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9 もう一度話したい
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わたしは教室に戻ると緑川さんの席へ向かった。
自分から誰かに話しかけるなんて、瑠璃以外にはめったにないことで、ものすごく緊張する。手に汗をかいているのがわかる。
滝くんが言ってくれたように、楽しめることをやって自分を強くするんだ、と自分に言い聞かせつつ、わたしは口を開いた。
「緑川さん、わたし、ドールハウスの小物デザイン、やりたいと思って」
「あれっ、もう引き受けてくれたんじゃなかったっけ?」
「きちんと返事をしてなかったから。うまくできるかどうか、わからないけど、がんばります。よろしくお願いします」
頭を下げてあいさつすると、緑川さんはクスクスと笑いだした。
なにかおかしなことを言ったかな。失敗したかも? と一瞬思ったけど、緑川さんの笑い声は悪い感じのしない、楽しそうなものだった。
「知らなかった。待井さんって、真面目な感じの人なんだね。イメージ変わった」
真面目? もしかして、つまらない子だって思われちゃったかな?
どう反応すればいいか答えあぐねていると、緑川さんは手を振りながら言い足した。
「ああ、えーとね、悪い意味じゃないんだ。待井さんって、もっと物事を斜めに見てるタイプだと思ってたから。わたしなんか委員長でしょ。すぐ真面目かーって言われてちょっとツライときあるけど、もともと真面目な人はそんなツッコミしないから、どっちかっていうとそういうタイプは大歓迎」
「……なるほど」
これまで緑川さんが話しかけてくれたときには、自分がうまく返事ができない焦りばかりを感じていた。彼女の思いなんて気にかけたことがなかった。
おしゃべりが得意な人だって、話をしてて傷つくこともある。いろんなことを考えてるんだよね。そんなあたりまえのことがやっとわかった。
話し終えて自分の席に戻るとき、誰かが大きく手を振っているのが視界に入った。滝くんだ。
彼はピースサインをわたしに向けて、にっかりと笑っていた。
次の日の六時間目は自習になったので、ふたたび文化祭の打ち合わせをすることになった。
今回は、ドールハウスを作ることがすでに決定しているからか、みんなは最初から積極的に意見を出し合っている。黒板には、あっという間に作りたいドールハウスの案がずらずらと並んでいった。
建物はひとつではなく、四つ作ることになった。それぞれ違うコンセプト。
和風とカントリー風の住宅がひとつずつと、喫茶店とケーキ屋のお店だ。
「じゃあ設計図作ろう! この家は何人家族なの? 部屋数はいくつにする?」
設計担当の滝くんは、前のめり気味に質問をしている。返事を待つ間にスケッチブックを広げ、建物のラフを描く準備も万端だ。さすが未来の建築家さんだ。もう仕事に取りかかってる。
「さすが……」
思わず出た声は小さかったけど、滝くんは気づいたらしく、こちらを見ていたずらっぽく笑った。
「へへ、設計できるのが楽しみすぎて、昨日なかなか寝れなかったよー。うさぎの家族が好きなものに囲まれて、ほっとするような家、がんばって考えるから!」
そう言ってから、見本にと出しておいたうさぎのマスコットの腕を指でそっとつまんで、握手するように上下にゆらした。
「ああ、そっかあ。住んでる人の出す生活感で、建物の雰囲気が決まるんだ。じゃあまず内側から決めるのがいいのかなあ」
滝くんの隣にいた男子がつぶやき、みんなもなるほどとうなずいた。
自然と建築チーム、内装チームが集まってきて輪になり、相談をはじめた。
