ヒトの世界にて

ぽぽたむ

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18話 【科学者―オモイデ―】

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「ほれ、この辺で休憩しようかの」
「ああ」

 アレスと連絡を取った日から二日。
 キルケーやイアソンと話した結果、アレスの逮捕も無かった事になりアレスはようやくアルゴナウタイに帰る事ができた。
 一週間ぶりに戻ったアルゴナウタイやその仲間たちとも顔を合わせ、待機命令も解かれコルキスの街を自由に移動できるようになった。
 アレスはもう少しキルケーやイアソンとデータを見たかったが休みも必要だろう、とディータに言われ今日は買い物に付き合っている。

「やっぱり監視の目が無いのは気が楽じゃのぉ」
「監視の目があったのか?」
「アルゴナウタイの外に出ると微かにの、遠くからじと~っと見られてるのは気分が悪かったわい」

 軽くため息を吐きながらカフェの椅子に座る。
 コルキスの人々はそれだけアレスを、旧人類を敵視しているのだろう。
 未知なる存在が敵対してる、という不気味さはディータも理解している。
 気を取り直してテーブルの上に置いてあるベルを鳴らすと直ぐに店員が注文を聞きに来てくれる。

「いらっしゃいませ」
「ブラックとこのスペシャルパンケーキを一つじゃ」
「かしこまりました、そちらのお客様は?」
「俺は……そうだな、ブラックのコーヒーを一つ欲しい」
「ブラック二つとスペシャルパンケーキ一つですね? かしこまりました」

 アレスがコーヒーを頼んだのを見てディータがきょとんとした表情をする。
 店員が去ったのを見てディータがひそひそと話し始める。

「なんじゃお主、食べ物は味が解らぬのではないのか?」
「ああ、だが……一緒に何かを食べたり飲んだりするのは気分がいいんだ。水を飲むだけでもいいがそれだと何か、一緒に食べてる気がしなくてな」
「ほお、ふふ」
「な、なんだ……?」
「お主前は必要ないし食事は副補給でしかない、と言って水とパンしか食べてなかったではないか」
「そ、それは、まぁ……今でもその考えは間違っているとは思えない。俺はそもそも食事でエネルギー補給する必要はない、風や日光でも十分なんだ」

 アレスのエネルギー炉は当時でも最高のエネルギー効率を保っていた万能変換炉クロノス、その時代で時すらもエネルギーに組み込めると言われ名付けられたエネルギー炉だ。
 一般人の様に生活するのなら風や太陽の光だけでも十分に稼働が可能である。
 戦闘をしてる時も戦闘で生じる熱量等を一部エネルギーに変換できる程なので基本的にクロノスはエネルギー切れを起こす事は無い。
 そんなエネルギー炉を持っているアレスがわざわざディータに合わせて飲み物を頼んだのだ。

「でも、そうだな……食事をしているのを見ていると、少し羨ましい」
「羨ましい?」
「味が解らないからな、だが美味しそうに食べているのを見ると興味が湧いてくるさ」
「成程、そうなるとお主と食事を楽しめないのも寂しいのぉ」
「……そう言われて、思い出したな」
「何をじゃ?」
「昔Dr.ウェヌスも似たような事を言っていたらしい、俺の中にあるAIが聞いていたんだが――」



「西暦2132年、4月24日……コスモAIを限定起動、サポートAI起動……ダメね、昨日見つかった問題の解決は数年じゃ不可能だわ」

 ため息と共にモニターに移されている文字列を見てため息を吐く。
 銀髪を一括りにした少女、ウェヌスはキーボードを叩かずにモニターの文字列を見ているだけだった。
 自分の中にある知識を全て詰め込んで作り上げたコスモAI、その問題点が見つかった。

「人間と同じように考える事のできる複雑なAI、でもその性質に危険な思考が混ざる可能性がある……コスモAIは最初期から学習期では危険性は無いだろうけど、もし悪意を持った学習をさせれば過去のどの事例よりも残酷なシリアルキラーが生まれる可能性だってある……」

 プロトタイプをプライベートにある仮想コンピュータで作っていた時には見えてこなかったコスモAIの問題点、それは本当に人間と同じ様に成長できるAIであると言うことだ。
 否、その考えは少し違う。

「コスモAIは元々人間と同じレベルに思考できる、を目的に作ったAIよ。前提として成長が存在する……それは今までのAIと変わらないけど、その学習能力の方向性が違うわ」

