ココロカラフル

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8 閉めたら、開ける

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 学校、行きたくないなあ。
 朝、目が覚めたとき、一番にそう思った。
 仮病を使って休んじゃおうか……朝食中にそんな考えが浮かんだものの、すぐに打ち消した。

 だって、朝ごはんを少し残そうとしただけで、家族全員が「具合悪いの?」と全力で心配してくれるんだもの。
 お母さんと夕映ちゃんには「具合悪いの?」と何度も聞かれるし、お父さんはお箸を動かすのを止めて、じーっとわたしを見つめている。
 この上学校を欠席したら、罪悪感で胸をちくちくさせたまま一日ベッドで過ごすことになってしまう。それって、つらすぎる。
 みんなに向かって、大丈夫、よくなったから、と言いつつごはんの残りを平らげ、わたしはあわてて家を出る準備をした。

 昨日は世界が終わっちゃった気がしたけど、周りの世界はなにひとつ変わりがない。天気はいいし、わたしが作ったクッションやぬいぐるみも、いつもどおりくつろいだ様子でそこにいる。
 だけど学校に着き、教室に近づくにつれて、昨日瑠璃と言い争ったことはやっぱり本当のことなんだと実感がわいてきた。足がどんどん重くなる。

 教室の中に入るには、これまでよりもたくさん深呼吸しないと無理だった。肩を大きく動かして何度も息を吸って吐き、ようやく扉を開ける。
 瑠璃はわたしの方をちらりとも見ないで本を読んでいた。まるで、瑠璃とわたしが友だちだったことなんて最初からなかったみたいに。
 そんな様子を見たら、とても「おはよう」と声をかけにいく勇気は持てない。

 やっぱり、世界は終わっちゃったのかな。黒板も、机も床も、どこかしっくりこない。見慣れた教室のはずなのに、いてはいけない場所に迷いこんだような気がする。
 なんとか自分の席にたどりつき、机に鞄を置いたとたん、女子たちがわたしのもとへやってきた。

「待井さん、ドールハウスのこと、考えてくれた?」

 緑川さんをはじめ、ドールハウスを熱く推していた人たちだ。みんな期待にあふれた顔でわたしを見ている。
 そうだった。小物デザインを頼まれて引き受けるかどうか、まだ返事をしていなかったんだ。
 瑠璃のことで頭がいっぱいだったから忘れてた。どうしよう、どう答えればいい? 大人数に囲まれて話しかけられる、なんてめったにないから、すっかり気圧されて頭が真っ白になってしまった。

 そのとき、お日さまのような声が頭の上から射しこんだ。

「待井さん、あれあれ。前に小さくてかわいいの、作ってたよね!」

 声だけじゃなく髪の色まで明るい、滝くんだ。いつものようにコンベックスを片手に、ぴょこぴょこ小走りでやって来た。
 にぎやかに登場した滝くんを見て、女子たちは苦笑していた。

「もう、滝は突然話に割りこんでくるんだもんなあ」
「今、大事な話をしてるんだからねー。なにかの長さを測りたいならあとにしてよ」

 女子たちに冷たくあしらわれて、滝くんは頬をふくらませる。

「あ、いつも人の邪魔してるみたいな扱い! おれだって大事な話してるんだよ! ドールハウスに関係あることなんだからさ」

 わたしはそのやりとりの間、滝くんが言っていた「小さくてかわいいの」ってなんだっけと考えていた。
 この前、教室に入りづらかったとき、滝くんが声をかけてくれたことがあったな。そのときわたしのポケットに入っていたものに反応していたけど……あのときの?
 会話が途切れた瞬間に、思い切って滝くんに聞いてみた。

「あれって、マスコットのこと?」
「そうそれ! ドールハウスに活かせるんじゃないかなーって思ったんだ」

 滝くんが指を鳴らして答えると、女子たちはわたしの方に身を乗りだしてきた。

「待井さん、マスコットってどんなの? 見せて見せて」

 一瞬どうしようか悩んだ。昨日までは、瑠璃に知られたくなくて趣味のことを隠そうとしていたけど、今は、もう……。
 わたしは複雑な気持ちで、ポケットからうさぎのマスコットを取りだした。