わたしは小物作りの参考になるかもしれないと、家にある布地を小さく切り取り、ノートに貼り付けて作った見本帳を持ってきていた。
「布の色とか柄とか……実際に見た方が選びやすいかなって」
言いながら、内装チームのみんなに見せる。
本当に役に立つのかなあと不安に思っていたけど、みんなは、わあっとおどろきの声を上げ、見本をじっくり見てくれた。
「うんうん、イメージわくよ。クッションはこの柄がいいかな?」
「ソファはこっちがいいかも! これだけあると選び放題だよね」
「ハギレがいっぱいあるってことは、待井さんがそれだけたくさん手芸をしてきたってことだよね。すごいねえ」
わたしが手芸をするのは、ごはんを食べるのと同じくらいあたりまえのことだったから、そのことに感心してくれるなんてびっくりしてしまう。だけど、やっぱりうれしい。
「あっ、待井さん布の見本持ってきてたの? おれもこれ持ってきたんだ。見て見てー」
自分の席から住宅のパンフレットを運んできた滝くんが、会話の中へ入ってきた。
内装チームのみんなは前みたいに追いだしたりしないで、生地見本の横にパンフレットを並べ、頭を寄せあって相談をした。
「カントリー風の家って、屋根つけられるかな?」
「できるよー。カントリーハウスっていろんな雰囲気のあるけど、これとかどう? アーリーアメリカンスタイル。何百年も前から家やってます、って感じの頼もしさがあって、おれは好き!」
そう言って、絵本に出てきそうな住宅の写真を指さす滝くん。実際に建物の写真を見たことで、わたしの創作意欲もむくむくと顔をのぞかせてきた。
「屋根と同系色のカーテンをかけたら、かわいいかも」
わたしは見本帳からあざやかな花柄の布を探して、みんなに見せてみた。
「いいねえ。そうしよっか」
「待井さん、この布、まだ手芸店に売ってるかな?」
「家にあるから持ってくる。前に使ったのがたくさん残ってるんだ」
「本当? やったー! ありがとう!」
みんなは、口々にお礼を言ってくれた。
少しぶっきらぼうな返事になっちゃったかも、と後悔しかかっていたのに、みんなは笑顔を向けてくれた。わたしはびっくりしてうつむいてしまう。
だけど、それじゃだめなんだ。滝くんが言ったところの「扉が閉まった」状態になってしまう。
わたしは思い切って顔を上げ、ほほえみ返した。
「待井さん、ちょっと怖い人なのかもって思ってたけど、違うね」
「……えっ、そうかな」
隣に座っていた女子がそんな風に言ってくれたので、ちゃんと笑顔になれていたんだと安心した。
まあ、怖いと思われていたのは複雑だけど。無表情で無愛想にしてたら、そう見えても仕方ないもんね、うん。
自分を納得させていると、滝くんがずいっと話に入ってきた。
「待井さん、怖くないよ! そう見えるのは、だいたい真剣に考えごとしてるときだよ。パッチワークのこと考えてそうなとき、こう、ぐぐっと目ヂカラある顔してる!」
言いながら、滝くんは両手の指で眉を寄せている。わたしはびっくりして思わず大声を出してしまった。
「えっ、そうだったの?」
わたし、そんな顔してた?
「うん、見てたらわかる! パッチワークのこと聞いたとき、一瞬でこういう顔になったもんね」
「全然知らなかった……ごめんなさい、怖い顔して」
これまでにも、たくさんの人を怖がらせていたのかもしれないと思うと、申しわけなさでいっぱいだ。頭を下げてあやまると、みんなはいっせいに笑いだした。
「あはは、待井さん面白い!」
「滝、やるじゃん。待井さんの隠された素顔を引きだしちゃってるじゃん」
「ホントいいキャラしてる! 一緒にドールハウス作れてよかったー」
さらにびっくりだ。あやまっただけなのに、面白い? どうしてだろう?
