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偽男子吉五郎、仮男子宇吉、おとこおんなおかつ

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 偽男子吉五郎、仮男子宇吉、おとこおんな
 

 (一) 偽男子吉五郎

 麹町十三丁目にある蕎麦屋の下男に吉五郎という男がいた。

 この男、歳は二十七、八くらいで、丸顔で肉のついた、大変体格の良い大柄な男だった。
 背中一面に金太郎の彫り物を入れている他、手足までびっしりと朱の混じった彫り物を入れており、なかなか恐ろし気な凄みのある男で、いつも乳まで腹掛けを固く締めていた。

 この男が子供を産んだというので、町中の評判となった。

 吉五郎は実は女だったのである。

 月代も剃り、声や仕事ぶりもまったく男と変わるところが無く、店の者や近所の者もまったく彼が女である事は知らなかった。
この吉五郎という者、当初は四谷新宿の引手茶屋で働いていたが、その後この蕎麦屋で奉公をはじめたということだ。

 吉五郎を孕ませたのは、四谷大宋寺横丁に住む博徒で、生まれた男児は蕎麦屋の主人が引き取って養育したという。

 その後、吉五郎は木挽町に移り住み、天保三年の秋にそこで刃傷沙汰かなにかを起こして町奉行所に召し捕られて入牢した。
 吉五郎が、吟味の為に小伝馬町の牢から奉行所へ移送された時は、人々が群集してまるで道の両側が垣根のようになったという。
 
 人の噂では、吉五郎は他郷で夫を殺害し江戸に逃げて来たもので、それで世を忍んで男に化けていたともいうが本当の事は分からない。


 (二)仮男子宇吉

 京都祇園町に宇吉という男がいた。

 彼もまた実は女であった。
 元は芸妓であったというが、いつの頃からか男装となり、衣服から立ち居振る舞いまで全く男と変わ事はなかったという。
 ただし、男の姿となって何か悪事などを働く者ではなく、女性の姿をしていた頃から人々もよくその事を知っているのだった。
 ただ、彼はややもすればそのあたりの娼婦や芸妓等と情を通じて、いわゆる「情夫」として関係をしている者が一人や二人ではなかった。

 ある時は鼓を打つ美女と同居し、夫婦同様の生活を送っていたという。
 その夫婦生活の様子は、この場では書けないようなこともあるので省略するが、同衾している二人の睦言などを聞くと、全く普通の男女と変わりなかったという。

 芸妓などの間では「姉妹分」などと言って、男女の間よりも親しい関係を結ぶ女性同志もいるので、宇吉と女性達の関係も、それが長じたものと言えるもしれない。


(三) おとこおんな

 四谷には、これに似た異形の人がいる。
 四谷大番町の大番与力の某氏の弟でという者である。

 は男であるが、幼少の頃から自分の好みなのであろう、着るものから髪形まで全て女性の恰好をして、成人してもそれは変わらなかった。
 髪もたぶさを出し丸髷に結ってかんざしを差し、着物は当然に女物を着て幅の広い帯を締めていた。

 ちょっと見ると、とても男には見えないが、よく気を付けてみると歩く姿などはやはり女と異なるということだ。

 現在(天保三年)は四十歳くらいになるというが、妻もあり子供も幾人かあるという。
 鍼医を業としているが、彼は「おとこおんな」と呼ばれて近所では知らないもはいないという。

 年来このような異形の人であるが、悪事を働いているという噂も聞こえず、女装しているだけでは特に罪になる訳ではなく、殊に与力の弟であるから普通に暮らしているという。

 前述の偽男子吉五郎は、このを羨ましく思い、男になったのかもしれないが、それは分からない。

 
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