「うわあ、かわいいうさちゃん!」
「こういう感じの子、ドールハウスに住んでもらおうよ」
「もう何匹か作って、家族にしたいなあ。待井さんに作り方教えてもらおっか」

 予想以上に反響があってびっくりした。注目されることに慣れていないからか、うれしさよりも不安が大きい。

「え、でも、これはわたしが勝手に考えて作ったものなんだけど、大丈夫かな……」
「待井さんがデザインを考えたの? もっとすごいよ! よかったら型紙とか見せてほしいな」

 型紙なら取って置いてある。わたしは小さくうなずいた。
 女子たちは満足げにうなずき、「じゃあ、放課後、他の小物についても打ち合わせしよう」と言い残して席へ戻っていった。
 あれっ、いつのまにかわたし、ドールハウスの小物デザイン、引き受けたことになっちゃってる……?


 お昼休み、ランチルームでは瑠璃の姿を見かけなかった。わたしと会いたくないから、違う場所で食べてるのかもしれない。
 もう、瑠璃とわたしのカップが並ぶことは、ないのかな。そう思うと、鼻の奥がツンとする。

 ひとりぼっちのお昼ごはんを終えたあと、残りの昼休みを中庭で過ごすことにした。ベンチに座り、深くうつむく。
 小物デザインの仕事、本当に引き受けてもいいの?
 たしかに、マスコットをほめられたのはうれしかった。小物作りをするのも楽しそう。だけど、瑠璃と仲たがいをした原因のハンドメイドをやってもいいのかな?

 同じことをぐるぐると悩んでいたとき、突然、誰かがわたしの髪の毛をすくい上げた。
 おどろいて顔を上げると、さらに髪をのれんのようにかきわけられる。
 目の前にいるのは、滝くんだった。
 滝くんはいつもとんでもないことをするけど、今回のも相当だ。なにも言えずにかたまっていると、にっこりと笑って「待井さん、こんちはー」とあいさつをしてきた。

「なんかね、待井邸の玄関が閉じちゃってたから、開けてみた!」
「えっ、げ、玄関?」
「そーそー。髪の毛が玄関。おじゃましまーす!」

 あまりにも朗らかにあいさつされたものだからおかしくなって、思わず笑い声が口の端から漏れてしまった。

「あ、開いてきた開いてきた! さっきまではこう、重たい門が閉まってたみたいだったからさ」
「えっ、そう?」
「うん。なんとなく」

 それは髪の毛のことだけじゃなくて、気持ちが閉じてたって意味なのかな?

 滝くんはわたしの隣にすとんと座り、小首をかしげ、なにかを待っているかのようにこちらを見つめる。
 あれ、もしかして、わたしの話を聞こうとしてくれてるのかな。
 滝くんが扉を開けてくれたおかげなのか、話そうと意識する前に、言葉がぽろぽろと口からこぼれだした。

「……ドールハウスの小物作り、引き受けていいのか考えちゃって」
「なんで? やりたくない?」
「そうじゃないんだけど……ほかに、気になることがあって……」
「それって、今朝から内田さんと話してないことと、関係ある?」

 ぎくりとした。今、気にしていることそのものだ。わたしは滝くんに早口で聞き返した。

「なんでわかったの?」
「前に、待井さんの机と椅子の距離、測ったことあったじゃん? あのときはさ、座り心地よさそうな環境なのに、待井さんはなーんか居心地悪そうだなって思ってたんだ。で、次の日から内田さんと話すようになって居心地よさそうに変わったから、よかったよかった! って安心した。なのに今日、また居心地悪そうになっちゃった。理由はなにかって気にして見てたら、あれ、内田さんと話してないな? 理由はこれかな? って気づいたってわけ」

 滝くん、鋭い! わたしが座っている雰囲気を見ただけで、悩んでるってことまでわかっちゃうの?
 そこまで察しているなら、もうなにも取りつくろうことなんてできない。わたしは滝くんに事情を打ち明けることにした。

「瑠璃……内田さんはハンドメイドが嫌いなんだって。だからわたしは趣味のことをずっと隠してたんだけど、昨日のホームルームでばれちゃって」
「あー、委員長、めっちゃみんなの前で言ってたもんね」
「うん。それで瑠璃が『どうして黙ってたの』って怒っちゃったんだ……」
「あああー、そういうことか。前にマスコット見せられないって言ってたのは、内田さんが手作り嫌いだったからなんだ」
「うん……」
「嫌いな理由は聞いた?」
「ううん。瑠璃に避けられちゃって……。ちゃんと話したいんだけど」