 100年以上前から目覚ましい成長をしてきたAI、世間の目は冷たくもあったがそれでも一部の科学者がAIの成長を支えてきた。
 その結果この代になって殆ど人間と同じような思考が可能なAIが誕生するに至った。
 しかし、それと同時に問題が現れた。
 様々な犯罪方法を即座に見つけられその全てを記録できるAIならその残酷性は際限なく上がっていく事だろう。
 本当に、本当にこのコスモAIは人類の成長の証なのだろうか。
 この純粋な子供のようなAIを軍部に取られでもしたら、この子の未来は悲惨なものになるだろう。

「やっぱり、封印一択よね。と……封印したのなら念のため、彼が起きた時の事を考えてコスモAIに本当に危険が無いのかを調べるプログラムを作らないと」

 アレスを誰も知らない場所に封印し、時間をかけてコスモAIのプログラムが本当に安全かを確認する。
 コスモAIのプログラムが安全かどうかを確認するのに何年かかるか解らないがその頃には自分はきっと生きていないだろう。
 裏切り者として処分されるか、核兵器の放射能で死ぬか、時間の問題だ。

「お腹も空いたわ……とりあえず食事食事……ああ、そういえば、アレスの体に味覚を付けられなかったのも心残りね……ふふ、ロボットに味覚何ていらないって皆は言うけど、ロボットは人間との大事なパートナーなんだから……一緒にご飯を味わえるようになればもっと仲良くなれると思うのに……」

 インスタント食品の準備をし始める、最近は毎日こんな物しか食べていない。
 楽でいいし昔と比べてこれだけを食べてれば栄養価の問題もない。
 ただ味と食感の少なさでひたすらに飽きる、正直こればっかりだと段々虚無を食べてる様に感じてしまう。
 味を楽しむのではなく、エネルギーを補給するだけの食事なんてつまらないのだろうか。

「……味を楽しめないのなら、ロボットと同じね。アレス、貴方と食事ができたのなら、どんなに良かったか……寂しいわ」

 こんなインスタント食品でも、誰かと食べれるなら何時もと変わって味わえるかも知れない。
 しかし自分にそんなチャンスがもうないのは解っている。
 この部屋だって、トイレだって、お風呂だって、ウェヌスには常に監視の目がついている。
 プライベートも女性として扱われる事も一切ない、戦争に勝つ為、という彼らにとっての正義がどんな過激な事も可能にしている。

「……あんな相手に勝って、世界をどうするつもりなのかしらね」

 長く続いた戦争は世界の情勢や、この星の環境を大きく変えてしまった。
 極東の島国が核兵器の使用で島ごと消滅したと聞いた時は驚きよりもため息が出てしまった。
 そしてその報復で西南の大陸が無くなったと知った時は頭が痛くなった。
 もうこの戦争はどうしようもない場所へ来てしまった、こうなってしまえば後は核兵器が世界中の大陸を消し飛ばしてしまうだろう。
 少し前から大陸のとある場所で常に異常気象が発生してるとも聞いている、地球の環境はもう放射能で人間が、否生物が住める星ではないのだろう。

「未来も何も、あったもんじゃ無いわよねぇ……アレス、もし。もし貴方が起きた世界に……何もないのなら、貴方は……」



「……昔の世界は、そんな状況じゃったのか」
「ああ、核兵器の報復が世界各地に起こって、大陸なんかは7割は消えてしまっただろうな」
「7割、残った大陸でもワシらの世界としては広いと思っていたが、昔はもっと広かったのじゃな……核兵器、あんな島を丸ごと消してしまう爆弾が無数にあった、と」
「ああ」
「……はぁ、とんでもない話を聞いておるわい。じゃがそれが現実で、その上500年前の人が戦争を起こそうとしておるのじゃろ? しかし……解せぬなぁ」
「なにがだ?」
「戦争をわざわざ起こす理由じゃよ、今の時代戦争は無いが小競り合いは時々見る。戦争というのはそれを激化させたものじゃ……住む場所、食べ物、権利、他にもあるが基本はそんな理由じゃろ? なら旧人類とやらは何を目的で戦争を仕掛けてくるのじゃ?」

 住む場所など今の世界いくらでもある、食べ物は500年も生き続けているのだから何らかの自給自足手段があるのとそもそも食料を必要としないのだろうというのが察せられる。
 なら権利はどうだろうか、これも勿論腑に落ちない。
 500年前から生きているのだから支配するのは簡単な筈だ、それをせずに今更戦争を始めようと言うのもおかしい。

