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16 大切な人たちへ
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ふたりでぽつりぽつりと話しているうちに涙は乾き、気持ちが落ち着いてきた。
そこでやっと、受付を交代してもらっていたことを思いだした。
「もし怒られたらわたしも一緒にあやまるから」
と言ってくれた瑠璃と一緒に、早足で教室へ戻る。
するとクラスのみんなは、もうお昼の時間だからなにか食べてきなさい、と再び送りだしてくれた。
「とくに待井さんは、いろいろと大活躍だったから疲れてるだろうしね」
と、緑川さんに笑みを含んだ声で言われた。
そういえば、まーちゃんのこととか布絵本のこととか、短時間で大変なことがいっぱいあったな。ほっとした今、やっと肩の力が抜けた気がする。
お言葉に甘え、瑠璃と文化祭を思い切り楽しむことにした。
まず、バザー会場に戻ってお母さんに布絵本のことを報告してから、模擬店をあちこち見て回った。
焼きそば、たこ焼き、クレープ。どれも食べたいものばかりで選びきれない。少しでも多くの種類を楽しむために、ふたりで半分こすることにした。
中庭のベンチで買ったものを食べながら、話もたくさんした。今までの分を取り戻すように。
「瑠璃、わたしね……好きなものを好きでいるって大事だって思うんだ。そうやって自分を支える基礎ができたら、つらいときも踏ん張れる気がするんだ。……だから、えっと、本やシンプルなものが好きって気持ち、大事にしてほしいな」
好きが基礎になる、という話は滝くんの受け売りだ。瑠璃にうまく伝わっているといいな。
「ありがと、深白! わたしはこれからも本いっぱい読むし、服も小物もシンプルなのを選ぶよ。深白もわたしに遠慮しないでハンドメイドやってね。バッグや小物も、好きなものを使ってほしいから」
「うん、瑠璃がいやじゃなければ……」
「いやじゃないよ! 深白と話してて、ハンドメイドに対する考えが変わったんだ。糸と針を使って、体験したことや感じたことを布に込められる。それって、本と同じなんだなって思ったよ」
「瑠璃……」
笑う瑠璃のうしろで、飾り付けられた風船が揺れていた。白、青、赤、緑……たくさんの色。
ふと気づくと、周りの景色はとても色あざやかだ。オーガンジーのようなやわらかい雲がかかった青空。日差しを受けてきらめく木の葉。
瑠璃の膝の上にある布絵本は、深い青。
すべての色が、そのままの姿で、きらきらと輝いていた。
「瑠璃は受付じゃないけど、一緒に教室戻る?」
「そうだねえ……」
と言いかけていた瑠璃は、急に黙りこんだ。遠くの方を見ている。視線を追うと、滝くんがコンベックスを手にして、模擬店のテントを測っているのが見えた。文化祭でも行動がぶれないなあ、滝くん。
「わたしは図書室に寄ってから戻るよ。古本市をやってるみたいだから、行きたくて」
「そっか。それは行かなきゃだね」
「だから、わたしの分まで滝くんにお礼言っといてくれる?」
「わかった」
「わたしは好きでも嫌いでもないけど、深白の好き、はしっかり応援しないとね」
「うん……えっ?」
混乱しているわたしの背中をぽんと押して、瑠璃は歩いていく。
「待井さーん」
入れ替わりに、わたしを見つけた滝くんが手を振りながら走ってきた。
「内田さんと話せたみたいだね。よかったなー!」
滝くんの顔を見るのが恥ずかしい。だけど、お礼をちゃんと伝えたい。うつむきかけた顔を上げて、わたしは滝くんに答えた。
「うん、布絵本、瑠璃が買ってくれてたの。ちゃんと仲直りできたよ。滝くん、ありがとう」
「どういたしまして!」
滝くんの開けっぴろげな笑顔を見て、今まで知らないふりをしていた部屋の扉が開いた気がした。
わたしはずっと滝くんを意識してたんだ。
瑠璃のことで悩んでいたからそれどころじゃないって思って、気持ちを心から追いだそうとしていた。だけど……。
ついさっき、中庭にいたときのことを思い浮かべる。隣で瑠璃がうれしそうに笑っていた。
もう心をしばるものは、ない気がした。滝くんに対する気持ちが一度に広がる。
髪の毛のアンテナを揺らして、興味のあるものに歩いていくふわふわした歩き方。
わたしが悩んでいることにすぐに気づいてくれて、破れてしまったキルトに当て布をするようにはげましてくれた。
重力がないみたいに気楽そうに見えるのに、物事をしっかり考えている。わたしにかけてくれた言葉は胸にすとんと落ちてきた。
滝くん。滝くん。
そばにいてくれてありがとう。
「絵本のことで一生懸命走ってくれて、瑠璃に伝えてくれて、本当にありがとう、滝くん。すごくうれしかったよ」
「いいってことよー。だっておれ、待井さんが好きだからさ!」
……ん?
