぇ。霊を可視化したものです。この方がやりやすいでしょう?」
ははハ……。どこまでオカルト染みていくんだろ……。
「それでは改めて自己紹介お願いします」
三人に自己紹介をするよう促す。
「えっと……みほりんです。つい最近病死しました。私はモノを動かすことと声を出すことができます」
えっと……本名は
「本名は?だって」
「えっと……私達、もう名前は使わないんです。だから、通称というか……お互いあだ名で呼ぶんです。先生のことは桜から聞いていますが……『壁先生』でいいですか?」
そのまんま……
「あはは。そのまんまだって」
「嫌でした?」
いや、嫌じゃないよ
「大丈夫みたい」
僕は『壁先生』となったらしい。
なんだかやりにくいな……。本当は直接話ができればいいんだけど、それは無理みたいだからしょうがないか……。
あれそういえば幽霊ってみんなモノ動かしたりできるんじゃないの?
「あぁ、それは。えっと……幽霊にも種類があって、それぞれ違う能力を持ってるんです。ほら、心霊スポットってそれぞれ違うことが起きるじゃないですか。モノが浮いたり、写真に何か映り込んだり、足音が聞こえるだけだったり……。そういった能力を私たちは『死後個性(パーソナリティ)』と呼んでいるんですが、人それぞれなんです」
へぇ……
そういうことだったんだ
確かに一緒に起こる事案はなかなかないな
以前はこんなことを言われても信じなかっただろう。人間の適応力に何度も驚かされる。
「さぁ自己紹介再開!ミラくん!」
「えー……ミラっす。『死後個性(パーソナリティ)』は電気操るのと気温低下させます。以上」
「先生、この子人見知りで……。えっと、悪い子じゃありませんから」
あ、あぁ
何か……この子たちが出てからすごくイキイキしてないか
「……気のせいです」
そうか
本人がそう言うならそうなのだろう。とりあえずそれ以上は触れないようにする。
「じゃあ最後はタマ」
「タマです。三年前に死にました。自死です。『死後個性(パーソナリティ)』は人に乗り移れます」
自殺か……
やっぱり『奴隷制』のせいか……
「いや、えっと自殺じゃなくてですね……」
「自死です」
え、だから自殺じゃないの
「それが……自殺じゃなくて……」
「自死です」
どうやら自殺という言葉を使いたくないらしい。遺族とかにそういう人がいるってことは聞いたことはあるけど……。本人のそんな感じだったりするんだ。
なんだかとても個性的なメンバーが集まってるな……。
でも、危なくないか
もし生徒たちに何かあったら……
そのことを心配してしまう。
なんかホラーものとかでよく人が呪い殺されるとかあるし。行方は誰も知らない、的なことにもなりかねないし……あれ?あれは人と人だったっけ。
「大丈夫だとは思います。基本幽霊は直接人間を攻撃する手段を持ち合わせてはいませんから」
でもほら、『死後個性(パーソナリティ)』だっけ
それでは
「たまにいますね。まぁそういう霊たちが人を殺めたりしないよう、私達陰陽師がいるんです。そうですね……一番すごかったのは臓器を破壊する『死後個性(パーソナリティ)』です。あれは正直きつかった……」
何か今さらりと恐ろしいこと言ったような気がするけど……。うん、聞かなかったことにしよう。
「大丈夫です。何かあった場合には私が何とかします」
そう自信満々に言われてしまってはもう信じるしかないじゃないか。
「よし、それじゃあ始めましょうか」
一人の少女を媒体として見えないもの同士の作戦会議が始まった。
翌朝、クラスメイト達が登校し、おはようという声があちこちから聞こえてくる。その中には本山の姿がある。そうだ、これだ。普段の生徒たちはとても仲が良く見えるだめ、先生達はカーストを見逃してしまうんだ。そしてこうした雰囲気は被害者の心をより深く抉る。
「真子、おはよー」
「おはよー」
とりあえずコンタクト成功。その場からさりげなく本山を連れ出す。
「どこに連れ出すべきだと思います?」
誰にも見られない場所がいいかな
ほら、体育館の裏とか
「告白のド定番じゃないですか」
え、駄目
「駄目っていうか……」
「ねぇ桜。私達にもわかるように話して」
「あぁ、ごめんごめん。先生たちは体育館に裏はどうかって言ってる」
「あー、確かに告白スポットだね。普通にトイレとかじゃダメなの?」
「トイレは他の人が来るからなぁ……」
「パソコン室」
「パソコン室か、いいね」
あの部屋、確か朝は閉まってたはずだけど
「そっ閉まってますねあそこ。事務の先生来るの遅いからなぁ……」
「学校の外は」
「外は誰が見てるかわからないからねぇ……」
う~ん、と限界まで頭を悩ませる。
あ、そういえば
よくよく考えたら僕はこの話の根本を理解していなかった。
彼女を連れ出してどうするの
「渡さなきゃいけないものがあるんです」
渡さなきゃいけないもの
「これです」
そういって取り出したのは、ただの紙切れのようにしか見えない。
それは……?
「霊符です。これがあれば万が一の場合に彼女を守ることができます」
いつの間にか三人がそろって距離をとっている。効果は申し分ないようだ。
「ねぇ真子」
結局体育館裏という僕の案が採用されることとなった。みんないろいろ文句言ってたくせに。
「……何?」
「これ」
その手に霊符を握らせる。
「……え、ほんとに何?」
僕の第一印象と同じことを思ったんだろう(というかそれが普通の反応だと思う)、訝しげな視線を送る。
「今日一日、これだけは絶対持ってて。手放しちゃだめ」
ただそれだけを伝え、足早に教室へと戻る。
「……私が何したっての……?」
少女の悲痛な悩みはくしゃくしゃになった紙切れ以外に知る由もなかった。
その後、普段通りに振る舞い周囲に悟られないようにする。次に行動を起こすべきは放課後だ。
「夜中、宮田君をここに連れ込む」
連れ込む……って
「昼間だと恐怖心が足りない。夜の学校に連れ込んで……脅す」
脅すって……どうやって
それにここにどうやって宮田を呼ぶんだ
「それはみんなの力を借りるの。彼の恐怖心を煽って、二度と真子に近づかないようにする」
「俺たちは」
「みんなにも頑張ってもらうよ。あ、でもタマは……真子は霊符持ってるし、宮田君に取り憑いても意味ないし……」
「いいよ。興味ないし」
「ごめんね」
いやいや
脅すどうこうの前にまず連れ出す方法を考えなきゃいけないんじゃないか
「それは簡単ですよ」
もう考えてるのか
「ええ。彼のプライドの高さを利用してやるんです」
プライドを……利用……
「宮田君」
予想通り、今日も宮田は教室へとやってきた。
「珍しいね、霧野さん。どうしたの」
「宮田君ってこの学校のウワサ知ってる?」
「ウワサって?」
「幽霊が出る……って話」
まぁ、本当は幽霊じゃないんだけどな、僕。……あ、でもそっか。
とりあえず幽霊もたくさんいるみたいだからあながち間違ってもないのか。
「そんなのいるわけないじゃないか。だって幽霊現象のほとんどはもうすでに証明されてる。人の中には赤外線の波長を感知できる人がいて、その人が凝縮された赤外線を見たときに人の形だと思うことで起きるんだよ。そう考えれば病院とか、機械が多いところでその現象が多くみられることや、機械類の不調も説明できる」
さすがは首席。知識の量が半端じゃないな。以前の僕と同じことを考えてる。でも……いるみたいだよ、実際は。
「じゃあ信じない人なんだね、よかったぁ。この間底の三人と肝試ししたんだけど、みんな途中で逃げ出しちゃったからあんまり中を探れなかったんだよね。そのウワサの原因を摑もうかと思ってたんだけど……。今日一緒に行かない?」
猫が人を見極めるように優しく、しかし距離をとって対する。
嘘つき、と僕は心の中で口を尖らせる。
余裕でポンポン行ってたじゃないか。
「……何でそんなめんどくさいこと」
眉間に皺が寄る。どうやら感情が表に出やすいタイプらしい。
「怖いの?」
「別に怖いわけじゃ……」
「そっか、結局は首席も人間だもんね」
宮田の苛々が手に取るように分かる。何か……言っちゃ悪いが苛々のゲージが目に見えるようで面白い。
プライドでがちがちの男のようなので、このように人前で煽るのは最も効果が高い方法である。ちなみに霧野にこの案を授けたのは僕だったりする。決して自慢しているわけではない。ただ事実を述べただけだ。ただ事実を。
「わかった。行ってやるよ。ついでにその幽霊とやらの正体を暴く。それでどうだい、霧野さん」
上手く釣れた。まぁここまで言われたらもう来るしかないだろう。
「もちろんそれも連れてきていいから」
と霧野が付け加えた。
これで昼間にできることはもう全てしてしまった。あとは夜、僕が頑張らなきゃいけない。無意識に力が籠る(この時壁を揺らしてしまって数人が驚いたことは言うまでもない)。
窓から入り込む強い西日が、遠くから響く夏の足音を映していた。
「来たよ。早く行こう」
……来たか。何せこんなことをするのは初めてなので緊張が溢れ、汗が止まらない。
……あ、もう汗は出ないか。
ともかく、この学校は今この瞬間から戦場と化する。
僕たちが正義だとは言わない。諸悪への反旗軍。もう後に退くことはできない。
霧野、宮田、本山の三人が揃ったところでスタートを切る。
真夜中の静けさが生ぬるい息を吐く。
三人はゆっくりと入り口から校舎へ侵入していく。毎度思うのだが私立にしては警備がものすごく甘い気がする。まぁそのお陰でこんなことができるわけだが。
「……ちゃんと来たんだね」
「当たり前だろ。約束は守る」
長い廊下に足音と声が響く。
僕らの作戦開始はもう目の前。聞いた限りでは完璧な作戦だ。上手くいけばこの学校の一年生のカーストは崩れることになる。皆救われる。でも、もし一歩でも踏み外せば……。
ふるふると(存在しない)頭を振って嫌な思考を吹き飛ばす。大丈夫、絶対に上手くいく。そう自分に暗示をかけて。
今日は風もなく気味が悪いほどに音がない。
「やっぱり何も起きないじゃないか」
……ん?これはなんだかマズいんじゃないか?このままだと中途半端なところで引き返しかねない。こういう場合だと、僕も少しは何かした方がいいんじゃないか?
