「刀には竜、花は咲かず」~孤独なおっさん武術家と毒舌アイドルの異世界タッグ~

アサバハヤト

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第〇章 刀の巻 プロローグ

0-08 花なんか似合わねえ

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 「犯人の特定は、まだできていない。だが、俺たちの情報網によれば、フォルモサエアウェイズ二二一便と、龍神航空五〇四三便——お前がこれから搭乗する予定の飛行機が、特に狙われる可能性が高いらしい。」——松尾の目は、獲物を捉えた猛禽のように、鋭く光を放った。

 「ただの悪質な悪ふざけ、ってわけじゃないんだな?」——冷めたコーヒーカップが、テーブルに無造作に置かれ、俺の指先が微かに震えた。

 「悪ふざけにしては、あまりにも手が込んでいる。可能性は、決してゼロじゃないってことだ。」——松尾は、面倒くさそうに肩をすくめ、薄い唇を歪めた。

 「だろうな。最後のハイジャック事件から、もう二十年も経つ。セキュリティ体制は格段に強化され、凶器を客室に持ち込むのは、ほぼ不可能に近い。」——俺の声は低く、しかし確信に満ちて響き、自然と背筋が伸びた。

 「だが、今日みたいに、デモ隊が滑走路の手前まで押し寄せるなんて、通常では考えられない。過激派が、この混乱に乗じて何か企んでいる可能性も、完全に否定することはできない。だから、フライトを中止させるわけにはいかず、俺がこうして、臨時の人員として駆り出されたってわけだ。他の便にも、それなりに人員は配置してある。」——松尾の視線が、俺の瞳の奥をじっと見据えた。

 「『もう一人の俺』に期待されてる役割ってのは、要するに――害虫駆除、か?」

 冷えた声が、吐き捨てるように口から漏れた。
 松尾は、その言葉の重さを量るみたいに、目を細める。

 「そういうことだ。俺も現場には出るつもりだがな。だが、一万メートル上空っていう閉鎖空間じゃ、近接戦に長けた仲間が必要になる」
 松尾はそう言って、指先でテーブルを軽く叩いた。
 「緊急時に、手段を選んでる余裕はねぇ」

 「……やれやれ。俺は、ただの帰省のつもりだったんだがな」

 「はっ。嘘つけ」
 松尾が鼻で笑う。
 「遠い昔に捨てた母国だ。今さら懐かしくなるわけねぇだろ」

 「仮に、俺がここにいなかったら、どうする気だった?」

 「……他にも、荒事に慣れた連中は雇ってる。もちろん、デガ以外だがな」

 相変わらずだ。
 松尾は警部のくせに、警察そのものを信用していない。だからここも、話しやすいように人払いをしてある。

 「じゃあ、『燭』と『メアリー』は、この件を知ってるのか?」

 共通の知り合いだ。
 “荒事に慣れた連中”と聞けば、真っ先に顔が浮かぶ。

 「まだだ。連絡する暇がなかった」
 松尾は肩をすくめる。
 「それなりに腕の立つ奴だけは、先に押さえたがな。……お前らは、普段から本当に連絡が取りづらい。一応、俺も警察でね。身動きが利かねぇ」

 「他に、手がかりは?」

 「今のところは何もない。だが、お前なら――『朔』に直接当たれるだろ。あいつなら、すぐ嗅ぎ回る」

 「……前金は、警視庁に回していいんだな?」

 「ふん。心配するな。どうせ、そこらに転がってる汚職政治家の懐に入る金だ」
 松尾は肩を竦めた。
 「税金だ。有意義に使わせてもらう」

 「分かった。少し、探ってみる」

 受け取った封筒を丁寧に畳み、俺は立ち上がる。
 硬い椅子が、短く軋んだ。

 「松尾警部、松尾警部!」

 その時だった。
 入口のドアを叩く音と同時に、切羽詰まった男の声が飛び込んできた。

 「どういうことだ、森本? 尋問中だ。邪魔するなと言ったはずだ」

 松尾の制止も待たず、ドアが開く。
 森本と呼ばれる男が入ってきた。

 警察官巡査の制服。細身の体つきで、年の頃は三十前後。整えられた髪に、皺ひとつない制服。無駄のない立ち姿から、融通の利かない真面目さと、場数を踏んでいない熱がにじみ出ている。

