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第〇章 刀の巻 プロローグ
0-07 真逆の2人:浅羽隼人視点
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空港の取調室は、無機質な白で統一されていた。壁も天井も例外ではなく、置かれた硬質な椅子とテーブルだけが、その単調な空間にわずかな陰影を落としていた。頭上には、容赦なく明るい蛍光灯が据え付けられ、部屋全体を隈なく照らし出している。椅子とテーブルは、まるで尋問の定位置を示すかのように壁に向かって配置され、取調官と容疑者が否応なく対峙する構図を作り出していた。白いボードが取り付けられた壁は、証言やメモを取るための実用的な機能を持ち、部屋の隅に設けられた小さな窓からは、遠くで空港の喧騒が聞こえてくるようだった。しかし、室内は不思議なほど外の騒音から遮断され、静かで、そしてどこか厳粛な雰囲気が漂っていた。
その閉ざされた空間には、現在、二人しか存在しない。容疑者用の冷たい椅子に、俺は深く腰掛けている。そして、その向かいには、東京警視庁捜査一課のエリート、松尾真一郎警部が、腕組みをして座っていた。
「この茶番劇は、一体いつまで続くんだ? 警部さん。」俺は、組んだ足をさらに組み直し、背もたれにわざとらしく手を回し、まるでそこに長時間居座るつもりはない、という態度を露骨に示した。
「落ち着けよ、焦るな。別に、お前を取り調べるつもりはねえんだ。ほらよ、ミルク入り、砂糖抜きだろ?」——松尾警部は、事務的な手つきで紙コップに注がれたコーヒーをテーブルの上で滑らせた。湯気が、微かに鼻腔を掠めた。
元々はブラック派だった。
だが最近は、胃への負担を考えてミルクを入れている。――そんなことまで覚えられるほど、顔を合わせていたわけでもないのに。
観察力の無駄遣いだ。
まったく、敵わない。このタヌキ先輩には。
「それにしても、チンピラ相手に、ずいぶん派手にやってくれたな。その場に俺がいなきゃ、お前の旅は暴力沙汰の事情聴取で全部キャンセルになるところだったぞ」
「……手加減はした」
「一般人の目に、そんなもん分かるわけねぇだろ」
「それほどでも」
「褒めてねぇよ!」
松尾が呆れたように白目を向けてくる。
「まったく……あの小娘はともかく、お前も他人のこと言える立場じゃねぇよ。もっとこう、紳士でスマートな解決策があるだろ。たとえば、チラシに札を挟んで道を聞くふりして奴らの注意を逸らし、その隙に小娘たちを逃がすとか……」
「あいにく、ゴキブリに餌やる趣味は持ち合わせていねぇ」
「はぁ……お前なあ……」
「もういいだろ」
俺は肩をすくめた。
「それより、答えてくれよ。捜査一課のエリート様が、こんな末端の空港で、まるで航空警備官の真似事してるなんて、一体どういう風の吹き回しだ?まさか、左遷でもされたのか?」
差し出されたカップを受け取り、気をつけて唇に運ぶ。熱いコーヒーが、舌をじんわりと刺激した。
「相変わらず、年上の人間に対して、その憎まれ口は健在だな、小僧。まあ、色々あったんだよ。ただの臨時支援だ。あの騒ぎ、お前もライブで見ただろ?航空機警備課が、最近人員不足で手が回らないんだとさ。世の中、物騒になってきてるからな。」——松尾は、体重をかけるように椅子をゆっくりと傾け、険しい表情で眉を寄せた。
「なるほど。警視庁という巨大な猫の手も借りたい、ってわけか。」——俺は、嘲弄的な笑みを浮かべ、皮肉たっぷりに呟いた。