わたしだけ話に乗れてない気がするけど、みんなの楽しそうな顔を見ていたら、なんだか気持ちが軽くなってきた。
「ほらー、言ったでしょ。待井さんは面白いんだって! もっと自分の面白さに自信を持っていいよ!」
滝くんがわたしに同意を求めてくる。あいまいにうなずくと、彼はすごく得意気な顔になった。
そういえば以前、滝くんに言われたっけ。聞いたときはとても信じられなかったけど……。
やっぱり不思議だ。わたしが大勢の人の輪に入っているなんて。
だって昨日までのわたしは、クラス中が行事で盛り上がっているときも、教室の隅からながめているだけだったもの。
なのに今のわたしは文化祭の準備に張り切るチームの中にいる。それどころか、意見まで出しちゃってる。
すごい。ミシンを走らせてるような勢いで、胸がどきどき言っていた。
だけど次の瞬間、ふっと瑠璃のことが思い浮かぶ。心のミシンは糸調子が悪くなったときみたいに鈍い音を立てた。胸の中が重たくなる。
今、クラスの子と話せるようになってうれしいよ。
だけど瑠璃とふたりの、内緒話のようなやりとりだってすごく楽しかった。
こっそりと瑠璃を見る。瑠璃は今、広報チームでポスターや案内看板の打合せをしている。わたしも参加するはずだったチームだ。
途切れ途切れに聞こえてくる広報チームの会話内容は、内装チームとは全然違うものだった。同じ教室にいても別世界にいるみたいだ。
小さくため息をついて手元の生地見本にふれる。そこには瑠璃のために作ろうと思っていたブックカバーの布も貼ってあった。彼女の名前にちなんだ瑠璃色の布。
瑠璃と色の話をしたことを思いだす。
白は、すべての色が混ざりあってできたものだって、わたしの名前の白は色がないわけじゃないんだよって、瑠璃が教えてくれた。とってもうれしかったんだ。
もう一度、瑠璃と話がしたいよ。
それなら勇気をださなきゃいけない。
がんばって、瑠璃に話しかけるんだ。
まず、休み時間に実行しようとしたけど、あえなく失敗してしまった。お昼のときと同じで、瑠璃は授業が終わると同時にどこかへ行ってしまうのだ。
友だちになる前から、瑠璃はひとりでいることが多かった。もしかしたら、瑠璃はひとりでもさみしくなんてなくて、静かな読書空間を楽しんでいたのかもしれない。
だけど、そのときも今も、瑠璃はどこか硬い雰囲気だ。心が閉じてしまっているように見える。
わたしがクラスの人たちと話せるようになったのはきっと、友だちになろうと声をかけてくれて、たくさんおしゃべりしてくれた瑠璃のおかげだ。
ちょっとの失敗で負けてちゃだめだ。今度はわたしから瑠璃に声をかけるんだ。
放課後になると、瑠璃はすぐに鞄を手にして教室を出る。わたしも急いで追いかけた。
わたしが後ろにいるのがわかるのか、瑠璃はどんどん早足になる。昇降口で立ち止まったとき、チャンスを逃すまいと思い切って瑠璃の腕を取った。
「待って!」
瑠璃は動きを止めたけど、こちらを見てはくれない。
わたしは頭の中で言いたいことを組み立てる余裕もないまま、必死で話しかけた。
「ハンドメイドのこと、だまってて本当にごめんね……。でもわたし、これからも、瑠璃と、友だちでいたくて……」
緊張のせいか、言いながら手がふるえてしまった。
瑠璃はそんなわたしの手に視線を向けると、ハッとしたように顔を上げた。どこか心配そうなまなざしでわたしを見る。
だけど瑠璃はすぐに目をそらし、しぼりだすような声をだした。
「だって、わたし、深白がそういう感じの子だって知らなかったもん……」
ドキッとした。わたしが、実はクールじゃなくて気が弱い性格なのが、やっぱりだめだったの?