とりあえずカタカタと窓を揺らしてみた。
宮田の体に力が入ったのが分かる。
「……っびっくりした。何だよ、風か」
これで少しは恐怖心を揺すれただろうか。
ふと霧野を見ると、今にも射止めんとするような殺気を放っている。それも宮田に対してではない。僕にだ。たぶん余計なことはするなという意思表示なのだろう。すいません調子に乗りました。
そういえばと本山に目線を移す。
別に霧野が怖かったわけではない。……たぶん。
本山の表情は何も読み取ることができないくらいに凍てついている。というより……なんだか生気がない。……死んでないよね?
っておっと、もう僕の番が回ってくるじゃないか。
例の教室の扉前に誘導された宮田はその足を止める。
だがしかしいつまでたってもそれが開く気配はない。
何かをしばし考えた後、どう結論付けたのか。
「お前が先に入れ」と本山に開けさせる。
自分でやればいいのに……。
本山、続いて宮田が教室に入る。
今だ
僕は扉を閉め、固く閉ざしてしまう。
「え⁉ねぇどうしたの⁉開けて!」
扉を叩きながら霧野が叫ぶ。すごい演技力だ。正直大根だったらどうしようと思っていたのだが、特に問題はなさそうだ。
「あれっ⁉おい、開かない‼」
宮田は必死になって開けようとするのだが、扉自身が閉めているのだから開くはずがない。必死の形相に思わず笑いそうになってしまう。
新月ともあり暗い校舎はさらにその闇を増していく。
その暗さに耐えきれなくなったのか宮田は扉の横にあるスイッチを押し電気をすべて点灯させる。こやつ、口だけで本当は怖がりだったのか……。理屈を知っていようが心の内までは変えられないようだ。
だがそのスイッチの数度激しく点灯した後に消え、その後何度スイッチを押しても反応することはなくなった。
「まじで……まじかおい‼」
どこからか低いうめき声が聞こえてくる。部屋の温度が低下する。宮田の手が小さく震え始めたのは寒さからか、はたまた恐怖からか。恐らくは前者だろう。
おや、なんだかぼんやりとした光が見える。その光はだんだんと女の形をとり……あれ?うちの制服?それに……どこかで……どこかで見たような……。
「……か……」
小さな声で何かを呟いている。
「え?」と霧野が声を漏らす。そういえばこんなの作戦の内にはなかったような……。
「お前か……殺したのは……」
「な、何言ってんだよ……」
宮田の歯はガチガチと音を鳴らして噛み合うことはない。
「おまえが……殺した……」
「何だよ……お前なんて知らない……知らない……っ!」
待ってやばいこういうの僕すごく苦手なんだけど。ホラーとか一回も見たことないんだけど。え、どうしよう。
だが僕の気なんてお構いなしにストーリーは進んでいく。
「殺した……私を……殺した……」
まさか、と霧野が呟く。
「だめ……だめ。あなたは消したくない」
消す?どういうことだろうか。
「違う、俺じゃない‼人違いだ俺は違う‼」
何度も否定する宮田。
すると女はまた光へと戻る。
ただその光は先ほどのような白く輝くものではなく黒く粘着質な光を放っていた。
その光の玉はしばらく教室を飛び回り、本山の上に留まるとそのまま消えた。……いや、消えたというよりも吸い込まれていったような……。
「うそ……何で……?」
驚きを隠せない霧野。いったい何が起きているというのだろう。
本山はというと。ふらっと揺れたかと思うと宮田のほうを油の足りない機械のようにぎこちなく振り向く。そして一歩、一歩、ゆっくりと近づいていく。
「な、何だよ……」
宮田は後ろに下がろうとしたがすでに腰が抜けてしまているらしくその場にへたり込む。
それと同時に本山はいつもの彼女からは想像のできないような身のこなしで宮田の襟元を摑む。
「おまっ……!何すんだ……!」
「殺す……私は……殺された……。だから……、殺す……」
「は?何言って……」
「だめ、だめよタマ‼あなたを消したくはないの‼」
タマ……⁉まさかあの光、タマだったのか⁉……そうだ、あの光の女は誰かに似ていると思ったが……そうか、タマだったのか。
これは……何と言うか……マズいんじゃないか?
どうすべきかとあたふたしていると霧野が「開けて!」と叫んだ。もちろん拒否する理由があるはずもなく、すぐに扉を開こうとする。しかしなぜかその扉はびくともしない。
「何やってるの、早く‼」
いや、開かないんだ
「え、まさか……」
霧野の顔がさらに青白くなる。
「みほりん⁉」
「ここに……いるけど……」
いつの間にか霧野の裏に回っているみほりんが答える。
「あなたじゃないの⁉」
「私は……なにも……」
「じゃあ……」
こくりとみほりんが頷く。
待て、何が起きてるんだ
「タマが……悪霊化した」
悪霊化?
「悪霊化した魂は……その『死後個性(パーソナリティ)』に関係なく力を発揮できるの……。それもすごく強力な。だから私は……彼女を消さなくちゃいけないの」
消すって……
「彼女の存在をこの世から抹消する。これ以上被害が拡大しないように」
救けることはできないのか
「残念ながら……。一度悪霊化した魂はもう二度と清く戻ることはないの。だから、それを抹消するのが私たち陰陽師の役目」
でも……
「でもじゃない‼みほりん、先生。二人で力合わせて開けて!」
「……うん。わかった」
扉にだんだんと力が掛かっていくのが分かる。
……いいんだな
「……それが仕事だから」
……わかった
もうそれ以上聞くようなことはしない。それがお前が出した結論なら。
僕も力を掛けていくが扉は動く気配を見せない。
頭をフル回転させて打開策を練る。どうする、どうやって開く⁉ガラスを割って窓から侵入するか⁉……いや、そうしたら二次被害の可能性がある。ここからしか無理だ、どうする⁉考えろ、考えろ……考えろ!