「昨日クラトスから聞いたが……人を改造してコルキスで暴れさせている、というのも聞いた。その犯人が旧人類だというのも解っている」
「……ふむ、そうなると前にレアを襲ったあの男も改造人、とかいう奴なのかも知れぬな」

 クレータの街でレアが襲われた爆弾魔の様な男。
 自らの腕を引き千切ってでもレアを襲ってきた魔族の男。
 あの男が改造人だとして何を目的に暴れていたのかは解らない。
 しかしレアの居た孤児園のウェスタがレアを連れて行って欲しい、と言っていた理由もそこにあるのだろう。

「俺自身がコルキスの改造人を見ていないから判断が難しいが、改造人をどうやって作ってどうして暴れさせているのかも解らんな」
「そうじゃのぉ、その辺りはクラトスが調べると言っておったから待つことになるか、それともワシらも加勢に行くか――」
「お待たせしました、スペシャルパンケーキとブラックコーヒー二つです」
「おぉ来たわい……これチップじゃ。とりあえず食べてから今後の事を考えるかの」
「そうだな、食事の時に嫌なモノを思い出しながら食べるものでは無いだろう」

 待ち望んでいたパンケーキとコーヒーがようやく運ばれてきた。
 色々考えるべきことはあるのだが今は目の前の食事を済ませてしまおう。
 同じ味を感じる事はできないのだが、同じ場所に座ることはできるのだから。



「おー! アレスサン! ディータサン! こちらに居まシタか!」
「コレ―か?」
「お主ここ最近何してたんじゃ? 連日タロスと一緒に外に居たようじゃが」
「ハイ、タロスはあの時駆動系の配線が焼き切れていた部分があったので、事情を話してここの工房を使わせて貰っていたんデス」
「俺が逮捕されている間も、か?」

 まさか自分が逮捕されている間にコレ―が動いているとは予想外だった。
 特にタロスは旧人類の兵器だ、おいそれと工房に持っていけるとは思えないし修理など持っての他だろう。
 二人の座っているテーブルに腰掛けるとニコニコと話し始める。

「タロスの修理に使う技術を共有する事を条件に交渉したんデスよ、コルキスには動力を使った機械である風光走機もあったのでタロスの技術も欲しがっていまシタ」
「そうか……コルキスは機械兵器に手を焼いていたからどういった方法で作られているのを知れるのは大きいのか」
「ワシも前に機械の敵と戦ったが……魔法が効きにくいとかいう状況じゃったな」

 アレスの生きていた時代で量産型の無人機に使われている装甲は基本的に整備性、量産性に優れているナノマイオイ装甲だ。
 当時の基準ではナノマイオイ装甲は防御力が無いとされており威力の強化を重ねすぎた兵器を使っていた500年前はライフルが一つあれば十分戦えた程だ。
 しかし今の人類は怪獣と戦う武器に剣や槍を使っており、その剣や槍の硬度や切れ味はナノマイオイ装甲と同等より少し上の固さを持っている。
 だが同じではダメなのだ、今の人類が何度も何度も剣を振れば無人機を倒せるかも知れないが、その間に無人機から放たれる銃弾を受けて人類が倒される方が早いだろう。

「しかも相手の武器は飛んでくる爆弾が多いのじゃよ」
「対人ミサイルの事か……そういえば、今の人類は火器をあまり使っていないな」
「そうデスね、怪獣と戦うにしても魔法がありマスし……研究はあまり進んでまセンね。ボク達は黒色火薬を本当に時々使っていて、それすらも作る人が全く居ないデスからお値段が凄まじいデス」
「値段?」
「ハイ、同じサイズの飛んでいくミサイルを作った場合で無人機に効果的な火薬量を入れるとなると……銀貨3枚分になりマス」
「さっ……!? 銀貨3枚もあればここのスペシャルパンケーキを3回食べておつりがくるではないか!? ワシこれ結構奮発したんじゃよ!?」

 予想外の金額にディータが驚愕する。
 今の人類は共通通貨を使っている、それぞれ銅貨、銀貨、金貨だ。
 金貨は銀貨の10倍の価値があり銀貨は銅貨の10倍価値がある、そういう決めごとで作った共通通貨だ。
 先ほどディータが食べていたスペシャルパンケーキは様々な具材と一緒に食べるランチメニューで銅貨が9枚必要だ。
 今の時代は一般的に成人男性一人分の一日にかかる食事は平均して1枚の銀貨を使う。
 成人男性が銀貨一枚あれば1日分の食費を十分賄えるのだ、それを三枚も使うとなると現代の火薬は本当に需要が無く、結果高価な物になってしまったのだろう。