 答えながら、そういえば理由を考えたことがなかったな、と気づいた。
 瑠璃はどうしてハンドメイドが嫌いなんだろう? もし理由がないなら、嫌いにまではならない気がする。興味がない、っていう反応をすると思うんだよね。

「ふーむ。まず話をするとこからか。なんていうか、人間同士の距離感は難しいなあ。離れたり、近づいたり。家だったら、ずっと動かずにいてくれるのになあ……」

 滝くんがつぶやくのを聞いて思った。もし、瑠璃とわたしの心の距離が目に見えるものなら、今はどれだけ離れてしまっているんだろう。……だめだ、こわくてとても考えられない。

「ごめん、話聞きだしといて上手くアドバイスできなかった」
「ううん、ありがとう」

 くせっ毛までしゅんとさせながらあやまる滝くんに、首を振って答えた。
 だって、わたしのことを気にかけて、わざわざここまで来てくれた上に、話を真剣に聞いてくれたんだもの。うれしくて、胸がほんのり温かくなる。
 さて、これからどうしよう、とふたりでしばらく考えこんでいたところ、滝くんがぱっと顔を上げた。

「今はまず、ドールハウス作りに全力投球するってのはどう?」
「……ハンドメイドをするってなると、瑠璃を傷つけたことを思いだしちゃって、つらいなって……」
「でもさ、手芸が好きなことを隠してる待井さんは、本物の待井さんじゃないじゃん?」
「本物の、わたしじゃない……?」
「うん。待井さんが好きなこと我慢したまま内田さんと仲直りしても、どっかで無理が出てくるよ。待井邸のドアをがっちり閉めたままで、『心を開いて仲直りしよう』って言うようなものだと思うんだよ」

 身振り手振りをまじえつつ熱弁する滝くんに、わたしは引きこまれていた。

「待井さんが好きなことを本気でやってるところを見せたら、内田さんだって認めてくれるかもしれないよ」
「そ、そうかなあ。あんなに嫌ってるのに……」
「今すぐは無理かもしれない。だけどずっとがんばってたら、きっと伝わるよ。待井さんの中にある手芸好きって気持ち、すっごい大事なものだと思うから、つらい気持ちを乗り越えて、手芸やっていてほしいなあ。今回の文化祭みたいに、待井さんの趣味にひたれそうなことは特にね。好きなものってさ、建築の基礎みたいに、自分を支える力になると思うんだ。不安で立ってる場所がぐらぐら揺れても、待井邸が倒れないようにしっかり固定してくれるものだよ」

 滝くんが「立ってる場所がぐらぐら」と言ったとき、どきっとした。
 瑠璃とけんかした日、まさに世界が終わっちゃったような、足もとの地面が崩れたような気持ちになったからだ。
 好きなものを大切にすることで、どんな不安がやってきても、自分で自分の心を救うことができるってことなのかな。

 そう思うと、少しだけ目の前が明るくなったような気がした。
 ドールハウスの仕事を引き受けたら、余計に瑠璃を傷つけてしまうかもしれない。だからといって断ってしまったら、本当の自分を見失って、瑠璃のことも見失ったままになってしまうかもしれない。
 そんなの、悲しい。気持ちがどんどん弱っていっちゃいそうだ。
 だとしたら、わたしのやるべきことは……。

「うん、わたし、ドールハウスをやってみる。今の自分ができることを、精一杯やってみるよ」
「そっかー!」

 思い切って宣言したわたしに、滝くんは笑ってうなずいてくれた。
「ありがとう。滝くんがアドバイスくれなかったら、ずーっと考えてるだけだったと思う」

 滝くんの目をしっかりと見て話す。いつもは下がりがちな目線を思いきって上げてみた。
 それから風で顔にかかった髪の毛を、自分の手ではらう。
 さっき滝くんが『待井邸』の扉を開けてくれた。今度は自分から開けようと思ったんだ。

 自分で自分を支えられるように、大事なことに本気で取り組んで、前向きになりたい。そして、瑠璃と仲直りする勇気を持ちたい。
 そのために、できることからがんばるんだ。
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