ふと目に入った傘立てを見る。
……それだ
霧野、傘を使うんだ
「傘?」
先端部をどうにかしてねじ込め
そしたらてこの原理で開くんだ
「……了解」
一本じゃ無理だ
二、三本くらい使え
ぶにぶにとした部分(たぶん防音用なのだろう)を利用して何とかねじ込む。
せーのの合図で力を合わせる。
もう少し力を入れて
せーの
ほんの少しだけ扉が開いた気がする。
せーの
片足が入るくらいの隙間が開いた。
すかさず霧野が足を挟んで閉まらないように固定する。
傘は曲がってしまったがそれは置き傘をしてたやつが悪いと正当化してしまう。
そのまま体を滑らせ中への侵入は成功した。
「その人を殺してはだめ!」
宮田の首を絞め続ける本山……いや、タマに言い放つ。
「邪魔……するな……」
「その人はあなたを殺してなんかいない。殺すべきでない人間よ」
だが絞める力はより一層増していく。
「私は……殺された…学校ニ……殺さレタ……私を殺シタ……同ジ……許さナイ……」
タマの悲痛な叫びももはや機械音のように単調で心に響かない。
「だからってだめ……!殺しちゃ……!死んでもまだ人を殺すつもりなの⁉」
「違う……殺シたノハ……あいツラ……」
「いいえ,あなたは自ら命を絶ったの。自分自身を殺したの!」
「違う……私ジャナイ……私ハ……何モ……悪クナイ‼」
霊の気というものだろうか,真っ黒な風がこの教室を満たしていく。
「そう……あなたはそれを選んだのね……」
右手に持つ数珠に力を籠める。
「汚らわしき魂よ,現世の情をすてた邪魂よ。その身を我が光で浄化し永遠の時の下静まり給え……」
霧野が何やら唱えると本山(に取り憑いているタマ)が苦しみだす。
「どウ……シテ……?あなタも……ウランデイル……はズ……?」
「でも……だからって同じ過ちを繰り返しちゃ駄目なの」
霧野は再び何かを唱えだす。
「ワタシハ……ワタシハ……」
その言葉からはもはや一片の熱も感じられない。
「ワタシハマダ……シナナイ……!」
「滅‼」
霧野の叫びとともにタマの気が消えた。本山は気を失ってその場に倒れこむ。
消え……たのか……?
こんなにあっさり……。
「……っぼっ!げほっげほっ……!」
首元が自由になった宮田がせき込む。どうやら生きていたようだ。とりあえず安心した。
「何……だよ……。俺が……何したってんだよ……!」
宮田は自分が被害に遭ったことにどうも納得がいかないようだ。なんとも図々しい奴だ。
「さっきのは『奴隷制』で自殺に追い込まれた女の子の霊。ずっと恨みを持ったままこの学校に居続けていたの」
その声には膨れ上がるほどの大きな悲しみが押し込まれていた。
だが。
「……はっ。霊ね……。お前らあれだろ……どうせグルなんだろ⁉この制度が気に入らねぇから俺をビビらせて止めさせようってんだろ⁉霊なんているはずがねえんだよ‼ってかお前ら何か間違ってねぇか⁉奴隷制を否定する奴は即処分だぞ分かってんのか⁉『奴隷』に堕ちるのはお前が弱いからだよ!弱肉強食って世界だここはお前みたいな弱い奴が来るとこじゃねえんだよ‼自業自得なんだ自業自得‼勝手に人に責任転嫁してんじゃねえよ‼」
人が変わったようにヒステリックに叫ぶ宮田。きっとこれが本性なのだろう。だがその言葉からは怒りというより,むしろ恐怖の色が濃く見られる。
それに対し霧野はそう,とだけ答えて本山を抱え背を向ける。そのまま扉を開けて出ていこうとしたがふと後ろを振り返る。
「そういえば……悪霊でない霊たちには基本的に人間を直接攻撃する手段はないんだけど……。精神干渉なら誰でもできるから,気を付けてね」
一瞬,この教室のいたる所から光る視線を感じたような気がする。
僕は何となく視線を別の部屋へと移す。
誰もいなくなった教室から,断末魔の声が聞こえたような気がした。
本山を担いでいた霧野だが,さすがに彼女の家までは辛いらしく別の教室でしばらく寝かせることにした(この時だ,僕が叫び声を聞いたのは)。
彼女曰く,目が覚めるのにそんなにはかからなおだろうということだった。
取り憑くという状態はもともと本人の意識があるところに霊が入り込み圧迫されているらしい。その押し込まれた意識が元の形に戻ればすぐに目を覚ますという。
そして霧野の言ったとおり眠り姫はすぐに目を覚ました。
「……あれ……」
「よかった,気が付いたみたいね……」
鉛のような沈黙が両者の間をどろどろと行き来する。僕は教師らしく二人の生徒の行く末を見守ることにした。
「何余計なことしてるの……」
その沈黙を破り言葉を発したのは本山だった。
「……どうしてアレを持っていなかったの。あなたならあれが何かわかってるはずなのに」
「ええ……。わかるわよ。もう完全に見捨てられたかと思ったわよ!」
「真子……」
「そんな気やすく私の名前を呼ばないで!どうせあなただって私を見下してたくせに!そうでなくても今まで救けようとはしてくれなかった!結局はあなたも他の人たちと一緒だった!私はずっと……ずっと一人で苦しんでいたのに‼」
「それは,まだ準備が……」
「準備⁉何の⁉私なんて準備も何もできないままずっとこのままだったのに⁉」
「それは……」
普段の彼女からは想像もできないような声でただひたすら叫び続ける。
一緒に話を聞いてやりたい。何か声を掛けてやりたい。しかしただの壁である僕にはそんなことも許されない。無力な僕はただここに立っておくことしかできない。
「言い訳ばっかりしないで!あの霊符を渡された時、私どれだけ辛かったと思う⁉裏切られた子から急にあんなの渡されて、魔除けだなんて誰が思う⁉どうせ変なの集めて苦しめるつもりだろうなって‼どうせ本当は私のことなんて友達とも思ってないんでしょう⁉そうでしょう⁉」
「違う‼」
今まで弱々しくしか反論していなかった霧野が堰を切ったように叫びだす。
「ずっと救けたいって……そう思ってた!真子は私にとってとても大切な友達だからでも‼ええそうよ意気地なしの私はずっと怖気づいていた!正面からかちこむ勇気なんて微塵もなかった‼でも……でもだからこそ!私はずっと準備を淡々と進めて時を待っていた!失敗すればあなたがもっとひどい目に遭うことは目に見えていたから‼だから‼何度も何度もシミレーションを重ねて確実に成功するように計画を立てた‼何も関係ない彼らまで巻き込んでずっと計画通り進めてきたでもあなたは‼それが何であるか分かってるはずなのにあの紙を捨てたせいで‼彼女が暴走するのを心配して渡したのに……‼計画は全部くるってしまった‼歯車が正常に動かなくなった、消えなくてよかった魂が消滅してしまった‼全部……私が今までやったこと全部……!あなたのためだったのに……!」
「桜……」
本山は普段見せない彼女の激情を目の当たりにし、唯々気圧されてしまった。いつのまにか熱はすっかり冷めてしまっていた。
「私は……私は真子が好きだったから……だから……っ!」
言葉の所々に嗚咽が混じる。
「ねえ真子……。大丈夫。もう……大丈夫だよ」
彼女はとびきりの笑顔で本山を迎える。心から喜ぶその笑顔はとても美しい。
「桜……私……っ!……ううん。だめ。私はあなたを疑った。あなたに見捨てられたと思って、信じることができなかった。もう友達だなんて言う資格はない……」
本山は自責の殻に籠ってしまおうとしている。自らを過ちとしながらも、そこから逃げるように。
でも本山、大丈夫だ。だって……。
「何言ってるの、私は何も気にしてないから大丈夫」
「でも……っ!」
「本人が気にしてないって言ってるから、大丈夫なの!」
お前の友達は、どんなに分厚い殻だって余裕で壊してくれるだろうから。
本山の手が強く握られる。優しく包み込まれる。
さて、僕はこの場にはお邪魔なようだ。向こうからこちらは見えないにしても邪魔者は立ち去るくらいの常識は持ち合わせている。そろそろお暇しよう。
なかなか粋だな、と自画自賛しながらその場を立ち去るのだった。
門の上では黒猫が一匹、優しく鳴いていた。
この学校では成績によてクラスが分けられ、八組はその最も下位のクラスだ。
本当ならば某触手先生が地球を破壊すると宣言したクラスのように上位クラスからのイジメが起きたとしてもおかしくはない。だがしかし、この学校ではそのようなことは起きず、むしろ仲がとてもよかった。
先生たちはというと、逆に下位のクラスを嫌い授業をサボることさえあったのだが、その度に最上位クラスである一組の生徒が(自主的に)代理として授業を行っていた。
どこかの高校の放送部がそのことを取り上げ、ドキュメントを作成し、さらにそれが全国で優勝したこともあって学校の評判は(というか生徒の評判は)とても上がった。
もちろん自主的勉強であるので下位のクラスの点数も上がっていき、ほとんどの人が国公立高校に進学できるようになっていた。
僕もこの学校のそんなところが好きだった。
こんな学校に通えていたらどんなに幸せだったかって。
でも……ここは……世界はそんなに甘くはない。
天国だと思われていたこの世界が偽りだったように。ここは天国なんかじゃない。地獄というには生ぬるい……餓鬼道だった。
いや、多くの人にとっては天国なのかもしれない。
壁となってからようやく知った事実。
『一組主席は奴隷を一人連れる』
僕も最初は目を(もう存在しないが)疑った。
宮田孔助。一年一組主席。頭はずば抜けてよく、模試では常にフルスコア。『怪物』の異名を持つ。
もちろん彼にも「奴隷」はいた。
本山真子。顔立ちが極めてよく、スポーツも万能。ただ……残念なことに成績は芳しくなく、八組行きとなった。
放課後、宮田は八組の教室へと足を運ぶ。
「お、宮田これ教えてくれよ」
「だめ。私昨日から待ってたんだから」
宮田が教室に足を踏み入れた途端に勉強を教えてもらおうと生徒たちが群がる。八組に部活動生は少ないので、彼らに時間はたっぷりある。
僕はこれを見て、宮田をいいやつだと思っていた。奴隷の話をまだ知らなかったから。けれど僕は自分の甚だしい勘違いを思い知らされることになる。
「道開けて」
宮田の声で人の群れが割れる。一筋の道が開かれる。モーセが出エジプトで海を割ったのもこんな感じだったのだろうか。
その道の先には本山がいた。
一体何だろう……。
本山が道を渡っていくが、その足取りが重いのは僕にも伝わってきた。
宮田がバックの中をガサガサと漁り何かを取り出した。輪っかのような形をしているそれは首輪のように見える。
どうやらそれは首輪で間違いないらしい。
それは小さな木の板がつけられていて、「マコ」と印してあった。まさか、と思ったが僕の予想は当たってしまう。首輪は本山の首に回され、ロックされた。
何をやってるんだあいつは。
声が出ることはない。
恥ずかしそうにする本山にさらに宮田が言う。
もし僕が人間のままだったら、きっと宮田を殴り飛ばしていただろう。
けれど僕は無力だった。
脱げ、脱げとクラスメイトから裏切られる。
制服のボタンをゆっくりと外していき、脱いで下着姿となる。今にも泣き出しそうな彼女に、さらに無慈悲な言葉が刺される。
「何やってんだ。全部だ」
堪え切れなくなったのか、とうとう本山は泣き崩れる。
泣いてんの?