「ちなみにこれミサイル一本の値段デス」
「と、とんでもないのぉ……しかし相手も同じようなミサイルではないのか?」
「いや、500年前の人が使っている火薬は黒色ではない。前にマリオンが撃たれた弾丸を解析したんだが……21世紀の初めごろに使われている火薬を使っていた、600年程前の火薬だな、ちなみに今の人類が使っている黒色火薬は1600年以上前の火薬だ」
「二倍以上時代に差があるのじゃが!?」
「ハイ、大量に作れては無い様デスけど、人が使えるサイズのミサイルをこちらが作ったとしても旧人類の方が威力が高いデスし無人機に効果的なダメージを与えるなら同じサイズじゃ不可能デス」

 そもそも今の人類は火薬の詰まったミサイルを遠くに飛ばすような技術は無いだろう。
 そんな装置を作る位なら魔法を複数人で使った方が効果があるかも知れない。

「そうなるとこちらが不利じゃな……話しに聞く所相手は無人機を主軸にしてくるのじゃろ? 遠距離攻撃ではどうしようもないわい」
「ふむ……こちらの遠距離隊は何を使っているんだ?」
「魔法を込めた大砲とバリスタデス、しかし二つとも対怪獣用の兵器デスから素早く動ける無人機には速度が足らないと工房の皆が言ってまシタ」

 旧人類の使っている無人機は基本的に四足で足にキャタピラーを巻いて高速で移動している。
 3~4メートルの無人機が一体でも今の人類の一個隊に相当するのに移動速度は怪獣の倍はある。
 放物線を描く据え置き型の武器は速度でも威力でも無人機には効果が無い。

「少ない火薬で無人機に効果的なダメージを与えられる据え置き武器か……ふむ、あれが使えるかも知れんな。W04リュコスカノンライフル」
「わ、なんデスか? この大きな筒は」
「ふむ、下の方はお主の使う銃に似ておるの」

 アレスが転移させたのは3メートル程の長い一丁のリボルビングライフルだった。
 しかし弾丸を発射する筈の筒の部分は細長い二股になっている。

「これはレールガンという武器の一種でな、火薬では無く電気と磁力で弾丸を撃ち出すんだ。磁石は解るだろ?」
「うむ、くっつく石の事じゃな?」
「成程、それなら火薬を使わなくても弾丸を飛ばせマス! アレスサン! 早速工房に着て下サイ!」
「……嫌、それが。今はアナウメ、とかいう奴で」

 武器を出しておいてなんだが、今アレスはディータの買い物に付き合っている。
 心配をかけたのだからお詫びで荷物持ちくらい付き合え、と言われてしまって今に至るのだ。
 そんなバツの悪そうな表情をディータが見たのかくく、と声を漏らして笑う。

「良い良い、ワシが許可する。というかワシも一緒にいくわい」
「あ、ああ……解った」
「助かりマス! それじゃお会計を済ませたら行きまショウ!」

 元気よく飛び跳ねる様にテーブルから立ち上がる。
 すると胸元にしまってあったペンダントがぽろり、と服の中から出てきた。
 いつも彼女が大切に持っているプルートの部品を加工して作ったペンダントだ。

「……コレ―? そのペンダント」
「ん? ああ、これデスか? これはプルートの破片です。唯一綺麗に残った彼の一部なんデス」
「前に惚気ておったのぉ、というかアレスペンダントとは名ばかりにコレ―の胸元見ておらぬかぁ?」
「おっと無防備でシタ、アレスサンダメデスよ~? ボクにはプルート以外の男性とはお付き合いできまセン」
「そんなつもりは無いが……そのペンダントに使われている部品。メモリースフィアじゃないか? AI搭載型の機械に使われる人格や記憶を記録しておく部品なんだが」
「――へ? めもりー……すふぃあ?」
「……もしかして、人でいう所の、脳か?」
「ああ、綺麗な状態だし、多分中身の記憶は劣化してないと思うぞ?」

 胸元を隠したまま、コレ―が、ディータが、そして言い出したアレスですら次の言葉を発する事ができなかった。



「う、おお……すっげぇなこれ」
「リュコスカノンライフルの有効射程は400メートル、速度はマッハ15まで出るが……金属加工の技術次第ではこれの半分も出れば無人機に十分なダメージを与えられると思う、勿論このリュコスカノンライフルをそのまま作る事も使う事も出来ないだろう、しかしこれのデチューン版なら作れると思う」