「手芸とか、やってるなんて。ものを作る人はそれを人に押しつけたりするじゃない……そういうの、いやなの」
「押しつける? わたし、そんなこと……」
びっくりしつつ答えた。
つまり、わたしが作ったものを瑠璃に無理やりプレゼントして使わせる、って思ってるの? そんな。苦手なものを押しつけるなんて、絶対にしたくない。
だけど瑠璃はわたしの言い分を否定するように、何度もかぶりを振り、怒った様子で言い立てた。
「もういい。クラスの子も……深白も、わたしとは違う種類の人間なの。ドールハウスでもなんでも、みんなとおそろいで作ってればいいでしょ」
そう言うが早いか、瑠璃はわたしの手を振りほどき、走り去る。
わたしは瑠璃の背中に向かって呼びかけた。だけど口から出た声は小さすぎてとても届かない。
あっという間に瑠璃の姿は見えなくなった。
どうしよう。仲直りどころか完全に嫌われてしまった気がする。どうしよう。
頭の中で何度も「どうしよう」が渦を巻く。
とりあえず下校しなければと鞄を肩にかけた。中身はいつもと同じなのに、倍くらい重く感じる。
ポケットのマスコットをぎゅうっと握り、その柔らかさに少しだけ救われながら、わたしは歩を進めた。
「押しつけたりする、か……」
言われたことを考える。
もしかして、瑠璃が怒っている原因はわたしに対してだけじゃないのかな。以前、誰かにハンドメイド作品を押しつけられたことがあって、それを思いだしちゃったから、っていう可能性もある。
だけどわたしだって、やっちゃだめなことをしてた。本当の自分をごまかして、瑠璃に好かれたいって思ってたんだ。
そんなの、わたしには無理だったのに。
手芸に興味がないふりなんてできっこない。今だってこうしてマスコットにさわって安心してる。
ふと、手ざわりに違和感を覚えてうさぎのマスコットを取りだした。強く握りすぎてしまったのか、糸がほつれ、中の綿が見えてしまっている。
「ごめんね」
ほつれた部分をなでながらマスコットにあやまった。
うさぎの青色と白色。さっきまできちんとくっついていたのに、今は離れそうになっている。
マスコットは縫えば直すことができる。だけど、瑠璃との仲は……。
そう思うと、悲しくなる。
瑠璃との仲も、もとに戻せたらいいのに。仲直りできる糸があればいいのにな。
自分から誰かに話しかけるなんて、瑠璃以外にはめったにないことで、ものすごく緊張する。手に汗をかいているのがわかる。
滝くんが言ってくれたように、楽しめることをやって自分を強くするんだ、と自分に言い聞かせつつ、わたしは口を開いた。
「緑川さん、わたし、ドールハウスの小物デザイン、やりたいと思って」
「あれっ、もう引き受けてくれたんじゃなかったっけ?」
「きちんと返事をしてなかったから。うまくできるかどうか、わからないけど、がんばります。よろしくお願いします」
頭を下げてあいさつすると、緑川さんはクスクスと笑いだした。
なにかおかしなことを言ったかな。失敗したかも? と一瞬思ったけど、緑川さんの笑い声は悪い感じのしない、楽しそうなものだった。
「知らなかった。待井さんって、真面目な感じの人なんだね。イメージ変わった」
真面目? もしかして、つまらない子だって思われちゃったかな?
