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「猫の忠死」
しおりを挟む根岸鎮衛著 「耳嚢」巻之十
「猫忠死の事」より
安永・天明の頃の話だという。
大阪の農人橋の付近に河内屋惣兵衛という町人が住んでいた。
彼の一人娘は近所でも評判の小町娘で両親も大変寵愛し、いずれは良い婿を、と将来を楽しみにしていたのだが、ここにある問題が出来する。
惣兵衛の家には、先代から飼っている斑猫がいるのだが、この斑猫が娘の側を片時も離れなくなったのだ。
娘が座っていても立ち働いていても、便所に行くときも斑猫はつきまとい、決して娘の側を離れようとしない。
娘も普段からその猫を可愛がっているので懐くのは当然としても、このつきまとい方は尋常ではない。
それを見た近所の人達は、「あの娘は猫に魅入られている」と噂し合った。
そんな良くない噂が町内に広がったために、縁談を調えようとしても「猫に魅入られている娘だ、あんな娘を嫁に貰ったら猫の祟りがあるかもしれない」と、敬遠されるようになってしまう。
美しく生まれ付いた一人娘に思いもよらない瑕がついて、惣兵衛も大変嘆き悲しむ。
「・・・・猫というものは、生来恐ろしいものだ、ことに親の代から飼っているような歳のとった猫などは化け猫となりそうなものだ、このままだと娘が不憫だ・・・長年飼っている猫ではあるが、いっそのこと、打ち殺して捨ててしまおうか・・・・」
「いや、お前さん・・・先代も可愛がっていた猫でございますから、殺生は・・・・」
「・・・・まあ、それはそうだが、このままだと娘が行き遅れてしまう・・・・」
結局、家の者達で相談し猫を殺すことを決めたその夜、それを察したのか斑猫は忽然と姿を消してしまった。
「・・・やはりあの猫はこの家に害をなそうとしていたのか・・・・」
家では、僧を呼んで祈祷してもらったり、魔除けの札を張ったりして、「猫の祟り」を防ごうとした。
その数日後のことである、惣兵衛の夢枕に、かの斑猫が現れた。
・・・夢の中で、惣兵衛が家に入ってきた斑猫に向かって声をかける。
「お前は一度姿を消したのに何故また戻ってきたのだ・・・・」
「私は、ここの娘さんに執心していると言われ、殺されそうになったため身を隠したのでございます、しかし、御主人様、よく考えても御覧なさい、私はこの家で先代から飼われておよそ四十年、大変なご恩があるこの家に害をなすことをする筈などございません・・・・」
「・・・・それでは、なぜ娘につきまとうのだ」
「はい、私が娘さんの側を一時も離れないのは、妖鼠から娘さんを守るためでございます」
「・・・・鼠だと?」
「この家の屋根裏には、年を経た妖鼠が住み着いているのでございます、その鼠が娘さんを魅入って近づこうとしているので、私が少しも側を離れず守っているのです・・・・無論、鼠を退治するのは猫として当然の事なのですが、この妖鼠は体も大きく力も強いため、私一匹だけではなかなか退治するのは難しいのでございます、普通の猫では二三匹でかかっても退治するのは難しいでしょう・・・」
斑猫は、こう続ける。
「・・・それにつきまして、一つお願いがございます、島の内にご当家と同じ屋号の「河内屋市兵衛」という方が住んでおります、そこに一匹の屈強な虎猫が飼われておりますので、これを借りてきて加勢を頼めば、かの妖鼠を退治できるかもしれません・・・・」
斑猫がこう言って立ち去ったところで、惣兵衛は夢から覚めた。
朝、隣で寝ていた妻に聞いてみると妻も同じ夢を見たという・・・・。
その日の昼頃、惣兵衛が島の内へと足を運ぶと、そこには斑猫が夢で言った通り河内屋という料理茶屋があった。
彼が店に入って食事をしながら家の中を眺めると、確かに縁側でいかにも力の強そうな体格の良い虎猫が悠々と昼寝をしている。
惣兵衛は主人の市兵衛を呼んで、密かに事の次第を打ち明け、虎猫を貸して欲しいと頼み込む。
「あの虎猫は、長年家で飼っているものですが、優れた猫かどうかは私には分かりません、役に立つかどうかわかりませんが、それでよろしければお貸ししましょう」
そう言って、快く貸してくれた。
翌日、惣兵衛が市兵衛方に行って、かの虎猫を借りてきて家へと連れて帰ると、虎猫も斑猫と通じているのか、大人しくしている。
家の者が、借りて来た虎猫に魚などを馳走していると、姿を隠していた斑猫もどこからともなく現れて虎猫に寄り添い、まるで人間の友達同士のように何かを話し合っている。
その夜、再び惣兵衛夫妻の夢枕に斑猫が現れて言う、
「明後日、妖鼠を退治いたします、夜が更けましたら私と虎猫を二階に上げおいてください」
翌々日の夜、惣兵衛は二匹に沢山馳走をして、夢で言われたとおり二匹を二階に上げる。
その夜の真夜中、二階で凄まじい音が聞こえ出した。
家が振動するような、何かが争っているようなその音は、しばらく続いたがやがて静かになった。
家の者達が顔を見合わせる中、惣兵衛が恐る恐る二階へと上がると、猫よりも大きな妖鼠が喉を食い破られて死んでいる。
その喉笛には斑猫が食いついていたが、これも脳天を破られて息絶えていた。
虎猫の方は妖鼠の背へと食いつき、精根尽き果てて瀕死の状態だったが、家の者達が総出で手当てをした結果命は助かった。
惣兵衛方では、しばらく虎猫を治療、療養させて回復したところで、厚い礼物を添えて市兵衛方へと返した。
死んだ斑猫へはその忠義を感謝して手厚く葬り、彼の為に一基の供養塔を建てたという。
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