さらっと今、とんでもない言葉が聞こえた!
お、落ち着こう。滝くんのことだから、好きって言ってもドールハウス作りの仲間だからとか、そういう……
「あれ、よくわかんないって顔してる? じゃあ補足します。好きってのはラブって意味だよ」
「ら……」
「待井さん、かたまっちゃった。やっぱ伝わってないのかな。それではおれの思いの丈をぶつけます。聞いてください!」
滝くんはすうっと息を吸い込んでから話しだした。
「待井さんの好きなところ言います! 待井さん、しゃべる前にめっちゃ考えるでしょ? そのとき唇をきゅっとするのが好き! パッチワークを人に作ってあげるときのプロっぽい考え方が好き! 髪を耳にかける仕草が好き。色っぽい! あとはねえ……」
「ちょ、ちょっと待ってちょっと待って!」
どうしよう、今、人生で一番恥ずかしい! 顔が燃えさかってるのかと思うくらい熱い!
「待井さん顔真っ赤。やった、通じたー」
あわてるわたしを見て、滝くんは得意げに拳を振り上げている。
もしかしてこれからは毎日、こんな風にドキドキさせられっぱなしなのかな。うれしいような気もするけど、とても心臓がもたないよ……!
だまっていたら滝くんがふたたび息を吸い込み始めたので、わたしはあわてて口を開いた。
「ありがとう、あの、恥ずかしいけど……滝くんの気持ち、すごく、すごくうれしい。わたしも、滝くんが好きです」
わたしの中身が大きく変わった文化祭。
思い返すだけでどきどきする一日だった。
瑠璃と滝くんとの出来事以外にも、いろいろあった。
展示を見に来てくれた夕映ちゃんがクラスの皆にかわいがられたり、まーちゃんのお母さんがお詫びにと、わざわざお菓子を買ってきてくれたりした。
文化祭が終わると教室で「お疲れさま会」が開かれ、いただいたお菓子を食べながらみんなで語り合った。ドールハウスの制作中大変だったこと、おもしろかったことの話題で盛り上がる。楽しい思い出がいっぱいある。
そのお疲れさま会のときに滝くんはなんと、「待井さんと恋人同士になった!」と爆弾発言をしてわたしを震え上がらせた。
だけど、クラスのみんなは「ふーん」という反応。
また滝がなにか言ってるーという空気で、なぜか全然おどろいてなかった。
滝くんがあまりにもあっけらかんと言うものだから冷やかす気も起こらないのかな。それとも、わたしの反応が薄いように見えるから、信じていないとか? わからないけど、冷やかされるよりはいいのかなあ。
ただひとり瑠璃だけは、持っていたジュースを落としそうになっていた。
「そりゃ、お互いに好きなのかな? ってうっすら感じてはいたけど、まさかこんな短時間で進展しちゃうと思ってなかったよ! どういうこと?」
瑠璃は滝くんとわたしを交互に見ながら、混乱した様子でたずねた。もっともな意見です……。わたしもまだ混乱中です……。
「わたしも、全然思ってなかった……」
落ち着かない胸の音をなだめながら答えていると、滝くんがわたしに向かって手招きをした。
「待井さーん、ケーキ切るの手伝ってー。ふたりではじめての共同作業しようよー」
大きな声で、またしてもとんでもないことを言っている。机に突っ伏しそうになっているわたしの肩を、瑠璃はやさしく叩いた。