だっさ
代わりにあんたたちが脱がせてあげたら?
本山の抵抗も虚しく男子たちが手足を押さえ脱がせていく。
こういう時、男子よりも女子のほうが残酷だと思う。
どうやったらより深い傷がつけられるのかを知っているから。
鞄からスマホを取り出し本山の写真を撮ろうとした時。
「待て」
宮田が止めた。
「俺の奴隷だ。勝手に撮るな」
ちぇっ、とスマホをしまう女子たち。
僕は限界を感じ別の場所へと逃げるように視線を移した。
夜。小さな虫の声が聞こえてくる。月が欠けてしまったせいか、いつもより暗い気がする。なーごと黒猫が鳴きグラウンドを横断していく。何だか不吉だと思いながらも今の心を表しているようで少し複雑な気分になる。
はぁ、と出るはずもないため息をつく。
静まり返ったはずの学校に門を開く音が響く。きっと僕のうわさを聞きつけた生徒が肝試しにでも来たに違いない。今日の僕は機嫌が悪いんだ、覚悟しておけと教師に非ざる(実際もう教師じゃないが)言動。
懐中電灯の光と足音が校舎に近づいてくる。四人。声からして女子のようだ。
「ねぇ本当に行くの?」
「美希が言い出したんでしょ?」
「いや、でも……」
この類の人たちは嚇かしやすい。不意を衝いて行動を起こせばすぐに逃げて行ってしまうはずだ。どうしようかといろいろ考えているうちに彼女たちは校舎の中へと侵入した。
あれ……この子達、1-8の……。
今日の夕方、男子を煽っていた生徒たち。
ただ、懐中電灯を持ってる子は……?あまり見覚えがない。
まぁそんなことを考えるうちに帰られてはたまらないので怖がらせることに集中することにする。
まず手始めに入り口のドアを揺らす(ドアにも移動できることはつい最近知った)。
「な、なに⁉」
「きっと風よ」
三人が戸惑う中、懐中電灯を持った少女だけが飄々としている。
むむむ……。
廊下を歩く四人の前の壁を揺らしポスターが落ちる。
「ねぇ!絶対ヤバいって!」
「大丈夫。ポスターが落ちただけじゃない」
いくら煽ったところであの少女が鎮火してしまう。僕の苛々はさらに増していく。こうなったら……。校舎の壁全体を大きく揺らす。
思った通り三人は金切り声を上げて逃げ帰っていった。残りは一人。
彼女の様子を窺っていると、先ほどより歩速を上げて歩いている。今のが少し効いたのか?……いや、怖がっているというより……何か目的を見つけたような歩き方をしている。その視線の先にはあの教室。僕がこんな姿になってしまった元凶……元凶と言ったら他人に罪を擦り付けるようだが実際は僕が悪い。まぁそんなことはこの際どうだっていい。何故彼女がそこに向かっているか、それが大事だ。忘れ物?いや、多分この子も1‐8のはず。クラスはおろか学年も違う。じゃあ一体何をしに?
そうこうしている間に彼女はだんだんと近づき、終に教室へと入ってしまった。待てよ……これはチャンスなんじゃないのか?このままここにいてくれるというなら好都合。扉を閉めてここに閉じ込めて怖がらせてしまおう。さすがにそれは応えるだろう。
扉を固く閉じる。一瞬身を強張らせたが、すぐに体の力は抜けた。一筋縄ではいかないことはもう学習した。さぁ、どうしようか……。
だがそんな僕の思考も、彼女の発言で停止してしまった。
「あなた……幽霊じゃない」
なっ!どういうことだ?
「幽霊なら私には視えるはずです。何も視えないってことはこれは死者の仕業じゃない。誰ですか?まぁどうせ先生が生徒を怖がらせようとしてるだけなんでしょうけど……」
何を言ってるんだ
呆れた僕の声は誰にも聞こえない。聞こえないはずなんだ。
「何を言ってるんだって……。どうせ怖がる生徒を見て楽しんでるだけでしょう、趣味が悪い」
……え
「……え?」
え
「え?」
えぇぇぇっ
「えぇぇぇっ⁉」
なんで聞こえるの
どうして
「どうしてって……こっちが聞きたいですよ‼なんか聞こえ方が霊たちと似てるなぁ……っては思ってましたけど何なんですか⁉まさか新型幽霊ですか⁉」
そんな新型ウイルスみたいに……
君ほんとに視える人なの
「視えるんです」
本当に
「えぇ」
そんな非科学的な
「でも事実です」
でも僕は視えてないよね
「隠れてるんですか」
違う
「でもじゃあどうして……」
知りたい
「まぁ……興味あります」
教えてあげようか
「……お願いします」
よろしい
もちろん僕の状況を説明するとしたら、こうなるだろう。
僕は『壁』になっただけだからさ
「……はぁ」
はぁとはなんだはぁとは
「いや……あの、え?どういう……」
そのまんまの意味さ
別に偽ったりなどしていない。
つまりはまだ生きている……たぶん
「……ちょっとよくわかんないです」
まったく……。仕方がないので最初から全てを説明する。僕が10年前までこの学校の教師だったこと。実験中に壁と同化してしまったために恋人と離れてしまったこと。
「……馬鹿じゃない?」
彼女がこの話を聞いた後に一番最初に発した言葉だ。非常に失礼な気がするが、とりあえず理解はしてくれたらしい。
でもどうして君には聞こえるんだろう
「視えるついでに聞こえるんじゃないですか?」
なんとも適当な仮説を立てられる。
そうだ。この子に聞けば何か少しでも摑めるかもしれないと思い、この学校について聞いてみる。
もちろん、あの『奴隷制』のことに重きを置いて。
1組首席は8組に勉強を教える代わりに奴隷を一人指名する。指名された者は一年間『奴隷(というかもはやペット)』として扱われることになる。もちろん拒否権などあるはずもなく、弱者は強者に従うほかない。
この制度はかなり昔から脈々と受け継がれているらしく、先生たちは一切知ることはないが生徒たちはこの制度についてのマニュアルを持っているらしい。
僕はそのマニュアルを彼女に見せてもらった。
~1組首席の奴隷所持に関する規定~
一、全学年1組首席は最下位組から生徒を一人指名し、奴隷として所持することができる。
二㈠奴隷として指名された者は主に従順に従わなければならない。
㈡奴隷が主に歯向かった場合、その処分についての全てをその主に任す
㈢奴隷でなくとも奴隷とその主の関係を裂こうとする者についても同様 にその主に処分の全てを任す
三㈠主は奴隷に最低限の生命活動は保証しなければならない。
㈡主の奴隷の扱いが規定に反していないか監視のために『隷庁』を設置
する。
㈢『隷庁』に所属するには生徒会に申し出、次の規定を満たしていなけ ればならない。
・奴隷、主の両者とも親しくないこと
・2組から7組までの生徒であること。
・活動の詳細について一切他言しないこと。
・一度入庁すれば辞められないことを理解していること
五、この制度に於いて何らかの異常が発生し、隷庁すら機能しなくなった 場合にのみ生徒会役員が介入する。
六、この規定が我校の生徒以外の目に触れる危機に陥った時、これを速や かに抹消しなければならない
そして最後には生徒会の印鑑が押されている。
まさか……そんなことになっているなんて思いもしなかった。
僕たちが知らない裏の世界でこんなことになっていたなんて……
「外から見えるものが全てじゃないってことです。完全に腐ってしまってますよ、この学校」
あぁ、腐ってるな……
はぁ、と大きくため息をついて。
「……それじゃそろそろ帰ります。扉開けてもらってもいいですか?」
あぁ、そういえばずっと閉めたままだった。慌てて扉を開ける。
……あれ?そういえばもう力入れてないから普通に開くと思うんだけどな……。
自動ドアとして利用されているなんて、考えてすらいなかった。
「それじゃまた」
結局彼女はそのまま帰っていく。
後には少しの寂しさが波紋を描いていた。
次の日確認してみたところ、彼女はやっぱり1‐8の生徒だった。昨日のことなんてなかったみたいに普段通りの生活。いや待てよ、本当になかったのかもしれない。あれは夢だったんだ。そうだ、でないとやっぱりおかしい。あの子、よく上を見上げてぼーっとしてるから(微妙に焦点が合ってない)なんだか変なもの視てる人として頭の中で創り上げられたんだ。それなら説明がつく、納得がいく。だって他の三人すら「きもだめし」の「き」も言わない。普通あんなことがあったら誰かに話すだろう。きっと疲れてるだけだろう。