 コレ―に連れられて来たコルキスの工房でリュコスカノンライフルを試し打ちする。
 威力は大分抑えたがそれでも工房に置いてある分厚いダマスカスの板を二つ折りにしてしまった。
 ここまでの威力は流石に今の人類にだす事は出来ないが半分の速度と威力が出せれば十分無人機に通用する筈だ。
 そのあまりの威力に工房の誰もが唖然としている。

「こ、こんな威力の物、作れるのか?」
「原理さえ解ればな、だが色々注意点もある電力や部品を用意できるかが課題だが……」
「やってみるしかねぇな……イアソン様から無人機に対抗できる武器を作れって言われてたけどなんの光も見えてこなかったんだ……やってみる価値はあるだろうよ。なぁにタロスを弄る勉強よりは簡単だろうさ!」
「構造や設計図はさっき渡した通りだ、何か解らない事があれば何時でも聞いてくれ」

 金属の生成や加工技術を見たアレスの予想ではレールガンを作るには十分な条件が揃っていた。
 特に金属加工については魔法があるのでそれ程苦労はしない筈だ。
 原理さえ分かっていればレールガンの理論は簡単に理解できるだろう。
 次にアレスはタロスの近くにあるテーブルで暇そうにあくびをしているディータの所へ向かう。

「ディータ、コレ―はどうだ?」
「嫌もうほっとけ、としか言えぬよ……あの空間甘すぎてワシ胃もたれしそうじゃよ~」
「タロスの使われてないAI部分に組み込んだが上手くいった様だな」

 タロスには本来CS-OS意外にもAIを搭載する部分が存在する。
 戦闘の補助や人によるケアレスミスを無くすための補助動作を行ってくれる役割があり簡易警告を行ってくれるAIはアレスの時代のPMには標準装備だった。
 なのでその部分にプルートのAIを組み込んで起動させた、勿論任務コードを無力化させてだ。

「ボク、ボク今も……夢じゃないって、思えなくて……今も夢から覚めるんじゃないかって……」
「ワタシもこんな奇跡が起こるとは思わなかったよ、でも本当に現実なんだ……タロスのカメラを通して愛らしい君の姿を見れている」
「も、もうプルート……」
「な? あんな会話をず~っとしてるんじゃよ」
「良いじゃないか、久しぶりに会話ができたんだから嬉しいものだろ?」
「まーお主も投獄されてた時にそう言ってはおったがあれはちょっと違うんじゃよ……」

 アレス自身もメモリースフィアがあんなに綺麗に残っているとは思わなかった。
 腕のいいメカニックが作ったのが解るのと同時にコレ―が大事にしていたのが何より大きいのだろう。
 無人機に使われているAIはタロスに組み込んでも問題なく動作してくれた、記憶もAIの人格も元のまま残っておりコレーに破壊される寸前までの記録が残っていたそうだ。

「ん? 君がアレス君か……ありがとう、ワタシを蘇らせてくれて」
「俺も驚きだったさ……プルートの事はコレ―から聞いてたがメモリースフィアが残っているとは思わなかった」
「ああ、ワタシも信じられない……ユピテル様の命令で戦って殺された筈のワタシがまたこうしてコレ―と話せるとは」
「ユピテルか……まさかトロイアの大統領が生きていたとは。しかも人類に仇名す命令をするとは……何を考えているんだ?」
「ワタシにもその辺りは解らない……だが今の人類に戦争を仕掛けてる首謀は間違いなくユピテル様だろう」
「ボクは、ユピテルを許せまセン……戦いたくないと言っていたプルートに無理矢理街を襲わせたんデスから!」

 声だけでもコレ―が怒っているのが解る。
 最愛の人に逆らえない命令を出し己の手で止めるために殺したのだ、奇跡的に生きてくれたとは言えできるならあのまま二人の時間を過ごしていたかった。
 その平穏を壊された怒りなのだ、絶対にユピテルを許すことは出来ないだろう。

「しかし、そうも言ってられないだろう。500年前の人類が今の人類に害をなすなら、ワタシは戦う」
「プ、プルート!? 任務コードが無くなったのデスからもう戦う必要は……」
「戦わせてくれ、壊すための戦いではなく。守るための戦いをワタシにさせて欲しい」
「でも……」
「良いじゃろ、戦わせてやればよい。お主を守るために、お主と共に戦うのじゃろ?」
「それにタロスの戦力はコルキスの大きいウェイトになるだろう、無人機の武装は対人兵器だからタロスには効果も薄い筈だ」