「うん、なんて言うか、強く生きてね、深白」
文化祭が終わってからも、どきどきする日々は続いていく。
たとえばそれはたった今、瑠璃のために作ったものを贈るこの瞬間。
「わあ、本屋さんで付けてもらえるカバーの色だ。素材がしっかりしてて長く使えそう。これ、洗っても大丈夫だよね?」
瑠璃は興味津々にカバーを手に取ってくれた。
以前、手作りの品を苦々しい表情で見ていたときとは全く違った様子で、うれしさや安心、いろんな気持ちがこみ上げてくる。
「うん。丈夫な布を使ってるから洗濯しても大丈夫。瑠璃がふだん使っているものと似てる雰囲気の方がいいかなと思って、このベージュにしたんだ」
瑠璃は折り返しの部分を見て小さく笑った。
「瑠璃色、ここに使ってくれてるんだ」
表面は柄を入れずシンプルに。折り返しの部分にだけ小さく装飾をしてある。
開いた窓の刺繍を入れて、窓の向こうに見える夜空に瑠璃色の布を使い、アップリケをした。
しおりはカバーに付けようかどうか迷ったけど、実用的なものがいいという瑠璃の話を聞き、カバーの手入れがしやすいよう、単独で使えるタイプにした。先にビーズを付けたヒモのしおりだ。ビーズは小さいけど、ラピスラズリを使っている。
「へえ、これもラピスラズリかあ。お母さんが持ってる石はもっとキラキラしてたけど、これは雲の浮かんだ夜空みたい。落ち着いた雰囲気でいいね。カバーもしおりも両方いい。毎日使うよ」
気に入った様子で笑ってくれた瑠璃を見て、じんわりと心があたたかくなった。
ブックカバーを作ることになったきっかけを思いだす。あれは文化祭の次の日だった。
「瑠璃、これ受け取って。バザーで布絵本を買ってくれた分のお金」
絵本はもともと売るつもりのなかったプレゼントだ。そう思ってお金を差しだしたけど、瑠璃は手を振って止めた。
「いいよいいよ、むしろわたしが深白にもっと払った方がいいんじゃないかな。材料費かかってるでしょ?」
「大丈夫。布は前に買っておいたものだから。瑠璃のブックカバー用に……」
「ブックカバー?」
瑠璃が首をかしげる。しまった、つい口をすべらせてしまった。
「あっ、ごめん。瑠璃が手作り苦手って聞く前に、勝手にプレゼントしたいなんて考えてて……」
ごにょごにょと言いわけをしていると、瑠璃は真面目な顔でわたしを見つめた。
「プレゼント、今からでも間に合う? ……もしよかったら、深白の作ったブックカバー、使ってみたい」
そう言われてしまっては、張り切るしかない。わたしの作ったものを認めてくれただけじゃなく、使いたいと言ってくれる。これ以上にうれしいことなんてないもの。
それから一週間経った今日。考えに考えてつくったブックカバーを、とうとう渡すことができたのだ。
「いいないいなー。待井さん、おれのも楽しみにしてるからね!」
突然、机の横からにょきっと滝くんの顔が現れた。
「わっ、びっくりした」
滝くんは毎日のように、予想もしないところから登場する。
そのせいか、おどろかされることにも慣れてきた。なんだか矛盾してるけど。
以前のわたしはびっくりしても、ただかたまっていただけだから、びっくりした、って言えるようになったのは進歩してる、ってことなのかな?