その思考に陥った瞬間。僕は己の間違いに気が付いた。そういえば僕は「疲れ」を感じないし睡眠だってとらないから夢を見るはずがない。
僕は(物理的に)ない頭をフル回転させ結論を出そうとする。しかし「無い」というものを証明することはとても難しい。「有る」ならば彼女が僕に話しかければ証明される。しかし話しかけないからと言って「無い」わけではない。昨日のことは本当はあったがただ話しかけないだけの可能性があるのだ。彼女の意向をしどろもどろになりながら探るのは初恋をした男子を思い起こさせた。
そんなことをしているうちにも授業は刻々と進んでいき、また放課後はやってくる。
「ねぇ桜」
「何?」
そういえば、彼女の名前をまだ知らなかった。どうやら霧野桜というらしい。
「この学校のウワサ知ってる?」
「あの幽霊がどうたら……って?」
「まぁそんなとこなんだけど……。その幽霊、この学校の先生って話だよ」
サァァァ……と血の気が引いていき、カァァァ……と顔が熱くなるという矛盾した現象が起こる。
それ絶対僕のことだよね。
「その先生って死んだの?」
「ずっと行方不明らしいよ。けど……死んだんじゃない?かなり経ってるし、幽霊が出るくらいだし。ただ一つ奇妙なのが……」
「奇妙?」
「当時の先生の話だと、壁に消えていったとか……」
完全に僕のことだ!疑問は確信へと変わる。
もし僕に人間の体があれば心音がバスドラムのように響いているだろう。だが……これはチャンスだ。もしもあれが現実のことであったのなら昨日彼女にこの話はしているので既に知っているような素振りを見せるはずだ。
少しの不安と期待を持って待っていると。
「馬鹿じゃないの」
と、どっちともつかない反応で一蹴されてしまった。
どういう意味を孕んでいるのだろうと頭を悩ませているところに教室の扉が開かれる。宮田のお出ましだ。
その手には既に例のものが握られている。
本山は抵抗を諦めたのか、言われるがまま・されるがままだ。
生徒たちが皆宮田の下に集まる中、霧野だけが黙々と帰る準備を進める。
リュックを背負い、本山の隣を通過する時。本山は霧野を見上げた。この状況でこの例えをするのはどうかと思うが、捨てられた子犬が通行人を見るような、悲しい目だった。
だが霧野は。
「ださ」と一瞥して教室を出て行ってしまった。
土を噛んでしまったような苦さが心の内を侵食していく。「ださ」の二文字がガムのようにこびりついて離れなかった。
その日の夜も(「も」と言っていいのかは分からなかったが)霧野は学校へやってきた。
もちろん校舎に入れるつもりはない。僕が扱えるのは校舎だけなので門は仕方がない。だが下足箱の扉は固く閉ざしてしまう。
案の定中に入ろうとした霧野は扉が開かないことに当惑してしまう。
しばらくガタガタと扉を動かし、鍵がかかっていないかを確認した後大きなため息をつく。
「なんで閉めるんですか、先生」
今ので昨日あったことが現実だったということがほとんど実証されたのだが、そんなことを考える余裕があるはずもない。
失望したよ
君もそっち側の人間だったなんて
「一体何の話ですか」
何のって……君が人を蹴落とすような人間だってことだよ
「先生の言ってることがよく分からないんですけど」
しらばっくれるんじゃない
君は本山にださいと言っていただろ
僕はずっと見ていたんだ
「……ん?……あ、あぁそういうことですか。先生、それ勘違いかもしれません。ちょっと話がしたいのでとりあえず入れてください」
勘違いも何も……と思いながらも話を聞こうと扉を開ける。そういう所はまだ教師でいるらしいということに少しだけ安堵する。心のうちまでは固まっていなかった。
「先生が埋まったのって……この部屋なんですよね」
教室の椅子に腰かけた霧野が言う。
そうだけど
そういえば霧野はあの時もこの部屋も当てていた。よく考えれば少しおかしい。もしも僕が霊か何かとして、この学校に住み着いているとかだったら彼女は霊的なものを感じたのではないかという仮説が立てられる(もともと僕はそういった非科学的なものは一切信じる派ではなかったがこんな体になってしまってからは少しだけ信じるようになった)が残念なことに僕は死んでない。
気になって仕方がないので直接聞いてみたところ、「勘」だそうだ。
そんなことより、と霧野が話を持ち掛ける。
「単刀直入に言います。先生、私に協力してください」
……はい
「協力してくださいと言ってるんです」
まてまて待て
僕に何を協力しろと
「この学校を……壊します」
何を言ってるんだ
そんなことをしたら罪に問われるぞ公共物破壊とかそんなので
それに壊してしまったら僕は一体どうなるんだ
そんなこと絶対に許さない
「ここ私立だから公共物かは分かりませんが……とりあえず物理的な問題ではないです。私が壊したいのはこの学校に根を張る大樹です」
え?……え、君は向こう側の人間なんじゃ……
「だから勘違いですって」
でも「ださ」って……
「もしかしてあれ、真子に言ったと思ってます?違いますよ。私はただ強者に尾を振るだけの犬を嫌悪して言ったんです」
そ、そうだったんだ……
なんか……ごめんなさい
「別に。まぁあの状況からはそう勘違いされても仕方ないですし、そもそもそう勘違いされるようにしてますし」
勘違いされるように?
「敵を討つならまずその懐に入らなきゃいけない。油断させるんです。仲間だと思わせて」
なるほど
でもどうして君がそんな危険なことを
「真子は……私の大切な友達なんです。本当は私、この制度のことは見て見ぬふりをしようと思ってたんです。結局あの子犬たちと一緒。点取れない奴が悪いって自分に言い聞かせて。もし自分が選ばれても、そうやって諦めてたと思います。でも……真子は駄目なんです。真子はいつも私を救ってくれた。こんなのは自分勝手だって……わがままだってわかってるんです。でも……大切な友達だから。どうしても救けたいんです。たとえ誰からも認められないものだとしても」
そう決意を語るその眼には小さく微かな、それでも熱く揺るぎなき炎が宿っている。
ただ友を救いたい。その一心で動く一人の少女。彼女を止める理由がどこにあるだろうか。
しかしまがら彼女一人では力が足りない。
少女に対し、学校という名の魔王はあまりにも大きすぎる。なんせ敵数は四桁。まさにリヴァイアサンだ。
だが僕の心配も霧野は笑う。
「先生、下克上……って知ってます?」
……馬鹿にしてるのか
「いえ、そんなことは。じゃあ下克上をする上で大切なことって何だと思いますか」
圧倒的な力
「まぁ確かに力も必要ですけど……最も必要なのは、長の首を確実に取ることです」
長の首……
言葉にするとすごく簡単に聞こえるが、実際はそう甘くないことは霧野も分かっているはずだ。
特に……言っちゃ悪いが8組と1組の差だ。相手側が何枚も上手な可能性が高い
「先生、心配しすぎです」
おっと、考えていただけのつもりが霧野にも伝わってしまっていたらしい。
「勉強ができないのとRPGができないのは違います。その逆もまた然りです。幸いこの学校には多いですし、大丈夫でしょう」
RPG……
「ただの比喩です。気にしないでください」
あとこのまま流しそうになったけど「多い」って……
「この学校、霊が多いみたいです。まぁさすが私立というかそういったことは全部お金でもみ消しちゃうから表沙汰にならないみたいで。ちゃんとした調査も入らないからカーストについて先生達は何にも知らない」
へ、へぇ……あんまり知りたくなかったな、その情報……
もう夜中に一人でトイレに行けない……
「どうせもうトイレに行く必要ないでしょう」
そうでした
「それで……確かに私一人は弱いです。勝てるはずがありません。だから協力が必要なんです。先生と……この子たちの」
霊との共同作業かぁ……。もうこうなったら霊とだって何だってやってやる!