 「話は一部、外で聞かせてもらいました!」

 抑えの利かない調子で、森本が声を張り上げた。

 「まさか、こんな素性も分からない連中に、我々航空警備官の仕事を手伝わせるつもりじゃないでしょうね!?」

 ……ちっ。
 二人とも声を潜めていたつもりだが、取調室のくせに、防音は最悪だ。

 松尾が口を開くより早く、森本はさらに一歩踏み込み、俺を指さした。

 「こいつ、民間人じゃないですか!?」
 「どれだけ凄腕かは知りませんが、銃を携行する資格もない!」
 「まさか――こいつに、銃まで渡すつもりじゃないでしょうね!?」

 「よせ、若造。非常事態だ。人手が足りないのは、お前も知ってるだろ」

 森本は一度、大きく息を吸った。
 ここからが本題だと言わんばかりに、背筋を伸ばす。

 「松尾さんが、捜査一課でどれだけの功績を挙げてきたか――その程度のことは承知しています」

 言葉は丁寧だが、声の芯は硬い。

 「ですが、航空警備は別です。地上の捜査とは前提も責任も違う」
 「航空機内は公共空間であると同時に、完全な閉鎖環境です。判断を一つ誤れば、被害は地上の比じゃない」

 熱を帯びた声が、室内に張りつく。

 「僕は最初から反対でした。航空警備の経験が浅い、他部署からの応援を入れること自体に、です」

 森本は指を折りながら続ける。

 「銃刀法。警察官職務執行法。航空法。それに、航空警備実施要領」
 「どれ一つ取っても、権限行使には厳密な条件がある。機内での武器使用は、最終手段中の最終手段だ」

 「ああ、それは知ってる」
 松尾が即座に返す。
 「だから、銃がなくても協力してもらう。それでいいじゃないか」

 その一言で、森本は言葉を失った。顔を赤くし、数秒、何も言えずに立ち尽くす。

 やがて、その視線が俺を捉えた。
 完全に感情を乗せた目だった。

 「……で、でも」
 「身元も正式に確認していない民間人を、作戦に同行させる?」
 「しかも、銃も携行できない、警察権限も持たない人間を?」

 眉間に深い皺を刻み、吐き捨てる。

 「大体――」
 「銃も装備もないくせに、どうやって、身元も特定できていない犯人を制圧するつもりなんです?」

 「おいおい、銃を使うなって言ったのはお前だろ――」

 松尾の言葉を遮るように、森本が叫ぶ。

 「――航空警備官を、舐めているんですか?」

 もともと気まずい部屋に、さらに重たい空気が沈んだ。

 「……だそうだ。警部さん」

 俺は挑発的な視線を無視し、松尾から目を離さない。

 「もう、帰っていいか?」

 松尾はため息をつき、首を振って森本に言った。

 「……こいつに、銃はいらない」

 「……はあ?」

 森本の顔に、露骨な困惑が浮かぶ。

 「彼の名は浅羽隼人だ」
 「民間人だが、ボディーガード、交渉人、トラブル処理の専門家だ。たとえヘアピンとゴムテープしかなくても、銃や手錠なしで、やるべきことはやる」
 「捜査一課も、これまで何度も世話になってる」

 ……ヘアピンは使ったことがない。
 だが、面倒なので口には出さなかった。

 「本当なら、脅迫状が出た時点で空港を封鎖すべきだった」
 「だが、事情があってな。お偉いさん方が、それを許さなかった」
 「だからこそ、俺たちは使える手を、全部使う」