「滝くん、友だちに話しかけるときも、こうやって登場しよう、って毎日考えてるの?」
「ううん、フツーに話すよ。おれがびっくりさせたいのは待井さんだけだから。びっくりしたあと、恥ずかしそうな顔になるとこ、好きなんだ!」
「そ、うですか……」
「そうだよ!」
「あっ、そう……」
机の上に三者三様の「そう」が吐きだされた。
わたしは熱くて仕方がない顔を手で押さえながら。滝くんは満足そうにうなずきながら。瑠璃は頬杖をついてだらんとしながら。これは絶対あきれている。
「深白ってすごいね……。滝くんといると、なんていうか、回転すべり台で目が回ったみたいになる……」
ため息をつきながら瑠璃が言う。滝くんはなぜかうれしそうな顔だ。
「おっ、内田さんにほめられた!」
「いや、ほめてはいないでしょ?」
「いやいや、ほめてるっしょー。待井さんの友だちに認められてうれしい!」
「まあ、そりゃ、深白が選んだんだから、認めてるけど……なんか複雑だなー」
「複雑じゃないよ! おれと待井さんが超お似合いなのは世界の真理だから!」
瑠璃は滝くんと気軽に話せるようになったみたいだ。ズバッと言われてもへこたれない滝くんには、気を遣わなくていいから楽なのかもしれない。
「深白、滝くんのもあるんでしょ? 早く見せてあげて」
わたしが机の中で手をもぞもぞさせているのを、瑠璃に目ざとく見つけられてしまった。
「えっ、おれのもできてたの? やったー!」
滝くんの瞳がキラキラしている。わたしはふたたび胸をどきどきさせながら、それを差しだした。
滝くんへのプレゼントを作ることになったのは、瑠璃にブックカバーを作っているわたしを見て、滝くんが「おれにも作ってー」と言ってきたことがきっかけだ。
もちろんふたつ返事でオッケーだ。
だけど、作ってほしいものが、滝くんが愛用しているコンベックスのケースだと聞いたとき、正直ちょっと悩んでしまった。
市販で販売されているケースは、革やカッチリしたナイロンで作られている、格好いいものだ。
わたしが作るふわふわ系とはジャンルが違うんじゃないかな、持ってて恥ずかしいって思われる出来にならないかなって不安だったんだ。
そんなわたしに、滝くんはこう言ってくれた。
「むしろふわふわがいいんだよー。なんならピンクでもハートでもいいよ。待井さんっぽいのは大歓迎」
そうか、わたしっぽいものでいいのか、って気づいて、作る勇気をだせた。
ただ、ピンクとハートはやめておいた。滝くんへの贈り物なのだから、滝くんっぽいことを一番大事にしたいもんね。
「オモテは黒で実用的って感じだけど、内側の生地は朱色、っていうのかな、この色。あったかくていいな」
滝くんはケースをあちこちからながめ、手ざわりをたしかめながら感想を教えてくれた。
「滝くんの髪の色のイメージで、その色を選んだんだよ。あと、コンベックスが休憩する場所だから、やさしい雰囲気にしたかったんだ」
「そっか、おれの色かー、なるほど。あとさ、ここすごい!」
内布部分を指さして、滝くんは声を大きくした。
「建物縫ってくれてるじゃん。しかもこれ、あれでしょ? おれが前にスケッチブックに描いてたやつでしょ? すっごい、一回見せただけなのに、めっちゃ再現してくれてる!」
「うん、そう。あのスケッチを見せてもらったとき、すごく素敵だなって思ったから。滝くんがまっすぐ夢に向かっていけますように、って思って縫ったんだ」
滝くんが描いた、森の中にある四角い箱のような建物を思いだす。いつか本当に建てられるといいな。
「待井さん……」
めずらしく声を詰まらせて、滝くんはわたしの顔をじっと見つめた。
その表情は、わたしが届けたい思いを受け取って、かみしめてくれているようだった。本当にそうだったら、すごくうれしい。
と、滝くんは突然わたしの手を握り、上下にぶんぶんと振った。
「おれのコンベックスに居心地いい場所を作ってくれてありがとう、待井さん!」
居心地のよさをいつも追求している滝くんだから、これは最大級のほめ言葉ということがわかる。
わたしは大きくうなずいて、滝くんのお礼の気持ちを受け取った。
瑠璃はブックカバーをさっそく本にかけて「いい感じ!」とうなずく。
滝くんもカバーをベルトにつけ、コンベックスを取りだしてはしまう、を何度も繰り返し、ニカッと笑う。
わたしの大切な人たちが、わたしの作ったものを大切にしてくれている。
うれしくて、心があたたかな色に染まっていく。
それは赤や青、たくさんの色が混じり合った、わたしの、わたしだけの色。