わかった
「そうこなくっちゃ!じゃあとりあえずメンバー紹介から。まずこの子はみほりん。つい最近亡くなったばっかりで……」
ストップストップ
説明されたってよくわかんない
僕には視えないし……
「あ、そっか」
そう言うと霧野はポケットの中から何か数珠のようなものを取り出した。
何をするつもり
「まぁ見てれば分かります」
取り出した数珠を持ち、目を閉じる。
「現世を迷いし純なる魂よ、その身をもって此処に顕現せよ……」
強い光が部屋を満たす。
そこに現れたのは三人の高校生らしき子供。
これって……
「えぇ。霊を可視化したものです。この方がやりやすいでしょう?」
ははハ……。どこまでオカルト染みていくんだろ……。
「それでは改めて自己紹介お願いします」
三人に自己紹介をするよう促す。
「えっと……みほりんです。つい最近病死しました。私はモノを動かすことと声を出すことができます」
えっと……本名は
「本名は?だって」
「えっと……私達、もう名前は使わないんです。だから、通称というか……お互いあだ名で呼ぶんです。先生のことは桜から聞いていますが……『壁先生』でいいですか?」
そのまんま……
「あはは。そのまんまだって」
「嫌でした?」
いや、嫌じゃないよ
「大丈夫みたい」
僕は『壁先生』となったらしい。
なんだかやりにくいな……。本当は直接話ができればいいんだけど、それは無理みたいだからしょうがないか……。
あれそういえば幽霊ってみんなモノ動かしたりできるんじゃないの?
「あぁ、それは。えっと……幽霊にも種類があって、それぞれ違う能力を持ってるんです。ほら、心霊スポットってそれぞれ違うことが起きるじゃないですか。モノが浮いたり、写真に何か映り込んだり、足音が聞こえるだけだったり……。そういった能力を私たちは『死後個性(パーソナリティ)』と呼んでいるんですが、人それぞれなんです」
へぇ……
そういうことだったんだ
確かに一緒に起こる事案はなかなかないな
以前はこんなことを言われても信じなかっただろう。人間の適応力に何度も驚かされる。
「さぁ自己紹介再開!ミラくん!」
「えー……ミラっす。『死後個性(パーソナリティ)』は電気操るのと気温低下させます。以上」
「先生、この子人見知りで……。えっと、悪い子じゃありませんから」
あ、あぁ
何か……この子たちが出てからすごくイキイキしてないか
「……気のせいです」
そうか
本人がそう言うならそうなのだろう。とりあえずそれ以上は触れないようにする。
「じゃあ最後はタマ」
「タマです。三年前に死にました。自死です。『死後個性(パーソナリティ)』は人に乗り移れます」
自殺か……
やっぱり『奴隷制』のせいか……
「いや、えっと自殺じゃなくてですね……」
「自死です」
え、だから自殺じゃないの
「それが……自殺じゃなくて……」
「自死です」
どうやら自殺という言葉を使いたくないらしい。遺族とかにそういう人がいるってことは聞いたことはあるけど……。本人のそんな感じだったりするんだ。
なんだかとても個性的なメンバーが集まってるな……。
でも、危なくないか
もし生徒たちに何かあったら……
そのことを心配してしまう。
なんかホラーものとかでよく人が呪い殺されるとかあるし。行方は誰も知らない、的なことにもなりかねないし……あれ?あれは人と人だったっけ。
「大丈夫だとは思います。基本幽霊は直接人間を攻撃する手段を持ち合わせてはいませんから」
でもほら、『死後個性(パーソナリティ)』だっけ
それでは
「たまにいますね。まぁそういう霊たちが人を殺めたりしないよう、私達陰陽師がいるんです。そうですね……一番すごかったのは臓器を破壊する『死後個性(パーソナリティ)』です。あれは正直きつかった……」
何か今さらりと恐ろしいこと言ったような気がするけど……。うん、聞かなかったことにしよう。
「大丈夫です。何かあった場合には私が何とかします」
そう自信満々に言われてしまってはもう信じるしかないじゃないか。
「よし、それじゃあ始めましょうか」
一人の少女を媒体として見えないもの同士の作戦会議が始まった。
翌朝、クラスメイト達が登校し、おはようという声があちこちから聞こえてくる。その中には本山の姿がある。そうだ、これだ。普段の生徒たちはとても仲が良く見えるだめ、先生達はカーストを見逃してしまうんだ。そしてこうした雰囲気は被害者の心をより深く抉る。
「真子、おはよー」
「おはよー」
とりあえずコンタクト成功。その場からさりげなく本山を連れ出す。
「どこに連れ出すべきだと思います?」
誰にも見られない場所がいいかな
ほら、体育館の裏とか
「告白のド定番じゃないですか」
え、駄目
「駄目っていうか……」
「ねぇ桜。私達にもわかるように話して」
「あぁ、ごめんごめん。先生たちは体育館に裏はどうかって言ってる」
「あー、確かに告白スポットだね。普通にトイレとかじゃダメなの?」
「トイレは他の人が来るからなぁ……」
「パソコン室」
「パソコン室か、いいね」
あの部屋、確か朝は閉まってたはずだけど
「そっ閉まってますねあそこ。事務の先生来るの遅いからなぁ……」
「学校の外は」
「外は誰が見てるかわからないからねぇ……」
う~ん、と限界まで頭を悩ませる。
あ、そういえば
よくよく考えたら僕はこの話の根本を理解していなかった。
彼女を連れ出してどうするの
「渡さなきゃいけないものがあるんです」
渡さなきゃいけないもの
「これです」
そういって取り出したのは、ただの紙切れのようにしか見えない。
それは……?
