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10 放課後のふたり
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「待井さん、できたよー! うさぎのお父さん!」
弾んだ声が近づいてくる。顔を上げると、作りたてのマスコットを手にした緑川さんがいた。
「すごい、いいね。優しい表情にできてる」
「待井さんがていねいに教えてくれたおかげ!」
緑川さんがはにかんだように笑ったのを見て、わたしの心は少し明るくなった。
瑠璃のことを考えるとつらいけど、悲しむ時間もないくらい、ドールハウスの作業はたくさんあった。
毎日放課後になると、教室はドールハウス製作所に早変わりだ。それぞれの机の上には設計図や材料が広げられ、にぎやかに作業がはじまる。
家具を作る人たちも、とても張り切っていた。
ベッドやテーブルなどは最初から手作りだ。
木材をカッターで切り、その小さいかけらを指に載せ、慎重に接着剤をつけているところを見ていると、わたしもがんばらなきゃ、と身が引き締まる。みんなの力作を素敵に飾ってあげたい。
そう思いつつラグやカーテンを縫っている間に、同じチームの人たちからたくさんの質問が飛んでくる。
初日には、まず針と糸の持ち方から、という人もいた。教えるって難しい。自分の感覚でなんとなくやっていることを言葉にして伝えるのって大変だ。
「待井さん、そのラグになにか縫ってるの? もう完成したのかと思ってた」
「えっとね、ラグに飾りがあったほうがかわいいかなと思って、刺繍を……」
「えっ、こんな小さいものに、さらに刺繍するってすごすぎるー!」
「そ、そこまですごいものでも……。縫うの楽しいから」
緑川さんも同じチームのみんなも、本当にほめるのが上手だ。一番うまいのは夕映ちゃんだと思ってたのに、上には上がいるものだ。世の中って広い。
周りからかけられるはげましの声と笑顔。作業中に飛び交う会話。その空間の中を泳ぐようにわたしは手を動かし、縫い進めていく。
細かい作業が苦手、と言っていた人が、食器を作るための粘土を楽しそうにこねているのを見ると、なんだか心がほっこりする。
もの作りをとおして、周りの人たちとふれあえたり、手芸をするときの自分を客観的に見られるようになったり、いろんな気づきがあるんだな。好きなことを中心にして、自分の世界が広がっていくんだ。
そう思うと、毎日、放課後の作業時間が待ち遠しくなった。
『好きなことってさ、建築の基礎みたいに、自分を支える力になると思うんだよね』
ふと、滝くんが言ってくれたことを思いだす。彼は今、建物の設計図を指さし、仲間たちと楽しそうに議論をしていた。
「ねえねえ、家の照明って追加できるかな?」
「え、うん、LEDのライト買って、電源は電池にすればいけると思うけど……。滝、いつも急にやること増やすよなー」
「あはは、ごめん。急に思いついちゃって。おれ、家から漏れる明かりって好きなんだー。じーっと動かない光が、近くを通りかかった人のことまで見守ってくれてる感じがしてさ」
「わかるようなわからんような……。まあ、やってみるか」
「やった! もっといい家になるよ、きっと!」
滝くんは広げたスケッチブックにざかざかと書き込みながら、さらに言った。
「内装も、もっと凝ろうよ。こう、本当にこの家に住んでるーって感じになるように。住んでるうさぎたちの趣味のグッズとか置いてさ……」
次々とアイデアを提案する滝くんは、好奇心たっぷりの輝いた目をしていた。建築家になりたいという夢を、わたしに教えてくれたときの表情と同じだ。
今、滝くんの瞳には、いつか実際に建てる建物が映っているのかもしれない。
そう思えるくらい、遠くまで見通すようなまっすぐなまなざしだった。なぜだか見逃してはいけない気がして、じっと見てしまう。
「生活感出すのはいいかもなー。で、このうさぎたちの趣味ってなんだろ?」
「それは、これからリサーチするところ!」
そう答えた滝くんは、できたてのお父さんのマスコットを手にして、「で、お父さん、ご趣味は……」なんて質問をはじめた。その真面目な様子がおかしくて、わたしは思わず笑い声を上げてしまった。
わたしの声に気づいて、滝くんがこちらを見る。
いつものようにニカッと笑うのかと思えばそうではなく、すっと真面目な顔に戻ったので、少しどきりとしてしまう。
次に滝くんが言ったのは、少しどころではなくとんでもなく衝撃的な言葉だった、
「おれとつきあってくれない?」
え、え、どういうこと?