そこでやっと、受付を交代してもらっていたことを思いだした。
「もし怒られたらわたしも一緒にあやまるから」
と言ってくれた瑠璃と一緒に、早足で教室へ戻る。
するとクラスのみんなは、もうお昼の時間だからなにか食べてきなさい、と再び送りだしてくれた。
「とくに待井さんは、いろいろと大活躍だったから疲れてるだろうしね」
と、緑川さんに笑みを含んだ声で言われた。
そういえば、まーちゃんのこととか布絵本のこととか、短時間で大変なことがいっぱいあったな。ほっとした今、やっと肩の力が抜けた気がする。
お言葉に甘え、瑠璃と文化祭を思い切り楽しむことにした。
まず、バザー会場に戻ってお母さんに布絵本のことを報告してから、模擬店をあちこち見て回った。
焼きそば、たこ焼き、クレープ。どれも食べたいものばかりで選びきれない。少しでも多くの種類を楽しむために、ふたりで半分こすることにした。
中庭のベンチで買ったものを食べながら、話もたくさんした。今までの分を取り戻すように。
「瑠璃、わたしね……好きなものを好きでいるって大事だって思うんだ。そうやって自分を支える基礎ができたら、つらいときも踏ん張れる気がするんだ。……だから、えっと、本やシンプルなものが好きって気持ち、大事にしてほしいな」
好きが基礎になる、という話は滝くんの受け売りだ。瑠璃にうまく伝わっているといいな。
「ありがと、深白! わたしはこれからも本いっぱい読むし、服も小物もシンプルなのを選ぶよ。深白もわたしに遠慮しないでハンドメイドやってね。バッグや小物も、好きなものを使ってほしいから」
「うん、瑠璃がいやじゃなければ……」
「いやじゃないよ! 深白と話してて、ハンドメイドに対する考えが変わったんだ。糸と針を使って、体験したことや感じたことを布に込められる。それって、本と同じなんだなって思ったよ」
「瑠璃……」
笑う瑠璃のうしろで、飾り付けられた風船が揺れていた。白、青、赤、緑……たくさんの色。
ふと気づくと、周りの景色はとても色あざやかだ。オーガンジーのようなやわらかい雲がかかった青空。日差しを受けてきらめく木の葉。
瑠璃の膝の上にある布絵本は、深い青。
すべての色が、そのままの姿で、きらきらと輝いていた。
「瑠璃は受付じゃないけど、一緒に教室戻る?」
「そうだねえ……」
と言いかけていた瑠璃は、急に黙りこんだ。遠くの方を見ている。視線を追うと、滝くんがコンベックスを手にして、模擬店のテントを測っているのが見えた。文化祭でも行動がぶれないなあ、滝くん。
「わたしは図書室に寄ってから戻るよ。古本市をやってるみたいだから、行きたくて」
「そっか。それは行かなきゃだね」
「だから、わたしの分まで滝くんにお礼言っといてくれる?」
「わかった」
「わたしは好きでも嫌いでもないけど、深白の好き、はしっかり応援しないとね」
「うん……えっ?」
混乱しているわたしの背中をぽんと押して、瑠璃は歩いていく。
「待井さーん」
入れ替わりに、わたしを見つけた滝くんが手を振りながら走ってきた。
「内田さんと話せたみたいだね。よかったなー!」
滝くんの顔を見るのが恥ずかしい。だけど、お礼をちゃんと伝えたい。うつむきかけた顔を上げて、わたしは滝くんに答えた。
「うん、布絵本、瑠璃が買ってくれてたの。ちゃんと仲直りできたよ。滝くん、ありがとう」
「どういたしまして!」
滝くんの開けっぴろげな笑顔を見て、今まで知らないふりをしていた部屋の扉が開いた気がした。
わたしはずっと滝くんを意識してたんだ。
瑠璃のことで悩んでいたからそれどころじゃないって思って、気持ちを心から追いだそうとしていた。だけど……。
ついさっき、中庭にいたときのことを思い浮かべる。隣で瑠璃がうれしそうに笑っていた。
もう心をしばるものは、ない気がした。滝くんに対する気持ちが一度に広がる。
髪の毛のアンテナを揺らして、興味のあるものに歩いていくふわふわした歩き方。
わたしが悩んでいることにすぐに気づいてくれて、破れてしまったキルトに当て布をするようにはげましてくれた。
重力がないみたいに気楽そうに見えるのに、物事をしっかり考えている。わたしにかけてくれた言葉は胸にすとんと落ちてきた。
滝くん。滝くん。
そばにいてくれてありがとう。
「絵本のことで一生懸命走ってくれて、瑠璃に伝えてくれて、本当にありがとう、滝くん。すごくうれしかったよ」
「いいってことよー。だっておれ、待井さんが好きだからさ!」
……ん?
さらっと今、とんでもない言葉が聞こえた!