どう反応すればいいか答えあぐねていると、緑川さんは手を振りながら言い足した。
「ああ、えーとね、悪い意味じゃないんだ。待井さんって、もっと物事を斜めに見てるタイプだと思ってたから。わたしなんか委員長でしょ。すぐ真面目かーって言われてちょっとツライときあるけど、もともと真面目な人はそんなツッコミしないから、どっちかっていうとそういうタイプは大歓迎」
「……なるほど」
これまで緑川さんが話しかけてくれたときには、自分がうまく返事ができない焦りばかりを感じていた。彼女の思いなんて気にかけたことがなかった。
おしゃべりが得意な人だって、話をしてて傷つくこともある。いろんなことを考えてるんだよね。そんなあたりまえのことがやっとわかった。
話し終えて自分の席に戻るとき、誰かが大きく手を振っているのが視界に入った。滝くんだ。
彼はピースサインをわたしに向けて、にっかりと笑っていた。
次の日の六時間目は自習になったので、ふたたび文化祭の打ち合わせをすることになった。
今回は、ドールハウスを作ることがすでに決定しているからか、みんなは最初から積極的に意見を出し合っている。黒板には、あっという間に作りたいドールハウスの案がずらずらと並んでいった。
建物はひとつではなく、四つ作ることになった。それぞれ違うコンセプト。
和風とカントリー風の住宅がひとつずつと、喫茶店とケーキ屋のお店だ。
「じゃあ設計図作ろう! この家は何人家族なの? 部屋数はいくつにする?」
設計担当の滝くんは、前のめり気味に質問をしている。返事を待つ間にスケッチブックを広げ、建物のラフを描く準備も万端だ。さすが未来の建築家さんだ。もう仕事に取りかかってる。
「さすが……」
思わず出た声は小さかったけど、滝くんは気づいたらしく、こちらを見ていたずらっぽく笑った。
「へへ、設計できるのが楽しみすぎて、昨日なかなか寝れなかったよー。うさぎの家族が好きなものに囲まれて、ほっとするような家、がんばって考えるから!」
そう言ってから、見本にと出しておいたうさぎのマスコットの腕を指でそっとつまんで、握手するように上下にゆらした。
「ああ、そっかあ。住んでる人の出す生活感で、建物の雰囲気が決まるんだ。じゃあまず内側から決めるのがいいのかなあ」
滝くんの隣にいた男子がつぶやき、みんなもなるほどとうなずいた。
自然と建築チーム、内装チームが集まってきて輪になり、相談をはじめた。
わたしは小物作りの参考になるかもしれないと、家にある布地を小さく切り取り、ノートに貼り付けて作った見本帳を持ってきていた。
「布の色とか柄とか……実際に見た方が選びやすいかなって」
言いながら、内装チームのみんなに見せる。
本当に役に立つのかなあと不安に思っていたけど、みんなは、わあっとおどろきの声を上げ、見本をじっくり見てくれた。
「うんうん、イメージわくよ。クッションはこの柄がいいかな?」
「ソファはこっちがいいかも! これだけあると選び放題だよね」
「ハギレがいっぱいあるってことは、待井さんがそれだけたくさん手芸をしてきたってことだよね。すごいねえ」
わたしが手芸をするのは、ごはんを食べるのと同じくらいあたりまえのことだったから、そのことに感心してくれるなんてびっくりしてしまう。だけど、やっぱりうれしい。
「あっ、待井さん布の見本持ってきてたの? おれもこれ持ってきたんだ。見て見てー」
自分の席から住宅のパンフレットを運んできた滝くんが、会話の中へ入ってきた。
内装チームのみんなは前みたいに追いだしたりしないで、生地見本の横にパンフレットを並べ、頭を寄せあって相談をした。
「カントリー風の家って、屋根つけられるかな?」
「できるよー。カントリーハウスっていろんな雰囲気のあるけど、これとかどう? アーリーアメリカンスタイル。何百年も前から家やってます、って感じの頼もしさがあって、おれは好き!」
そう言って、絵本に出てきそうな住宅の写真を指さす滝くん。実際に建物の写真を見たことで、わたしの創作意欲もむくむくと顔をのぞかせてきた。
「屋根と同系色のカーテンをかけたら、かわいいかも」
わたしは見本帳からあざやかな花柄の布を探して、みんなに見せてみた。
「いいねえ。そうしよっか」
「待井さん、この布、まだ手芸店に売ってるかな?」
「家にあるから持ってくる。前に使ったのがたくさん残ってるんだ」
「本当? やったー! ありがとう!」
みんなは、口々にお礼を言ってくれた。
少しぶっきらぼうな返事になっちゃったかも、と後悔しかかっていたのに、みんなは笑顔を向けてくれた。わたしはびっくりしてうつむいてしまう。
だけど、それじゃだめなんだ。滝くんが言ったところの「扉が閉まった」状態になってしまう。
わたしは思い切って顔を上げ、ほほえみ返した。
「待井さん、ちょっと怖い人なのかもって思ってたけど、違うね」
「……えっ、そうかな」
隣に座っていた女子がそんな風に言ってくれたので、ちゃんと笑顔になれていたんだと安心した。
まあ、怖いと思われていたのは複雑だけど。無表情で無愛想にしてたら、そう見えても仕方ないもんね、うん。
自分を納得させていると、滝くんがずいっと話に入ってきた。
「待井さん、怖くないよ! そう見えるのは、だいたい真剣に考えごとしてるときだよ。パッチワークのこと考えてそうなとき、こう、ぐぐっと目ヂカラある顔してる!」
言いながら、滝くんは両手の指で眉を寄せている。わたしはびっくりして思わず大声を出してしまった。
「えっ、そうだったの?」
わたし、そんな顔してた?