告白……ってまさか、こんなにたくさんの人がいる前で? つきあうってどういう意味のつきあう?
頭の中ではいくつもの疑問符が飛び交っていたけど、わたしの本体はかたまってしまって、ほんの少しも動けなかった。まばたきすら忘れていたような気がする。
わたしがそれほどあわててるのに、周りの人たちは少しもさわいでいなかった。滝くんのそばにいた男子が、作業をしながらのんびりと言った。
「あー、買い出しね」
「そう、買い出し! 材料足りなくなってきてるから。ってことで待井さん、ホームセンターと百円ショップにつきあってください!」
滝くんはもう一度わたしに頼んだ。今度は真面目顔じゃなくてほがらか笑顔だ。
……お店に、つきあう。そういうことだったんだ……。
「……うん、いいよ」
なんとか返事をしたものの、体中の力が抜けてヘニャヘニャなわたしは、机に突っ伏したいのを必死でこらえていた。
「滝じゃなかったら、なにいきなり告ってんの? ってなるところだよなあ、今の」
「まあ、でも、滝だからなあ。それはないな」
「待井さんも理解してるから、全然動じてなかったしね。胸キュン的なことは、はじまらなかったなー」
のんびりと話すみんなに、心の中で思いきり反論していた。
すっごく、すっごく動じてるんですよー! 今まさに、リアルタイムで!
男の子に「つきあって」なんて言われたのはじめてなんだから、びっくりするのは当然だよね? と、必死に自分に言いわけをする。
だけどもし、「男の子」じゃなくて「滝くん」に言われたから、なんだとしたら……。
胸があまりにもせわしなく鳴り続けるものだから、そのあとを考えるのはちょっぴり怖かった。
「ごめん、滝くん。待たせちゃって」
「ううん、全然! 今日も実測するものいっぱいあったし。じゃあ行こっか、待井さん」
放課後。掃除当番を終えたわたしは、滝くんに声をかけた。約束どおり、ドールハウスの材料を買いに行くのだ。
男の子とふたりで歩いた経験が一度もないわたしは、「並んで歩いてもいいのかな」とか「早歩きしないと置いてかれちゃうのかな」なんて緊張していたけど、実際には全然違う意味で頭を悩ませることになった。
なにせ、相手は滝くんだ。
滝くんの建築物へ向かう興味のアンテナは、今日もバッチリ立っていて、ホームセンターへ向かう途中の道でも、歩道橋や車止めのポールを見かけるたびに寸法を測りに行ってしまうのだ。
楽しそうなのはいいことなんだけど、これじゃ日が暮れてしまう。そろそろ行こうよ、って言った方がいいのかな。
意を決して声をかけようとする……と、口を開く前に、滝くんがくるりと振り向いた。
「待井さん、後ろ、木の枝がある。髪の毛ひっかけないように気をつけて」
「えっ」
あわてて髪を手で押さえて振り返ると、街路樹の枝がすぐそばで揺れていた。
「本当だ。気づかなかった。滝くん、どうしてこっちを見てないのにわかったの?」
まるで背中に目があるみたい。
「風で木がざわざわしてるのが聞こえたんだー。あと、待井さんの足音! アスファルトじゃない、木の根元の保護板に乗ってる音したから」
「音を聞いただけでわかるの? す、すごいね」
「へへ、すごい? 待井さんの髪の毛、すごくキレイだからさ、からまったらイヤだもんね」
「き」
今、滝くんさらっとすごいこと言ったよ?