お、落ち着こう。滝くんのことだから、好きって言ってもドールハウス作りの仲間だからとか、そういう……
「あれ、よくわかんないって顔してる? じゃあ補足します。好きってのはラブって意味だよ」
「ら……」
「待井さん、かたまっちゃった。やっぱ伝わってないのかな。それではおれの思いの丈をぶつけます。聞いてください!」
滝くんはすうっと息を吸い込んでから話しだした。
「待井さんの好きなところ言います! 待井さん、しゃべる前にめっちゃ考えるでしょ? そのとき唇をきゅっとするのが好き! パッチワークを人に作ってあげるときのプロっぽい考え方が好き! 髪を耳にかける仕草が好き。色っぽい! あとはねえ……」
「ちょ、ちょっと待ってちょっと待って!」
どうしよう、今、人生で一番恥ずかしい! 顔が燃えさかってるのかと思うくらい熱い!
「待井さん顔真っ赤。やった、通じたー」
あわてるわたしを見て、滝くんは得意げに拳を振り上げている。
もしかしてこれからは毎日、こんな風にドキドキさせられっぱなしなのかな。うれしいような気もするけど、とても心臓がもたないよ……!
だまっていたら滝くんがふたたび息を吸い込み始めたので、わたしはあわてて口を開いた。
「ありがとう、あの、恥ずかしいけど……滝くんの気持ち、すごく、すごくうれしい。わたしも、滝くんが好きです」
わたしの中身が大きく変わった文化祭。
思い返すだけでどきどきする一日だった。
瑠璃と滝くんとの出来事以外にも、いろいろあった。
展示を見に来てくれた夕映ちゃんがクラスの皆にかわいがられたり、まーちゃんのお母さんがお詫びにと、わざわざお菓子を買ってきてくれたりした。
文化祭が終わると教室で「お疲れさま会」が開かれ、いただいたお菓子を食べながらみんなで語り合った。ドールハウスの制作中大変だったこと、おもしろかったことの話題で盛り上がる。楽しい思い出がいっぱいある。
そのお疲れさま会のときに滝くんはなんと、「待井さんと恋人同士になった!」と爆弾発言をしてわたしを震え上がらせた。
だけど、クラスのみんなは「ふーん」という反応。
また滝がなにか言ってるーという空気で、なぜか全然おどろいてなかった。
滝くんがあまりにもあっけらかんと言うものだから冷やかす気も起こらないのかな。それとも、わたしの反応が薄いように見えるから、信じていないとか? わからないけど、冷やかされるよりはいいのかなあ。
ただひとり瑠璃だけは、持っていたジュースを落としそうになっていた。
「そりゃ、お互いに好きなのかな? ってうっすら感じてはいたけど、まさかこんな短時間で進展しちゃうと思ってなかったよ! どういうこと?」
瑠璃は滝くんとわたしを交互に見ながら、混乱した様子でたずねた。もっともな意見です……。わたしもまだ混乱中です……。
「わたしも、全然思ってなかった……」
落ち着かない胸の音をなだめながら答えていると、滝くんがわたしに向かって手招きをした。
「待井さーん、ケーキ切るの手伝ってー。ふたりではじめての共同作業しようよー」
大きな声で、またしてもとんでもないことを言っている。机に突っ伏しそうになっているわたしの肩を、瑠璃はやさしく叩いた。
「うん、なんて言うか、強く生きてね、深白」
文化祭が終わってからも、どきどきする日々は続いていく。
たとえばそれはたった今、瑠璃のために作ったものを贈るこの瞬間。
「わあ、本屋さんで付けてもらえるカバーの色だ。素材がしっかりしてて長く使えそう。これ、洗っても大丈夫だよね?」
瑠璃は興味津々にカバーを手に取ってくれた。
以前、手作りの品を苦々しい表情で見ていたときとは全く違った様子で、うれしさや安心、いろんな気持ちがこみ上げてくる。
「うん。丈夫な布を使ってるから洗濯しても大丈夫。瑠璃がふだん使っているものと似てる雰囲気の方がいいかなと思って、このベージュにしたんだ」
瑠璃は折り返しの部分を見て小さく笑った。
「瑠璃色、ここに使ってくれてるんだ」
表面は柄を入れずシンプルに。折り返しの部分にだけ小さく装飾をしてある。
開いた窓の刺繍を入れて、窓の向こうに見える夜空に瑠璃色の布を使い、アップリケをした。
しおりはカバーに付けようかどうか迷ったけど、実用的なものがいいという瑠璃の話を聞き、カバーの手入れがしやすいよう、単独で使えるタイプにした。先にビーズを付けたヒモのしおりだ。ビーズは小さいけど、ラピスラズリを使っている。
「へえ、これもラピスラズリかあ。お母さんが持ってる石はもっとキラキラしてたけど、これは雲の浮かんだ夜空みたい。落ち着いた雰囲気でいいね。カバーもしおりも両方いい。毎日使うよ」
気に入った様子で笑ってくれた瑠璃を見て、じんわりと心があたたかくなった。
ブックカバーを作ることになったきっかけを思いだす。あれは文化祭の次の日だった。
「瑠璃、これ受け取って。バザーで布絵本を買ってくれた分のお金」
絵本はもともと売るつもりのなかったプレゼントだ。そう思ってお金を差しだしたけど、瑠璃は手を振って止めた。
「いいよいいよ、むしろわたしが深白にもっと払った方がいいんじゃないかな。材料費かかってるでしょ?」
