ココロカラフル

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3 あざやかな白

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 そのあとも、瑠璃とわたしは休み時間のたびに集まって話をした。
 次の授業で当てられたらいやだなー、ってこととか、黒板に残ってるチョークの跡、お化けみたいじゃない? なんてこととか。

 最初は瑠璃の話をきいてうなずいているだけだったけど、だんだん答えを返せるようになってきた。言葉を重ねるごとに、話をするときの、心も体もこわばるような緊張感がやわらいでいくのがわかった。
 わたしが言葉を選ぶのに時間がかかっても、瑠璃はせかさず待っていてくれる。それが安心につながっていたのかもしれない。
 どんな話題でも、瑠璃と「そうだよねー」「あったね、それ」なんてうなずきあうだけで、心が弾んでくるんだ。
 さっきも楽しかったな。英語の授業で小テストがあったときの話。

「ねえねえ深白、黄色だったよね?」
「うん、見たよ。黄色だった」

 テストのあとに、瑠璃とこっそり笑いあう。たとえ他の人が聞いても意味がわからない、ふたりだけの秘密の話だ。まるで暗号みたいでわくわくする。
 話の内容は、瑠璃が発見した先生のクセのことだった。
 なぜか、抜き打ちの小テストをする日だけ、先生は黄色いペンケースを持って教室に現れるのだ。

「黄色は知性を刺激する色だって、本で読んだことある。先生、意識してやってるのかな」
「……無意識だとしても、すごいね。あ、本って、瑠璃がさっき持ってた……」
「そう。ほかにも、ケンカのあと仲直りしたいときはピンク色のものを身につけるといい、とかね。よかったらその本、貸そうか?」
「うん、ありがとう。楽しみ」

 瑠璃は本当にたくさんの本を読んでいて、いろんなことに興味を持っている。
 話を聞いていると身の回りにあるあたりまえのことが、不思議でいっぱいなんだなあ、って気づいていく。景色が変わって見えるんだ。

「でね、日本の色の名前が面白くて……あ、ごめん、わたしひとりで話しすぎかな」
「ううん、もっと聞きたい。聞かせて」

 わたしがそう言うと、瑠璃はにっこり笑った。
 瑠璃はわたしが言ったりしたりしたことに素直に喜んでくれる。だからうれしくて、もっと喜んでほしくなる。
 瑠璃自身はわたしみたいになりたい、なにがあってもびくともしない人になりたいって言っていたけど、素直な気持ちを表情に出せるのって、とてもいいことだと思うんだ。

 お昼休憩の時間も、わたしたちは並んで座り、おしゃべりを続けた。

「瑠璃、はい、お茶」
「ありがと、深白。わあ、茶柱立ってる」
「……本当だ」
「茶柱が立つと、いいことがあるんだよね、たしか」
「うん、聞いたことある」

 瑠璃はお茶をおいしそうに飲んで、「でもね」と話を続けた。

「わたしにとってのいいことならもう起こってるよ。深白とこうして話すの、すっごく楽しいから!」

 えっ、本当に?
 びっくりした。わたしは返事をするのに時間がかかるし、面白いことも言えないのに、話すのが楽しいって思ってくれてるの?
 うれしい。うれしいな。つながっている、って気持ちになる。

 わたしにとって、人とつながるっていうのは、言葉よりも手芸を使うことが多かった。
 言葉だけだとうまく伝えられなくてもどかしいけど、手芸で作ったものは、自分の気持ちをダイレクトに伝えられる……そう思っていた。
 たとえば、お母さんや夕映ちゃんに鍋つかみやベッドカバーを作ってあげたとき、笑顔で喜んでくれることが一番うれしかったし、一番自分をわかってもらえる気がしたんだ。

 だけど、今は。
 手芸をしなくても、そのままのわたしだけで「楽しい」って言ってくれたんだ。

「……わたしも、楽しい。瑠璃と話すの」
「そっか、じゃあわたしたち、茶柱がなくてもいいことあった組なんだ!」

 思い切って気持ちを伝えてみると、瑠璃もそう言ってふふっと笑ってくれた。
 いいことなら、ほかにも見つけたよ。
 ふたり分のお茶を入れたカップが、仲よく寄りそってること。
 ひとりでお昼を食べていたときと違って、カップもうれしそうに見える。立ちのぼる湯気でおしゃべりしているみたい。
 その様子を見ていると、わたしの心もじんわりあったかくなってくるんだ。


「本、ありがとう。瑠璃色っていう色があるんだね。じっくり見ちゃった」

 わたしは登校するとすぐ、瑠璃にそう話した。
 瑠璃に借りた本は、色の説明とともにたくさんの写真が載っていて、読書をあまりしないわたしでも楽しくすらすら読めたんだ。
 瑠璃色は、紫を帯びた深い青色のことなんだって。一緒に載っていたラピスラズリの写真が、とてもきれいだった。