「ふん、馬鹿言え!俺が航空警備の特殊な能力を持っていると、上層部のお偉いさんが勝手に決めたんだ。好き好んでこんなとこに来てるわけじゃねえんだよ。」——松尾は、細い目をさらに細め、まるで獲物を射抜くかのような鋭い視線で、俺をじっと睨みつけた。
「小娘どもは、とっくに解放したってのに、俺だけがこうしてここに残されてるのは、一体どういう了見だ? まさか、あんたがただ単に、もう一杯コーヒーを飲みたいだけってわけじゃないよな?」——俺は、松尾の視線を正面から受け止め、指先でコーヒーカップの側面を軽く叩いた。
「ふん、察しがいいじゃねえか。お前には、ちょっとばかり、俺の仕事を手伝ってもらいたいんだよ。」——松尾は、傾けていた椅子を元に戻し、背もたれがギシリと音を立てた。
「仕事? ボディーガードを生業とする、この俺が、か?」——思わず眉が吊り上がり、声がわずかに跳ね上がった。
「違うよ、大ボケ。協力してほしいのは、『もう一人の』お前の方さ。」——松尾は、先ほどまでの軽い調子から一転、声を低く抑え、息を詰めるように言った。
「まず、これを見ろ。」
低い唸りのような深い息が漏れ、黒い封筒が、つるりとしたテーブルの上を滑ってきた。
俺はその封筒を手に取り、中身を引っ張り出す。古びた紙がクリシィーと乾いた音を立て、ところどころが剥がれかけたシールで、新聞や雑誌の切り抜きが雑然と貼り付けられていた。
大小さまざまなフォントが不規則に並び、インクの色も統一されていない。その手作り感は、かえって不気味さを際立たせている。
「空港を封鎖しなければ、これから一時間ごとに、無作為に選んだ一つのフライトの乗客を、一人ずつ殺害する」
陰鬱な文言が、重く胸に響いた。
「古いな」
内容より先に、思わずその“手作り感”へツッコミを入れていた。
五十年前の刑事ドラマじゃあるまいし、こんなやり方なら、万が一にも指紋や皮膚片を残せば、あっという間に足がつく。
「だろうな。実際、ただのいたずらだと思って、鑑識課にも一通り当たらせたが……」
「うまくいかなかった、って顔だな」
「……ああ」
となると、逆に怪しい。まるで、わざと“バレバレ”“捕まえやすい”と認識させたうえで、警察の面子を丸潰しにすること自体が目的みたいだ。
「今日は一体なんなんだ? まるで、ありとあらゆる災難が、一斉に押し寄せてきたみてえな日だな」
深く息を吐き出すと、肩から力が抜けた。
その閉ざされた空間には、現在、二人しか存在しない。容疑者用の冷たい椅子に、俺は深く腰掛けている。そして、その向かいには、東京警視庁捜査一課のエリート、松尾真一郎警部が、腕組みをして座っていた。
「この茶番劇は、一体いつまで続くんだ? 警部さん。」俺は、組んだ足をさらに組み直し、背もたれにわざとらしく手を回し、まるでそこに長時間居座るつもりはない、という態度を露骨に示した。
「落ち着けよ、焦るな。別に、お前を取り調べるつもりはねえんだ。ほらよ、ミルク入り、砂糖抜きだろ?」——松尾警部は、事務的な手つきで紙コップに注がれたコーヒーをテーブルの上で滑らせた。湯気が、微かに鼻腔を掠めた。
元々はブラック派だった。
だが最近は、胃への負担を考えてミルクを入れている。――そんなことまで覚えられるほど、顔を合わせていたわけでもないのに。
観察力の無駄遣いだ。
まったく、敵わない。このタヌキ先輩には。
「それにしても、チンピラ相手に、ずいぶん派手にやってくれたな。その場に俺がいなきゃ、お前の旅は暴力沙汰の事情聴取で全部キャンセルになるところだったぞ」
「……手加減はした」
「一般人の目に、そんなもん分かるわけねぇだろ」
「それほどでも」
「褒めてねぇよ!」