「大丈夫。布は前に買っておいたものだから。瑠璃のブックカバー用に……」
「ブックカバー?」
瑠璃が首をかしげる。しまった、つい口をすべらせてしまった。
「あっ、ごめん。瑠璃が手作り苦手って聞く前に、勝手にプレゼントしたいなんて考えてて……」
ごにょごにょと言いわけをしていると、瑠璃は真面目な顔でわたしを見つめた。
「プレゼント、今からでも間に合う? ……もしよかったら、深白の作ったブックカバー、使ってみたい」
そう言われてしまっては、張り切るしかない。わたしの作ったものを認めてくれただけじゃなく、使いたいと言ってくれる。これ以上にうれしいことなんてないもの。
それから一週間経った今日。考えに考えてつくったブックカバーを、とうとう渡すことができたのだ。
「いいないいなー。待井さん、おれのも楽しみにしてるからね!」
突然、机の横からにょきっと滝くんの顔が現れた。
「わっ、びっくりした」
滝くんは毎日のように、予想もしないところから登場する。
そのせいか、おどろかされることにも慣れてきた。なんだか矛盾してるけど。
以前のわたしはびっくりしても、ただかたまっていただけだから、びっくりした、って言えるようになったのは進歩してる、ってことなのかな?
「滝くん、友だちに話しかけるときも、こうやって登場しよう、って毎日考えてるの?」
「ううん、フツーに話すよ。おれがびっくりさせたいのは待井さんだけだから。びっくりしたあと、恥ずかしそうな顔になるとこ、好きなんだ!」
「そ、うですか……」
「そうだよ!」
「あっ、そう……」
机の上に三者三様の「そう」が吐きだされた。
わたしは熱くて仕方がない顔を手で押さえながら。滝くんは満足そうにうなずきながら。瑠璃は頬杖をついてだらんとしながら。これは絶対あきれている。
「深白ってすごいね……。滝くんといると、なんていうか、回転すべり台で目が回ったみたいになる……」
ため息をつきながら瑠璃が言う。滝くんはなぜかうれしそうな顔だ。
「おっ、内田さんにほめられた!」
「いや、ほめてはいないでしょ?」
「いやいや、ほめてるっしょー。待井さんの友だちに認められてうれしい!」
「まあ、そりゃ、深白が選んだんだから、認めてるけど……なんか複雑だなー」
「複雑じゃないよ! おれと待井さんが超お似合いなのは世界の真理だから!」
瑠璃は滝くんと気軽に話せるようになったみたいだ。ズバッと言われてもへこたれない滝くんには、気を遣わなくていいから楽なのかもしれない。
「深白、滝くんのもあるんでしょ? 早く見せてあげて」
わたしが机の中で手をもぞもぞさせているのを、瑠璃に目ざとく見つけられてしまった。
「えっ、おれのもできてたの? やったー!」
滝くんの瞳がキラキラしている。わたしはふたたび胸をどきどきさせながら、それを差しだした。
滝くんへのプレゼントを作ることになったのは、瑠璃にブックカバーを作っているわたしを見て、滝くんが「おれにも作ってー」と言ってきたことがきっかけだ。
もちろんふたつ返事でオッケーだ。
だけど、作ってほしいものが、滝くんが愛用しているコンベックスのケースだと聞いたとき、正直ちょっと悩んでしまった。
市販で販売されているケースは、革やカッチリしたナイロンで作られている、格好いいものだ。
わたしが作るふわふわ系とはジャンルが違うんじゃないかな、持ってて恥ずかしいって思われる出来にならないかなって不安だったんだ。
そんなわたしに、滝くんはこう言ってくれた。
「むしろふわふわがいいんだよー。なんならピンクでもハートでもいいよ。待井さんっぽいのは大歓迎」
そうか、わたしっぽいものでいいのか、って気づいて、作る勇気をだせた。
ただ、ピンクとハートはやめておいた。滝くんへの贈り物なのだから、滝くんっぽいことを一番大事にしたいもんね。
「オモテは黒で実用的って感じだけど、内側の生地は朱色、っていうのかな、この色。あったかくていいな」
滝くんはケースをあちこちからながめ、手ざわりをたしかめながら感想を教えてくれた。
「滝くんの髪の色のイメージで、その色を選んだんだよ。あと、コンベックスが休憩する場所だから、やさしい雰囲気にしたかったんだ」
「そっか、おれの色かー、なるほど。あとさ、ここすごい!」
内布部分を指さして、滝くんは声を大きくした。
「建物縫ってくれてるじゃん。しかもこれ、あれでしょ? おれが前にスケッチブックに描いてたやつでしょ? すっごい、一回見せただけなのに、めっちゃ再現してくれてる!」
「うん、そう。あのスケッチを見せてもらったとき、すごく素敵だなって思ったから。滝くんがまっすぐ夢に向かっていけますように、って思って縫ったんだ」
滝くんが描いた、森の中にある四角い箱のような建物を思いだす。いつか本当に建てられるといいな。
「待井さん……」
めずらしく声を詰まらせて、滝くんはわたしの顔をじっと見つめた。
その表情は、わたしが届けたい思いを受け取って、かみしめてくれているようだった。本当にそうだったら、すごくうれしい。