一瞬で顔がアイロンみたいに熱くなった。蒸気が噴きでてないか心配なくらい。
どうしたらいいかわからなくなり、とりあえず自分の髪を手に取ってながめるふりをしてみる。
「さらっさらのつやっつやだもん。今も光が反射してまぶしいくらい! 本当にキレイ!」
滝くんはさらに、ぽんぽんとほめ言葉を投げかけてくる。わたしは受け止めるのに精一杯で、まったく反応ができないでいた。
だめだ。このままじゃ、前に滝くんの友だちが言っていた「塩対応」になっちゃう。
塩どころか、今のわたしは砂糖たっぷりな気持ちなのに。ほめられたら恥ずかしくなっちゃうけど、やっぱりうれしいもの。
それなら、心と同じように、ちゃんと、砂糖対応? をしないと。
「ありがとう。滝くんの髪だっていいと思う……明るい色で」
赤い髪はお日さまに染まったみたいで、気がつくと目で追っちゃうんだ、というのはさすがに恥ずかしくて言えなかった。
「おお、ほめられた! これねえ、めちゃめちゃ遺伝なんだ。おかーさんもおばーちゃんも同じ色。周りの奴には、普段から気が抜けてるから髪の色も抜けてるのか? って言われることもある!」
「え? そんなこと言われちゃうの?」
とてもほめ言葉に聞こえなかったのに、滝くんはなぜかにこにこ顔だ。
「うん。『ただし夢中になるもん見つけたら、なにもかもなぎ倒していく猪突猛進タイプだけど』とも言われたー。まあどっちにしても、ほめ言葉として受け取っといた!」
まるで正反対のことを言っているのに、なんとなく納得してしまった。
滝くん、興味を引くものを求めてさまよっているときはふらふらしているけど、いざ興味の対象に向かうときはとんでもなく行動が早いもんね。
「待井さんはさ、おれみたいに突っ込んでくタイプじゃなくて、『情熱を内に秘めてる』タイプだよね。外からはわかりにくいけど、視線はまっすぐ好きなものに向かってるっていうか」
「……そ、そう?」
情熱かあ。わたしの心の中にあるもの、そう表現していいのかな。
ちょっとしたときに、こういうデザインのパッチワークを作りたいな、とか、こんな布地がいいな、とか思い巡らせることがあるけど……。
それが「まっすぐ好きなものに向かっている」っていうことになるなら、いいなあ。
「だからこの買い物に誘ったんだ! 待井さんのこと。おれたち、夢中になるとまっすぐ向かっちゃうとこ、おそろいだなーって思って」
体を左右に揺らしながら歩いていた滝くんは、ふと立ち止まり、振り返って笑って見せた。
「待井さん、打ち合わせのとき布の見本持ってきてたじゃん? おれも住宅のパンフレット持ってきてたから、家づくりの準備段階から張り切ってる仲間!」
たしかに、示し合わせたわけでもないのに見本を準備してたんだな、わたしたち。
わたしはずっと滝くんの少し後ろを歩いていたけど、気がつくと横並びに立っていた。滝くんはもう一度にっこり笑うと、大きく手を振って歩きだす。
まるで行進をしているみたいに、ふたりの最初の一歩がきれいにそろった。
おそろい、かあ。
くすぐったいけど、すごくうれしい。大きな夢を持つ滝くんにそんな風に言われるなんて。
「いいドールハウス、つくりたいね」
「うん、居心地いい家にしたい! まずはゆっくり眠れる寝室からかな。天井の高さや窓の位置、壁紙の配色なんかをしっかり考えて、落ち着いて熟睡できる感じにしたいんだよねー」
「なるほど……。じゃあカーテンも派手な柄にしないで、色数が少ない方がいいのかな……」
「カーテンと壁紙の色合わせ、大事だよね! がっつり考えよう」
わたしたちは目的地に着くまで、ドールハウスの家具や内装のことについてたくさん話した。
弾んだ声が近づいてくる。顔を上げると、作りたてのマスコットを手にした緑川さんがいた。
「すごい、いいね。優しい表情にできてる」
「待井さんがていねいに教えてくれたおかげ!」
緑川さんがはにかんだように笑ったのを見て、わたしの心は少し明るくなった。