「えっ、もう本読んだの?」
「うん。瑠璃って色の名前だと思ってたけど、石の名前でもあるんだ、とか……」

 瑠璃は「さすが深白!」と言ってうれしそうに笑ってくれた。だけどそのあと、本の瑠璃色のページに目を落とすと、その表情に苦いものが混じった。

「親がラピスラズリ好きだったから、そのまんま名付けたって言ってた。わたしはもうちょっとシンプルな、画数が少ない名前がよかったんだけどね」

 瑠璃は肩をすくめて見せたけど、鉱石から名前がつくなんて、ロマンがあっていいなと思う。

「ラピスラズリから……。瑠璃って、いい名前だと思うよ」
「そう?」
「うん。わたしは白で、瑠璃と違って色はついてないから。真っ白って、ちょっとさみしいなって」

 冗談ぽく言ったつもりだったけど、瑠璃は考えこむように首をかしげてから、口を開いた。

「このあいださ、色のこと、授業でやってたじゃない? 光の色を全部混ぜたら白になるって」

 わたしは、ぼんやりと頭のはしっこに残ってる記憶をかき集めた。たしかに、三原色がどうとか先生が言ってたような。理科の授業だったっけ?

「だから、白は、すべての色からできてるんだって、わたしは思う。深白って、いい名前だよ」
「……そっか……。ありがと」

 わたしは、ぽつん、とお礼の言葉をつぶやいた。あまりにも感激しすぎて、気の抜けたような声になっちゃったんだ。
 もっと声に、感動した気持ちを乗せられたらよかったのにな。実際は普通に瑠璃の話を聞いてて、普通に返事しました、って感じになっちゃった。全然普通じゃないのに。すごく感動したのに。
 だけど瑠璃は気にしていないみたいで、うなずいて笑ってる。わたしがクールなのがいいって思ってるから、こんな言い方がいいのかな。

 授業がはじまってからも、わたしは瑠璃の言葉を頭の中で何度も繰り返した。
 白は、すべての色からできている。
 そっか、白って、色がないわけじゃないんだ。
 自分の名前を「クラスの色に染まれない」なんて意味にとらえてたけど、全部の色が入ってるって考え直したら、また違った景色が見えてきた。

 今のわたしは、黒板も机も教科書も、味気ないなんて思わない。どこを見てもあざやかで、キラキラまぶしい。
 瑠璃と笑いあうたび、どんどん新しい色が生まれている気がする。
 たとえばそれは、あざやかな白。深い瑠璃の色。


 学校から帰ったあとも、瑠璃との会話を思いだすたび、自然と口元がほころぶ。パッチワークがはかどって、針の進みが早い早い。夕映ちゃんに頼まれたクッションカバーも、もうすぐ完成しそうだった。
 次はなにを作ろうかな……と考えたとき、ふと心に浮かんだ。

 瑠璃に、なにか作ってあげたいな。
 手芸のことはまだ瑠璃に話していない。言うタイミングが見つからなかったんだよね。
 たくさん話をして瑠璃と仲よくなれた気がするし、趣味を打ち明けても大丈夫かもしれない。
 前に瑠璃のうちで飼っているワンちゃんの話を聞いたとき、「かわいい」って思わず連呼しちゃったけど、特に聞きとがめられたりはしなかった。
 わたしの好みがクールなものじゃないってことは、瑠璃にもなんとなく伝わってるんじゃないかな。
 それなら手芸が趣味だって知られてもいいかな。じゃあ、なにを作ろう?

 瑠璃は学校でもよく本を読んでいる。それならブックカバーをプレゼントしたらどうだろう?
 いつも使っている本屋さんの紙のカバーもいいけど、たまに気分を変えたいとき、手ざわりも色も違うカバーがあったら、喜んでもらえるかもしれない。
 これは瑠璃のためのブックカバーだって、ひとめでわかるようなものがいい。
 いいなあ、それ。
 胸の音が、早くアイデアを形にしたくて待ちきれない、と言わんばかりに騒ぎ立てる。わたしはその気持ちをよしよし、となだめながら、ブックカバーのデザインを紙に描きおこしていった。

 ひととおり描いたあと、ふと気づいた。これって、全部わたしの好みだ。
 瑠璃はどういう色や柄が好きなんだろう。名前が瑠璃だから瑠璃色……なんて、安直かな? 刺繍が多いのは、ごてごてしすぎって思われる?
 瑠璃の持ちものはだいたいモノトーンで、飾りもあまりついていない。じゃあ、シンプルで落ち着いた雰囲気にしたらいいのかな。
 直接聞いてみようか。瑠璃の好みの柄や形をしっかりリサーチすれば、いいものが作れそうだ。
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