「霊符です。これがあれば万が一の場合に彼女を守ることができます」
いつの間にか三人がそろって距離をとっている。効果は申し分ないようだ。
「ねぇ真子」
結局体育館裏という僕の案が採用されることとなった。みんないろいろ文句言ってたくせに。
「……何?」
「これ」
その手に霊符を握らせる。
「……え、ほんとに何?」
僕の第一印象と同じことを思ったんだろう(というかそれが普通の反応だと思う)、訝しげな視線を送る。
「今日一日、これだけは絶対持ってて。手放しちゃだめ」
ただそれだけを伝え、足早に教室へと戻る。
「……私が何したっての……?」
少女の悲痛な悩みはくしゃくしゃになった紙切れ以外に知る由もなかった。
その後、普段通りに振る舞い周囲に悟られないようにする。次に行動を起こすべきは放課後だ。
「夜中、宮田君をここに連れ込む」
連れ込む……って
「昼間だと恐怖心が足りない。夜の学校に連れ込んで……脅す」
脅すって……どうやって
それにここにどうやって宮田を呼ぶんだ
「それはみんなの力を借りるの。彼の恐怖心を煽って、二度と真子に近づかないようにする」
「俺たちは」
「みんなにも頑張ってもらうよ。あ、でもタマは……真子は霊符持ってるし、宮田君に取り憑いても意味ないし……」
「いいよ。興味ないし」
「ごめんね」
いやいや
脅すどうこうの前にまず連れ出す方法を考えなきゃいけないんじゃないか
「それは簡単ですよ」
もう考えてるのか
「ええ。彼のプライドの高さを利用してやるんです」
プライドを……利用……
「宮田君」
予想通り、今日も宮田は教室へとやってきた。
「珍しいね、霧野さん。どうしたの」
「宮田君ってこの学校のウワサ知ってる?」
「ウワサって?」
「幽霊が出る……って話」
まぁ、本当は幽霊じゃないんだけどな、僕。……あ、でもそっか。
とりあえず幽霊もたくさんいるみたいだからあながち間違ってもないのか。
「そんなのいるわけないじゃないか。だって幽霊現象のほとんどはもうすでに証明されてる。人の中には赤外線の波長を感知できる人がいて、その人が凝縮された赤外線を見たときに人の形だと思うことで起きるんだよ。そう考えれば病院とか、機械が多いところでその現象が多くみられることや、機械類の不調も説明できる」
さすがは首席。知識の量が半端じゃないな。以前の僕と同じことを考えてる。でも……いるみたいだよ、実際は。
「じゃあ信じない人なんだね、よかったぁ。この間底の三人と肝試ししたんだけど、みんな途中で逃げ出しちゃったからあんまり中を探れなかったんだよね。そのウワサの原因を摑もうかと思ってたんだけど……。今日一緒に行かない?」
猫が人を見極めるように優しく、しかし距離をとって対する。
嘘つき、と僕は心の中で口を尖らせる。
余裕でポンポン行ってたじゃないか。
「……何でそんなめんどくさいこと」
眉間に皺が寄る。どうやら感情が表に出やすいタイプらしい。
「怖いの?」
「別に怖いわけじゃ……」
「そっか、結局は首席も人間だもんね」
宮田の苛々が手に取るように分かる。何か……言っちゃ悪いが苛々のゲージが目に見えるようで面白い。
プライドでがちがちの男のようなので、このように人前で煽るのは最も効果が高い方法である。ちなみに霧野にこの案を授けたのは僕だったりする。決して自慢しているわけではない。ただ事実を述べただけだ。ただ事実を。
「わかった。行ってやるよ。ついでにその幽霊とやらの正体を暴く。それでどうだい、霧野さん」
上手く釣れた。まぁここまで言われたらもう来るしかないだろう。
「もちろんそれも連れてきていいから」
と霧野が付け加えた。
これで昼間にできることはもう全てしてしまった。あとは夜、僕が頑張らなきゃいけない。無意識に力が籠る(この時壁を揺らしてしまって数人が驚いたことは言うまでもない)。
窓から入り込む強い西日が、遠くから響く夏の足音を映していた。
「来たよ。早く行こう」
……来たか。何せこんなことをするのは初めてなので緊張が溢れ、汗が止まらない。
……あ、もう汗は出ないか。
ともかく、この学校は今この瞬間から戦場と化する。
僕たちが正義だとは言わない。諸悪への反旗軍。もう後に退くことはできない。
霧野、宮田、本山の三人が揃ったところでスタートを切る。
真夜中の静けさが生ぬるい息を吐く。
三人はゆっくりと入り口から校舎へ侵入していく。毎度思うのだが私立にしては警備がものすごく甘い気がする。まぁそのお陰でこんなことができるわけだが。
「……ちゃんと来たんだね」
「当たり前だろ。約束は守る」
長い廊下に足音と声が響く。
僕らの作戦開始はもう目の前。聞いた限りでは完璧な作戦だ。上手くいけばこの学校の一年生のカーストは崩れることになる。皆救われる。でも、もし一歩でも踏み外せば……。
ふるふると(存在しない)頭を振って嫌な思考を吹き飛ばす。大丈夫、絶対に上手くいく。そう自分に暗示をかけて。
今日は風もなく気味が悪いほどに音がない。
「やっぱり何も起きないじゃないか」
……ん?これはなんだかマズいんじゃないか?このままだと中途半端なところで引き返しかねない。こういう場合だと、僕も少しは何かした方がいいんじゃないか?
とりあえずカタカタと窓を揺らしてみた。
宮田の体に力が入ったのが分かる。
「……っびっくりした。何だよ、風か」
これで少しは恐怖心を揺すれただろうか。
ふと霧野を見ると、今にも射止めんとするような殺気を放っている。それも宮田に対してではない。僕にだ。たぶん余計なことはするなという意思表示なのだろう。すいません調子に乗りました。
そういえばと本山に目線を移す。
別に霧野が怖かったわけではない。……たぶん。
本山の表情は何も読み取ることができないくらいに凍てついている。というより……なんだか生気がない。……死んでないよね?
っておっと、もう僕の番が回ってくるじゃないか。
例の教室の扉前に誘導された宮田はその足を止める。
だがしかしいつまでたってもそれが開く気配はない。
何かをしばし考えた後、どう結論付けたのか。
「お前が先に入れ」と本山に開けさせる。
自分でやればいいのに……。
本山、続いて宮田が教室に入る。
今だ
僕は扉を閉め、固く閉ざしてしまう。
「え⁉ねぇどうしたの⁉開けて!」
扉を叩きながら霧野が叫ぶ。すごい演技力だ。正直大根だったらどうしようと思っていたのだが、特に問題はなさそうだ。
「あれっ⁉おい、開かない‼」
宮田は必死になって開けようとするのだが、扉自身が閉めているのだから開くはずがない。必死の形相に思わず笑いそうになってしまう。
新月ともあり暗い校舎はさらにその闇を増していく。
その暗さに耐えきれなくなったのか宮田は扉の横にあるスイッチを押し電気をすべて点灯させる。こやつ、口だけで本当は怖がりだったのか……。理屈を知っていようが心の内までは変えられないようだ。
だがそのスイッチの数度激しく点灯した後に消え、その後何度スイッチを押しても反応することはなくなった。
「まじで……まじかおい‼」
どこからか低いうめき声が聞こえてくる。部屋の温度が低下する。宮田の手が小さく震え始めたのは寒さからか、はたまた恐怖からか。恐らくは前者だろう。
おや、なんだかぼんやりとした光が見える。その光はだんだんと女の形をとり……あれ?うちの制服?それに……どこかで……どこかで見たような……。
「……か……」
小さな声で何かを呟いている。
「え?」と霧野が声を漏らす。そういえばこんなの作戦の内にはなかったような……。
「お前か……殺したのは……」
「な、何言ってんだよ……」
宮田の歯はガチガチと音を鳴らして噛み合うことはない。
「おまえが……殺した……」
「何だよ……お前なんて知らない……知らない……っ!」
待ってやばいこういうの僕すごく苦手なんだけど。ホラーとか一回も見たことないんだけど。え、どうしよう。
だが僕の気なんてお構いなしにストーリーは進んでいく。
「殺した……私を……殺した……」
まさか、と霧野が呟く。
「だめ……だめ。あなたは消したくない」
消す?どういうことだろうか。
「違う、俺じゃない‼人違いだ俺は違う‼」
何度も否定する宮田。
すると女はまた光へと戻る。
ただその光は先ほどのような白く輝くものではなく黒く粘着質な光を放っていた。
その光の玉はしばらく教室を飛び回り、本山の上に留まるとそのまま消えた。……いや、消えたというよりも吸い込まれていったような……。
「うそ……何で……?」
驚きを隠せない霧野。いったい何が起きているというのだろう。
本山はというと。ふらっと揺れたかと思うと宮田のほうを油の足りない機械のようにぎこちなく振り向く。そして一歩、一歩、ゆっくりと近づいていく。
「な、何だよ……」
宮田は後ろに下がろうとしたがすでに腰が抜けてしまているらしくその場にへたり込む。
それと同時に本山はいつもの彼女からは想像のできないような身のこなしで宮田の襟元を摑む。
「おまっ……!何すんだ……!」
「殺す……私は……殺された……。だから……、殺す……」
「は?何言って……」
「だめ、だめよタマ‼あなたを消したくはないの‼」
タマ……⁉まさかあの光、タマだったのか⁉……そうだ、あの光の女は誰かに似ていると思ったが……そうか、タマだったのか。
これは……何と言うか……マズいんじゃないか?
どうすべきかとあたふたしていると霧野が「開けて!」と叫んだ。もちろん拒否する理由があるはずもなく、すぐに扉を開こうとする。しかしなぜかその扉はびくともしない。
「何やってるの、早く‼」
いや、開かないんだ
「え、まさか……」
霧野の顔がさらに青白くなる。
「みほりん⁉」
「ここに……いるけど……」
いつの間にか霧野の裏に回っているみほりんが答える。
「あなたじゃないの⁉」
「私は……なにも……」
「じゃあ……」
こくりとみほりんが頷く。
待て、何が起きてるんだ
「タマが……悪霊化した」
悪霊化?
「悪霊化した魂は……その『死後個性(パーソナリティ)』に関係なく力を発揮できるの……。それもすごく強力な。だから私は……彼女を消さなくちゃいけないの」
消すって……
「彼女の存在をこの世から抹消する。これ以上被害が拡大しないように」
救けることはできないのか
「残念ながら……。一度悪霊化した魂はもう二度と清く戻ることはないの。だから、それを抹消するのが私たち陰陽師の役目」
でも……
「でもじゃない‼みほりん、先生。二人で力合わせて開けて!」
「……うん。わかった」
扉にだんだんと力が掛かっていくのが分かる。
……いいんだな
「……それが仕事だから」
……わかった
もうそれ以上聞くようなことはしない。それがお前が出した結論なら。
僕も力を掛けていくが扉は動く気配を見せない。
頭をフル回転させて打開策を練る。どうする、どうやって開く⁉ガラスを割って窓から侵入するか⁉……いや、そうしたら二次被害の可能性がある。ここからしか無理だ、どうする⁉考えろ、考えろ……考えろ!