瑠璃のことを考えるとつらいけど、悲しむ時間もないくらい、ドールハウスの作業はたくさんあった。
毎日放課後になると、教室はドールハウス製作所に早変わりだ。それぞれの机の上には設計図や材料が広げられ、にぎやかに作業がはじまる。
家具を作る人たちも、とても張り切っていた。
ベッドやテーブルなどは最初から手作りだ。
木材をカッターで切り、その小さいかけらを指に載せ、慎重に接着剤をつけているところを見ていると、わたしもがんばらなきゃ、と身が引き締まる。みんなの力作を素敵に飾ってあげたい。
そう思いつつラグやカーテンを縫っている間に、同じチームの人たちからたくさんの質問が飛んでくる。
初日には、まず針と糸の持ち方から、という人もいた。教えるって難しい。自分の感覚でなんとなくやっていることを言葉にして伝えるのって大変だ。
「待井さん、そのラグになにか縫ってるの? もう完成したのかと思ってた」
「えっとね、ラグに飾りがあったほうがかわいいかなと思って、刺繍を……」
「えっ、こんな小さいものに、さらに刺繍するってすごすぎるー!」
「そ、そこまですごいものでも……。縫うの楽しいから」
緑川さんも同じチームのみんなも、本当にほめるのが上手だ。一番うまいのは夕映ちゃんだと思ってたのに、上には上がいるものだ。世の中って広い。
周りからかけられるはげましの声と笑顔。作業中に飛び交う会話。その空間の中を泳ぐようにわたしは手を動かし、縫い進めていく。
細かい作業が苦手、と言っていた人が、食器を作るための粘土を楽しそうにこねているのを見ると、なんだか心がほっこりする。
もの作りをとおして、周りの人たちとふれあえたり、手芸をするときの自分を客観的に見られるようになったり、いろんな気づきがあるんだな。好きなことを中心にして、自分の世界が広がっていくんだ。
そう思うと、毎日、放課後の作業時間が待ち遠しくなった。
『好きなことってさ、建築の基礎みたいに、自分を支える力になると思うんだよね』
ふと、滝くんが言ってくれたことを思いだす。彼は今、建物の設計図を指さし、仲間たちと楽しそうに議論をしていた。
「ねえねえ、家の照明って追加できるかな?」
「え、うん、LEDのライト買って、電源は電池にすればいけると思うけど……。滝、いつも急にやること増やすよなー」
「あはは、ごめん。急に思いついちゃって。おれ、家から漏れる明かりって好きなんだー。じーっと動かない光が、近くを通りかかった人のことまで見守ってくれてる感じがしてさ」
「わかるようなわからんような……。まあ、やってみるか」
「やった! もっといい家になるよ、きっと!」
滝くんは広げたスケッチブックにざかざかと書き込みながら、さらに言った。
「内装も、もっと凝ろうよ。こう、本当にこの家に住んでるーって感じになるように。住んでるうさぎたちの趣味のグッズとか置いてさ……」
次々とアイデアを提案する滝くんは、好奇心たっぷりの輝いた目をしていた。建築家になりたいという夢を、わたしに教えてくれたときの表情と同じだ。
今、滝くんの瞳には、いつか実際に建てる建物が映っているのかもしれない。
そう思えるくらい、遠くまで見通すようなまっすぐなまなざしだった。なぜだか見逃してはいけない気がして、じっと見てしまう。
「生活感出すのはいいかもなー。で、このうさぎたちの趣味ってなんだろ?」
「それは、これからリサーチするところ!」
そう答えた滝くんは、できたてのお父さんのマスコットを手にして、「で、お父さん、ご趣味は……」なんて質問をはじめた。その真面目な様子がおかしくて、わたしは思わず笑い声を上げてしまった。
わたしの声に気づいて、滝くんがこちらを見る。
いつものようにニカッと笑うのかと思えばそうではなく、すっと真面目な顔に戻ったので、少しどきりとしてしまう。
次に滝くんが言ったのは、少しどころではなくとんでもなく衝撃的な言葉だった、
「おれとつきあってくれない?」
え、え、どういうこと?