と、滝くんは突然わたしの手を握り、上下にぶんぶんと振った。
「おれのコンベックスに居心地いい場所を作ってくれてありがとう、待井さん!」
居心地のよさをいつも追求している滝くんだから、これは最大級のほめ言葉ということがわかる。
わたしは大きくうなずいて、滝くんのお礼の気持ちを受け取った。
瑠璃はブックカバーをさっそく本にかけて「いい感じ!」とうなずく。
滝くんもカバーをベルトにつけ、コンベックスを取りだしてはしまう、を何度も繰り返し、ニカッと笑う。
わたしの大切な人たちが、わたしの作ったものを大切にしてくれている。
うれしくて、心があたたかな色に染まっていく。
それは赤や青、たくさんの色が混じり合った、わたしの、わたしだけの色。
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星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。
「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」
「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」
ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や
帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……?
「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」
「お前のこと、誰にも渡したくない」
クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。
独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。
猫菜こん
児童書・童話
小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。
中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!
そう意気込んでいたのに……。
「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」
私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。
巻き込まれ体質の不憫な中学生
ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主
咲城和凜(さきしろかりん)
×
圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良
和凜以外に容赦がない
天狼絆那(てんろうきずな)
些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。
彼曰く、私に一目惚れしたらしく……?
「おい、俺の和凜に何しやがる。」
「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」
「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」
王道で溺愛、甘すぎる恋物語。
最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。
笑いの授業
ひろみ透夏
児童書・童話
大好きだった先先が別人のように変わってしまった。
文化祭前夜に突如始まった『笑いの授業』――。
それは身の毛もよだつほどに怖ろしく凄惨な課外授業だった。
伏線となる【神楽坂の章】から急展開する【高城の章】。
追い詰められた《神楽坂先生》が起こした教師としてありえない行動と、その真意とは……。
ホントのキモチ!
望月くらげ
児童書・童話
中学二年生の凜の学校には人気者の双子、樹と蒼がいる。
樹は女子に、蒼は男子に大人気。凜も樹に片思いをしていた。
けれど、大人しい凜は樹に挨拶すら自分からはできずにいた。
放課後の教室で一人きりでいる樹と出会った凜は勢いから告白してしまう。
樹からの返事は「俺も好きだった」というものだった。
けれど、凜が樹だと思って告白したのは、蒼だった……!
今さら間違いだったと言えず蒼と付き合うことになるが――。
ホントのキモチを伝えることができないふたり(さんにん?)の
ドキドキもだもだ学園ラブストーリー。
9日間
柏木みのり
児童書・童話
サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。
大事なのは最後まで諦めないこと——and take a chance!
(also @ なろう)
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