 旧人類の戦力は今も無人機以外は謎のままだ。
 しかし無人機如きにPMは負ける事は無いだろう、旧式のPMであるタロスでも十分すぎるくらい戦力にはなる筈だ。

「プルート……本当にいいんですか?」
「ああ、君がタロスを持って戦うなら君と共に戦いたい。今度こそ君を守らせてくれ」
「あうぅ……そんな風に言われたら、ボク……嬉しくて、何も言えなくなってしまいマス」
「まーたじゃよ……ずっと甘いんじゃが?」
「しかし、話してるだけで甘いと感じるものなのか?」
「お主……もうちょっとそういう関係勉強した方が良いぞ?」

 首を傾げるアレスにディータは呆れてため息を吐くのだった。



 真夜中の遺跡を一人の女性が歩いている。
 女性の名はウェヌス、アレスを作り上げ500年以上の時を生きている人間だ。
 500年前の人間は今の人類と戦うために戦力を補充している、自動化による無人機の量産なので久しぶりに自由な時間ができたのだ。

(……数年ぶりね、最近は忙しくてここに来れて無かったわ)

 そんなウェヌスは今カオの村にいる。
 この村はクレータの街より馬車で四日ほど北の場所にある、500年前に使われていた移動バイクや独自のルートを使い、コルキスから一週間でカオの村までこれた。
 この村は、彼女の作った最高傑作の一つが眠っている場所にある。

(ユピテルは相変わらず人使いが荒い……まぁ疲れる事なんか無くなった体なんだから常時動いていられるんでしょうけど)

 壁に手を当てて自分のDNAでロックされた扉を解除する。
 今の人類と戦う戦闘が起こったとしてもアレスを起動する事はできないししてはいけない、コスモAIの最終チェックはとっくに終わっているがその成長性が解らないしウェヌスはアレスを戦争に巻き込もうともしないだろう。
 ユピテルもその辺りを了承している、最もアレスの起動コードも全て自分が居なければならず、そもそも自分のDNAや声帯等が無ければこの部屋にたどり着く事すらできないだろう。

「…………は?」

 部屋の中に入って、最初に出た言葉がこれだった。
 自分の生身の肉体を持っていた頃より長い時を生きたこの機械の体の映像が信じられない。
 だってそうだろう、アレスの眠っていたカプセルが開いているのだ。
 自分以外の誰もが開くことのできないカプセル。
 ウェヌスのDNAと声帯、色彩情報、そしてもう使われていない500年前の言葉でアレスの正式名称をウェヌスの声で言わなくてはアレスは起動する事は無い。

「な、え……何で? ちょ、ちょっと何で!? え、えっと起動した時間は……一か月以上前!?」

 カプセルに残されたコンピュータを立ち上げてアレスが起動したデータを確認する。
 一か月以上前、今年の5月23日にアレスが起動している。
 信じられない、アレスが起動するのは自分以外では不可能でこのカプセルや部屋自体ヘラクレス合金の特製ドームなので壊すことも不可能だしそもそも壊された後など無くセキュリティを無理矢理突破した様にも見えない。
 つまり自分がこのカプセルを開けない限りアレスが起動する事はありえないのだ。

「え? ちょっと待ってわたし今年で517歳だけど耄碌したかしらその辺のおばあさんよりおばあさんだけどってんな訳ないでしょノリツッコミしてる場合じゃないわよあの子が起動してるって事はあの子が目覚めてるってことでいや当たり前よ混乱してるわ落ち着いて落ち着いて……」

 深呼吸の動作を呼吸何てしてないけど行う。
 一先ず落ち着くにはこれをするのが一番だ、500年ぶりに生前のテンションになった気もする。
 それぐらいウェヌスにとって衝撃的な場面だった。

「状況を整理しましょう、ええ……カメラに映像が残ってるんだしそれを確認すれば解る事じゃない」

 録画されているカメラの映像を確認すれば一か月前ここで何が起きたのかを確認するのは簡単だ。
 慣れた手付きでこのカプセルに搭載されているカメラの映像を確認すると。

「…………この子、は? わたし……? サキュバスの、わたし?」

 自分と同じ顔をしたサキュバスがカメラに映っている。
 娼婦の様な薄着をした自分がアレスの顔を見て舌なめずりをしている。
 そして自分と同じ顔をした誰かがアレスを起動させていた。

「……なに、これ……この子は、誰なの?」
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