 「で、彼に銃を持つ許可は?」

 「おい、話を聞いてたのか――」

 「常識の話です!」

 森本が声を荒げる。

 「銃もない人間が、爆破を示唆する凶悪犯から、どうやって乗客を守るんです?」
 「映画じゃありません! カンフーだの何だので、爆弾や銃に対抗できるとでも!?」

 皮肉な笑みを浮かべ、俺を見下ろす視線を隠そうともしない。

 ……もう、いい。

 茶番に飽き、俺が腰を浮かせた、その瞬間だった。

 森本が、訓練された動きで拳銃を抜き、迷いなく銃口をこちらへ向けた。

 「おい、よせ! 正気か、森本!?」

 「正気じゃないのは松尾警部です!」
 「この件は上層部に報告します!」
 「仕事には信念が必要だ! 信念もない民間人に、任せるわけにはいきません!」

 森本は叫びながら、銃口を逸らさない。

 「安心してください。弾は入っていません」
 「ですが、そこまで言う凄腕なら――今、ここで見せてください」
 「引き金を引かれる前に、僕を倒せるかどうかを」
 森本は、わずかに顎を上げた。

 「警察学校では、射撃も術科も常に上位でした」
 「初任科の総合評価はA。近接制圧と危機対応は、教官からも太鼓判を押されています」
 「現場経験が浅い? それでも、正しい訓練と規律があれば、人は守れる」

 銃口を微塵も逸らさず、言い切る。

 「僕は、警察として正しいことをしているだけです」
 「どうしました? それでも、ヘアピンやゴムテープがなければ無理ですか?」

 ……もう、我慢の限界だ。

 俺は腰を切り、立ち上がる。
 次の瞬間、右手が銃身を捉えていた。

 瞬き一つ分もいらない。
 森本の手ごと、銃を逆時計回りに捻じ上げる。関節の可動域を無視した角度だ。曲がるはずのない方向へ力を入れられ、森本は考える暇もなく、悲鳴を上げて手を放した。

 奪い取った拳銃のスライドを引く。
 ――金属音。
 一発の弾丸が床に転がった。

 ……ふざけんな。
 入ってるじゃねぇか。

 「――ちくしょう! お前、何を――」

 屈辱と痛みで血が上ったのか、森本は両手を振り上げて突っ込んできた。

 構える必要はない。
 握把の末端で、喉元を正確に打つ。

 「か、か……!」

 息が潰れ、呻き声にもならない音だけが漏れる。
 森本はそのまま、床にうつ伏せで崩れ落ちた。

 俺は空になった拳銃を松尾に渡し、倒れた男から視線を外したまま言う。
 
 「……こいつ、どうする? 海に沈めるか?」

 「そうだな、蓮沼海岸か屋形海岸なら車で三十分――って、するかボケ! 腐っても警察だぞ!? ヤクザかお前は!?」

 「……冗談だ。」

 「お前が言うと冗談に聞こえねぇんだよ! やめろ!」

 「……やれやれ」
 松尾が肩をすくめる。
 「今どきの若造は、喧嘩する相手も選ばない」

 ため息混じりに、続けた。

 「心配はいらん。俺の目の前で、民間人に銃を向けたんだ」
 「弱みを握られたも同然だ。あとは任せろ」

 「……じゃ、任した」

 「おう。さっきの件も、頼んだぞ」

 「……ちっ。分かった。できる範囲でな」

 気絶した森本を跨ぎ、俺は入口へ向かった。

 「おい。」——背後から、松尾の声が俺の動きを制止した。

 「まだ、何か?」

 「女の子には、演技でもいいから、もう少し優しくしてやれ。このままだと、孤独死が見えてくるぞ。妹さんが、悲しむことになるからな。」——松尾は、ニヤリと歯を見せ、軽く笑った。

 「……くだらねえ。」——そう呟き、振り返ることなく、俺は取調室のドアを開けた。

 「俺には、花なんか似合わねえんだよ。」——廊下に、俺の足音が一人で響いた。
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