「刀には竜、花は咲かず」~孤独なおっさん武術家と毒舌アイドルの異世界タッグ~

アサバハヤト

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第三章 花の卷 嵐の前の静けさ

3-06 階段

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 地下へ続く扉がギィ……と鈍く軋んだ。開いた先には、思った以上に急で狭い階段が口を開けている。幅は人一人がやっと通れるくらい、木の手すりには何度も手垢が擦り込まれたような艶があり、足元の石段は湿気と埃で薄く濡れている。そこに吊るされたオレンジ色のランタンが、かろうじて空間を照らしていた。

 俺たちは一列になって降りていく。先頭を歩くのは案内役の少女――シーリス。

 「まさか、こんなに早く再会するとはね。」先頭を歩くシーリスが、ちらりと俺の方を振り返る。ランタンの淡い光に照らされたその横顔が、いたずらっぽく微笑んだ。

 その視線に、明らかな色気が滲んでいた。俺の目を正面から捉えたまま、シーリスはゆっくりと腰に手を当てる。そして階段の途中、唐突に歩みを止めた。前屈みになるように一歩踏み出したその瞬間、彼女の髪がさらりと揺れ、淡いランタンの光が胸元を斜めに照らす。服の合わせ目がほんのわずかに開き、谷間が影を落とす。首筋にかかった汗の粒が艶やかに光り、その肌の曲線が、たった数秒で空間の空気を塗り替えた。あの動きは偶然じゃない。俺に“見る”ことを期待している女の仕草だ。

 「さっきの反応、案外可愛かったわよ?」声まで熱を帯びていた。

 「……からかうな。」

 「ふふっ。じゃあ、素直になってくれればやめるわ。」

 後ろから、低くて小さな「……っ」という声が聞こえた。振り返らずとも、誰かは分かる。

 「危ないから、立ち塞がないでくれる?」瑚依の声は低く、押し殺していたが、確実に不機嫌だった。階段の薄暗さが、その怒りの火種をちょうどよく包み隠している。

 やれやれ。俺たちが地下にいる間に、万が一もトルヴァルドを強盗に遭わせないために、どんな戦い方をするかは知らないが、俺以外で唯一戦える新久さんを、一階に残している。頼むから、面倒なこと何も起きないでくれ。

 幸い、シーリスは瑚依を相手するつもりもなく、再び階段を降りながら口を開いた。

 「……まぁ、冗談はさておき。あなたたちがバルンに頼まれて来たってことは、盗難の件でしょ?」

 「察しがいいな。」

 「ふん、兄貴よりはね。」シーリスの声が少しだけ硬くなった。

 彼女は足を止めず、階段の途中でぽつぽつと話し出す。

 「最近、兄がずっと悩んでる。毎日毎日、少しずつだけど、店の品が消えてるのよ。最初は気のせいかと思った。でも、ちゃんと数えてた。鍵も変えた。施錠も二重にした。それでも……壊されてもないのに、翌朝になると、物が減ってる。」

 「それは……妙だな。」

 「でしょ?しかも、毎日。少しずつ。でも確実に。こっちが眠ってる間にね。」

 シーリスの足音が、湿った階段に吸い込まれるように響く。

 「怖くて、夜に見張ることもできなかった。兄は強がってたけど……あたしには分かる。目の下のクマが日に日に濃くなってる。」

 その声に、一瞬だけ怒りの棘が混じった。誰かを責めているわけでもない。ただ、無力な自分への苛立ちがにじんでいた。

 「もしかしたら、協力者がいるのかもって思ってる。魔法使いとか、転送魔法とか……そんなの、こっちは詳しくないけど。でも、普通じゃないのは確かよ。」

 背中越しに語られるその声に、俺は眉をひそめた。《壊されずに、気づかれずに、品だけが消える》――腐っても異世界。魔法が絡んでる可能性は、たしかにある。

 魔法といえば……ふっと思いついたことを口にする。「ところで、炎とか、雷とか、そんな現象を起こす武器、この店にも揃えているか?」宮田チームの武器を思い出す。炎を纏う槍、怨霊みたいな霊体化している相手にも通用したレアな武器、こんな世界に生きていくには、いずれにしても必要な時が来るに違いない。

 「ないよ。」残念ながら、シーリスが即答した。「あんなもの、ソウルストーンがなければ製作すら無理だもの。たとえソウルストーンがあっても、ごく一部の鍛冶屋しか扱いできない、極めて難しいレシピだそうよ。」

 「バルンなら、それが可能なのか?」俺が諦めずに、続けて聞く。

 「多分だけど、できないね。」シーリスが少し考えてから答えた。「そんな腕があるなら、こんなド田舎に住み続ける理由なんてないでしょ。まあ、エクリプスハーバーには、そういう鍛冶屋がいるって聞いたわ。」

 「……それにしても、この地下室への階段、くそみたいに長くねぇか?雑貨屋にしちゃ、どんな神経で作ったんだよ?」

 後ろから松尾の声がした。たしかに、これだけ雑談しながら歩き続けていたのに、まだ先があるみたいに、全然終わらない。

 「文句あるなら、うちの両親に言いな。もうこの世にいないけどね。」

 シーリスが淡々と、悲しみも怒りもない調子で返した。

 「私だって頭おかしいと思ったの。」

 階段の終わりが近づくにつれて、空気はさらに冷たく、湿っていた。照明の明かりが届かなくなる寸前、シーリスの足が止まった。

 「さ、こっから先が地下倉庫。気をつけて。あたしらも怖くて、最近は昼間しか来てない。」

 俺は階段の最後の一段を踏みしめ、冷えた空気を吸い込んだ。目の前にあるのは、二重に施錠された、分厚い鉄の塊のようなドアだった。なんとなく、「オペラ座の怪人」の怪人の隠れ家を思い出す。
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