「うん、見てたらわかる! パッチワークのこと聞いたとき、一瞬でこういう顔になったもんね」
「全然知らなかった……ごめんなさい、怖い顔して」
これまでにも、たくさんの人を怖がらせていたのかもしれないと思うと、申しわけなさでいっぱいだ。頭を下げてあやまると、みんなはいっせいに笑いだした。
「あはは、待井さん面白い!」
「滝、やるじゃん。待井さんの隠された素顔を引きだしちゃってるじゃん」
「ホントいいキャラしてる! 一緒にドールハウス作れてよかったー」
さらにびっくりだ。あやまっただけなのに、面白い? どうしてだろう?
わたしだけ話に乗れてない気がするけど、みんなの楽しそうな顔を見ていたら、なんだか気持ちが軽くなってきた。
「ほらー、言ったでしょ。待井さんは面白いんだって! もっと自分の面白さに自信を持っていいよ!」
滝くんがわたしに同意を求めてくる。あいまいにうなずくと、彼はすごく得意気な顔になった。
そういえば以前、滝くんに言われたっけ。聞いたときはとても信じられなかったけど……。
やっぱり不思議だ。わたしが大勢の人の輪に入っているなんて。
だって昨日までのわたしは、クラス中が行事で盛り上がっているときも、教室の隅からながめているだけだったもの。
なのに今のわたしは文化祭の準備に張り切るチームの中にいる。それどころか、意見まで出しちゃってる。
すごい。ミシンを走らせてるような勢いで、胸がどきどき言っていた。
だけど次の瞬間、ふっと瑠璃のことが思い浮かぶ。心のミシンは糸調子が悪くなったときみたいに鈍い音を立てた。胸の中が重たくなる。
今、クラスの子と話せるようになってうれしいよ。
だけど瑠璃とふたりの、内緒話のようなやりとりだってすごく楽しかった。
こっそりと瑠璃を見る。瑠璃は今、広報チームでポスターや案内看板の打合せをしている。わたしも参加するはずだったチームだ。
途切れ途切れに聞こえてくる広報チームの会話内容は、内装チームとは全然違うものだった。同じ教室にいても別世界にいるみたいだ。
小さくため息をついて手元の生地見本にふれる。そこには瑠璃のために作ろうと思っていたブックカバーの布も貼ってあった。彼女の名前にちなんだ瑠璃色の布。
瑠璃と色の話をしたことを思いだす。
白は、すべての色が混ざりあってできたものだって、わたしの名前の白は色がないわけじゃないんだよって、瑠璃が教えてくれた。とってもうれしかったんだ。
もう一度、瑠璃と話がしたいよ。
それなら勇気をださなきゃいけない。
がんばって、瑠璃に話しかけるんだ。
まず、休み時間に実行しようとしたけど、あえなく失敗してしまった。お昼のときと同じで、瑠璃は授業が終わると同時にどこかへ行ってしまうのだ。
友だちになる前から、瑠璃はひとりでいることが多かった。もしかしたら、瑠璃はひとりでもさみしくなんてなくて、静かな読書空間を楽しんでいたのかもしれない。
だけど、そのときも今も、瑠璃はどこか硬い雰囲気だ。心が閉じてしまっているように見える。
わたしがクラスの人たちと話せるようになったのはきっと、友だちになろうと声をかけてくれて、たくさんおしゃべりしてくれた瑠璃のおかげだ。
ちょっとの失敗で負けてちゃだめだ。今度はわたしから瑠璃に声をかけるんだ。
放課後になると、瑠璃はすぐに鞄を手にして教室を出る。わたしも急いで追いかけた。