ふと目に入った傘立てを見る。
……それだ
霧野、傘を使うんだ
「傘?」
先端部をどうにかしてねじ込め
そしたらてこの原理で開くんだ
「……了解」
一本じゃ無理だ
二、三本くらい使え
ぶにぶにとした部分(たぶん防音用なのだろう)を利用して何とかねじ込む。
せーのの合図で力を合わせる。
もう少し力を入れて
せーの
ほんの少しだけ扉が開いた気がする。
せーの
片足が入るくらいの隙間が開いた。
すかさず霧野が足を挟んで閉まらないように固定する。
傘は曲がってしまったがそれは置き傘をしてたやつが悪いと正当化してしまう。
そのまま体を滑らせ中への侵入は成功した。
「その人を殺してはだめ!」
宮田の首を絞め続ける本山……いや、タマに言い放つ。
「邪魔……するな……」
「その人はあなたを殺してなんかいない。殺すべきでない人間よ」
だが絞める力はより一層増していく。
「私は……殺された…学校ニ……殺さレタ……私を殺シタ……同ジ……許さナイ……」
タマの悲痛な叫びももはや機械音のように単調で心に響かない。
「だからってだめ……!殺しちゃ……!死んでもまだ人を殺すつもりなの⁉」
「違う……殺シたノハ……あいツラ……」
「いいえ,あなたは自ら命を絶ったの。自分自身を殺したの!」
「違う……私ジャナイ……私ハ……何モ……悪クナイ‼」
霊の気というものだろうか,真っ黒な風がこの教室を満たしていく。
「そう……あなたはそれを選んだのね……」
右手に持つ数珠に力を籠める。
「汚らわしき魂よ,現世の情をすてた邪魂よ。その身を我が光で浄化し永遠の時の下静まり給え……」
霧野が何やら唱えると本山(に取り憑いているタマ)が苦しみだす。
「どウ……シテ……?あなタも……ウランデイル……はズ……?」
「でも……だからって同じ過ちを繰り返しちゃ駄目なの」
霧野は再び何かを唱えだす。
「ワタシハ……ワタシハ……」
その言葉からはもはや一片の熱も感じられない。
「ワタシハマダ……シナナイ……!」
「滅‼」
霧野の叫びとともにタマの気が消えた。本山は気を失ってその場に倒れこむ。
消え……たのか……?
こんなにあっさり……。
「……っぼっ!げほっげほっ……!」
首元が自由になった宮田がせき込む。どうやら生きていたようだ。とりあえず安心した。
「何……だよ……。俺が……何したってんだよ……!」
宮田は自分が被害に遭ったことにどうも納得がいかないようだ。なんとも図々しい奴だ。
「さっきのは『奴隷制』で自殺に追い込まれた女の子の霊。ずっと恨みを持ったままこの学校に居続けていたの」
その声には膨れ上がるほどの大きな悲しみが押し込まれていた。
だが。
「……はっ。霊ね……。お前らあれだろ……どうせグルなんだろ⁉この制度が気に入らねぇから俺をビビらせて止めさせようってんだろ⁉霊なんているはずがねえんだよ‼ってかお前ら何か間違ってねぇか⁉奴隷制を否定する奴は即処分だぞ分かってんのか⁉『奴隷』に堕ちるのはお前が弱いからだよ!弱肉強食って世界だここはお前みたいな弱い奴が来るとこじゃねえんだよ‼自業自得なんだ自業自得‼勝手に人に責任転嫁してんじゃねえよ‼」
人が変わったようにヒステリックに叫ぶ宮田。きっとこれが本性なのだろう。だがその言葉からは怒りというより,むしろ恐怖の色が濃く見られる。
それに対し霧野はそう,とだけ答えて本山を抱え背を向ける。そのまま扉を開けて出ていこうとしたがふと後ろを振り返る。
「そういえば……悪霊でない霊たちには基本的に人間を直接攻撃する手段はないんだけど……。精神干渉なら誰でもできるから,気を付けてね」
一瞬,この教室のいたる所から光る視線を感じたような気がする。
僕は何となく視線を別の部屋へと移す。
誰もいなくなった教室から,断末魔の声が聞こえたような気がした。
本山を担いでいた霧野だが,さすがに彼女の家までは辛いらしく別の教室でしばらく寝かせることにした(この時だ,僕が叫び声を聞いたのは)。
彼女曰く,目が覚めるのにそんなにはかからなおだろうということだった。
取り憑くという状態はもともと本人の意識があるところに霊が入り込み圧迫されているらしい。その押し込まれた意識が元の形に戻ればすぐに目を覚ますという。
そして霧野の言ったとおり眠り姫はすぐに目を覚ました。
「……あれ……」
「よかった,気が付いたみたいね……」
鉛のような沈黙が両者の間をどろどろと行き来する。僕は教師らしく二人の生徒の行く末を見守ることにした。
「何余計なことしてるの……」
その沈黙を破り言葉を発したのは本山だった。
「……どうしてアレを持っていなかったの。あなたならあれが何かわかってるはずなのに」
「ええ……。わかるわよ。もう完全に見捨てられたかと思ったわよ!」
「真子……」
「そんな気やすく私の名前を呼ばないで!どうせあなただって私を見下してたくせに!そうでなくても今まで救けようとはしてくれなかった!結局はあなたも他の人たちと一緒だった!私はずっと……ずっと一人で苦しんでいたのに‼」
「それは,まだ準備が……」
「準備⁉何の⁉私なんて準備も何もできないままずっとこのままだったのに⁉」
「それは……」
普段の彼女からは想像もできないような声でただひたすら叫び続ける。
一緒に話を聞いてやりたい。何か声を掛けてやりたい。しかしただの壁である僕にはそんなことも許されない。無力な僕はただここに立っておくことしかできない。
「言い訳ばっかりしないで!あの霊符を渡された時、私どれだけ辛かったと思う⁉裏切られた子から急にあんなの渡されて、魔除けだなんて誰が思う⁉どうせ変なの集めて苦しめるつもりだろうなって‼どうせ本当は私のことなんて友達とも思ってないんでしょう⁉そうでしょう⁉」
「違う‼」
今まで弱々しくしか反論していなかった霧野が堰を切ったように叫びだす。
「ずっと救けたいって……そう思ってた!真子は私にとってとても大切な友達だからでも‼ええそうよ意気地なしの私はずっと怖気づいていた!正面からかちこむ勇気なんて微塵もなかった‼でも……でもだからこそ!私はずっと準備を淡々と進めて時を待っていた!失敗すればあなたがもっとひどい目に遭うことは目に見えていたから‼だから‼何度も何度もシミレーションを重ねて確実に成功するように計画を立てた‼何も関係ない彼らまで巻き込んでずっと計画通り進めてきたでもあなたは‼それが何であるか分かってるはずなのにあの紙を捨てたせいで‼彼女が暴走するのを心配して渡したのに……‼計画は全部くるってしまった‼歯車が正常に動かなくなった、消えなくてよかった魂が消滅してしまった‼全部……私が今までやったこと全部……!あなたのためだったのに……!」
「桜……」
本山は普段見せない彼女の激情を目の当たりにし、唯々気圧されてしまった。いつのまにか熱はすっかり冷めてしまっていた。
「私は……私は真子が好きだったから……だから……っ!」
言葉の所々に嗚咽が混じる。
「ねえ真子……。大丈夫。もう……大丈夫だよ」
彼女はとびきりの笑顔で本山を迎える。心から喜ぶその笑顔はとても美しい。
「桜……私……っ!……ううん。だめ。私はあなたを疑った。あなたに見捨てられたと思って、信じることができなかった。もう友達だなんて言う資格はない……」
本山は自責の殻に籠ってしまおうとしている。自らを過ちとしながらも、そこから逃げるように。
でも本山、大丈夫だ。だって……。
「何言ってるの、私は何も気にしてないから大丈夫」
「でも……っ!」
「本人が気にしてないって言ってるから、大丈夫なの!」
お前の友達は、どんなに分厚い殻だって余裕で壊してくれるだろうから。
本山の手が強く握られる。優しく包み込まれる。
さて、僕はこの場にはお邪魔なようだ。向こうからこちらは見えないにしても邪魔者は立ち去るくらいの常識は持ち合わせている。そろそろお暇しよう。
なかなか粋だな、と自画自賛しながらその場を立ち去るのだった。
門の上では黒猫が一匹、優しく鳴いていた。
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