告白……ってまさか、こんなにたくさんの人がいる前で? つきあうってどういう意味のつきあう?
頭の中ではいくつもの疑問符が飛び交っていたけど、わたしの本体はかたまってしまって、ほんの少しも動けなかった。まばたきすら忘れていたような気がする。
わたしがそれほどあわててるのに、周りの人たちは少しもさわいでいなかった。滝くんのそばにいた男子が、作業をしながらのんびりと言った。
「あー、買い出しね」
「そう、買い出し! 材料足りなくなってきてるから。ってことで待井さん、ホームセンターと百円ショップにつきあってください!」
滝くんはもう一度わたしに頼んだ。今度は真面目顔じゃなくてほがらか笑顔だ。
……お店に、つきあう。そういうことだったんだ……。
「……うん、いいよ」
なんとか返事をしたものの、体中の力が抜けてヘニャヘニャなわたしは、机に突っ伏したいのを必死でこらえていた。
「滝じゃなかったら、なにいきなり告ってんの? ってなるところだよなあ、今の」
「まあ、でも、滝だからなあ。それはないな」
「待井さんも理解してるから、全然動じてなかったしね。胸キュン的なことは、はじまらなかったなー」
のんびりと話すみんなに、心の中で思いきり反論していた。
すっごく、すっごく動じてるんですよー! 今まさに、リアルタイムで!
男の子に「つきあって」なんて言われたのはじめてなんだから、びっくりするのは当然だよね? と、必死に自分に言いわけをする。
だけどもし、「男の子」じゃなくて「滝くん」に言われたから、なんだとしたら……。
胸があまりにもせわしなく鳴り続けるものだから、そのあとを考えるのはちょっぴり怖かった。
「ごめん、滝くん。待たせちゃって」
「ううん、全然! 今日も実測するものいっぱいあったし。じゃあ行こっか、待井さん」
放課後。掃除当番を終えたわたしは、滝くんに声をかけた。約束どおり、ドールハウスの材料を買いに行くのだ。
男の子とふたりで歩いた経験が一度もないわたしは、「並んで歩いてもいいのかな」とか「早歩きしないと置いてかれちゃうのかな」なんて緊張していたけど、実際には全然違う意味で頭を悩ませることになった。
なにせ、相手は滝くんだ。
滝くんの建築物へ向かう興味のアンテナは、今日もバッチリ立っていて、ホームセンターへ向かう途中の道でも、歩道橋や車止めのポールを見かけるたびに寸法を測りに行ってしまうのだ。
楽しそうなのはいいことなんだけど、これじゃ日が暮れてしまう。そろそろ行こうよ、って言った方がいいのかな。
意を決して声をかけようとする……と、口を開く前に、滝くんがくるりと振り向いた。
「待井さん、後ろ、木の枝がある。髪の毛ひっかけないように気をつけて」
「えっ」
あわてて髪を手で押さえて振り返ると、街路樹の枝がすぐそばで揺れていた。
「本当だ。気づかなかった。滝くん、どうしてこっちを見てないのにわかったの?」
まるで背中に目があるみたい。
「風で木がざわざわしてるのが聞こえたんだー。あと、待井さんの足音! アスファルトじゃない、木の根元の保護板に乗ってる音したから」
「音を聞いただけでわかるの? す、すごいね」
「へへ、すごい? 待井さんの髪の毛、すごくキレイだからさ、からまったらイヤだもんね」
「き」
今、滝くんさらっとすごいこと言ったよ?