松尾が呆れたように白目を向けてくる。
「まったく……あの小娘はともかく、お前も他人のこと言える立場じゃねぇよ。もっとこう、紳士でスマートな解決策があるだろ。たとえば、チラシに札を挟んで道を聞くふりして奴らの注意を逸らし、その隙に小娘たちを逃がすとか……」
「あいにく、ゴキブリに餌やる趣味は持ち合わせていねぇ」
「はぁ……お前なあ……」
「もういいだろ」
俺は肩をすくめた。
「それより、答えてくれよ。捜査一課のエリート様が、こんな末端の空港で、まるで航空警備官の真似事してるなんて、一体どういう風の吹き回しだ?まさか、左遷でもされたのか?」
差し出されたカップを受け取り、気をつけて唇に運ぶ。熱いコーヒーが、舌をじんわりと刺激した。
「相変わらず、年上の人間に対して、その憎まれ口は健在だな、小僧。まあ、色々あったんだよ。ただの臨時支援だ。あの騒ぎ、お前もライブで見ただろ?航空機警備課が、最近人員不足で手が回らないんだとさ。世の中、物騒になってきてるからな。」——松尾は、体重をかけるように椅子をゆっくりと傾け、険しい表情で眉を寄せた。
「なるほど。警視庁という巨大な猫の手も借りたい、ってわけか。」——俺は、嘲弄的な笑みを浮かべ、皮肉たっぷりに呟いた。
「ふん、馬鹿言え!俺が航空警備の特殊な能力を持っていると、上層部のお偉いさんが勝手に決めたんだ。好き好んでこんなとこに来てるわけじゃねえんだよ。」——松尾は、細い目をさらに細め、まるで獲物を射抜くかのような鋭い視線で、俺をじっと睨みつけた。
「小娘どもは、とっくに解放したってのに、俺だけがこうしてここに残されてるのは、一体どういう了見だ? まさか、あんたがただ単に、もう一杯コーヒーを飲みたいだけってわけじゃないよな?」——俺は、松尾の視線を正面から受け止め、指先でコーヒーカップの側面を軽く叩いた。
「ふん、察しがいいじゃねえか。お前には、ちょっとばかり、俺の仕事を手伝ってもらいたいんだよ。」——松尾は、傾けていた椅子を元に戻し、背もたれがギシリと音を立てた。
「仕事? ボディーガードを生業とする、この俺が、か?」——思わず眉が吊り上がり、声がわずかに跳ね上がった。
「違うよ、大ボケ。協力してほしいのは、『もう一人の』お前の方さ。」——松尾は、先ほどまでの軽い調子から一転、声を低く抑え、息を詰めるように言った。
「まず、これを見ろ。」
低い唸りのような深い息が漏れ、黒い封筒が、つるりとしたテーブルの上を滑ってきた。
俺はその封筒を手に取り、中身を引っ張り出す。古びた紙がクリシィーと乾いた音を立て、ところどころが剥がれかけたシールで、新聞や雑誌の切り抜きが雑然と貼り付けられていた。
大小さまざまなフォントが不規則に並び、インクの色も統一されていない。その手作り感は、かえって不気味さを際立たせている。
「空港を封鎖しなければ、これから一時間ごとに、無作為に選んだ一つのフライトの乗客を、一人ずつ殺害する」
陰鬱な文言が、重く胸に響いた。
「古いな」
内容より先に、思わずその“手作り感”へツッコミを入れていた。
五十年前の刑事ドラマじゃあるまいし、こんなやり方なら、万が一にも指紋や皮膚片を残せば、あっという間に足がつく。
「だろうな。実際、ただのいたずらだと思って、鑑識課にも一通り当たらせたが……」
「うまくいかなかった、って顔だな」
「……ああ」
となると、逆に怪しい。まるで、わざと“バレバレ”“捕まえやすい”と認識させたうえで、警察の面子を丸潰しにすること自体が目的みたいだ。
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