わたしが後ろにいるのがわかるのか、瑠璃はどんどん早足になる。昇降口で立ち止まったとき、チャンスを逃すまいと思い切って瑠璃の腕を取った。
「待って!」
瑠璃は動きを止めたけど、こちらを見てはくれない。
わたしは頭の中で言いたいことを組み立てる余裕もないまま、必死で話しかけた。
「ハンドメイドのこと、だまってて本当にごめんね……。でもわたし、これからも、瑠璃と、友だちでいたくて……」
緊張のせいか、言いながら手がふるえてしまった。
瑠璃はそんなわたしの手に視線を向けると、ハッとしたように顔を上げた。どこか心配そうなまなざしでわたしを見る。
だけど瑠璃はすぐに目をそらし、しぼりだすような声をだした。
「だって、わたし、深白がそういう感じの子だって知らなかったもん……」
ドキッとした。わたしが、実はクールじゃなくて気が弱い性格なのが、やっぱりだめだったの?
「手芸とか、やってるなんて。ものを作る人はそれを人に押しつけたりするじゃない……そういうの、いやなの」
「押しつける? わたし、そんなこと……」
びっくりしつつ答えた。
つまり、わたしが作ったものを瑠璃に無理やりプレゼントして使わせる、って思ってるの? そんな。苦手なものを押しつけるなんて、絶対にしたくない。
だけど瑠璃はわたしの言い分を否定するように、何度もかぶりを振り、怒った様子で言い立てた。
「もういい。クラスの子も……深白も、わたしとは違う種類の人間なの。ドールハウスでもなんでも、みんなとおそろいで作ってればいいでしょ」
そう言うが早いか、瑠璃はわたしの手を振りほどき、走り去る。
わたしは瑠璃の背中に向かって呼びかけた。だけど口から出た声は小さすぎてとても届かない。
あっという間に瑠璃の姿は見えなくなった。
どうしよう。仲直りどころか完全に嫌われてしまった気がする。どうしよう。
頭の中で何度も「どうしよう」が渦を巻く。
とりあえず下校しなければと鞄を肩にかけた。中身はいつもと同じなのに、倍くらい重く感じる。
ポケットのマスコットをぎゅうっと握り、その柔らかさに少しだけ救われながら、わたしは歩を進めた。
「押しつけたりする、か……」
言われたことを考える。
もしかして、瑠璃が怒っている原因はわたしに対してだけじゃないのかな。以前、誰かにハンドメイド作品を押しつけられたことがあって、それを思いだしちゃったから、っていう可能性もある。
だけどわたしだって、やっちゃだめなことをしてた。本当の自分をごまかして、瑠璃に好かれたいって思ってたんだ。
そんなの、わたしには無理だったのに。
手芸に興味がないふりなんてできっこない。今だってこうしてマスコットにさわって安心してる。
ふと、手ざわりに違和感を覚えてうさぎのマスコットを取りだした。強く握りすぎてしまったのか、糸がほつれ、中の綿が見えてしまっている。
「ごめんね」
ほつれた部分をなでながらマスコットにあやまった。
うさぎの青色と白色。さっきまできちんとくっついていたのに、今は離れそうになっている。
マスコットは縫えば直すことができる。だけど、瑠璃との仲は……。
そう思うと、悲しくなる。
瑠璃との仲も、もとに戻せたらいいのに。仲直りできる糸があればいいのにな。
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