一瞬で顔がアイロンみたいに熱くなった。蒸気が噴きでてないか心配なくらい。
どうしたらいいかわからなくなり、とりあえず自分の髪を手に取ってながめるふりをしてみる。
「さらっさらのつやっつやだもん。今も光が反射してまぶしいくらい! 本当にキレイ!」
滝くんはさらに、ぽんぽんとほめ言葉を投げかけてくる。わたしは受け止めるのに精一杯で、まったく反応ができないでいた。
だめだ。このままじゃ、前に滝くんの友だちが言っていた「塩対応」になっちゃう。
塩どころか、今のわたしは砂糖たっぷりな気持ちなのに。ほめられたら恥ずかしくなっちゃうけど、やっぱりうれしいもの。
それなら、心と同じように、ちゃんと、砂糖対応? をしないと。
「ありがとう。滝くんの髪だっていいと思う……明るい色で」
赤い髪はお日さまに染まったみたいで、気がつくと目で追っちゃうんだ、というのはさすがに恥ずかしくて言えなかった。
「おお、ほめられた! これねえ、めちゃめちゃ遺伝なんだ。おかーさんもおばーちゃんも同じ色。周りの奴には、普段から気が抜けてるから髪の色も抜けてるのか? って言われることもある!」
「え? そんなこと言われちゃうの?」
とてもほめ言葉に聞こえなかったのに、滝くんはなぜかにこにこ顔だ。
「うん。『ただし夢中になるもん見つけたら、なにもかもなぎ倒していく猪突猛進タイプだけど』とも言われたー。まあどっちにしても、ほめ言葉として受け取っといた!」
まるで正反対のことを言っているのに、なんとなく納得してしまった。
滝くん、興味を引くものを求めてさまよっているときはふらふらしているけど、いざ興味の対象に向かうときはとんでもなく行動が早いもんね。
「待井さんはさ、おれみたいに突っ込んでくタイプじゃなくて、『情熱を内に秘めてる』タイプだよね。外からはわかりにくいけど、視線はまっすぐ好きなものに向かってるっていうか」
「……そ、そう?」
情熱かあ。わたしの心の中にあるもの、そう表現していいのかな。
ちょっとしたときに、こういうデザインのパッチワークを作りたいな、とか、こんな布地がいいな、とか思い巡らせることがあるけど……。
それが「まっすぐ好きなものに向かっている」っていうことになるなら、いいなあ。
「だからこの買い物に誘ったんだ! 待井さんのこと。おれたち、夢中になるとまっすぐ向かっちゃうとこ、おそろいだなーって思って」
体を左右に揺らしながら歩いていた滝くんは、ふと立ち止まり、振り返って笑って見せた。
「待井さん、打ち合わせのとき布の見本持ってきてたじゃん? おれも住宅のパンフレット持ってきてたから、家づくりの準備段階から張り切ってる仲間!」
たしかに、示し合わせたわけでもないのに見本を準備してたんだな、わたしたち。
わたしはずっと滝くんの少し後ろを歩いていたけど、気がつくと横並びに立っていた。滝くんはもう一度にっこり笑うと、大きく手を振って歩きだす。
まるで行進をしているみたいに、ふたりの最初の一歩がきれいにそろった。
おそろい、かあ。
くすぐったいけど、すごくうれしい。大きな夢を持つ滝くんにそんな風に言われるなんて。
「いいドールハウス、つくりたいね」
「うん、居心地いい家にしたい! まずはゆっくり眠れる寝室からかな。天井の高さや窓の位置、壁紙の配色なんかをしっかり考えて、落ち着いて熟睡できる感じにしたいんだよねー」
「なるほど……。じゃあカーテンも派手な柄にしないで、色数が少ない方がいいのかな……」
「カーテンと壁紙の色合わせ、大事だよね! がっつり考えよう」
わたしたちは目的地に着くまで、ドールハウスの家具や内装のことについてたくさん話した。
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